102恥目 初陣、借金組

「必死こいて集めた1000円、一瞬で消えたな」

「入館料ということか・・・・・・」


 入り口で黒法被の男にそれぞれ500円を支払い、洋館の中へと通された。男にするか女かにするか、相手の性別を選ばせられたので、中也の言う通り「女」を選択する。


 黒法被の男が「モノ好きなんだな」と言うので、ここには男目当ての奴しか来ないかもしれない。今日は雨で客も少ないから、この洋館でたった2人の女がどちらも空いていると位言う。ラッキー、運がついてる。遊びでないと言えど、気分はウキウキだ。


 さて、要が女として扱われていたらそのまま連れ帰ればいいのか?

 あいつはまな板や崖とかでは表し切れねェくらいの貧乳だし、娼婦として扱われてるってのは考え辛い。確かに女だけど、俺たちにゃあ女顔した男にしか見えねェんだよなァ。

 

 女部屋へ向かう廊下の先を歩くのは、また別の黒法被。こいつらは黒子頭巾で顔は見えないようにされている。

 宗教臭えって言うか、同じ服でただ従っているだけのやつらが気持ち悪い。マニュアル通りに生きている、つまらなヤツ。こいつらは本当に元囚人なのかと疑う程に忠順だ。


 そんなことには目も暮れず、横に並ぶ兄さんは真面目な顔でいつになく真剣に堂々と歩を進める。豪華絢爛な館には目もくれず、しっかり兄の顔。

 何にせよ、俺達2人が要がいるかもしれねェ場所を聞き出さなければ、次の行動が出来ない。ちゃんとやろう。ふざけずに、仲間を助ける為に尽くそう。


 覚悟を決めるといいタイミングで黒法被の音が障子の前で立ち止まり、その場に片膝をついてゆっくりと障子は開けられた。障子が全て開けられると、着物を着た女が2人正座している。艶めかしい雰囲気の部屋の灯りの中にどんな美女がいるんだろう。


 胸が高鳴る――って、俺! 絶対に惑わされるな! 風俗遊びに来たんじゃないんだから、やるときはやる男、それが糸魚川文人!生唾を飲み、眼鏡をかけ直して再びスイッチを入れ直す。


「ようこそ、おいでくんなましんした」


 郭言葉で出迎えるは、色白美人の花魁美人なんかではない。どう見たって母ちゃんくらいの年齢で、ふくよかなんて綺麗事は要らないデブ、顎や輪郭どこ行った。

 片やガリガリ、飯食ってんのかレベルの骸骨のなり掛け。2人は色気を出しているつもりかもしれないが、微塵もない。

 唇に塗られた赤い紅。人でも食ったんじゃねえのかってくらいのバケモンだ。言葉は悪いが醜女。わかりやすく言うと、ブス。


「おい、部屋間違ってねェか」


 思わず黒法被に尋ねた。


「いえ、この2人こそ当館で扱う娼婦・・・・・・」


 いやそういう事じゃねェよ。誰がどう見たってブスだろうがよ! コイツらを口説く? 口が裂けても出来るか! そんなこと言ってないで、大人になって当たり障りのないことを言ってやり過ごし、そして要の居場所を吐かせろってか?


 無理、無理、無理、無理、無理。


 コイツらが要の居場所を知る訳ないだろ。絶対この館の中で浮きに浮きまくってお荷物扱いされてる連中だよ。だからこんな奥部屋に案内されてんじゃあねェのか。


「入りんせんでありんすか?」


 首を傾げて着物をぺろんとめくり、太ももや肩を見せてくるが、余計なお世話、要らねえ演出!


 いや、いや――ここは冷静に、頬の内側を噛んで用だけ済まして此処を出よう。

 スマートに金のある貴人のフリをして来てるんだ、耐えろ。それなのに兄さんは違う。昼間は兄貴にビビってヒョってたくせに、今は金を払ったのをいいことに随分強気でいる。


「500円払ってこれはないだろ」

「兄さん!?」


 女2人を指差して「コレ」ともの扱い、挙句に汚いものを見るような目をしてチェンジと本気で言った。しかし黒法被は「そもそも代えがない」と、ふるふる首を横に振る。


「いや、500円も払えばとんでもない美人が来ると思ったんだよ。期待したらコレ。詐欺だろ、どう見ても。金返せって」

「受付でモノ好きだなって言ったでしょうに」

「大金を払ってこんなバケモンがくると思わないだろう」


 正直に物を言いすぎだ! 止めようにも兄さんは真顔で真剣――あっ、そういうこと?

 さっき真面目な顔で歩いてたのは要のためじゃなくて、美人を期待して格好つけただけの顔。


 ああ、そうか、そうか。この人クズだったわ。俺に負けず劣らずのクズ。あとで中也にボコボコにされても知らねェわ。

 黒法被と言い合いになっているのを見ているしかない。女はどちらもポカンとして、自分達がブスだなんだと言われているのに傷ついているに違いない。だんだん気の毒になって座敷に上がり込み、女2人に近づいた。

 「悪いな」と小声で謝れば、2人は顔を見合わせる。女だもん、顔が悪いだなんだと言われた嫌だよな。


 この場をどう収めるか考えすら浮かばないが、とにかくこの女達に文句を垂らす兄さんを宥める。廊下で揉み合う兄さんの元へ戻ろうと立ち上がろうとすれば、体がぐらりと揺らめいて後ろに引かれた。


「あぶねッ・・・・・・!」


 体勢を整えるのは不可能。何もない空中を掴もうとする。何故なら後ろから俺の体を引っ張るのは、男に飢えた獣の顔の女達。血走った目と鼻息が恐怖心に駆られた。


「久しぶりなの! 若い男が来るのはね、もうずっとなかったから! 嬉しいわぁ!」

「どっちがどっちの相手をしようか。ねえねえ、長く続くのはどっち?」


 倒れ込んだら最後だ、体のあちこち問答無用で触りまくる。

 腕や足なら可愛もの。文人さんの文人くんまで遠慮なしにまさぐっては久々の感触に歓声を上げた。快感なんて感じない、感じるのは死だ、喰い殺される――!


「やめろブス!」

「やあねえ、美人に向かってそんなこと」

「ここの旦那さんは抱いてくれるんだから、アタシらは醜女じゃあないのよ」


 振り解こうと暴れる。服は順に脱がされていく。どっちが客なんだよ!

 しかし、抑え込まれて今後に分厚いガッサガサの唇が全身を這い始めたらもう意識は飛んだ。口から白い魂が抜けていくのを見たんだ。


 ――中也へ。俺はここで終わりです。500円もの大金を払って襲われたら、もうお婿に行けません。後は兄さんに託します。


 心の中で文を書き、届くはずのない空想上のポストに投函してギブアップを告げる。


 俺も言えばよかったのかな、チェンジって。これはよくのためじゃない。要の居場所を聞かなければいけねえんだから、チェンジしたいんだ。

 醜女の唾液だらけになった全身。もう口を開きたくない。少しでも隙間を作れば彼女達の毒が体に入りこんで来そうだ。


 こういうのを意気消沈というんだろうか。兄さんはまだまだ抗議をやめないでいるようで、腕を組む姿がなんとなくぼやけてみえた。


 ――。


 どのくらいの時間が経ったろう。体中に吸い付かれたような痛みと、唾液の乾いた不快に目が覚める。顔だけを起こして体を見ると褌一丁。


「うわぁ!」


  慌てて体のあちこちに異常がないか確かめる。部屋にある姿見に映った俺の全身にはキスマークが赤く咲いていた。死んだ。念のため褌の中を確認。知らぬ間に犯されてないだろうか。ああ、俺の純情。絶対になんかされてるぞ、コレ。


 自分が寝ていた質の良い布団が処刑台に見える。今まで金を払って可愛い女とイチャイチャして来たのに、なんで大金払って襲われなきゃいけないんだよ。挙句、起きた事に気付いた醜女は「アンタ大したことないわ」と鼻で笑ってプライドまで傷つけてくる始末。怒りすら沸き起こらない。虚しい。虚無。失念。絶望。


「カエリタイ・・・・・・」


 グレーの背広を拾い、靴下は片方だけ履いたまま。要には悪いが、もうお役目御免だ。文人くんはクズで間抜けで短小です。


「おい」


 立ち去ろうとすると兄さんに足首を掴まれて座る様に言われた。「なんだよ」と力なく返す。さぞ立派なものをお持ちなんでしょうね、兄さんは! ギッと悔しさをいっぱいの視線を向けると、もうすぐの辛抱だから耐えろと俺を宥めた。

 まあ、このまま外に出たところで中也に怒られるだけだろうし、何をしてもこの犯された事実は変わらないし。言われるままに、兄さんの隣に小さくなって正座する。小さいのはあそこもですけど。


「いやあ、女は顔じゃないね。君達は積極的で情熱があっていい。顔がいいだけの女は、自分が可愛いとわかってるから、愛想がなくてつまらないよ」

「そうそう。お高く止まってんのよ」


 思ってもいない事を、よくもまあこんな嘘を饒舌に語れるもんだ。

 どう見たってガメツくて根性の腐ったブス共が、可愛くても愛想のない美人に勝てる訳がない。俺はこんな嘘をつけない。人を騙して生きようとした事は幾度となくあるが、性欲には正直でありたい。

 ブスは抱かない、以上。兄さんは酒を一口しか飲まず、かわりにあれやこれやと醜女に酒を飲ませながら口説きまくった。

 触れて欲しいとせがむ女に兄さんは「焦ったい方が気持ちいいよ」なぁんて言う。 

 女はそれを鵜呑みにするから滑稽だ。酒に呑まれ、女扱いされることに気分よくると、作戦通り質問したことをボロボロ吐き出す。


「ここは男娼が多いって聞いたけど、女みたいな男はいないのかい?」

「ああ、最近来たね。ガーゼの子だろ」


 ガーゼの子。要は左頬にいつもガーゼをつけている。傷がうまく治らなくて跡になっているのを隠すための物。間違いないと、兄さんと顔を見合わせた。


「そいつには会えるもんなのか?」

「ムリムリ。噂じゃ客は取らないで、年末の競りで売るみたいよ。その前に旦那さんがどんな物か見るって言ってたから、そろそろご奉仕の頃でしょ。富名腰さんもそのために夜伽の調教してるはずだよ。ああ、富名腰さんてのは、法被の頭ね。いつもニッコニコして良い人でさあ。男といえど、あの人に抱かれるのは羨ましいねぇ。毎日毎日、あの部屋で相手にされてんのさね」


 太い方の女が、ただでさえ細いめをさらに細めて頬染めて体をくねりくねりと動かして悶える。

 要は年末の競り――即ち人身売買の目玉として売り出される予定になっている。それまでにキチンと奉仕が出来る様に富名腰という男が調教している、と。


 これ中也や尽斗さんに言わない方が良くない?

 「要がこの館の何処かで喘いでいるかも、シレナインダヨネ」とか、目を逸らしながら言ったらキレて正面から突っ込んで行くぞ。

 富名腰と言う男がどれだけいい男かはわからないが、連れさられた要の弱っている所に付け込んで優しくしたら、芯の強いアイツでもコロッといってしまうのでは?


「へえそいつは今はどこに? 一目見たいな」

「さあ? 1番上の部屋に向かう階段で見たから、ソコじゃないかねえ。鍵だらけの部屋。来た時は相当殴られたみたいだよ。顔もチラッと見たんだけど、女だったらあっちの部類よ」


 女らはこの話は面倒臭いという態度で小指で歯の隙間を掃除し始めた。きったねえな。500円ドブに捨てたようなもんだろ。と、言いたいのを抑えて、あっちの部類という言葉に首を傾げる。


「あっちって?」

「対して可愛くもないのに小根が腐ってそうだねってことよ」

「まあ、男だからいいんだよね。なんでも凶暴らしいよ」


 醜女が良く言う。確かに要は女の中でもとびきり可愛いかと言われたそうじゃない。

 だけどアイツはいいヤツだ。誰よりもいいヤツ。誰にでも優しく出来る、強いヤツ。

 それを性根腐ったブスがよく評価出来たもんだ、これは一つ言ってやらないと気がすまない!


「おいの弟がめごぐねわげねびょん!」

「びょん!?」


 津軽弁でキレた兄さんは聞くだけ聞けたと判断して、立ち上がり障子を開けた。


「醜女さ付ぎ合ってら暇なんかね。鏡でその面よぐみどげ」

「な、なんだいさっきまではあたしらの事をいい女だってニコニコしてたくせに――」

「うるさぇ! 全部嘘さ決まってんべな!」


 中指を立てて本音を捨て去り、館の出口に急ぐ兄さん。女らは追う気配もなく呆然としていた。

 まあ、当然の報いだろ。ザマアミロ、ブス!


「最上階にいるのはわかった。鍵は富名腰とかいう男が持ってるに違いない。それがどいつなのかって話だが――」

「探すのか?」

「それは俺達の仕事じゃない・・・・・・助けたくても俺がいちゃ、足手纏いになるだろ。そこらに警棒を持った見張りがいるんだ、荒々しい事は専門に任せるさ」


 クズだったり、まともだったり。兄さんの在り方はその場で臨機応変に変わる。今回も女癖の悪さが一役買ったようだ。


 やる時はやる男――それが津島修治だ!

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