第28章 一体となる

 翌朝早く、また新聞記者たちが庭の向こうに集まって来ていることを予想していたハンナは、窓の外の景色に誰も立っていないことを知ると、人々の関心がこれほどあっという間に変わるのかと驚いた。

「ハンナ、レオを起こして。少し早いけれど、馬車を呼んで村へ戻りましょう」

 ハンナは、少し考えてから答えた。

「ねぇ、ママ。多分……なんだけどね。ペガサスに乗って行けば、一分で村に着くし、それなら朝ごはんとか食べて、ここでもう少しゆっくりできるかも」

 ママは、驚いた顔をしてハンナを見つめた。ハンナが何を言っているのか判らないという顔をしている。

「あぁ、そ、そうねぇ。でも、あの、ペガサスって、そんな、送迎とかに馬車代わりに使うものでは無いような気が、ママにはするんだけど。大体、簡単に呼べるものじゃないし」

「でも、経験者ルークが、いつでも呼んでって言ってたし、一回試しにやってみようかな」

 ハンナはそう言うと、指輪を窓の外に向け、超がつくほどの整った美形を頭に思い描いて、『ルーク、村に帰りたいんだけど、来てくれる?』と、心で呟いた。

 青白い光が朝日に輝く空へとまっすぐ伸びた。パトラが操っていた光にそっくりだ。けれど、しばらく待ってもペガサスはやって来なかった。ママは、ほらねと笑いながら、馬車を呼ばなければと、パトラの家の電話帳を探し始めた。

 ハンナはがっかりした顔で、支度をはじめレオを起こした。まだ眠いのか、無理やり起こされてすこし機嫌が悪いレオは、眩しそうに眉間にしわを寄せている。ハンナがレオを着換えさせている間に、ママが電話帳をようやく探し出し、電話に手をかけた時、玄関のドアをノックする音が聞こえた。

 ママとハンナは顔を見合わせ、そっと玄関ドアに近づき、のぞき窓から外を見た。驚いたことに、そこには可愛らしい顔のジャックが立っていた。

「ジャック!」

 ハンナが、嬉しそうにドアから外へ飛び出すと、ママは驚いた顔でハンナに尋ねた。

「学校のお友達?」

「違うよ! 守り人のジャックだよ! ジャック、来てくれて、ありがとう!」

 ジャックは、抱きついてきたハンナに少し照れながら、頭を掻いている。

「あのさ、こんなに朝早い時間にさ、何かあったかと思ってびっくりしたんだよ。ルークはね、まだ寝てたの。寝ぼけながら、お前先に行っとけって。えっと、それから、呼ぶときは『何時にどこに』と『目的』をはっきり言ってくれって。パトラそっくりだって愚痴ってたよ。村までなら一分だからって、俺はもう少し寝てから行くって。急ぐ?」

 ママは、啞然とした顔をしている。ハンナが、何時に着けはいいかをママに尋ねたが、ママはしばらく頭の中でいろいろなことを整理しているようだった。ハンナが再び促した。

「ねぇ、ママ、村には何時に着けばいいの?」

「あ、ああ、そうね。ええと、昼前までにはと思っていたんだけど」

「なんだ。まだ三時間はあるよ。ルーク怒っちゃうから。僕、連絡取っておくね。あと三時間は眠れるよって。なんだか昨日、凄く疲れたんだって。僕の方がずっと働いていたと思うんだけどな」

 そう言うと、ジャックは目を閉じて、胸に輝くペンダントの中央に光る赤い石を握った。すると、細く赤い閃光が天井に向かって走り、一瞬で光は見えなくなった。

「これで、大丈夫。ルーク、分かったって。昼前になったら、僕に迎えに来いって」

 ハンナとママの後ろで寝ぼけ眼で立っていたレオは、すっかり目が覚めたようで、好奇心の塊の瞳でその様子を見つめていた。

「ねぇ、僕はレオ、あなたはだあれ?」

「あ、君、昨日の子だね。もう体は平気? 僕は、守り人ジャック。おはよう。守り人レオ」

 ジャックはそう言うと、にっこり笑った。

「違うよ。僕の名前は、レオだよ。守り人レオじゃないよ」

 ジャックは笑ったように見えた。レオの顔はいたって真剣だ。ママは、ようやく少し状況を飲み込み始めた顔つきになった。

「あの、ねぇ、ジャック、時間ができたようだから、良かったら一緒に朝ご飯でもいかが?」

「え! 本当に! すごく嬉しい! だって、ルークの朝ごはん、いつも最悪で、今日なんかさ、眠くって作れないからって、ヨーグルトを勝手に食べてろって、それだけだと僕、空を飛ぶとき力も出ないよ」

 ママは、くすくすと笑いながら、じゃあ皆で食べましょうかと言い、少し待っていてねとキッチンへ消えていった。

「ねぇ、ジャック、どうやって来たの?」

「え? 飛んで、だけど?」

「だって、今の姿はペガサスじゃないし……どうやって戻るの? 自分でできるの?」

「ああ、そのことか。先にね、偶数の回数だけ触れて貰っておくと、僕、自分の力で戻れるんだよ。二回とか、四回とか、六回とかね。その守り人レオ君には、まだ戻り方わかんないからできないと思うけど。

 僕は、二度、先に石に触れてもらっとけば、自分で元の姿に戻れるよ。四回触ってもらえば、一度元に戻ったとしても、二度目からは自分でペガサスに変われるし、六回触ってもらっていれば、三回目までは自分でペガサスになれて自分でもとに戻れる、って感じ。

 最初だけは、どうしても触れてもらわないといけないんだけど。でもルークって、すごく根性悪いからさ、いっつも僕をペガサスにする時、一回とか、三回とか奇数の回数しか触れないんだ。だから元に戻る時もいつも触ってもらわないと戻れないんだよ。ほんと、マジでムカつく」

 ハンナは、まだ経験者としてやっていく気にはなれなかったのだが、もし経験者としてやっていくのなら自分には勉強しなければいけないことが山ほどあるのだろうなと思った。

 レオは、ふたりが会話している横で、ずっと、僕は守り人レオじゃなくて、レオだと言い続けている。ハンナはジャックの胸に輝く赤い石に目をやった。

「ねぇ、その赤い石を握ると、ルークに連絡ができるの? 電話みたいに?」

「うん。僕には、ルークみたいに他の石は必要ないんだよ」

 ハンナは、ジャックのその言葉の意味がよく分かっていなかった。ジャックはレオに近づくと少ししゃがんだ姿勢で、『僕はレオだ』と言い続けるレオの左手を取り、赤い石がはまった黒のバングルを見た。

「ねぇ、レオ、この赤い石を反対側の手でさわって、口に出さずにハンナに何か言ってごらん」

 レオは、ようやくレオと呼んでもらえたことに納得した表情で、赤い石を触り、ハンナを見つめた。突然、ハンナの頭の奥で、レオの声が大きく反響した。同時にレオの赤い石から赤い光が飛び出してすぐに消えた。

『僕の名前は、レオ。守り人レオじゃない』

 頭の中で、何度も言葉が響く。ハンナは、驚いてレオを見つめた。

「そうね、レオはレオだもんね」

 ハンナが口に出して答えると、レオは驚いた、という表情の後、バングルから手を離し不思議そうな顔で赤い石を見つめた。

「すごいね、これ。すごく面白い。ゲームに使うの?」

「あ、うーん、どうかなぁ。使ってもいいのかな……」

 ハンナは言葉に詰まった。ジャックは怪訝な顔をしている。

「あのさ、ハンナも口に出さなくてもいいんだよ。レオが石に触れている限り、ハンナは思うだけでレオに伝わるから。便利でしょ」

 ジャックにそう言われたものの、それが便利なのか不便なのか、ハンナには疑問だった。思っていることがすべて相手に伝わるというのは、あまり便利なこととは思えないのだ。

 それからレオは、何度も面白がって、一切口を開かずに赤い石に触れながらハンナの頭の中に語り続けた。点滅するクリスマスの飾りのライトのように赤い光が何度も走っては消える。

『僕、お腹空いた。マシュマロ食べたい』

『えっと、朝からは……』

『ねぇ、この赤いのは、ステンドグラス?』

『え? 違うよ』

『じゃあ、なあに?』

『宝石っていうものでね……』

『宝石? 宝石って何? ね、この守り人ジャックは、男の子?』

『そんなこと言ったら駄目だよ。一応、女の子なんだから』

『ハンナと同じかぁ。あ、そうだ、僕ね、パンパスグラスに行かないと、死んじゃうんだよ』

『だから、死なないって! セバスチャン嘘つきなの!』

『嘘つきって何?』

『えっと、それは……』

『ね、僕も、空を飛べる?』

『あ、うん……たぶん……ね』

『ライラおばさんのパン食べたい』

『それは……』

『ね、僕、お腹空いた』

『だから、今ママが……』

 頭の中で反響し続けるレオのセリフの弾丸攻撃に、ハンナはげんなりした。答えを言う間もなく、次から次へとレオが思っていることが、ハンナの頭に飛んでくる。その様子を見てジャックはゲラゲラ笑っている。恐らく、自分も同じようなことをした経験があるのだろう。

「さ、朝ごはん食べましょう」

 ママの明るい声に、三人は振り返った。言葉の弾丸攻撃からようやく解放されたハンナは、これの止め方をルークに先ず聞かなければと思いながら、いい香りのする方へと向かった。

 レオもジャックも、ママの作った朝ごはんを、美味しいを連呼しながら平らげた。ハンナにとっては、いつも通りのメニューだ。バナナジュースと、白いパンに薄切りのキャベツがサンドしてあって、その中央にはケチャップソースで甘く味付けされたコロッケが湯気を立てている。

 残り物のコロッケが、パトラの家の冷蔵庫にあったのだろう。それは間違いなくママが作ったコロッケの味だった。ママは、きっと何度もこの家に来ていたのだろうとなと思いながら、ハンナは無言でそれを食べていた。

 食事を終えてしばらくすると、ジャックがルークを呼びに行った。美しいペガサスに変わったジャックの姿を見て、ママとレオはこれ以上ないくらいの驚いた顔を見せた。

「ねぇ、君は、ジャックなの?」

 尋ねるレオに、ペガサスはいなないた。

「違うよ。ジャッキーだよって言ってるよ」

 レオは驚いた顔のまま、今度はハンナを見つめた。ペガサスは大きな羽を広げ天高く飛んだ。自力でペガサスに変わったという事は、ルークは最低でも三回は、あの赤い石に触れていたという事だろう。そうしてほんの数分で、ジャッキーはルークを背に乗せて戻って来た。

「お待たせしました」

 ルークは相変わらずの後光を身に纏ういで立ちで微笑んだ。朝が起きられなかった人とは思えない仕上がりだなとハンナが見つめていると、ルークはハンナに顔をぎりぎりまで近づけ、超迫力のアップ映像で迫ってきた。

「ねぇ君、よく分かっていないようだから、ちゃんと言っておくね。僕はね、君の、運転手じゃないんだよ? 君には、いるでしょ? そこに飛べる奴が」

 ルークは右手でレオを指さしている。ハンナは、自分の鼻さきまで迫ってくる高くて美しい鼻と、ルークの髪から漂ういい香りに目眩がしそうになった。

「えっと、あの……」

「本当に、娘が無理を言ってしまって申し訳ありません」

 焦ってお辞儀をするママに気が付くと、ルークは長い髪を後ろに流しながら微笑んだ。

「これは、ご婦人の前で、大変な失礼を。私、経験者ルークと申します。何やら、朝早くから、この守り人ジャックに大層なご馳走を頂いたようで。代わって御礼を申し上げます」

「いえ、そんな。ご馳走だなんて」

 光り輝く経験者ルークを前に、普段は冷静なママもどぎまぎしているようだ。ハンナは、そんな様子のママを初めて見た気がした。

「パトラばあ様の最期を見送っていただいたのですね」

 ルークが突然神妙な顔つきになったので、ママも声を落とした。

「私たち親子は、パトラばあ様からいただくばかりでした。これからは、ご恩返しをしていかなければと思っています」

 ルークは、少し考えた顔つきになり、それから笑顔で言った。

「ご恩返し、というならとっくに済んでいるように僕には思えます。これから、お嬢さんが経験者として生きなければならないという事がどういうことか、お母様にも判る時がきっと来ると思います。それと、お嬢さんは、精霊に認められましたが、まだ不完全です。嫌になればいつでも辞められるという類のものではありませんが、終わりは必ず来ます。僕でよろしければ、いつでもお力になりましょう」

 ルークの言葉が終わるか終わらないかの時に、ハンナは言葉を挟んだ。

「あの、レオが赤い石を触りながら、ずっと頭の中で話をするのを止めたいんですけど」

 ルークは、ゆっくりと顔をハンナに向けると、固まった笑顔のまままたハンナの顔に、また鼻先まで近寄って来た。

「君、大人が話をしている時は、きちんと最後まで聞いてから、話し始めるもんだよ。それとね、頭の中の言葉だけど、止める方法は……」

 ハンナは、言葉の続きを待った。

「……ない!」

 ルークは、少しばかり苛立った表情になった。隣でペガサスが嘶いている。その言葉が分かるハンナとママは思わず噴き出した。『僕がルークに歯向かう時に使う唯一の武器なんだからね。今度意地悪したら、一晩中、頭の中で呟き続けてやる』と言っている。ふたりが笑っていることが解せないレオは、皆が話す様子をじっと見つめていた。

「やぁ、守り人レオ君、昨日はよく眠れましたか?」

 レオに気づいたルークが挨拶をした。

「もう! 僕は守り人レオじゃなくて、レオだよ! あなたはだあれ?」

 ルークは、少し困った顔になってから笑った。

「まぁ、そう呼んで欲しいならそうしてあげるよ。昨日一瞬だけ君が目を覚ました時に、一緒にいたんだけど……まぁ、覚えていなくても無理ないね。僕の名前は、経験者ルーク。これから、よく会うと思うよ。よろしくね。さて、それでは参りましょうか。午後からは、私たちは北の山に行かねばなりませんので」

「でも、四人一緒に乗るの、ジャッキーには重くない?」

「何を言っているのかな君は。昨日だって、ちゃんと送り届けたでしょう。でも今日は、レオ君が目覚めているからね。それに……」

 ルークはレオの手を取ると赤い石の輝くバングルに触れた。

「こんなにカッコいいバングルを持っているんだから、いつでも飛べるはずだよ。とてもいいね。クールで君にピッタリだ」

 レオは、褒められたことは分かったようで、笑顔になった。

「ねぇ、バングルって何? これのこと? クールって何? 綺麗とは違うの?」

「綺麗(奇麗)って言うのは、奇跡的に抜きんでる程に麗しいってことだからねぇ。その言葉は、僕みたいなものに使う言葉だね。クールは、そうだねぇ……見ていてワクワクして、特別で、いいね! って思う事かな」

「特別って何?」

「他とは違うってことだよ」

「僕、他とは違うの?」

「ああ、違うね。君も、そのバングルもクールだ」

「僕、クールなんだぁ。でもさ、ルークは、綺麗じゃないよ。だって、綺麗は、ずっと見ていたいときに使う言葉だって、ハンナが教えてくれたもん」

 ルークの地雷を踏んだことに気づかない無邪気なレオは、嘶くペガサスにもう興味が移っているようだ。

 分かりやすく肩を落とし、悲壮な顔をしたルークの隣で、『ルークは綺麗じゃないって。レオよく言った! レオ、最高! レオ、クール!』と、ペガサスが笑うように嘶いている。その言葉を聞こえていないレオだけが、泣き続けるペガサスを撫で続けている。

「どうしたの? 痛いの? ジャッキー、大丈夫?」

 ルークは、少しばかり怒りで肩を震わせながら、ハンナに向かって片側の頬だけをあげて、不自然に笑った。

「君の守り人って、なかなかの大物だよね。僕を否定するなんて、なかなかできないよ。まぁ、まだ子供だから、綺麗の何たるかは、これから学んでいくんだろうけど。さ、それじゃ行こうか。レオの赤い石に触れるんだ」

「で、でも、どうやって飛ぶの?」

「なんだ、本当に何も知らないまま《経験者》デビューしたみたいだね。先が思いやられるよ。守り人はね、まだ彼らが未熟なうちは君の意思で動かせるんだ。精霊たちとの誓約で、経験者の君がその石に触れれば、守り人はその姿を《精霊から与えられた姿》に変える。けれどその半分は、本当に精霊だからね。取扱注意だ。その後は、君はただ『飛べ!』と念じればいいだけさ。自分自身で飛ぶことを思いながらね」

「でも、ジャッキーは、勝手に動くんでしょう?」

「ああ、コイツはね。もう完全に独立している。というか、精霊と完全にリンクしているんだ。本来、僕の手助けは必要ない。ただ、姿を変えるタイミングだけは、まだ僕がコントロールしている。どこに逃げていくかわからないからね。もう僕の意思を跳ね返せるんだ。所謂、暴れ馬だ」

 それを聞いてペガサスは大きく嘶いた。いつものように、僕は馬じゃないと言っている。その抗議の言い回しはレオにそっくりだ。

「やってみる」

 ハンナは、ゆっくりとレオに近づいた。レオの手首のバングルに埋まった赤い石に触れると、レオは一瞬の閃光と共に小さな龍のようなものに変わった。

みずち……」

 ハンナのママは、姿を変えたレオを見て、驚いた顔で、そう一言呟いた。小さな龍、みずちは地面でのたうつように暴れていた。石を見つめていたハンナは、その光の強さとみずちの動きの激しさに、思わず手を離して一歩後ろへ下がった。

 それからハンナはもう一度みずちに近づいて、その苦しそうに歪んだ顔に触れようとしたのだが、途端にみずちは敵意をむき出しにしてハンナに襲い掛かってきた。ママは、ハンナの身を守ろうと飛び出そうとしたところをルークに阻まれて前に進めなくなった。

 ハンナは、襲い掛かるみずちの頭から逃げるどころか、その首にしっかりと抱きついて叫んだ。

「レオ、レオ! 聞こえる? 苦しいの? ごめんね、レオ。ちょっとだけだから……」

 そう言いながら、ハンナは強く祈った、『飛べ‼』と。

 小さなみずちは、首に抱きついたハンナを抱えたまま天高く舞った。その飛び方は、とても安定しているとは言えない飛び方だ。ハンナは振り落とされるのではないかと思ったのだが、まるで強力な磁力で引かれ合うように、みずちに身体がぴったりとくっつき、振り落とされそうになって両手を離しても、飛ばされた先に尾があって、すぐにハンナの身体の一部が密着した。

 そのうちハンナは、自由自在にみずちの身体の上を動くことが出来ることに気が付いた。一度大きく乱高下したときにも、身体の一部が触れている限り、ハンナは振り落とされることが無かった。まるでその身体の一部になったようだ。這うように何とか尻尾からその頭の上まで進み、この前見た過去の映像と同じように小さなみずちの頭上に立つことが出来た。

 不思議なことに前から来る風は、みずちの鼻先でガードされているのか、ハンナに強く吹き付けることも無く、心地よいそよ風が前から吹いてきて、ハンナの髪をなびかせた。けれど、どうやっても飛ぶ方向が定まらないのだ。ぎこちなく飛ぶみずちを必死に前に進ませようとして、小さなみずちにハンナは声をかけ続けた。

「レオ、あのね、まっすぐ飛べる? まっすぐってわかるかな……。えっとね、鉛筆の形みたいなのが、まっすぐって言うんだけど」

 みずちは一向にハンナの言葉を聞かなかった。それどころか、ハンナが話しかける度に、口を大きく開け、その口からは強い風が吹いた。風と共に、その動きは乱高下する。

 身体を上下左右に揺らされて気分が悪くなってきたハンナが、何かの気配を察知して右隣を見ると、そこにはペガサスが飛んでいた。その背中にはママとルークが乗っている。ママは、心配そうな顔でこちらを見ていた。

「集中して!」

 どうやら、ハンナがルークを見つめると、見つめた方向にみずちは進んでいくようだ。ルークの言葉にハンナは気持ちを切り替えた。

「後ろについて来て。そう思うだけでいい。思えば実現する。君とその精霊は一体だ」

 ルークを乗せたペガサスは、すっとみずちの前に飛び出した。ハンナは『あのペガサスについて行く』と心で呟いた。すると、あれほど暴れていたみずちは、急に落ち着いた動きになって、優雅に空を漂うように前を行くペガサスの後姿をゆったりと追い始めた。

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