第44章 敵か味方か

 暗い部屋に明るい陽の光が射し込み始めたようだ。ハンナは一瞬、そこがどこか分からなかった。昨夜この部屋に入ったのが遅い時間だったので、部屋が暗くて気づかなかったのだが、今いる部屋はどこかに天窓があるように明るかった。けれど、部屋の中には窓らしきものは見えてはいない。

 ハンナは軽い頭痛を感じながら起き上がると、隣のベッドで眠るレオに声をかけた。

「レオ、起きて」

 眠い目をこすりながらレオは大きなあくびをし、ゆっくりと起き上がる。

「ハンナ、僕、頭が痛い」

「そう、私も……。風邪ひいちゃったかな。ここに来るまでずっと寒かったから」

 部屋の壁は無機質な灰色の壁で、ひとつの壁面だけがガラス張りになっている。昨日見たはずのテーブルは消えていて、部屋の大きさは半分くらいになっていた。ガラスの向こうに部屋が見えていることに気づいたハンナは、部屋から出るにはどうすればいいのかと、壁を触り始めた。すると今度はその隣に接している壁がガラスに変わった。その向こう側にスカイが立っていて、ガラスに変わった壁が横にするすると開いた。

「おはよう。朝ごはんの前に、こっちで話があるんだけど、いい?」

 ハンナは頷いた。

「あの、昨日の事、ごめんなさい」

 スカイはそれには答えず、部屋の奥を指さした。すると、部屋の隅に洗面台が現れた。

「その洗面台の上のカプセル、歯磨きだから、奥歯で噛んで。外側は吐き出してね。ずいぶんと長い間、歯も使っていなかったようだから、昨日かなり治療したんだけど。明日の朝まで効く薬だからちょっときついよ。終わったら奥の部屋に案内するから」

 スカイの言葉は、《急いで身支度を整えろ》という事だとハンナは気づき、レオと一緒に急いで顔を洗い、言われた通り透明のカプセルを口に入れ、奥歯で噛み砕いた。

「うわぁ……不味い。これ、《不味い》だ。」

 隣ではレオが、眉間にしわを寄せた表情をしていた。ハンナも味わったことのない苦い味に思わず顔をしかめた。口に残ったカプセルを吐き出し、口の中がすっきりしたかと思うと、すぐにまるですっぱいものを口にした時のように唾液が大量にあふれ出す。全身に虫唾が走るような感覚を覚えた次の瞬間、唾液は甘い味へと変化した。レオはその感想をつぶさに説明しようと騒いでいる。

 ハンナもレオと同じように驚きながらも、喋り続けるレオの未支度を急いで終わらせた。部屋から出ると、透明なガラスドアはゆっくりと閉じ始めた。まるで、どこかで誰かが見張って動かしているようだ。

 まだ少し寝ぼけた顔のレオが、笑顔でおはようとスカイに挨拶を返している。レオには敵意や警戒心は微塵もない様子だ。

 ドアが完全に閉じると、スカイは背を向けた。ハンナとレオは、前を行くスカイについていく。そこはかなり幅の広い廊下だった。その広い廊下を横切り、スカイは廊下を隔てた部屋の前に立ち止まった。玄関側とは反対側だと思われるのだが、やはり方向感覚がつかめないのは、同じような灰色の壁に囲まれているからだった。全てが直線的だ。

 あの丸太の部屋はどこだったのだろうとハンナが見回していると、さっきと同じように目の前の壁が微かな音と共に開いた。ドアというよりも、壁全体が開いたようだ。奥の部屋には、向かい合う大きなソファーがふたつあるだけで、ソファーのひじ掛けには小さなテーブルが付いている。この部屋にも窓が無いなとハンナは思っていた。全ての部屋が何かを隠しているかのようで、それはグリーングラスの塔を思い出させるものだった。

「そっちの部屋は、研究室だから、入っちゃ駄目だよ」

 スカイが指さした方向を見たが、ハンナの目には壁しか見えなかった。スカイがレオにもう一度部屋に入らないようにと念を押していると、その壁の一部が開き、博士が顔を出した。玄関もそうだったが、この家のドアには、どのドアにもドアノブが無く、壁全体が動くのだ。いったいどこからがドアなのかが分からないような造りだ。

 そう言えば、グリーングラスの塔の部屋にも無かった。一体この人たちは……。

 ハンナがぼんやり考えていると、博士がハンナに声をかけた。

「やれやれ、朝の挨拶もできないのかね。だから子供は嫌いじゃ。よく眠れたかね?」

 博士は何故か昨日とはうって変わって優しい顔だ。

「あ、ごめんなさい。あの、えっと、おはようございます。変わった、というか初めて見るドアだったので、ちょっとびっくりして。えっと、よく眠れたみたいです……。でも、風邪をひいたみたいで、レオもなんですけど、ふたりとも頭が痛くて……」

 博士は、スカイに目配せをすると、ソファーに腰かけるようハンナとレオに言った。

「すぐに薬を用意させよう。そこにかけなさい」

 ハンナとレオが横長のソファーに並んで座ると、博士はその前にどさりと座った。小さな博士が腰をかけると、その脚は宙に浮いてしまっている。同じようにレオの脚も宙に浮いている。

「さてと、もう十分とまではいえないまでも、ほとんど体力的には回復したようじゃな。それで、だ。君たちをここから出す前に、確認しておきたいことがあるのじゃがな」

 博士が身を乗り出したところへ、スカイが緑色の液体を持って部屋に戻って来た。

「ああ、スカイ、ありがとう。ついでに朝食も運んでくれないか」

 スカイは、頷くように頭を下げると何も言わずに部屋を出ていった。今日のスカイは随分と無口だ。ソファーの横に置かれた緑の液体を飲むように勧められが、昨夜の食事と言い、さっき口にした歯磨きと言われたものといい、なにもかも味わったことのない物だらけだった。ハンナはグラスを手に持ったまま躊躇していた。その隣でレオはあっさりとそれを飲み干している。

「まあまあだね」

 ハンナは持っていたグラスをテーブルに置くと、慌ててレオの口を押さえつけた。朝食を持って部屋に戻ってきたスカイは、引きつった顔をしている。

「君ってさ、なんでそんなに上から目線なの? すごく偉い人の子供か何かなの? 感じ悪い」

「上から目線?」

 レオはきょとんとした表情だ。

「だ、か、ら、偉そうってことだよ」

「《偉そう》って……?」

 スカイは、やれやれという顔をしている。博士が話を遮るように割って入った。

「《偉そう》というのはじゃな。相手が嫌な気持ちになるような様子を、相手に見せているという事だ。しかも、自分は間違っていない、自分は相手よりも素晴らしいと思っている様子でな」

 博士の言葉を聞くと、レオはしょんぼりした様子を見せた。

「そうなの? 僕、スカイを嫌な気持ちにさせたの? ごめんなさい。でも僕、このジュースは美味しくも不味くも無いから、まあまあだなって思って……。本当にそれだけなの」

 博士は、「ほう」と呟きながら、レオに話しかける。

「思っていても、言葉にしてはいけない事というのが世の中にはあることを知らないのじゃな。特に料理を作ってくれた人を目の前にしている時は、注意が必要じゃ。嘘はつかんでもいいが、『まあまあ』は良くなかったな。いつもそうやって誰かがその口を押さえて止めておるのか?」

 レオは、驚いた顔で博士に問いかけた。

「そうなの? 『まあまあ』は悪い言葉なの? 言葉にしてはいけない言葉なの?」

「それは難しい質問じゃな。だがしかし今の例で説明するとじゃな、今君が飲んだものは、このスカイが朝早くから起きて、時間をかけて手作りしたものじゃ。昨日の夕食のような人工物ではない。この朝食もな」

 博士はそう言うと、スカイが持って来た朝食を口にし、何ともいえない顔をした。

「無理しなくていいよ、博士。薬草だけのサンドイッチなんだから」

 博士は、苦笑いをしながら、レオに向かって言葉を続けた。

「この料理もさっきのジュースも、食べる人の身体のことを考えて調理されたものだ。心がこもっているともいう。それを君は『まあまあ』と言った。君が正直なことが悪い事とは言わんが、その時のスカイのがっかりした気持ちがどれほどのものか、君にはわかるまい」

 レオは、悲しそうな顔でスカイを見つめた。博士はまた一口パンをかじりながら言った。

「まぁ、あれだ、味の感想は人それぞれじゃ。育ってきた環境と、それまでに口にしたものにより味覚が発達する。身体が病気になれば、その味覚も変化する。複雑で微妙な装置が口の中に存在している種族は多い。それは全て身体を守るためだ」

 レオは眉間に皺を寄せ考え込んでいる。それを聞いてハンナはその飲み物に口を付けた。確かに美味しいとは言えないが、昨日の夕食よりも自然な風味があった。ハンナが風邪をひいた時にママが作ってくれていた野草ジュースに似ている。もちろん、ママが作ってくれていた物の方がフルーツの甘みがあってよっぽど美味しいのだが、それでもこのジュースを作るためのスカイの労力は簡単に想像できた。

「たくさんの野草を摘んでくれたんですね」

 ハンナが礼を言うと、スカイは『えへん』と胸を張りながら、中に入れた野草の種類を説明し始めた。風邪や頭痛に良いとされる野草を乾燥したものを煎じてから、そのエキスを濃縮して入れているという。サンドイッチにもそのペーストを塗ってあるらしい。ハンナは、ママが大事そうにキッチンに吊るしていた野草の束を思い出していた。

「化合された便利な治療薬はいくらでもあるんだ。けど、検査した時、君たちの身体には人工的な化学物質の残骸がほとんど見当たらなかったからさ。君たちの身体にはこっちの方がいいのかなと思ってさ。だから……味は確かに美味しくないかもしれないけど。無神経な言葉にちょっとイラっとした」

 レオは眉間にしわを寄せたまま、「ごめんなさい」と小声で呟いた。

「セバスチャンが言ってた……。身体にとてもいいものは、時には美味しくないって。嫌な気持ちにさせてごめんなさい。でも美味しくないって程ではなかったよ。ほんとだよ。ね、《無神経》ってなに?」

 その微妙な謝り方にスカイは顔を引きつらせながら、もういいよと答えていた。

「でも、僕、やっぱり、言ってはいけないことが分からない。ハンナが僕の口を押さえた時は、いつもそうだったの? でもザグレブは笑ってたよ。どうしてスカイは違うの?」

 レオが見つめる視線の先にはハンナがいた。レオのまっとうな疑問にハンナは答えられなかった。すると、博士がそれに答えた。

「相手が嫌な気持ちになるかどうかは、相手のその時の状況によるものが大きい。ひとつの言葉に対する脳の反応は人それぞれ。相手の状況が理解できるかどうかで感じ方は異なる。だからその都度違うんじゃ」

「それじゃ、僕、どうすればいいの?」

「経験して覚えていくほかなかろう。どういう言葉が相手を傷つけ、喜ばすのか。大事なことは、相手の考え方は自分と違うかもしれないという事だ。

 悪意のある言葉に対して、言葉の深い意味を考えすぎて心を痛め何も言えなくなって黙る者もいれば、言葉の意味を深く考えず気に留めない者もいる。意味を論理的に頭で理解してその理由を冷静に相手に尋ねようとする者もいれば、スカイのように違う表現を用いて、直接その無神経な相手をはっきりと責める者もいる。これが、ひとりひとりが持つ異なる個性というものじゃ。

 相手の気持ちを読んで言葉を発することが出来る者と、読めない者、読めているのにわざと相手を傷つけようとする者もいる。遺伝子的に感情を理解できない者もいる。

 これはな、人と何度も関わるということをしてこそ身につく能力でもある。君にはまだその数は少なかろう。だから、悪意なく言葉を発したはずだ。スカイはそれを理解できなかった。そのザグレブだかいう者は、君が悪意なく言ったことを理解して笑っていたのだろう。全ては何度も体験したことで導かれたものだ。だから、判らぬうちは、気にせんでよい。

 悪意なく言葉を発した子供の君に《偉そう》という言葉は適切ではない。これはスカイの理解不足だ。しかしながら、相手の心や立場を理解できず言葉を発する者はな、しばしば《無神経なやつ》と言われる」

 レオの眉間の皺は、ますます深くなっていた。

「さっきも言ったが、味覚、味の感想は、ひとそれぞれ。全ての種族が美味しいと思うものなど存在せん。成長とともに変化し、その時の体調でも変わる。その不味いジュースが、まあまあということは、君の身体に必要だという事で、身体はまだ十分に回復していないという事じゃ」

 そう言うと、うひゃひゃと博士は笑った。

「博士、ひどいよ!」

 スカイはふくれっ面だ。

「大変な作業を朝からこなしてくれたことには感謝しておるよ。彼らのためを思って、何も言われなくても動けるところがお前の素晴らしい所じゃ」

 そう言われて今度はスカイは照れたように微笑んだ。

「レオよ、まだ、君には難しいかもしれんな。けれど、自分以外のものと共に生きようとする時、今言ったようなことが理解出来ないのは、一般的には子供だと言われる。実際、君はまだ子供だ。子供はそんなこと気にせんものだからな。

 大人になっても、思ったことをそのまま口に出し、子供の考え方のままの者もおる。そういう者は、徐々に他者から距離を置かれるようになる。何故なら、その発言は相手を思う心に欠けているからだ。ゆえに他者とのつながりが薄い者に多い特徴でもある。それが素直でいいと思う者もおるし、脳の一部分の成長が止まっていると考える者もおる。

 その脳の機能が果たして本当に必要な部分か、《無神経》なことは良くない事なのかどうかは、わしにも判らん。わしも、どっちかと言えば《無神経》に近いからな。

 君も自分以外の誰かと関わることを続けてゆけば、おいおい学んでいけるはずじゃ。相手の考え方も毎回違うだろう。確実な正解などない。だから面白い。ひとつ言えることは、思ったことをそのまま口に出すことで、君は敵を作ることもあるという事じゃ。相手は自分とは違う考えを常に持っておるからな。しかし、それを怖がって自分の世界だけで生きることは、あまりおすすめできん。自分と異なる考え方があることに気づくことができなくなるからな。

 けれど、君がどう頑張っても上手く人と関われないのであれば、それでも良いのじゃ。それが君の個性じゃからな。たとえ敵を作ろうが、自分が思う意見を述べることは悪い事ではない、とわしは思う。誰にも理解されんと悲観する必要はない。自分のことを理解できるのは自分だけなのは、しごく当たり前のことじゃ」

 博士はゆっくりとスカイの方へ視線を移すと、語気を強めて言った。

「いいか、自分の努力や気持ちを分かって欲しいなどと思うのは、傲慢じゃ。《偉そう》なのは、レオではなく、お前だ。君のことを分かるのは、君以外はおらん。そんな当たり前のことを忘れるから、不満や不平の心に支配されるのだ。

 もう一度言うが、相手の考え方は自分と違う。それは遺伝子配列がひとりひとり全て違う事と同じだ。それに対して冷静に反応できないようであれば、わしの弟子としては失格だ。頑張ったのに認められなくて悲しかったと、相手に訴える能力を身に付ければ良いだけの話じゃ。それで相手が変わらず理解できない者なら、理解する脳機能を持たない相手だったというだけの事だ。お前が怒る必要などない。関わらねばよい。そんなのは関わっても時間の無駄だからな」

 スカイは俯いて、納得いかなそうな表情で、口をとがらせている。博士はぎろりとスカイを睨み付けた。

「不平を態度で示すなど、子供のする事。もってのほかじゃ。お前は子供か? レオよ、今はまだ分からないと思うが、まあ、焦らんことだな」

 博士は、話がそれてしもうたと言いながら、レオに視線を送った。それから椅子に深く座ると、手元の小さな装置を操作し始めた。すると、無機質だった壁の一面にフラワーバレーの景色が広がってゆき、ハンナは目を見開いてその景色を食い入るように見つめた。

「さてと、本題に入るか」

 レオは壁の傍まで走って近寄り、壁の隅々まで不思議そうに手を触れた。

「これは……写真?」

「少し違う。脳内映像を多次元に発展させたものだ。近寄りすぎると、いくら立体視にすぐれた者であってもまだら模様にしか見えんよ。席に戻りなさい」

 そう言われてレオはソファーに戻った。不思議な遠近感の中で、映像はスノーマウンテンを眼下に空を飛ぶ映像に変わった。その画面で映像を停止させると、博士はハンナに向き直った。

「この映像は、君の脳内シグナルを可視化したものだ。つまり、君が見たことのある景色だ。君は本当にフラワーバレーの出身なのかね? 

 あの国は、何年も前に科学開発を拒絶した国だ。グリーングラスから加工機器が輸出されているのは知っているが、兵器となるものは輸出されてはいないはずだ。それでは、この映像は一体どういうことだ。この山は、動力の無い簡易飛行物体で超えられる高さではない。君は一体どうやってこの景色を見た?」

 博士の表情は真剣そのものだった。スカイもハンナたちをじっと見つめている。

「なんだそんなことか。ゲームしていたんだよ!」

 レオが明るい声で答えた。ハンナは焦って、レオの口を塞ぐ。レオは、ハンナのその様子を見て、はっとした顔になった。また思ったことをただ口にしてしまって何か失敗したのかと焦ったような表情をしている。

「ゲームとは?」

 博士が怪訝な顔で尋ねた。

 ハンナの顔を見つめてレオが申し訳なさそうな表情を見せていた。レオはハンナを見上げて、その右手を左手のバングルの上に乗せていた。おそらく心の声を届けようとしているはずだ。

 けれど、ハンナには何の声も聞こえてこない。

「どうして、私の記憶を勝手に見たんですか」

 消えかけた疑念がハンナの心の中で再び沸き起こる。怒りが沸いて声に力がこもる。

「あなたたちがやっていることは、グリーングラスと同じ。私たちに何をしたの?」

 博士は一瞬面食らった顔をしてから、手元の機械を操作すると壁の映像を消した。部屋の壁は、今度は暖かな色合いに変わった。

「確かに君の言う通りじゃな。わしらは、その容姿、その外見で、君らを勝手にグリーングラス人だと理解した。あの国では脳内映像化は合法なのでね。皆が抵抗なく互いの心を完全に把握しながら均衡を保っている。全てが可視化され、それに抵抗を示すものなどいない。抵抗は孤立を意味するからだ。奴らは考えることを奪われた種族だ。君はやはり、グリーングラス人ではないようだ……疑ってすまなかった」

 ハンナは博士の言っていることがよく分からなかった。レオがハンナの服の裾を引っ張っぱる。何か訴えたいことがあるに違いなかった。けれどやはり、黒いバングルをしっかり握っているレオの声は頭に少しも響いてはこなかった。

 ハンナは、今度は少し柔らかい声を出し、博士に尋ねた。

「助けてもらったこと、ありがとうございます。でも……この部屋とか、グリーングラスの部屋にとても似ていて……。あなたたちを信用していない訳ではないけど、お願いです。私たち、元いたところに戻りたいだけなんです」

「言われんでもすぐにここから解放してやるつもりじゃ。ただ、わしの質問に答えて欲しいだけじゃ。どうやってここへ来た?」

 ハンナは、レオの肩を引き寄せた。

「この、レオと来たんです」

「そもそもふたりだったということか」

「そうではなくて……飛んで」

「飛ぶ? どのような装置だ? ならば、なぜ、このレオという者の脳内記録に飛んでいる映像が出て来ないのだ?」

 博士は再び、手元の機械を操作している。ハンナはどう説明しても分かってもらえなさそうだと思った。実際に見てもらうしか方法はないだろう。けれど、納得する説明をしないとここから出してもらえそうにもない。

「見てもらうのが一番なんですけど、外に出ることは出来ませんか」

「それは無理だ。何も教えずに逃げる気だろう。行っておくが、外に出たとしても部屋の中だ。君には分からんだろうがな。今、君たちは私が作り上げた世界の中にいる。治療費を払えとは言わん。我々が解けない疑問を解いて欲しいだけだ。昨晩はそれを考え続けて一睡もできんかった。どうやってここへ来たかそれだけでよい。そうすればこの世界から出してやろう」

 博士は科学者としての純粋な興味に支配されているようだった。前のめりになり、食い入るような目で質問している。

 ハンナの頭の中ではその必死な形相が、グリーングラスの塔にいたローブの男の表情に重なった。すると、その思考に連動して部屋の中にその男が姿を現した。実際には、部屋のスクリーンに映ったのだ。そのローブの男の後ろで、布を巻いた男が囁く。

「HA……NA……」

 助手のスカイが、険しい顔をしている。その手は怒りで震えている。博士もソファーから立ち上がった。ハンナの身体は小刻みに震えていた。レオは震えるハンナを落ち着かせるかのように、ハンナの背中に抱きついている。

「申し訳ないが、我々は昨夜、この映像も確認している。これを見る限り、君たちは間違いなくグリーングラス側の人間だと思ったのだが、君の反応が気になってね」

「私たちを閉じ込めた人たちです……何かを検査したって言ってた。サンプルがどうとか……」

 博士はソファーにゆっくり腰掛けると、眉間に皺を寄せ腕組みをして俯いた。

「君たちは、よほどの研究対象のようじゃな」

「こいつら、俺たちの研究成果を奪っていったやつだよ。この顔、絶対忘れない」

 スカイの顔は、嫌悪と怒りで歪んでいる。博士は怪訝な顔で、ハンナの顔を覗き込む。

「いったい君たちは……どうやってあの国から出たのだ?」

「それは……」

「この森に来たのは、本当は技術を盗むためじゃないのか? 奴らの仲間じゃないのか?」

 スカイが低い声のまま身構える。

「違います! 必死で逃げてきたんです。本当です。信じて。あの人たち、私たちを何か月も閉じ込めたって言ってた。私たち必死で逃げてきたんです! あんな人たち、仲間じゃない!」

「……でもさ、タンタムおじさんは、すごくいい人だったよ」

 首を傾げたレオのその言葉に、その場にいた三人は、一斉にレオの顔を凝視した。

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