第9章 レオの誕生会

 その日は土曜日で、レオの五歳の誕生会が、お屋敷で盛大に開かれることになっていた。

 ちょうど学校がお休みという事もあり、パーティ好きのニーナのパパが、レオのお友達も呼んで、お屋敷で盛大なパーティをしようという事になったらしかった。

 ニーナの家は、村でも結構有名なお金持ちだ。ニーナのお父さんは、西の国々と貿易というものをやっていて、西から安く仕入れたものを、この国で高い値段で売っているという噂だった。待望の跡取りとして生まれたレオは、生まれてすぐの頃から、『天才が現れた』と村中の人が噂していた。そのレオが指輪を与えられるという誕生会だ。ニーナの家は既に昨日から準備で大忙しの様子だった。

 ハンナのママは、大きな花束を数日前から準備していて、『今日の誕生会には行けませんが、お花を贈らせていただきます』と、手紙を書いていた。この国の言葉で話すのは苦手だが、手紙は上手に描くことが出来たのだ。ママはハンナが家を出るときには、いつになく心配そうな顔つきで、ハンナを見つめていた。

「ハンナ、今日は大変な一日になると思うわ。指輪の儀式は見ずに早めに帰ってきなさい。分かりましたね。これは、命令です」

 ママの顔は怖かった。しかも命令だなんて物騒だねとハンナは思いながらも、『分かった』とだけ答えて、ニーナの家に向かった。ママの勘は、いつも間違いなく当たるのだ。

 ハンナが虫たちと話せるように、ママも虫や精霊たちと話ができた。この村に来るまで途中でも、ママは何度も虫たちに《正しい道》を聞いていた。ハンナは口にこそ出さなかったが、その会話が理解できていた。おそらくこれは、ママとハンナの両方に備わった能力だ。そして、更にママには、これから起きることが分かる。という能力も備わっているようだった。ママが人と関わりたがらないことと、この能力を持っていることとに何か関係があるのかもしれないとハンナは考えていた。

 自分も、いつか、これから起こることがわかるようになるのだろうか?

 今日、今の時点で、レオの誕生会で何かが起こる予感はハンナには全くなかった。それどころか、久しぶりに儀式を観られることや、誕生日ケーキを食べられることに意識が向かっていて、朝からワクワクしていたのだ。

「ちぇっ。儀式を見るの、楽しみにしてたのにな。花なんか、お屋敷にいっぱいあるだろうし、レオだって、まだ小さいから、花なんか喜ばないのに」

 ママに持たされた、大きな花束と手紙を抱え、ぶつくさとひとり文句を言いながら、村の中心にある石造りの小さな図書館の前を右に曲がる。大通りを渡って、近道をしようと一つ目の路地を左へ曲がった。そこには昔ながらのパン屋さんと八百屋さんがあった。ふたつの店の間の店だけが、稼ぎ時の土曜日だというのに何故かシャッターが下りていて閉まっていたが、ハンナは気にすることもなくその前を通り過ぎた。

 パン屋の前には、随分大きな女の人が立っていて、ハンナは細い通路に花がぶつかって壊れはしないかとひやひやしながら歩いた。珍しくパン屋からはいい香りがしている。ハンナが引っ越してきた時は、毎日いい香りがしていて、《ウエストエンドの小麦の香り》がママのお気に入りの店だったのだが、一年前くらいからは、三日に一度くらいしか開かなくなっていて、滅多に来ることの無くなった路地だった。

 さらに細くなる路地を抜けて靴屋さんの角を曲がると、賑やかな通りに出た。こちらの通りには、大きなお店ばかりが並んでいる。今日も噴水の周りは、色とりどりのパラソルが白い石畳の上に広がっていて、たくさんの人がお茶の時間を楽しんでいるのが見えた。帽子屋やドレスショップ、薬局や大きな洋品店が立ち並ぶ通りを過ぎたあたりで、ハンナは花の重さに耐えられなくなって、噴水の手前のベンチで一休みした。

 何かいつもと違って、村が暗く見えるのだけれど、何だろう。

 ハンナは、重い花束で痺れていた腕をベンチに座ったまま何度か振った。しばらく村が暗い理由を考えていたのだが、噴水の前にある時計台の時刻を見て、ハンナは慌てて立ち上がった。

 パーティの始まる時間まで、あと十分だった。時計台の横を急いで通り抜け、一本裏の通りに出ると、さっきまでと違い通りは静かになった。街路樹のある広い道なのだが、木は全て枯れてしまっている。

 この時期に枯れるって、病気だろうかとハンナが考えた時、さっきの賑やかな通りで感じた違和感に思い当たった。カフェや、お店の軒先にいつも飾られていた色とりどりの花でいっぱいの丸いハンギングバスケットが、どの店にも無かったのだ。村が灰色に見えたのは、花が全て消えていたせいだった。さっきの路地で一軒だけ閉まっていた店があった場所は、確か花屋だった。

 あんなに沢山の花、どこに消えたのかな。入れ替えの時期にはまだ早いような気がする。

 ハンナは、時間に間に合うだろうかと気にしながら、どこまで行っても枯れている街路樹を見て不安な気持ちになり少し小走りになった。五分ほど道沿いにまっすぐ進むと、ようやく大きな門が見えてきた。赤いレンガの塀に沿って、何台もの馬車が並んで止まっている。どうやら誕生日の贈り物を届ける馬車の列のようだった。馬車の列に平行して、空高い所に蜘蛛の巣のような電線が、お屋敷の塀に沿って繋がっているのが見えた。この辺り一帯の電線は、地中に埋まっているはずなので、全て非常用の自家発電施設用の電線に違いなかった。村中の電気が消えても、ここだけは灯りが消えることは無いのだろう。

「ニーナの家って、やっぱ凄いな。うちとは大違い」

 繋がる馬車の列に驚きながら門扉のところまでやって来ると、数多くの人の列の先頭に、執事のセバスチャンが、ノートとペンを持って立っているのが見えた。

「こんにちは。凄い人ですね。これ、また母から預かってきました」

 ハンナを見た執事は、ほっとした顔をして、ハンナが持っていた大きな花束を受け取った。

「ああ、こんにちは。えっと、確かニーナお嬢様のご友人のハンナさん、でしたよね。このお花、とても助かりましたよ。こんなに人がいて、こんなにプレゼントがあるのに、花だけが無いなんて、驚きですよ、全く。どっかで大きなお葬式があったらしくてね。昨日から、花市場に花が全く見当たらなくなってしまったんですよ。おかげで、お屋敷を飾る花が全然無くって。切り花だけじゃなく、鉢植えも全部ないんですよ。

 村の公園から持ってこさせろと、旦那様が言うので、あちこちお願いして運び入れたんですけど、土に植えられているから虫が多くて、とても部屋の中に入れられたもんじゃないって、叱られましてね。とりあえず、玄関先に並べようかとも考えていたんですけど、それさえも今朝のうちに、すっかり何処かに消えていたんですよ。

 ああ、本当にひと月くらい前からフラワーアレンジメントを発注しておくべきでした。もう、これは、絶対にクビだなって思っていたところだったんです。花のフラワーバレーから花が消えるって、あり得ないでしょう?」

 フラワーバレーに花が無い?

 ハンナは不思議で仕方が無かった。一体、どんな大物が死んで、どんな凄いお葬式をしたのだろう。ハンナは、ママの能力の恐ろしさを改めて思い知った。ママには、これが見えていたのかもしれなかった。それでなくてもやせ細っている気の弱そうな執事は、いつもより一層元気が無いように見えた。大切そうに花をうやうやしく受け取ると、持っていたノートに贈り物の内容と送り主の名前を書き記し始めた。

「えっと、ハンナさん。大変失礼なのですが、お母様のお名前のスペルは……」

 言いかけて、花にメッセージカードが添えられていることに気が付いた執事は、初めから名前を知っていたかのような素振りで、そこに書いてあった名前を、そのままノートに書き写した。

「ミチコ・フレデリックさん。でしたよね」

 恐らくママの名前など知らなかったはずだ。ママは名前を聞かれることも想定内だったという事だ。やっぱり今日の儀式は見ずに帰ろう。ハンナはそう思いながらセバスチャン執事に導かれてお屋敷の中へと入っていった。

 玄関ホールに入るとすぐ、ニーナの両親が立っていて、やって来るお客一人一人に挨拶をしていた。ふたりとも、自分たちが主役だと言わんばかりの派手な格好をしていて満面の笑みだ。ひとり息子の指輪授与の晴れ舞台だから、精一杯の飾りつけをしたのだろう。部屋の中には幾つもの風船があった。もしかしたら、花を飾ることが出来なくて、全部風船に変えたのかもしれなかった。

 いたるところにある風船は、空高く舞い上がりたいのにどこにも行けない。という風に、紐に繋げられて、お屋敷のいたるところに結ばれていた。華やかな空間だが、なんとなく無機質に感じてしまうのは、花も緑も、そこに一輪もないためだった。急いで飾り付けて、時間が経っていないせいだろう、どの部屋にも風船のビニール臭い匂いが充満している。

 執事が大きな花束を抱えているのを見て、ニーナのママ、ボバリー夫人は、明るい笑顔になった。ハンナが夫妻に挨拶し、お祝いの言葉と花束を持って来たことを夫人に伝えている時、階段の上からニーナが下りてきた。相変わらず大きく膨らんだバルーンスカートを履いている。高級なスカートなのだろうけれども、とても動きにくそうだ。ニーナが下まで来ると、ニーナのすぐ後ろにいたレオが、ぴょこんと顔を出した。スカートの陰で見えなかったのだ。

「来てくれてありがとう。ハンナ。さ、レオもお礼を言って」

 そう促されたレオは、何も言わずに玄関ホールを走り出し、ハンナの前を通り過ぎて、逃げようとしたのだが、執事が抱えていた花を見て、ピタリと立ち止まった。

「綺麗なお花を頂けて良かったわね。ありがとうハンナさん。レオ、ハンナさんにお礼を」

 ボバリー夫人の声に、レオは、ゆっくりと反応してハンナの方に向き直った。今度こそ、お礼を言うのかと思いきや、レオはハンナに向かってベーっと舌を出しただけで、奥の部屋へと走り去って行った。

「ごめんなさいね。あの子、恥ずかしがり屋で」

「お花ありがとう。どこで売っていたの? よく見つけたね」

 夫人とニーナの両方から、お礼とお詫びを同時に言われ、ハンナは、花はママから……と言うのが精いっぱいだった。夫人の隣に立っていたボバリー伯爵は、軽く目で夫人に合図し、ハンナにひと言も挨拶をせず、大広間へと向かった。

 それにしてもあの子、暫く会っていなかったけれど、相変わらず変わってるな。

 五歳になるレオは、背こそ伸びたもののやはり口数は少なかった。両親が溺愛していて、随分わがままなのとニーナは言っていたけれど、今の態度はそういうのとは違う。ハンナは何とも言えない気持ちのまま、ニーナに従って大広間へと入った。

 大広間にも色とりどりの風船が飾られていて、風船の数と同じくらい、いや恐らくそれ以上の人がいた。その人の中を、レオが縦横無尽に走り回っているのが見えたが、誰の息子かわかっている為か、誰も注意をしなかった。そこにいた人たちは皆、片手にグラスを持っていて、レオのことなど全く気にせず、談笑していた。人混みの中にハンナの知っている人はいなかった。なにせ大人だらけなのだ。

 レオの友達はどこにいるんだろうか。これでは一体誰の誕生日なのかわからない。

 人をかき分け、ようやく、人混みの中に紛れていたマルグリットを見つけ、手を振った。が、あいにくマルグリットは学校の友達と来ているようだった。ハンナはそれ以上マルグリットに近づくことはせずに壁のところまで戻って、ひっそりと遠くから、手持無沙汰に広間の様子を見ていた。

 黒い蝶ネクタイに黒いベストのボーイが、ハンナに近づいて来て、飲み物の乗ったトレーを目の前に差し出してきたので、ハンナはお礼を言ってオレンジジュースを手に取った。外国からの輸入品なのか、そのオレンジジュースは、ハンナの家で飲むものとは全く違っていて、たった今、オレンジを絞ったかのようなとても高級な味だった。ジュースの味に感激して目を丸くしていると、目の前をすばしっこい動きでレオが笑いながら走り去った。

 それから五分も立たないうちに、ニーナのパパ、ボバリー男爵が、舞台のような小さな台の上に立ちマイクで話し始めた。

「本日は、我が息子レオナルドの五歳の誕生日を祝うことを誠に喜ばしく思っております。息子のために、たくさんの贈り物を頂戴しましたことお礼申し上げます。これから息子は《経験者》となるべく、多くを学んでいくはずです。将来、《経験者》となった息子に、私の会社、私の全てを継がせて、引退するのが私の夢であります。彼は、この村のために、いや、この国のために、きっと役に立つ人間になると、私は信じております!」

 拍手喝さいの後、走り回るレオが、まるで計算していたようなベストなタイミングで壇上に駆け上った。拍手はますます大きくなる。走り回っていた我がまま息子は、父親にマイクを渡されると深々と一礼し、神妙な顔つきで話し始めた。

「今日は、僕の、五歳の誕生に、来てくださり、ありがとうございます。僕の欲しかったものをたくさんありがとう。これからケーキもあるので、皆さん食べて帰ってください。儀式は、僕が生まれた時刻の夕方六時からです。今日は、本当に、ありがとうございました」

 また大きな拍手が起こった。五歳児にしては上出来の挨拶だ。しかも子供らしい話し方で、あちこちから『可愛らしいし、利発そうな子供だ』と声が上がっている。相当練習したのだろうか、さっきまでの憎たらしい子とは別人のようだった。

 レオは再びぺこりと頭を下げると、また部屋の外へ走って出て行った。ボバリー夫妻は、息子の立派な挨拶にご満悦で、多くの人の祝福を受け挨拶をし、握手をしていて、息子が消えたことに全く気づいていない様子だった。

 ハンナは、あれは、あの子の本心なのだろうかと、複雑な気持ちで息苦しさを感じて廊下に出た。外は幾分空気が良かった。ひとつ大きく深呼吸し、外に出ようと玄関ホールまで歩いて行くと、誰もいないホールには、ハンナが持ってきたばかりの花が、もう綺麗に真ん中の丸テーブルの上に見事に生けてあった。その前にレオが立っている。ハンナが後ろからゆっくりと近づいていくと、かなり遠くの距離から、振り返りもせずにレオが言葉を発した。

「よく、見つけたよね。この村から全部消したかったのに」

「え?」

「僕、花って大嫌い。虫が来るでしょ。この花のフラワーバレーって名前の村も嫌い」

 振り返ったレオの顔に笑顔はなかった。ハンナは、一瞬背筋が凍り付くような冷たい感覚を覚え、それ以上言葉が出なかった。レオは、それを見てふっと笑ってから、

「君はケーキ食べるためだけに来たんでしょ。じゃあね」

 と、言い残してドアの外へと去った。入れ違いに、ごった返す大広間からニーナが出て来た。

「レオ見なかった?」

「あ、たった今、外に……」

「もう、あの子、本当に恥ずかしがり屋さんなんだから。もうすぐケーキカットの時間だっていうのに」

 そう言いながらニーナは慌てて、レオを追いかけた。

 恥ずかしがり屋さん?

 ハンナは、心の中で渦巻く嫌な気持ちを抑えることが出来なかった。

 レオの五年間に何があったんだろう。それとも、今見たのが、生まれつきの本性なのだろうか。レオは虫が嫌いと言っていた。もしかしたら、ハンナやハンナのママと同じように、虫たちや精霊の声が聞こえるのかもしれない。

 ハンナの心に黒い靄がかかりだしたところで、ニーナにつかまったレオが渋々と言った表情で玄関から戻ってきた。

「ハンナ、ケーキ食べてってね。指輪の儀式は六時からだけど……」

「あ、ごめんなさい。今日は、早く帰らないといけなくって、あ、ずっと言えなかったんだけど、レオ、誕生日おめでとう。儀式頑張って」

 ハンナは、それだけ言うと、ニーナに手を振って玄関を出た。ニーナの隣でレオがニタリと笑ったように見えて、ハンナはまた寒気を覚えた。ケーキなど、とてもじゃないが、食べる気分になれなかった。

 理由は分からないけれど、早くここから出なければ。体中の細胞が、『逃げろ』と言っている気がする。このお屋敷には、何かがある。何かは分からないが、とても強い力だ。

 大急ぎで外の門扉をくぐると、お屋敷の中からは、明るく楽し気なバースデーソングの前奏に続いて、バースデーソングの大合唱が聞こえてきた。ハンナは、楽しそうな歌声を聞きながら、なんだかとても気分が悪くなるのを感じた。

「ハッピー バースデー トゥー ユー」

 最初のフレーズの大合唱を聞きながら、ハンナは急いで屋敷から離れた。屋敷を隔てた反対側の通路まで来て、ようやく深く息が吸えた気がした。

 まだ胸がドキドキしている。この不穏な胸騒ぎは、一体どこから来るのだろう。

 ふと、前を見ると、濃い紫のフードを被ったパトラが、少し離れたところに無言で立っていて、お屋敷の上をじっと見つめていることに気が付いた。

「あ、パトラばあ様。今からレオの指輪贈呈の儀式に立ち会われるんですか。中はすごい人で、盛大なパーティです。私は、なんだか気分が良くなくて、今から帰るところ……」

 近寄ってきたパトラへ挨拶をしながら、フードの下から覗くパトラの両眼を見て、ハンナは息が止まりそうになった。パトラの瞳は白目のところまで、すべて真っ黒だった。「ひっ!」と声を上げたきり、何も言えなくなったハンナの横を通り過ぎ、門扉の所まで歩いて行ったパトラは、ハンナに向き直り、唇を一切動かさずに、真っ黒な瞳のままハンナの心に話しかけてきた。

《ハンナよ。聞こえるかい》

 ハンナは声が聞こえたと思い、後ろに向き直ったが、そこにいたパトラの顔はフードで更に深く覆われ、下から除く唇は一ミリも動いていなかった。

《今日、この村には大きな異変が起こる。私はそれが何か見極めるためにここへ来た。精霊たちと共にね。村から花も緑も消え、虫の居場所もないが、ここの建物の入口にだけ、蝶たちが休める花が少しだけあると聞いたよ。だから、虫たちも僅かだが一緒について来ている。

 他の虫たちは、皆ストロベリーフィールドにかくまってある。結界を張ってあるから、村の者たちには、あの畑はもう見えない。明日には、ストロベリーフィールドが消えたと大騒ぎになるだろう。このことは、おまえの母親以外、誰も知らないことだ。いいかい、誰にも話すんじゃないよ。この村を守りたいならね。すぐに家に戻り、その服と身体に染みついた悪霊を、おまえの母に一刻も早く振り払ってもらいなさい。母親にここで何があったかを話しなさい。いいね。分かったかい。

 くれぐれも、家に着くまで、誰とも話さないことだ。分かったなら、さぁ、早くお行き、誰に話しかけられても、絶対に顔を見るんじゃあないよ。分かったね》

 驚きすぎて何も言えず固まっているハンナの心に向かって、それだけを伝えると、パトラはお屋敷の中へと消えて行った。その皺だらけの手には、いつか見た、リボンのかかった黒い小さな箱がしっかりと握られていた。

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