109恥目 信じる事を選び続ける君だから

「本当に要は生きてるんだな? どうやったら要を助けられる? 要は怪我をしていないんだろうな?」


 続々と軍を成した黒法被を薙刀1本と足技を使って1人で倒してしまった富名腰に、ここぞとばかりに質問を投げかけた。


「質問多いなあ。順番に答えまひょか」


 返り血にが頬に付いているのを手の甲で拭い、振り向いた。富名腰という男はとてつもなく強い。人の形をした殺戮兵器だ。単身で黒法被共を蹴散らして、何人もの命を奪ったのに、何でもない顔で微笑んでいる。


 祗候館の裏切り者――と此奴自身は言うのだが、蹴り飛ばしている時も穏やかな表情でニヤニヤと笑っているのが胡散臭くて信用出来ない。

 信じろ、と言われても、信じられないのが正直だが、信じなければ要を救えないような気もする。上手く利用してやろうにも、富名腰の奴の方が上手で敵わない気もする。


 どちらも、気がするだけだがこの勘は恐らく間違えてはいない。富名腰を信じるか、信じないか。迷う。


 ――人の心を疑う事は恥ずべき悪徳だよ。

 どれが真実かわからない今は、要の口癖を信じようじゃないか。疑う事の良し悪しは時と場合によると思うが、今はアイツの言う通りに信じてみよう。


「要チャンは生きとるよ。初日に旦那はんとこで暴れてもうたさかい、打撲やらアザはあるけど、おっきな怪我はあらへんのでご安心を」

「そ、そうか・・・・・・」


 指が取られたり、手足が折れていたらどうしようかと心配していたので安心した。なあに、打撲やアザはしょっちゅうだから心配ない。ふうと息を吐くと、少し体の力が抜けた。


「ふふ、要チャンもしゅーさんの事心配しとったよ。ご飯食べてるかなぁ、言うてね」


 こんな時に自分の心配より、俺を心配するだなんて。あまくせはつくづく馬鹿だと思う。ずっと俺を思っているのだ。どんな時も通院している歯医者の事だとか、飯を食ってるだとか、体調はどうか、だとか。


 今度は、俺が想う番だと思っていた。要は死んでいないか、酷い目に合っちゃいないか、飯は食えているか、泣いてはいないだろうか、と。

 アイツが居ない家は何度もあった。喧嘩して部屋を飛び出して行っていった時や、俺やハツコに気を使って仕事に三昧の日々を選んだ時。

 その時は「どうせ帰ってくる」と余裕だったさ。アイツはどうしても俺が居ないと駄目に決まってると、自惚れていた。しかし違った。真実はこうだ。


 ――毎日毎日が、奇蹟である。いや、生活の、全部が奇蹟だ。


 本当に、本気でそう思えた。要が居ることは当たり前じゃない、奇蹟なんだと。本来なら出会うはずのない人間同士が一緒にいるだけで奇跡なのはわかっている。その奇跡の中で、飯を食ったり、喧嘩したり。そんななんでもない奇蹟が、今は堪らなく恋しい。


「へっ、アイツらしいや」


 文人は安心したようで鼻を人差し指で掻きながら笑った。それを見る富名腰はキョトンとしている。


「そんな簡単にボクの言う事、信じます? 嘘かもしれんし、ボクも黒法被やのに」


 言いたい事はわかる。正直者はバカを見るという言葉がある通り、富名腰を信じたら痛い目を見るかもしれない。さっきも言った通り、俺はこいつの言うことを信じる事に決めたんだ。

 要ならそうする。信じる事しか選ばない、アイツなら。


「いやあね。疑いながら、ためしに右へ曲るのも、信じて断乎として右へ曲るのも、その運命は同じ事。どっちにしたって引き返すことは出来ないよ。それに、歯医者のことを言うのは要ぐらいだ。信じるよ」

「はあ、なるほど。じゃあ12月頭の予約は行きました?」

「金を出すのは要だ。金がないなら、行く訳がないね」

「ふふ。聞いてた通りやわ」


 今度は先程までの穏やかな顔ではなく、なんの不安もなくなったような顔で笑った。信じて貰えた事に安堵しているのだろうか。悪い奴には見えない。

 富名腰は笑った後、軽い咳払いを一つして、ズボンのポケットから銅色の鍵を3つ出した。


「それで・・・・・・助け方、といいますか。鍵はここにあるんですわ。この階段を上り切ればこの館で一番豪華な部屋がある。そこに要チャンはおるよ」


 我々の目の前にある階段。木に漆が塗ってあるこの階段を登れば、要が居ると言う。案外簡単な気もする。鍵はあるし、階段を登れば良いだけ。あとは中原達を回収すれば皆で脱出が出来るのだと。


「簡単そう、と言いてェけどよ。どうせそうでもねェんだろ?」


 文人の言う通り。そう簡単に行きっこないのが、この祗候館という場所だ。相当不味い事をしているから、こんな山奥に鎮座しているに違いない。


「ご名答。こないに騒ぎになったら、ただでは行けへんよなあ」


 富名腰はそう言うと階段に咎める様な視線を向けた。俺と文人は顔を見合わせ揃って階段を見たが、何をそんな目で見るのか解らない。

 凝視する時間がパチ、パチ、パチ。瞬きを数回繰り返しただろうか。言葉では表しにくい、無理に例えるならキュインという音がした。

 その音に気を取られている頃には、富名腰の左足の爪先スレスレに煙が立っている。


 何かは理解できなかったが、思考を巡らせるとその正体を理解できた。先の尖った金色の棒が転がっている。つまりそれは、実弾だ。


「そこにおるんは山本兄妹・・・・・・やろ?」


 富名腰は表情を変えない。しかし、俺達に後ろに下がる様に手を後ろに払った。

 そしてなんだ。山本兄妹? 今度は誰なんだ。また命が危機に晒されるのか。富名腰の問いかけに、2階と1階の間の踊り場に2つの人影が見えた。


「富名腰さん、酷いですわ。私達の味方では居てくださらないのね」


 1人は長い髪を左右の高い位置で纏めた、あどけなさと冷酷さを兼ね備えた女学生。


「旦那様も、看守長達もお怒りです。こっちに戻ってきてください」


 もう1人は女学生よりも少し歳が上に見える男子学生。バンカラの様に学生服とマントを羽織り、高下駄を履いている。こちらも冷静に淡々と話し続ける。

 2人に共通している事。それは猟銃を持っている、という事。殺傷能力抜群。あんなので心臓や脳を打たれた日には確実に死ぬだろう。


 大丈夫だ、富名腰は俺達を裏切らない。さっき散々俺達を守ってくれたし、要の事も怪我をさせずに話し相手になってくれていたのだ。さっきの表情も嘘には見えなかった。

 ――俺は信じる。信じるぞ!

 

 俺と文人は猟銃を構える少年少女の方に歩みを進めて行く富名腰を見つめながら、いつ来るかもわからない銃弾に怯えた。

 富名腰は階段の踏み板を一段一段上がって、踊り場へ。アイツは強いのだろうし、子供達も無闇矢鱈と発砲はしない。

 そして踊り場に着くと子供達は彼を不安そうな目で見上げた。


「そうやなぁ。命は惜しいかな。いくらボクでも、猟銃には勝てへんしなあ」

「なっ――!」


 裏切り、とも取れる台詞。

 やはり信じたのは間違いだった。最初出会った時の様にニッコリと笑い、まだ幼い2人の間に入って両手を使い、優しく頭を撫でていた。


「山本兄妹はまだ幼いし、守ったれるのはボクしか居ぃひん事をすっかり忘れとったで。かんにんや。不甲斐ない上司を許しとくれ、な?」


 兄の様な愛情が入った穏やかな柔らかい声。子供が絡めば話は別と言う事か!?


「富名腰さんが私達の隣に居てくれなくちゃ、生きていけないもの」


 その声に安心した少女は、猫の様に甘い声を出して富名腰を向いた。


「あぁ。旦那様が俺達を追い出したりなんかしたら、野垂れ死ぬしないんだ。許せない手前にいましたよ」


 少年は許さないと言いながらも、彼が来てくれた事に少女と同じく安堵したようだ。幼さの抜け切らない2人は、恐らく富名腰を兄の様に慕い、生活していたのだろう。

 どんな過去があるかは知らないが、俺と文人が裏切られた今、あの3人にどう太刀打ち出来るんだ!

 腰を抜かし、涙を溜めることしか出来ない。文人はどうだろう。彼の顔も見れない。顔を逸らせば殺されると思うからだ。


 富名腰は兄妹の頭を撫で続けていた。撫でれば撫でる程、兄妹の顔は殺気に満ちた顔ではなくなっていく。

 兄妹の猟銃を持つ手が少し緩むと、富名腰は突然2人の後頭部を掴んだ。そのまま2人の額同士をガチン! とハッキリ聞こえる程大きな音を立てぶつけ合わせる。


 兄妹達は短い叫び声をあげ、猟銃を手離した。富名腰はそれを見逃さない。すかさずそれを階段下に蹴り飛ばし、俺と文人の近くまで回転しながら猟銃はこちらへ来た。

 痛みに悶える幼い兄妹の元から、階段を軽快にジャンプして着地。前転してその前立ち上がり、また俺達の前に立った。


「う、裏切ったんじゃないのか?」

「お前結局どっちなんだよ! あっちなのか!? こっちなのか!? ああもう、頭ぶっ壊れそう!」

「あの兄妹の世話をしとったのはほんまのこと。そやさかいあの2人ボクを兄の様に慕うのもわかる。やけど、言うたやない。許してなあ、って」


 猟銃を拾い上げた富名腰は、一丁を自分が持ち、もう一丁を文人に渡した。すぐさま構え、無慈悲に兄妹に銃口向ける。


「ボクはね、要チャンの味方なんや。それを邪魔するんやったら子供言うても容赦せんで」


 言い切ってから猟銃を2発撃った。

 幼い兄妹の死ぬ様を見たくない――! と目をキツく瞑り、耳を塞ぐ。酷い、惨すぎる


「し、死んだのか?」


 銃声が鳴り止み、恐る恐る目を開けて踊り場を見るが人の影はない。木っ端微塵に散ったのだろうか。惨たらしい殺人現場に居合わせたのだと血の気が引く。


「まさか・・・・・・山本兄妹がそんな簡単に死ぬわけないよなあ。しゅーさん、ここの犯罪者はね、心臓を2つは持ってはるようなバケモンなんですよ」


 聞きづてならない台詞ばかりだ。

 人間ちょっとやそっとじゃ死なないだろう。でも銃弾はどうだ、当たれば流石に死ぬはず。周りを視線だけで探した。死んでいないとしたら、その体はどこに・・・・・・?


「しゅーさん。鍵わたすさかい、1人で行けいうたら行けます? 出来きれば中也サンに渡したかったんやけど、無理そうや」

「あ、ああ。3階には何も居ないんだな?」

「多分、としか言えませんなぁ。約束はできひんわ」


 富名腰が鍵を俺に手渡そうと手を出した時。

 また銃声が聞こえた。鍵を持った富名腰の手首から、血が噴水の如く噴き出した。


「っあ!」

「ひっ」


 咄嗟に富名腰から離れた。続け様に三度銃声がなると、床に落ちた鍵はどこかに弾け飛んでいく。

 銃弾が飛んできた方を見ると、再び踊り場には額から血を流した兄妹が君臨しているではないか。


「酷い・・・・・・酷いですわ・・・・・・やはりそっち側に寝返ったんですね・・・・・・!」

「本当だったんだ・・・・・・もういい・・・・・・撫子、富名腰さんを殺そう! じゃなきゃ俺達が殺されるんだ!」

「ええ、勝兄さん!」


 殺すと決めた犯罪者は瞳の中に一般市民では真似できない凶悪さを住まわせている。子供とて例外じゃない。手首の痛みに耐える事が精一杯の富名腰が、俺達を庇えるか?

 右手が利き手ならそれは出来ないとみる。文人も初めて触る猟銃を構えている。俺が鍵を探して逃げたりしたら、今度は文人が危ない。やるしかない、やるしかないのか?


 恐る恐る、猟銃を手に取った。なんて冷たい。命を刈り取る人殺しの道具。扱い方など知らないので、とりあえず引き金を引いてみようか。

 適当に、なんとなくで引いた引き金はとても重く感じた。カチャと音が聞こえたら、その後、体に物凄い反動が来て、後ろに少し飛んだ。転がっている椅子に背中をぶつけ、痛いとさすっていると文人の震えた声がする。


「う、嘘だろ、兄さん」

「へ、へえ。しゅーさん、人を殺す才能があるんちゃいます?」


 階段を見ると、女学生の方が「痛い、痛い」と足を押さえて悲鳴を上げている。どうやら滅茶苦茶な発砲が、彼女の足に当たったらしい。


「は、はは、よかった・・・・・・」


 死んでなくてよかった。

 自分が人殺しにならない事をまた1番に考えるあたり、俺はまだ自分が可愛いみたいだ。一度当たれば人は得意げになれる。狙撃手になったかのように、狙いを定めれば勝てるかもしれない。


 手足を狙えば少年少女の未来は少しでも守ってやれるだろう。狙えるかは、わからない。椅子に隠れながら出鱈目に猟銃を構え、富名腰は俺達の後ろへ。文人とピッタリ身を寄せ合う。


 ――殺さずに、殺す。

 長く彼らと関われば、変な情が湧いて打ちにくくなるに違いない。最悪の結果になるなら、短時間で決めた方が精神的に良い。

 一体どちらが勝つかなんて、数分先には分かっている事だろう。

 彼方さんも猟銃構えて、撃つか打たれるかの状態になっているのだから、後は白か黒かを決めるだけだ。


「死にだぐねなぁ」


 自殺志願者の俺が生きたいと願うのは、まだ愛されていたいからだ。

 信じる事を選ぶようになった、俺だから、愛してほしいと今までより強く願うのだ。


 俺の言葉を皮切りに、4丁の猟銃が唸るを上げた。

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