15恥目 湯気の向こうのフレール

 僕は、男の子だ。中原さんが突然、僕を名前で呼んだりするから恥ずかしさが込み上げてくる。

 怒られる恐怖よりも恥ずかしさが勝って、飴屋に勢いよく入ってしまえる気がした。思いはそのまま、勢いに任せて戸を開ける。


「ただいま! 自転車無くしました! 弁償します! あとあんぱん買い忘れました! ごめんなさい!」


 早口で謝り、殴られる覚悟、僕は早々に滑り込み、地べたに頭を擦り付けて土下座した。謝ってるのに頭の中は中原さんのこと。ダレカタスケテ!


「ああ、生出、要さんでしょうか」


 しかし「おかえりなさい」よりも爺さんの声よりも先に返って来たのは、知らぬ男の人の知らぬ声だった。

 標準語に北訛りの混じる、どっしりとした声。顔を上げると知らぬ顔。いや待て、何処かで見たような顔。しかもつい最近まで会っていたような、そうだ、しゅーさんの顔に似ている。

 しゅーさんを少し健康的にふっくらさせたというか、血縁関係のある似かた。


「は、はい」


 僕はとりあえず返事を返す。


「申し遅れました、私、修治の兄の文治でございます。いやぁ、この度は弟がお世話になりまして。中畑くんから聞きました。生出さんが修治を助けてくださったと」

「おにっ、お兄さん、いやあの、助けたなんて」


 なんてこったい。飴屋に帰って来たら、そこにしゅーさんのお兄さんがいる。奥の部屋から遅れて出てきた中畑さんは「どうも」と会釈してきた。

 お兄さんから両手を握られ「ありがとうございます」と何度も礼を言われるが、助けたと言うより、殴って、怒鳴って、ただ走り回ったしかしていないのが正直だ。

 助けた気でいたが、そうでもない気がする。ただ暴行して走らせただけでは……?


 それから奥の部屋から僕の帰宅に気づいた、先生、吉次が出てくる。2人はお兄さんらを強引に退かして、僕に勢いよく抱きついてきた。体は後ろに倒される。


「要さん! 帰ってくる時は連絡くださいって言ったじゃないですか!」

「し、心配、してました! ぶ、文治さん達も、3日待ってましたよ!」


 2人がぎゅうっと体を締めるので苦しいが、なんというか、これはこれで悪くない苦しさだ。


「ごめん」と、そう一言返すと2人は「寂しかった」とグズグズ鼻を垂らして泣いてくれる。平成では経験したことのない温かな歓迎。僕は照れながらも酔いしれた。


 ――しかしそれもほんの数秒、額を貫くような痛みが走る。


「痛って!」


 額にゴツンと当たるのは、下駄。先生と吉次は何かを察したように僕から離れ、お兄さんと中畑さんも気まづそうに下を向いている。


 ああ、これは――奥の部屋から只ならぬ殺気を感じる。さあ僕はさっきまで何に怯えて帰って来ていたか。鳥肌がソワソワ、今にもちびりそうな恐怖が僕をどっぷり飲み込んだ。


「要」

「は、はいっ」


 名前を呼んだ、渋い声。ああ、中原さんの時みたいにドキドキもしない。嫌な心臓のバックンという音が耳に籠るように聞こえる。


「お前、あんぱん。あんぱんはどうした」

「か、買って来られませんでした」


 まごう事なき爺さんの声。怒りに満ち溢れた声だけで、姿はこれっぽっちも見えない。返答に対しては「ほぉーん、それで」あまりに冷たい返事である。


「仕事を休んでしまってすみません。あと、その、自転車、無くしちゃって……」


 僕はこの数日間に犯した罪を告白した。少しヘラヘラと笑ってしまったが、わざとじゃない。


「じ、自転車はウチが弁償しましょう! 生出さんには弟のお礼もありますし……な、なぁ中畑くん、お金をやるからすぐに買ってき」

「うるせぇ!」


 お兄さんがフォロー入るや否や、爺さんは商品である算盤をまっすぐ僕目掛けて飛ばして来た。店を飛び出して、道へと投げ出された算盤は無残にもバラバラに壊れてしまう。

 全く関係のないお兄さんと中畑さんでさえ、ガタガタ震えて店から出られないでいる。お客さんなんて関係ないのだ。つまり、中原さんが来た所で状況は変わらなかった。


「要も算盤みてぇになりたいなら、いいんだぞ」


 やっと姿を見せた爺さんは、腰が悪いはずなのにピンと背筋を伸ばして立ち、歩いているじゃないか! 拳を作ってパキパキ関節を鳴らせるぐらい元気じゃないか!

 なんて突っ込める筈もなく、ただ怯えるだけしか出来ない。なんとか許して貰おうと考える。しかし頭は大パニック。普段は強面の頑固親父がキレると恐怖でしかない。


「じ、じ、自転車は弁償します。それからあの、仕事もクビだって、わかってます、す、すみません……」


 謝って土下座をする事しか出来ない。僕にはそれが精一杯だ。お兄さんが「なんとか許してあげてください」と言ってくれているが、爺さんは何も言わず、とうとう僕の前まで来てしまう。

 殴られる覚悟でいた。だからキツく目を瞑って、歯をくいしばって体に力を入れる。


「俺はあんぱんが食いたいんだよ」

「あん、ぱん」


 しかし爺さんは殴らず、片手で僕の頭をぐしゃぐしゃに荒く撫でるように掻き乱した。僕は拍子抜け、体の力がガクンと抜けた。


「さあ買って来い。その紙に書いてあるモンもな」


 そう言って、あんぱんを買うには多いお金を僕の目の前に落とし、奥の部屋にまた消えて行った。一緒に落として行った紙には「要の体にいいもの」と書いてある。


「これって……」

「仕事をサボっているなんて怒っていましたけど、お爺さんも心配していたんですね。いえ、文治さん達が来るまではサボりだって思ってたんでしょうけど、中畑さんのお話を聞いて、信じてくださったのかもしれません」


 先生は紙を見ながらニコニコしていた。先生の言う通り、おまえ、つまり僕の体にいいものというのは、体に気を遣ってくれているということでいいんだろうか。


「ぼ、僕がお店に入る時、要か! って、急いで表に出て来てました」

「余計なこというな」


 僕の代わりに店に来ていた吉次がそう言うと、爺さんは僕の事を心配してくれていたのだとしみじみ感じる。


「吉次。店の事、ありがとうな」

「い、いえ! か、要さんが無事で、何より、です、です……」


 ダボダボの学生服の袖で赤い顔を隠す吉次。爺さんにされたように、彼の頭をクシャリと撫でた。さて、今は爺さんの期待に応えるのが先。楽しみを奪うばかりか心配させてしまっては、とんだ不幸者だ。


「爺さんありがとう、買いに行ってくるぜ」

「けっ。知るか」


 ぶっきらぼうになりきれない声、この爺さんに会えた事に感謝しかない。


「生出さん、何処へ!」

「ああ、えっと、銀座です」


 店を出ようとすると、お兄さんが僕を引き止めた。そういやこの人達、僕の帰りを3日間も待っていたらしい。待たせたのは申し訳ない。僕はこの人たちにお礼を言われる必要はない気がしたが、親族なりの礼儀なんだろう。


「なら自動車で送りましょう。もう夕方ですから」

「それはダメです。だって僕のおつかいなんですから! そうだ、3日間も待たせてしまってすいませんでした」


 僕は今更、待たせてしまったことへの謝罪する。頭を勢いよく下げた。


「いいえ、こちらこそ助けていただきましたから。それで何かお礼をと思いまして」

「要さん、金は嫌でしょうから。何かあれば何なりと」

「お礼って……ねぇ」


 中畑さんの言い方には少し棘を感じた。金は欲しいが、そういうのは嫌だ。さっきまで必要でしたけどね!


 あの病院で怒り狂ったのがまずかった。中畑さんは、文治さんにしゅーさんを殴ったことを伝えたろうか。思い出すと僕はドキッとした。さすがに殴ったのは怒られそうだなぁ、と。


「何か欲しいものとか、とにかくお礼をさせてください。助けて頂いたご恩は返したいのです」


 お兄さんがどうしてもお礼を、と言うが、僕は何も浮かばない。お礼を言われるほどの事をしていないのだ。半分は自分の為だし、だから欲しいものは浮かばない。本当なんだ。


「僕はただ、修治さんに前に進んで欲しかっただけです。だからお礼はいりません」


 深々とお辞儀して店を出ると、普段よりも軽快に足を走らせる事が出来た。しかし冬の夕方、パン屋なんてしまっているはずなのに駆け出してしまうのは何故だろうか。



「礼は要らないなんて……」

「要さんにお礼をしていたら、文治さんは破産しちゃうかもしれませんねぇ」

「はぁ」


 出て行った店でどんな会話がされているかなんて、僕は知りもしない。




 夕方は呆気なく夜になった。もくもくと温かい、湯気が立つ飲み屋街に差し掛かる。酒に合いそうな煮物の匂いが鼻を通り抜けて、体中に駆け巡ると腹がグゥと音を出した。昼に司から貰ったおにぎりを食べてからだいぶ経つ。


 爺さんから貰った金で一杯やろうかとも思ったが、平成で酒が飲めても昭和で少年を装う僕には不可能だ。

 

「何か食べたいなぁ」


 下を向いては冷えた手に息を吹き掛けながら、トボトボ歩く。右左交互に出る足を見ると、足袋や靴下を履かない僕の足は真っ赤っか。

 急に冬を意識すると寒さが厳しい。だから尚更温かそうな湯気に当たりたくて、体がウズウズとするのだ。立ち止まって赤提灯の明かりをボーっと見つめていると、隣が妙に暖かくなった。


「随分寒そうじゃないか」

「しゅーさん!」


 温かそうな紺色のどてらを着ている彼を見て、僕は思わず飛びついた。


「あったけぇー、しゅーさんあったけぇー」

「気色悪い。男が男に抱きつくな。そんな薄着じゃ寒いのは当たり前だろう」

「鎌倉帰って来たばっかりだから何にも無いんだよ。そうだしゅーさん! 僕とご飯食べようよ! 蕎麦とか蕎麦とか、蕎麦とか!」

「あっ、おい」


 彼の返事なんかまるで聞きもしないで、僕は看板に蕎麦と書いてある店へ手を引いた。ついこの間、死にかけた人の手は人の温もりをちゃんと取り戻している。

 蕎麦屋で席につき、きつねそばを2つ注文する。向かい合って座ると、顔色もすっかり良くなっている。僕はたまらなく嬉しくなった。


「人の顔を見てニヤニヤして。なんだ」

「しゅーさんだなぁと思って。そういえばしゅーさん、この辺に何か用事あった?」

「いや……」


 しゅーさんはすぐに顔を曇らせた。


「そういやね、僕の働いてるところにしゅーさんのお兄さんが来てたよ。もしかして、それ?」

「下宿先に帰って来るもんだから居心地が悪いんだ。息が詰まる」

「そりゃ悪い子したからね、しゅーさん。お兄さんだって怒るさ。で、金がないのに外に出て来て当てもなく飲み屋街をフラフラってか」

「金が無いは余計だ!」

「無いだろ?」

「……無い」


 まるで小さい子供だ。それに怒られ顔が合わせられなくて、また怒られるんじゃないかと恐れて逃げる逃げる。

 事の重大さを理解したから、それ以上チクチクと言われたくなくて逃げている。だけど、金が無いから店に入れない。側から見たら反省していないバカなんだろうが、彼は彼なりに生きようとしているのだ。


 きつねそばがさっさと来ると、テーブルに備えつけの箸を手渡した。


「この蕎麦は僕、いや爺さんの奢りね。僕の体にいい物を食べろって言われてもらった金だからさ」

「いいのか?」

「僕の体にいいことって、元気なしゅーさんを見られたことだと思う」

「なんだ、それ」


 しゅーさんは照れたんだか、引いたんだか、よくわからない顔をした。でも、僕は嘘をついていない。しゅーさんに会ってテンションが上がったのは事実だし、温かくなったのも本当。


「これあげる」


 なので、本当は最後に食べたいきつねそばに付いていた蒲鉾も、しゅーさんにあげてしまうのだ。湯気の向こうに見える、僕の対象者は不器用で可愛らしい、どうしようもない人だ。



 月明りが照らす夜の道。食べたばかりの蕎麦の湯気が、息を吐くたびに体から漏れ出す。 鎌倉で別れた後の話を聞いていた。

 あの後、しゅーさんはお姉さん達とレストランでご飯食べたらしい。誰もが無言で、どうにも空気が重たく、ついにお姉さんは食べていたグラタンを吐いてしまったとか。

 

 それで1人、下宿先に帰ればお兄さんが待ち伏せて酷く叱られて。ある程度の我慢はしたが、遂に一緒に居るのが耐えられなくなって、それで今に至ると言うわけだ。子供かよ。


 僕もお兄さん達に言われた事を話した。けれど皆まで言わぬうちに遮れる。当然だが、しゅーさんはお兄さん達が僕にお礼をしたくて飴屋に通っていることを知っているようだ。


「何が欲しいんだ。兄さんに言いにくいなら、俺が言ってやるぞ。会いたくないけど」

「本当に要らないよ」


 僕は首を横に振った。


「それは困る」


 しゅーさんも真似するように首を横に振る。


「どうしてさ、余計な出費がなくていいだろ」

「兄さんの顔を汚した俺が言うのもおかしな話だが、礼をしなければさらに兄さんの顔が汚れるからさ」

「あ……」


 大地主で政治家のお兄さん。しゅーさんの事がきっかけでイメージが悪くなっているとして、その恩人に礼もしなかったとなれば、お兄さんのイメージは更に落ちる。


 それを心配しているのか。血の繋がりは、切っても切れない。親が亡くなっていて、兄弟が問題を起こせば、兄弟がまた責任を取らねばならないのが世の中なのか。


 ――そう思うと、お兄さんに気にしてもらえるしゅーさんが羨ましく思えた。僕の兄弟はそうはしてくれない。お兄ちゃんが4人も居るのに、いつだって心配してくれたことはなかった気がする。

 

『お前は足を開けばいいんだよ』

『黙って居なくなれよ!』


 ああ、また嫌な事を思い出す。


「いやだ……」

「は?」


 しゅーさんの声に反応すると、何かを忘れてしまった。とても嫌な気持ちになって、どん底にいる気分だったのに、何を考えてたんだっけ? ああ、そうだ。何か欲しいものを考えたんだ。


「そうだ、今はどてらが欲しいかな」

「もっと真面目に考えろ! 後くっつくな!」


 帰りもとにかく寒くて仕方がないので、しゅーさんで温まろうと引っ付いて歩く。嫌がる割りに振り払わない。これが有り難かった。寒いのは体だけじゃない。記憶を思い出しても忘れても、どうも寂しくなってしまうのだ。


 お兄ちゃん達に何をされたんだっけ。やっぱり思い出せない。けれど寂しい。だから引っ付いて寒い所を埋めようとする。しゅーさんが本当にお兄ちゃんだったら、僕か甘えても怒らないか、だとか。もっと僕自身が優しくになれるかな、とか。認めてもらえるかな、だとか。


 忘れてしまった何かに傷付きながら、そんな事を考え始めている。お兄ちゃんが、なんだっけ?


「あまくせ? どうした?」


 突然黙り込んだ僕を気にしてくれるしゅーさんが、お兄ちゃんだったならどうなるのかなぁ。


「ねぇしゅーさん。お礼の話なんだけど」

「何だ、欲しい物が決まったのか」

「うん」


 しゅーさんに前に進んで欲しいから要らないなんて言ったのに。冬の夜の寒さがあまりに辛いので、欲に負けてしまうのだ。


「僕を、しゅーさんの弟にして欲しい」

「……はぁ?」


 やけに熱い頰、僕は今、どんな顔だろう。



 翌日。前日にしゅーさんと約束して、銀座へあんぱんを買いに行った。その足で僕は飴屋に向かい、しゅーさんはお兄さんと畑中さんを呼びに下宿先に帰って、店に2人を招いた。僕、しゅーさん、お兄さん、中畑さん、爺さん、先生。


 6人が卓袱台を囲むようにして飴屋の奥の座敷に座るなり、吉次がお茶を出してくれる。外には距離をとりながら学生の野次馬が何人かいて騒がしい。見せ物じゃないし、どこから何を聞いて集まってるんだか。

 

 気が散らないように気合いを入れろと、僕はワイシャツの襟を改めて整えた。


「それで生出さん。お礼をさせて頂けると言うことで、なんでしょう。さあさあ、ご遠慮なさらず」


 お兄さんが愛想良く笑ってくれた。僕は生唾を飲んで、しゅーさんをチラりと見た。しゅーさんは「早く言え」と言うように顎を少し前に出して合図する。僕はしゅーさんを信じた。


「お兄さん。僕を、ですね」

「はい」

「修治さんの弟にして欲しいんです」

「は」


 一気に場は凍りついた。何を言ってるんだ、と言われてもおかしくはない。先生や吉次もポカンとしている。お兄さんは笑顔が消えて口をあんぐりと開け、中畑さんもお茶を吹き出す始末。

 でも僕の望みなんだ。僕はどうにかして説得しようと、懸命に言葉を探した。


「分家除籍を条件に結婚することは知ってます。でも籍が云々じゃなくて、その、修治さんのことをこれからは近くで守りたくて、えっと」

「お、生出さん。それは――」


 お兄さんが困惑するのも無理はない。すぐに「はい」と言われる訳もない。


「あの、僕は必ず修治さんの助けになります! お兄さんやご実家、中畑さんに迷惑かけません! たくさん働いてお金も送ります、すぐに答えなんて要りません。認めてもらえるような行いをしますから! 僕が嘘じゃないって証明します!」


 頭を深々と下げた。僕はなりに精一杯、しゅーさんの助けになりたい。その想いは告げた。文治さん達は何も言ず、相変わらず空気は重い。

 しかし空気を変えたのは、呑気にあんぱんを頬張る爺さんの一言だった。

 

「なんだお前ら、兄弟じゃなかったのか」


 爺さん、今更過ぎる。



「生出さん」

「要でいいです。えっとその、お兄さん」


 僕はしゅーさんの弟になる許しを得た。文治さん達に、爺さんや野次馬の学生達が僕の今までを話してくれたのだ。中には、最初から何も疑わずに僕としゅーさんを兄弟が親戚関係の人間だと思っている奴もいた。

 お兄さんは僕をお目付役という名の弟として、しゅーさんとの同居を条件で認めて貰えた。が、全部が認められたわけではない。


 しかも、僕がもし女性だったらこの話はすぐに首を横に振っていましたけどね、なんて言われたので気が気でない。

 しゅーさん21歳、僕は16歳という設定の弟。しゅーさんには実年齢も伝えちゃいない。僕がこの人を助けるには年下の男の子である方が楽なのだから。

 

 今まで以上に、本当は女であることをしっかり隠して生きねばならない。胸がなくてよかった。声が低くてよかった。コンプレックスが今、キラキラと輝いている!


「お金は要りませんから、生出、ではなく要さんは修治をきちんと見ていてください。今回のような事があっては困りますから」

「はい!」

「修治、やるべき事はやりなさい。いいね」

「……はい」


 しゅーさんは俯き、僕はお兄さんとガッチリ握手を交わすと、青森に帰る2人を見送った。その姿が街角に消えていくと、しゅーさんは口を開いた。


「僕が嘘じゃないって証明します、か」

「ん?」

「うるさい奴と生活し始める俺の身にもなれ。全く」

「でもしゅーさんは昨日許してくれたじゃないか」

「お前が泣いたりするからだろう! 同情させられたんだよ」

「じゃあ中畑さんにお目付してもらうか?」

「……ほら行くぞ」

「うん!」


 僕が引っ付いて並んで歩いても、しゅーさんは嫌がらない。明治生まれ青森出身のしゅーさん、平成生まれ宮城出身の僕。


 接点なんて本当はないのだ。しかし、間違いない。今日から僕の帰る場所はしゅーさんの所だ。僕は最高に嬉しくてホカホカしているから、昨日の蕎麦のように湯気は出てないだろうか。

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