第5章 フラワーバレーと守り人たち
ハンナがママに連れられてやって来たこの村は、
真冬でも赤い実のなる白い花が次々と咲き、色とりどりのパンジーやビオラが村をカラフルに染めていて、村の中はいつも明るい雰囲気が漂っていた。
村の北の方角には山があって、そのすそ野にはイチゴ畑が広がり、ストロベリーフィールドと呼ばれていた。村の東側には大きな川があり、橋はなく、まるで海のようだった。海ではないのかと、初めてその川を見た時にハンナがパトラに尋ねたことがあるくらい大きいのだが、晴れた日には対岸が遠くに見えるらしかった。ハンナはまだ一度も対岸を見たことが無い。その川は南の海へと繋がっていた。川が海に繋がる入り江には小さな島があって、村で一番の精霊使いと言われるパトラの家がある。
村の西側には隣村へと続く広い街道があり、ハンナとママもこの街道を通ってここへとやって来たのだった。もっと正確に言えば、この村を目指していたわけではないのだが、これ以上、南にも北にも東にも行けなくなったので、ここで留まることになったのだ。
北方の山々の中でも一番高い、尖った山はスノーマウンテンと呼ばれている。スノーマウンテンの中腹より下には精霊の谷があるため、村の皆は怖がって、北の山に向かおうとする者は一人もいなかった。ハンナが来るまでは。
ハンナは、物心がついた時には、もう虫たちのおしゃべり声が聞こえていた。学校で友達ができるよりもずっと前に、虫たちとは友達だった。この村に来たばかりの頃は、何も聞こえないふりをして、こっそりと虫たちが話す内容を聞いていた。この村に来てから、ハンナは初めて七種の色の違う蝶を見た。七色の蝶は、一匹ずつ色が違うのだが、何故か七色揃って飛んでいるのが不思議だった。
ママの部屋の窓辺にやって来る七色の蝶たちは、最近は、どこかの国のいい肥料が手に入らなくなったせいで花の蜜の味がずいぶんと落ちたと文句を言っていたし、箱状の家をストロベリーフィールドの真ん中に用意してもらっている蜂の大家族のビーズファミリーは、入れ代わり立ち代わり窓辺にやってきては、美味しいイチゴを作るためにどれほど大変な思いをしているか、そのために自分たちに準備された家がどれほど立派かなどと自慢していたが、たまに家が無断で解体されるので、また作り直さなければいけないと、よくママにぼやいていた。この村に来たばかりの頃は、どんな虫たちもハンナには見向きもせずひらひらとやって来ては、ママとひとしきり世間話をして帰って行くだけだった。
ハンナがこの村で最初に話した虫は、ビートルとレディビートルとハンナに名乗った。いわゆるカブトムシとテントウムシだ。二階にある自分の寝室前に見える木に止まっていたビートルと、赤いレディビートルが、村で起こったいろいろな話をしている声が毎日聞こえていて、何日かその会話を聞いているうちに、思わず声を出して笑ってしまったのだ。虫たちは最初、随分と驚いていた。
中でもハンナの噂を聞いてやって来た黄色テントウムシは、ハンナのことを面白がって、いつも様子を伺うように村のいろいろなところで挨拶にやって来た。代々その話を伝え聞いているのか、この村の虫たちは、季節が変わる度にハンナの家へやって来ては、ママに相談を持ち掛け、ついでのように面白がって不思議そうにハンナにも声をかけるようになった。
虫たちがママにいつもように相談にやって来ていたある時、ハンナがうっかり口を挟んでしまったことがあった、ママはその時とても神妙な顔つきで、『このことを、もし誰かに知られたら、ママと一緒に住めなくなる』と言ったので、ハンナは出来る限り虫たちの声を聴くだけにして話しかけないようになった。急に会話をしなくなったハンナのことを虫たちは暫く心配していたが、ハンナがこっそりと理由を話すと、残念そうに『それじゃぁ仕方ないね。じゃ、これからは話を聞くだけでいいよ』と言ってくれた。
虫たちは、この村のことを沢山教えてくれた。話を聞くうちに、ハンナはどうしても精霊の谷へ行ってみたくなった。小さな精霊には何度か会ったことはあったが、それ以外にもいろいろな精霊がいるらしかった。精霊たちがどんな所に住んでいるのかも見てみたかった。
学校に入ってすぐの頃には、何度もひとりでストロベリーフィールドを歩いているところをパトラに見つかって、その度に、パトラはなぜかハンナではなく、ママを叱った。その後で、もちろんハンナはママからこっぴどく叱られたのだが、何故、北へ行ってはいけないのかの説明を誰もしてくれなかった。行ってはいけないと言われると、どうしても行ってみたくなるものだ。
一体あの山には、どんな不思議なことが隠されているのだろうかと、ハンナは通学路を歩く度に左手に見えてくるとんがった山を目で追っていた。イチゴの季節の前後、畑には沢山の人が働きに来ていて見つかってしまうので、どうしても畑へ行ける時期は限られていた。ストロベリーフィールドの外れまでたどり着いたことが一度だけあったが、そこから先に行こうとした時に、多くの蝶たちがやって来て、竜巻のような強い風が吹き、そこから先は一歩も進めなくなった。このイチゴ畑で働けるようになれれば、誰にも怪しまれずに畑を歩き回れるし、お金も貰えるし、一石二鳥だ。休憩時間には、こっそり山の中腹まで行けるかもしれない。早く大人になってストロベリーフィールドで働いてみたい。それがハンナの小さな夢のひとつだった。
ハンナが、この村にママとたどり着いたのは、もうすぐ四歳になる頃だった。ママは、この国の言葉があまり上手ではなく、滅多に外に出ることは無かったが、ハンナは引っ越してきた三日後にはもう友達ができていた。ニーナとマルグリットだ。ふたりはハンナよりひとつ年上で、お姉さんのようによく面倒を見てくれた。
ようやくハンナが村のルールに慣れた三年ほど過ぎた頃に、仲良しのニーナにはレオナルドという弟ができた。ニーナはとてもいいお姉さんで、レオ、レオと呼んで可愛がっている。ちょうどハンナが学校に行き始めた頃で、ハンナは生命がこの世界に産まれ落ちる瞬間に初めて立ち会うことになった。レオが生まれる前の日、ハンナのママは、家で薬草をすり潰しながら、ふと空を仰いで小さな声で呟いた。
「もうすぐ、この村に新しい命が生れ落ちる。明日の夕方六時前に、この薬をニーナの家に持って行き、その子に与えるよう伝えなさい」と。
翌日ハンナが薬を届けに行くと、その予言通りにレオは産まれてきた。
ニーナの家の玄関ホールに立って、執事のセバスチャンに薬を渡していると、廊下の奥から赤ん坊が泣く声が聞こえてきたのだった。もちろん中には入れてもらえなかったが、白い服を着た看護師さんらしい人たちが廊下を慌ただしく走っている姿が見えていた。まだ幼かったハンナは、張り詰めた気配に少し怯えながら、執事のセバスチャンに尋ねた。
「赤ちゃん、大丈夫?」
セバスチャンは軽く頷いただけだったのだが、何故か困ったような不安そうな顔をしていたのをハンナは記憶している。
レオはとても賢い子だが、少し風変わりな、あまり喋らない子だ。レオの一歳のお祝いの時には、その走り回りながら歌う姿を見た人々が、『この子は、きっと天才だ。《経験者》になるのは、十二歳よりも早いかもしれない』と騒いでいたのだが、パトラだけは皆と違う考えだった。
「この者が《経験者》や《守り人》になるには、相当な努力が必要となるだろう」
パトラの言葉に村の者たちは聞く耳を持たず、老いぼれの精霊使いはもう使えないなと笑っていた。けれどハンナのママだけは、その言葉を聞いて深く頷いていた。
この村には、子供たち皆が憧れる存在がいた。それが《経験者》と呼ばれるものだ。村のお祭りで初めて本物の《経験者》と《守り人》を見た夜は、ハンナは興奮して眠れなかった。彼らが歩いているだけで、人だかりができていて、中にはサインを求めるものもいた。彼らは国の内外を飛び回っているらしく、この村で出会うことは滅多になかったのだ。ハンナは、光り輝く指輪に目が釘付けになった。誰もが好きになってしまいそうな、愛くるしい顔つきの《守り人》を先頭に、その後ろから現れた《経験者》は、光のローブをまとっているように見えた。その美しさは、ハンナがこれまで見たどんな俳優よりも上だった。それは、外見的な美しさというよりは、内面からにじみ出る自信からくるような美しさだった。
ハンナが初めて会った《守り人》は少年のようだったが、昔からすごくやんちゃな女の子だったよと村の人は話していた。ハンナには『やんちゃ』の意味さえ分からなかったが、自分と同じくらい背の低い子で、可愛らしい顔をしていて、同じ歳くらいに見えた。
そして《経験者》は、性別区分のない種族だった。この村ではジェンダーゼロと呼ばれ、特殊能力の持ち主であることが多く、神秘の存在として崇められていた。それを聞いたハンナは、自分がジェンダーゼロでなかったことが残念でならなかった。
人だかりの中心にいた二人は、穏やかな笑顔で村の広場中央にしつらえられた舞台に上がるだけで大きな歓声を浴びていた。集まった人々は、今年もこの村は守られると安堵し、笑顔で唄い、食べ、飲み、踊っていた。ハンナはそれから毎年欠かさずにお祭りを見に行くようになり、小さな村に毎年どこからかやって来る何人かの《経験者》と《守り人》を羨望の眼差しで見た。そして《経験者》にも《守り人》にも、性別の区別や人種など関係ないのだという事を知った。
その事は、ハンナにとって小さな希望となった。
この村で五歳を迎えた者は、《お祝い》にと、精霊使いのパトラから銀の指輪が与えられた。今、ハンナの指に光っている指輪がそれだ。ハンナの五歳の誕生日に、パトラが突然家にやって来て、玄関先で不思議な呪文を唱えた後、まるで生き物のように、指輪のほうから指に巻き付いてきたのをハンナは覚えている。パトラは、ハンナの指に光るリングを満足そうに見つめると、優しい笑顔でハンナに向かってこう告げた。
「いいかい、この指輪はいつもハンナを守ってくれるお守りだ。いい子にしてたら、来年また来るからね。そうしたら、今度はこの指輪にぴったりの石をあげそう。毎年少しずつ、大人になる準備をしていくんだよ。けれどね、その石は、この土地や、木や、水や、火や、風の精霊たちが心を込めて作ったものなんだ。もしも精霊たちが、その石にふさわしくない人だと思ったら、石を消してしまう。だから、必ず石をあげられるという約束はできない。石が割れた時はね、黒い力から守ってくれたということだ。だから、その時は、石に『今までありがとう』って、お別れするんだよ。
石がひとつも貰えなくてもね、それはハンナが悪い子だったってことじゃないよ。精霊たちが、ハンナを選ばなかっただけなんだ。だから、悲しむことは無いよ。ま、精霊の力を借りずに、自分の力だけて生きていくのはとっても大変だけれどね。それも運命さ。ハンナ、お前は《経験者》になりたいかい? それとも《守り人》になりたいかね?」
パトラは、幼いハンナの目の高さまで腰をかがめて尋ねた。ハンナは嬉しそうな顔で、元気な声をあげた。
「ハンナ、経験者になりたい!」
「そうかい、そうかい。それなら、《守り人》を探しておかないとね。ま、それを決めるのは、まだずいぶんと先だけどね。」
優しい笑顔のまま、パトラはハンナを抱きしめて背中をポンポンと掌で叩いた。するとハンナの指輪から天に向かって白い光があがって、すうっと消えていった。
「ミチコ、後は頼んだよ。あたしゃこれでも結構忙しいんでね。あとの説明はあんたに任せるよ。ハンナ、これからは、精霊たちがずっと見守っているからね」
そう言い残しパトラは立ち去った。ハンナが振り返ると、そこには何度も頷きながら口を押えて涙ぐむママの姿があった。
ママはその後、ハンナを初めて《祈りの部屋》へ招き入れ村の掟について教えてくれた。家の中でステンドグラスがはめ込まれているのは、この部屋だけだ。いつも鍵がかかっていて入ることが出来ず、ずっと入ってみたかった部屋だった。ハンナが《守り人》についてママに尋ねた時、ママはこう言った。
「この村で《経験者》と呼んでもらえるようになるためには、必ず相棒が必要なのよ」
「相棒?」
「そう。それを村では《守り人》と呼んでいるの」
《経験者》が《守り人》と出会い、精霊たちに認められた時、指輪の中央にある赤い石は、強烈な光を放つという。《守り人》の指輪の赤い石は、自分が守るべき《経験者》に出会った時、強い光を放って、赤い石以外、すべてが砕け散るということだった。そうしてその時に初めて、『自分は《守り人》だ』と判るのだということをママは教えてくれた。
「七つの石を集めたのに、無くなっちゃうなんて。やっぱり、ハンナ、経験者がいい!」
「だからね、ハンナがどんなに経験者になりたくても……」
「ハンナ、絶対、経験者になる!」
ハンナはママの言葉を遮った。ママの言葉の続きは分かっていた。けれど、ハンナは、人に何と言われても、始める前からあきらめるような子供ではなかった。ママは、ひとつため息をつくと、話を続けた。
「《守り人》は残った大きな赤い石を、それぞれが自分の好きなかたちのペンダントやブローチにして首からかけているわ。だからその人が《守り人》なのかどうか、一目では分かりにくいの。でもね、その近くには必ず《経験者》がいて、銀色の指輪を左手にはめている。銀色の指輪を左手にはめることが出来るのは《経験者》だけで、それ以外の者はたとえ七つの石が揃っても、右手に指輪をつけるのが村の掟。悪い偽物の《経験者》や《守り人》もいるらしいから、騙されて、ついて行かないようにね」
互いを思いやる心が消えた時、互いに授けられた能力も消える。そしてどちらかが命を落としたり、その責務を全うしなければ、石はたちまち砕け散り、力を失うらしかった。ハンナには、指輪と共に授けられる能力が何なのか、まだよく分からなかった。それぞれ授かる力は異なるらしいが、なにせ本物の《経験者》にそれを聞くことのできる機会が無いのだ。
ハンナが身に着けている指輪は真ん中だけ大きな穴があいていて、その穴の左右に三個ずつ、カラフルな小さな石が光っている。銀の指輪の七個の穴には、誕生日を迎える度、試練を乗り越えた証として小さな石が与えられ、その穴を埋めていった。指輪の中央の大きな穴に合う石は、《経験者》や《守り人》となる準備が整った時に与えられるという。
「この者に、祝福と、幸運の印を!」
リングを貰った次の年、パトラがまたハンナの誕生日にやって来て、ハンナの手に掌をかざしてそう言うと、小さな石がひとつ、ハンナの指輪の上で光輝いた。ハンナの隣ではママがまた口を両手で覆って泣いていた。
よそ者には、石は与えられないのではないか、という不安が吹き飛んだ瞬間だった。それから、ママは生涯をこの村で過ごすと決めたのだ。純粋な心を持つ子供にしか与えられない指輪は、大人になってから村にやって来たママには与えられることは無かった。それはつまり、ママは《経験者》にも、《守り人》にもなれないという事だった。その代わり、ママは左手の薬指に金色に光る指輪をはめていた。その表面には、文字が彫られていた。
《Eternal Love M ∞ K》
なんて書いてあるのと、ハンナがママに聞いた時、ママは、《永遠の愛》と、俯きながら答えていたが、見たことのない柔らかな、それでいて淋しげな表情のママを見て、ハンナは二度とその指輪のことをママに聞くことはしなくなった。
訳も分からず最初の石を貰ってから、次の年も、そしてまた次の年も小さな石がひとつだけ、ハンナの指輪に輝いた。指輪の上には左右対称に少し離れた位置に二つの緑の石が輝いている。
ふたつ目の緑の石は、若草の芝生のような縦長の模様が入っていて、ハンナのお気に入りだった。その次の年は、緑の石の外側にひとまわり小さい紫の石が輝いた。その次の年は濃いブルーの小さな石が反対側の端に、その翌年は黄色っぽい透明な石が、去年の誕生日には、茶色い石が中央の大きな穴の隣に光った。
いつも誕生日にパトラは突然やって来た。それは、朝だったり、夜だったり、村の中心だったり、玄関先だったりした。誕生日に出会うと、パトラは必ず指輪に手をかざして、祈りを捧げてくれた。祈り終わると、必ずそこには宝石が一粒あったのだった。
「この者に、はるか遠い宇宙の石を。自由な意志と、困難を乗り越えて前に進む力を!」
「神聖なる紫の光を、誇り高き者に!」
「この慈しみの心を持つ者に、緑の力を!」
「永遠の絆と不屈の魂を持つ者に、宝石の王を!」
「この者を妖気から守り、過去と向き合う力を! 大地のエネルギーを与えたまえ!」
そうやって、ハンナは毎年順調に、何かしらの石を指輪に付けてもらった。自分で何をしてきたご褒美で貰えていたのかなんて、記憶には全くないのだけれど、村で生まれた素直な心を持つ子供たちは、ハンナと同じように、皆が毎年何かの石を貰えていた。
五つめの石からは、石が光らない子供もいたようで、それを馬鹿にして、はやし立てるような子たちは、もちろん指輪をもう持ってはいなかった。子供によって貰える石の順番は違っていたが、最初はふたつの緑色の石が指輪の左右対称の位置に順番に収まるようで、中央の大きな石の部分は、どの子も最後まで無いままだった。
「今年でようやく全部が埋まるはず。早く誕生日来ないかな」
ハンナの指輪には中央に大きな穴が開いている。ニーナとマルグリットの指には、すでに七つの石が光っていたが、まだ石は光を放ってはいなかった。
「七つ揃っても《経験者》にも《守り人》にもなっていないという事は、あのふたりは、仲が良さそうに見えても、それぞれを必要としていないのね」
ママは、そう言って笑っていた。
「この村の石はね、精霊たちからの贈り物だから、たとえ七つの石が揃っていても、精霊たちが気にいらないと、すぐ割っちゃうのよ。でもね、精霊に気に入られようと我慢するとか、そのためにいい子の振りをするっていうことではないの。説明が難しいんだけど。好きなことを我慢して得られるようなものではないのよ。ハンナも気を付けてね。自分らしくいなさい。どんな自分であっても自分自身を好きでいること。それを精霊たちは分かってくれるわ」
ハンナは、ママの説明がよく分からなかった。パトラにも尋ねてみたが、
「それぞれの石が、その時まで相手を探しているのだよ」
と、違う答えが返ってきて、ハンナは余計に混乱した。
石の大きさや形は、人によって違う。マルグリットの石の方が、ニーナの石よりも全部が少し大きく、ニーナはいつも、その事に不平を漏らしていた。
「きっと、春生まれの子の石は育ってないから小さいのよ。秋は収穫の時期って言うでしょ」
秋生まれのマルグリットは、その話を聞き流していたが、ハンナは、もしそれが本当なら、夏生まれの自分の石が、ニーナの石よりも大きく、マルグリットの石よりも小さい事にも納得がいった。しかし、石の大きさの違いについて、本当の理由は、誰に聞いてもよく分からなかった。
もうすぐニーナの弟、レオの五歳の誕生日だった。ハンナは、自分が初めて指輪を貰った夜は、石がひとつもついていないのに、初めて《経験者》や《守り人》にお祭りで会った時以上に興奮して眠れなかったことを思い出していた。レオも、きっと大喜びすることだろう。
相当賢い子らしいから、もしかしたら、初めから指輪に石が付いているかも……。
そんなことを考えながら、ハンナが自分の部屋で指輪を見つめていると、窓辺にそれぞれ色の異なる蝶が、七色並んで止まった。
「ねぇ、ハンナ、それって琥珀?」
「その茶色いの、琥珀?」
「樹液の化石で、虫が入っているのがあるんだよ」
「そうそう、入っているのよ」
「虫入りは、値段が高いんだって」
「高いんだって」
「下町のパブで、役人が、俺は《経験者》だぞ、これは高いんだぞって言ってたね」
「自慢しながら、虫が閉じ込められた指輪を見せびらかしていたね」
「残酷……」
「ひどいよね」
「でも、あの指輪、偽物だったね」
「偽物だったね」
「全部、偽物だったよ」
「人間て、変だね」
「偽物でもいいんだね」
「お金と石を交換するんだって」
「変なの」
「だから、本物の石を貰えなかったんだよ」
「なるほどね」
「なるほどね」
話をただ黙って聞いていたハンナは、思わず声を出した。
「この石には何もいないよ! そんな石、見たことないよ!」
蝶たちは、何も答えずに空に舞い上がっていった。
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