145恥目 カウントダウン

 小田原に帰ってからというもの、ずっと要の事ばかり考えていた。

 学生として仙台過ごした1年間の中で、まさか出会っていたとは思わんじゃろ。しかも非日常的で妄想とも言われそうなタイムスリップ先で再会なんて、何がどうなっとるんじゃ。


 記憶が確かなら、要は女だ。薫も気になる事を言っていたが、もしかするともしかするかもしれん。言われてみれば女みたいな顔をしちょるし、男性特有の筋肉や髭が無かった。事実ならアイツは何故、男として生きているんじゃろうか。


 要が女だとしたらの話、一つ腑に落ちる事がある。中也さんの相手はアイツかもしれん、という事じゃ。中也さんは要が女だとわかっているのかもしれない。

 けれど平成人だから子供は産めんし、男と偽っているなら結婚もしなくていいというじゃろ。

 そう考えると何も難しい話ではなかった。


 にしても、胸が痛む。親友に嘘をつかれていたのかと思うとショックなんじゃ。性別は関係ないと言われても、やはり異性となると申し訳ないが、それだけで変わってしまうこともある。


 何にしても騙された気分でいっぱいじゃ。


 小田原で1人、毎日同じ事を考えていればショックは怒りへと変わって行った。理由は2つ、1つは性別を偽られていた事。


 そしてもう1つ。中也さんと要がそういう関係だとしたらの話。中也さんには付き合っていても先のない関係に時間を費やしている暇はない。

 時間がないのに要と付き合ってなんかいたら、ますます結婚も子供を作る事も出来なくなる。それを要はわかっちょらんのじゃ。


 中也さんの人生の邪魔をして、ヘラヘラと笑っているのを考えると怒りが収まらん。

 こうしちゃ居られん。一刻も早く別れさせねば。例え悪役になろうとも、これは親友の為であり、親友を正しく導く為の致し方ない行動なんじゃ。


 要になんと言ってやろうか。そればかりを考えながら、東京へ行く為に駅へ走った。



「カァーッ! やっと着いた!」


 仙台を出て幾日、ワシは初上京した。上野駅を出ると、田舎とは全く空気の違う都会の香りに胸を躍らせて、何も言わずに家を出て来てしまった罪悪感なんて微塵も感じなくなった。


 折角東京に来たんだから、今度こそは石川啄木のノートを手に入れてみせる。学は愛子っていう女と遊ぶのに忙しかったみたいだしな。欲しいもんは自分で手に入れた方が嬉しさも倍ってもんだべ。


 にしても、学の妹・要は酷い女だ。

 学から拝借したノートには学の走り書きの字でいろんな事が書いてあった。

 兄弟と交わっただとか、精神病院に入れられたとか、学の金で地元に戻ったとか、問題児であったとか・・・・・・途中から胸糞が悪くて仕方がなかったので、続きは読んでいない。


 学は優し過ぎんだ。放っておけばいいのに。大丈夫も何も、妹は少し痛い目をみた方がいい。大将としてワシが叱りつけたら、要に一筆書かせて学に安心してもらおう。それが終わったらノート探し、これで決まりだ。


 そうとなれば、上野駅から要の住む白金台って言う町に行かくてはならない。要より先に、富名腰って人に会う方が言いがや。迷ってもどうせ最後には本人に会うのだから、目的だけ果たそう。


 なけなしの金で、土地勘のない東京を動き回る。周りの大人に場所を聞いて周ると、なんともあっさりバスに乗れた。乗り継いでいけば時期に着くと言うから、東京は便利だ。すげぇなぁ、角田もこんくらい便利になれば面白ぇべなぁ。


 車内から見る東京に目を輝かせ、要とやらに会いに行く。

 子分の悩みは大将が解決してやらねぇと、いつまでも笑っちゃくれねぇもの。



 要は何もわかってない。やっぱり、津島の事ばっかりで、俺が後数年で死ぬ事なんか微塵も考えちゃいない。


 出来るだけなんでもない日常を穏やかに暮らしたいのに、最近の要は陰があって話しづらい。何かあったのかと聞けば、口を閉ざして黒目を泳がせ、首を横に振るだけ。察して欲しいと言われているようで、正直イライラしていた。


 そんな状態だから俺ときたら、あと数年で死ぬのに女の体に触れずに死ぬのかとか、そんな事ばかり考えいる。尽斗さん曰く、要は臓器が足りないからソウイウコトは出来ないのらしい。


 プラトニックを約束したのだから、体の関係は無くて良い。そう思っても、ぐるぐると欲求が渦巻いてイライラを増幅させる。かと言って要とシたいとは思わない。我ながら酷い男だ。

 文人のように気ままに風俗に行けたらいいのに。そんな事をしたら要を傷つけるだろうという良心は残っている。


 だから仕事をするフリをして寝室に篭り、自分を慰めたりしては自己嫌悪に陥ったりと忙しい。

 結局俺はどうしたいんだ。


 もうすぐ死ぬ。その事実が余裕を無くしているだけだ。要の良い所を見つけてやらないと、欲に屈しそうだから、以前の彼女に戻ってくれればいいのに。

 

 察して欲しいのは、こっちの方だ。



 拝啓、先生方。言葉は怖い。だからこそ、それに救われたいと思うのは、僕が弱いからでしょうか。


 今はいろんな人が僕に何かを想っている。僕に降りかかる言葉の嵐は、もうすぐやってくる。


 言葉って凶器だ。その日まであと2日。僕が本当に死にたいと思う日が、足音を忍ばせて近づいていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る