148恥目 似ている2人


 大阪から東京へ。

 2日もあれば着くだろうと鷹を括っていたら、大阪からのしぶとい追手から逃れながらの旅路だった為に、だいぶ遠回りをして東へ向かう事となった。


 やれ京都だ、名古屋だ、また戻って大阪だって、その周辺をぐるぐる周る。

 この短期間で苦楽を共した俺と撫子、それから織田さんはお互いを許し合える程に仲が深まっていた。


 追手が諦めたのは新潟まで来てからの事。今度こそ東へ行く汽車へ乗った俺たちは、久々の休息に全身の力をため息一つで体に溜まった緊張の栓を抜いた。


「君らと居ると命がなんぼあっても足りひんわ」


 織田さんは大阪で一度発砲してから、必要とあればバンバン引き金を引くようになった。本人は正当防衛を言い張っているけど、おもちゃを手にした子供のようにはしゃいでいる。

 やっぱり命中すると嬉しいのかな。祗候館の太宰って人もそうだったっけ。


「その割に楽しそうだったんでなくて? 織田さんもなかなかお上手でしたわ」

「あれはたまたまで・・・・・・んー、死んでへんとええなぁ」


 もう過ぎた事だし、正当防衛やから。同じ事を繰り返し言うのは、自分を安心させたいからだ。俺も同じような事を考えているからわかる。


「にしても勝、君の腕前はなかなかやなぁ」

「その言い方は下手って意味ですよね」


 褒める時、ニヤニヤと腕を組んで笑いを抑えようとするのは馬鹿にしている時だけ。織田さんは子供を揶揄うのが好きなんだ。

 俺は無視せずに問うと、右側だけ長い前髪を耳にかけた。


「・・・・・・せやな。触り慣れてへんおれでも人に当てられたんに、君はホンマ下手やなぁ思ったわ。寿司屋から出た時に下手な真似したら撃つみたいな事言われてビビったとったけど、ありゃぁ本気にせんでもええな」

「言われてみれば追手は皆、兄さんが撃ったはずの人達でしたわね」


 織田さんだけでなく、撫子までそんな事を言う。俺は機嫌を損ねた顔をして「寝る」と一言言ってマントを被った。2人はアドバイスをくれたが、頑なに無視。


 確かに撫子の言う通りだ。俺が撃った奴らが追いかけて来ていた。

 言い訳がましく聞こえるかもしれないが、ワザと殺さなかったんだ。大阪でも、それ以外でも、もちろん祗候館でも。


 本当を言えば、過去に人を殺した事だって無い。人を殺してしまった兄貴を庇って、いや、罪を擦りつけられて罪人扱いされているだけ。

 兄貴は外面も良くて、軍の学校へ行くことが決まっていたから仕方がないんだ。

 そんな事で訳もわからず祗候館に辿り着いたけど、結果撫子に出会えたんだから気にしない。


 絶対に人は殺さない。自分でも誰かでも、守る時に相手の命まで奪わなくていい。

 それを第一に考えているから急所を外す。2人はそう考えているのを知らないだけさ。


 さて、いじけて寝たフリをして、列車に揺られながら撫子と織田さんが話し込むのは、祗候館での出来事と要という人間についてだった。

 撫子は要にご執心で、とにかく寒い心を温めて欲しくて仕方がないらしい。実の両親から感じられなかったものの全てを要から感じると言って、親代わりになってくれと頼みに行きたいと聞かない。

 

「要の近くに居たいだけなんですの。きっとあの人なら、私達をちゃんと温めてくれますもの。あの温かさが大好きですわ」

「そないええ男なんか。こんなに語られちゃあ、会わんで大阪帰るのは損やわ。よし、おれが2人の親になれるか見定めたる!」

「織田さんが見定めなくても大丈夫ですわ!」

「いいやわからへんで? とんでもない性欲溜め込んどって、撫子を見た瞬間に襲いかかるっちゅうこともあるかもしれへんやん」

「それはそれで・・・・・・」


 織田さんの忠告は最もだと思ったが、撫子は完全に要を信じきっているので、考えを曲げる事はない。ましてや仮に襲われたとしても、満更でもなさそうだ。


 でも要はそんな事はしないだろう。見かけただけで話した事は無いけれど、そんな気がする。

 何故そう思うかは謎だ。空気がそう感じさせるのかもしれない。

 

「で、要っちゅんは顔がええんか?」 


 織田さんも要に興味を持ち始めた。要の話をする時の撫子が機嫌がいいから、合わせているだけかもしれないけど。


「うーん・・・・・・そうですわね、誰かに似てる気がしますの。だからこそ尚更安心するというか・・・・・・誰かしら・・・・・・ええと」


 髪の毛と目が茶色で、長さは顎くらいまでで、真っ直ぐで優しくて、自分より人の為で、それで・・・・・・と要の特徴を挙げていく。


「あ!」


 散々悩んだかと思ったら、突然大きな声を出す。寝たフリをかましていた俺も体が跳ねて、マントが剥がれ、何か閃いたと顔を明るくさせる撫子を見た。


「勝兄さん! 要は姿も中身も兄さんに似てますわ!」

「へぇ、勝にねぇ」


 まさかそんな訳。と思ったけど、似ていると言われれば不思議にしっくりきた。俺が感じていたのは"血の繋がり的なもの"だったのかもしれない。都合の良い解釈かもしれないけれど、確かに似ているような気もした。


 それにしても、要を大好きだと何の恥ずかしげもなく言う撫子は気付いてないんだろうか。

 要と俺が似ているから安心するなんて言われたら、それは俺の事も好きって事じゃあないか。

 ーーうう、また下半身が腫れて来た。

 

「似てないさ」


 きっとこう言えば治ると思ったけど、腫れはなかなか引かず、"恥ずかしく"なってまたマントを被った。



 あれからなんとか東京に着いた。昼を過ぎたくらいで行動しやすい。

 下半身の腫れも治り、いよいよ本格的な要探しが始まる。

 きっと世話をしてくれた医者の所に行けば居場所がわかるんだろうけど、そもそもその医者の場所を知らない。


「はぁ大阪もせやけど、東京もぎょうさん人おるんやなぁ」

「はぐれないでくださいね」

「2人ともマントを掴んでくれ。そうしたら見失わないから」


 祗候館しか知らない東京で逸れたら大変だ。織田さんだって大人というだけで、初めて来たという東京ではあまり頼りにはならない。

 だとしたら此処は俺がしっかりしないと。2人が困らないように、率先して動かなければいけない。


「んで、どこ行くん? なぁなぁ、決まってないなら観光せえへん? 息抜きも必要やろ?」

「えぇ!? 早く要に会いたいです!」

「そんな事言うてもなぁ、おれ結構疲れてんねん。気ぃ張っとったし、ちょっとくらい遊んだってバチは当たらへんやろ。ほら、浅草とかええんちゃう? 美味いものいっぱいあんで! そいで今日は宿でも取って布団で寝ようや! な!」


 確かに疲れている。東京に着いただけで一仕事終えた気分だから、織田さんの言う通り気を緩めたいところだ。使い切りたい金も残っていることだし、何より休息も大切。撫子の気持ちもわかるけれど、体を休めて万全な状態で要に会おうと言って説得した。撫子は思い通りにいかないことにが面白く無いのか、頬を鬼灯のように膨らませる。


 いくら説得しても聞かない撫子。遂に織田さんの方が折れてしまった。


「もうええわ、頑固なこっちゃなぁ。探したらええんやろ? どこ探すんか知らんけど、付き合ったるわ」

「ふん!」


 撫子ったら完全にヘソを曲げた。彼女は最近ちょっとワガママになった。年相応なのかもしれないけれど、これから表の世界で生きるのにこれは不安要素だ。

 人探しのために東京を彷徨うことを選んだ俺達は再び東京駅構内へ戻り、ふと思い出したことを頼りに目的地を決めた。

 太宰達が口にしていた「帝大」を目指すんだ。彼らが何者なのかまでは解らないが、ここへ行けば何かわかるかも知れない。


 人だらけの構内を進んでいく。帝大はどこだ。何線のどこのホームから乗ればいいんだ。

 人の波に逆らって歩いていると、夢中になっていたから前を歩く男性の背中に顔をぶつけてしまった。


「す、すいません!」


 慌てて謝ると、スーツ姿の背の高いヒョロリとした男は振り向く。その顔は記憶の中にあって、しかしその顔より誠実になったように見えた。

 

「・・・・・・あれ」

「あ」


 こんなところで立ち止まると迷惑だ。と思っても、その顔を見たら奇跡って本当にあって、運もあるのだと感動してしまう。俺の後ろに続く撫子や織田さんは「何?」と何度も聞いて来ているのに、あんまり驚いて振り返れなかった。

 そしてその近くにもう1人、見覚えのある眼帯をつけた長髪の男。

 俺たちを見ると穏やかに微笑んだ。


「おや、お久しぶりですねぇ。体は治りましたか?」


 この2人に会ったと言うことは、ほぼ要に会えたようなもんだ。撫子は我慢の限界で、俺の背中に飛び乗り「何事ですの」と苛立った声色で言うと、目の前の2人の姿を見てハッとしたようだった。


「えっと、確かお前らは――」 

「勝くんと撫子さんですよ。修治さん、就活のせいで他のこと忘れガチですね」

「お前を試したんだよ。覚えていたさ、だってこっちの男はあまくせと雰囲気が似ているしな」


 この人だらけの東京で、宇賀神拓実とそれから――修治、そうだ津島修治の再会を果たした。

 撫子は喜んでいるけれど、俺はなぜかモヤモヤと不安が渦巻いた。


 上手く行きすぎると、この後が怖い。何か嫌な予感がする。なぜだろう。似ていると言われたからか、要の顔がうんとハッキリ脳裏に浮かんで離れなない。

 似ていると言われただけで、こんな情が湧くものか――?


 

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