103恥目 死に怯えるだけの人生

「ホォラ来た!」

「まさか金田の言う通りになるとはね・・・・・・」


 富名腰さんが金田さんを階段から蹴り落とした日から数日後、彼の言う通り奴らはやってきた。


 冬の雨の夜、客が少ない時にわざわざ出向いてくるなんてどんなバカだろう。何人いるか知らないけど、厄介な奴らしか居ないこの館に生身で来るなんてよっぽどの命知らずなんだ。

 そいつらのおかげで、富名腰さん以外の守衛長2人と俺たち兄妹が旦那様の部屋に集められた召集された。俺達兄妹が看守長達の話し合いに呼ばれるのは初めての事だ。


「マヌケ2人は今は女の部屋で残り少ない命を楽しんでいるんだね。さて、どうしましょうか」


 谷口さんが旦那様に問いかける。旦那様は苦しそうに眉間に皺を寄せて目をきつく瞑り、富名腰さんが裏切ったことに怒り、落ち込んでおられた。


「まさか志蓮が裏切るとはな!」


 鼻息を荒くした主人はテーブルにある分厚い肉を手掴みし、グチャグチャと音を立てて貪り始めた。


 その様子を心配するふりをして楽しんでいる守衛長達は、富名腰さんに付いていた俺達兄妹に牙をむく。金田さんにスプーンをナイフに見立てて首元にあてがわれると、生きた心地がしない。

 それは妹も同じだ。目に涙を浮かべているが、騒いだら容赦なく殺される。


「可哀想にネ。ネエネエ、自分の上が裏切り者ってどんな気分? 富名腰がいなくなったら、キミタチ兄妹もオレの班に入るんダヨ? 人を殺すのはよしてきたのに、ザンネンダネー」

「幼いからという理由で富名腰から汚仕事はさせられなかった2人は、守衛長叛逆の責任を取って大陸送りってのもあるね。撫子は旦那に可愛がってもらえるかもしれないけど、勝はどうかなぁ」

「オレが可愛がってあげるヨォ。例えばね、このスプーンでお目目をクリンと出したりシテ!」


 キャタタと変な笑い方で冗談だと言われても、金田さんの言うことが嘘だと思うことはできない。この人は生きたままでも平気でそうする。首から眼球スレスレにちらつかせられるスプーンの煌めきが、命を奪う熱線のように見える。

 隣にいる妹の撫子の手を強く握る。俺より怖い筈だ。女の子だし、今までもこの館で怖い思いを沢山してきた。なんとしても、この目を失ってでもこの子ファけは守ってあげなきゃいけない。


 俺達は数少ない富名腰さんに心から従う看守だった。天井裏に入れられて、厄介な客や、違反した男娼はいないか見張るのが仕事。人を殺さなくていいように、富名腰さんがその仕事を与えてくれたんだ。この館の唯一子供である俺達はその看守長に守られていた。

 一番に目をかけられていたから、初めての仕事のために呼ばれたに違いない。この2人がいるなら、尚更――。


「な、何を、したら助けて、い、いただけ、ますか」


 恐怖で震えた声は、命が惜しい証拠。富名腰さんがこの館を裏切ろうとしているなら、金田さんの支配下に入って殺されないようにビクビク生きるしか術がない。

 谷口さんは見向きもしてくれないし、旦那様は相変わらず。助かりたいと何度も言うと、金田さんは猟銃を2丁投げ渡してきた。


「これ・・・・・・」

「ソレで親を殺したオマエラなら出来るよネ? 富名腰と入り混んだ虫を殺すことくらいサ」


 俺と撫子は親を猟銃で殺している。大人を殺した子供として、興味本位で安価で買われたのだ。毎日猟銃の訓練を俺達だから、いつかこんな日が来ることをわかっていた。

 冷たくて重たい、命を終わらせるための殺戮機。これで、信じていたはずの兄同然と思っていた看守長を殺れという。


「で、出来ませんわ。富名腰さんは、私達に優しくしてくださったのに」

「撫子!」


 俺よりも幼い11歳の撫子に惨いことが出来っこない。猟銃の腕は上がっても、生身の人間に向ける死の視線は己の心も殺す。


「なら生きたまま酷い死にかたをするか? 犯されるか? どの地獄がいい? 忘れちゃいけないよ、君達兄妹も僕らと同じ、人殺しだと言うことをね。金田にしちゃあ随分優しい方。清掃作業だと思えばいいよ」


 谷口さんも、富名腰さんが嫌いだから俺たちを追い詰める。どこに行っても地獄だ。憎い親を殺して解放されたと喜んだのも束の間、本当の地獄に来てしまった。

 金田さんの下につかなければ、死ねない地獄が待っているかもしれない。彼を見ると、人間じゃないよな狂気的で悪魔のような顔をしてこう言った。


「殺せ」


 その一言に、俺たちは震えながらこう返すことしか出来ない。


「は・・・・・・い」


 主人である旦那様もそう仰るならやるしかない。兄妹2人で裏切り者と虫の息の根を止める為に、震える手を必死で押さえながら、再び猟銃を握った。


「イイコダネー山本兄妹ハ!」


 金田さんに頭を撫でられるけど、恐怖でしかない。俺達兄妹の「助けてください」なんて、生まれた時から誰にも届くことのない、戯言だ。


 

 

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