第6話 サキとレイカ

レイカがポテトを頬張りながら、スマホの画面に目を落とした。


「おっせーな、あのオヤジ。まさか逃げたんじゃねーの」


「逃げねーよ。そんなことしたら、アイツ終わりだよ」マキはメールの着信音にスマホを手に取った。「あっ、ナミ、彼氏と別れたって」


「ふーん、何で?」


 レイカがスマホに目を落としたまま訊いた。画面に指を必死にスライドさせている。たぶん、今はまっている恋愛シュミレーションゲームをしているのだろう。


 マキはスマホをテーブルに置き、レイカを見た。


「ねえ、レイカ。今、いくら残ってる?」


「うん? さあ、どんくらいだろう」


「悪いんだけどさあ、ちょっと助けてくんない」


 ここでレイカは初めて顔を上げた。


「えっ、マキもう使っちゃたの」


「シャネルのかわいいバッグがあってさあ、もうすんごいかわいくって、どうしても欲しくなっちゃって」


「いくら残ってんの」


「うーん、あと十万くらい?」


「ええー、だってこの前、あと三十万くらいあるっていってたじゃん」


「だからー、バックがかわいかったんだって」


 レイカがコーラの入ったコップを手に取り、ストローに口をつけた。ずずずーっと盛大に音を立てる。隣の席でハンバーガーを食べているサラリーマンが、眉をひそめてレイカに顔を向けた。


「あのオヤジが五十万持ってきたら、ひとり二十五万くらいになんじゃね」レイカがいった。


「あー、ダメダメ。コージから、そろそろノルマ厳しいから来てくれっていわれててえ。あした行くって約束しちゃったから」


「はあ? コージってあのホスト? マキ、まだあんなのと付き合ってんだ」


「こう見えても色々大変なのよ」


「もうっ、しょーがねーなー」レイカが苦笑しながら、椅子に背を伸ばした。「まあ、でもマキにはいろいろ世話になってっからねー。いいよ、貸したげる」


「アリガト、助かる」マキは顔の前で手を合わせた。


「あ、来た」


 レイカがマキの顔から視線を横に動かした。


 マキも振り返った。佐伯が入口に立って、店内を見回している。


「こっち、こっち」レイカがそういいながら手を振った。


 佐伯がこちらに近づいてきた。表情はひきつっていたが、目だけは落ち着きなくあちこちに動いている。


「こっち座んなよ」レイカが尻をずらし、隣を指さした。


「いや、僕はここでいい」マキの隣に立ったまま、佐伯が答えた。


「そんなとこ、突っ立ってたら目立ってしょうがないじゃん。座んな」


 マキはレイカの隣に顎をしゃくった。


「もうじゅうぶん目立ってるよ。新橋のハンバーガーショップじゃ、むしろ制服姿の君たちのほうが違和感がある」


 佐伯が鞄を開き、中から封筒を取り出した。


「ご希望のものだ。これで君たちとは一切、関係ない」テーブルに放った。「これ以上、つきまとって来るようなら、僕だって考えがある」


 サキは佐伯の顔を見上げた。怒りを含んだ目には覚悟の光があった。


「わかった。アリガト」


 サキがいうと、佐伯はびっくりしたような目を向けた。だがすぐに戻り、「じゃあ、僕はこれで」とくるりと背中を向けた。そのまま店を出ていってしまった。


 レイカが封筒に手を伸ばした。中をのぞき「やりぃ」と声を上げる。


 そんなレイカを隣のサラリーマンがさっきからちらちらと見ていた。目には疑わしげな色が浮かんでいるのがわかった。


(まじーな、コイツ)


「行こう、レイカ」


 マキはそういって、席を立った。


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