第3話 研究

水槽の向こうに、人影。


初老の紳士は、少し痩せ気味の

物静かな人物である。


詩織と同じ白衣を着ているところを見ると、研究員だろうか。



ミズクラゲは、ふわふわと浮き沈みをしている。

幼い頃は、つながって生きていて

そのうちに離れて浮遊する。


寿命が来ると、面白い事に

生まれた場所に戻って来て。


また、つながる。


そして、生まれ変わるのである。



おそらく、そうした方が

生存に有利だったのだろう。



信仰で言われる、生まれ変わりのような形態は

ユニーク。


それで、研究対象になっているのである。


不老不死の細胞が作れるのではないか、と言う推測から

遺伝子を解析してみようと言う試み。




詩織は、研究者なので

珠子の相談を受けて、それを連想した。



曾祖母



祖母





珠子



生まれ変わったとすれば

説明はつく。



時間・空間には隔たりがなく

若い時に、時間を飛び越えてしまって


次の世代に。



珠子の母のように、なんとなく惹かれて

元居た場所に戻ってくる。




しかし、なぜ?




詩織は気づく。




・・・・珠子は、加齢が進まない事を気にしている。




周囲の視線が気になるし、恋をすれば

パートナーが加齢するのに、自分だけ

外観が少女のままでは、すこし困る。



記憶は、自然に加齢するのである。





「もしもし、詩織ちゃん?」珠子は、高校生の頃と同じ声。



言葉が途切れた詩織を気遣う。




詩織は「ごめん、珠子。そうね、今のお話だけど....。会って話さない?

しばらくぶりだし。」



そういえば、ずっと会っていない。



職業柄もあって、詩織は研究室に通い詰めであるし

時には泊り込んだりもする。



生物を飼育しているので当然であるが。







次のお休みに会う事にして、詩織は電話を切った。








詩織は更に、類推を進める。




・・・・珠子の家、古都の和菓子舗「珠之屋」の創業は

大正くらいだろうか。


偶然かもしれないけれど、珠、と言う名前の人に因んだ

店名だとすると。



その頃に、その名の人物が居たと言う事になる。



「まあ、お店の名前を珠子の名にしたかもしれないし」と

少し思考に耽っていた自分に微笑む。




・・・・・そういえば、


珠子の母は早世したと聞いているけれども

家に仏壇らしきものが無かった。



信仰に篤い古都にしては、少々不自然だ。



「ご先祖様もいらっしゃるでしょうし。」




珠子自身の振る舞いも、どことなく古風だ。

椅子に腰掛ける時、おばあちゃんみたいに正座したり。


幼い頃から、早起きしてお店を手伝ったり。



妙に、大人、と言うか

老成した所が少女の頃からあった。




・・・・まさか、ね。



科学研究者らしく思うのは

珠子の遺伝子を解析すれば、判明するだろうと言う

推論だった。



その為に呼んだわけではないが(今、気づいたのだ)。


もし、珠子がそれを望むなら、詩織自身が

助けられる。




「あの頃、珠子のおかげで楽しかったもの」



高校生の頃、ひとりだった詩織を

友達にしてくれたのは珠子だった。


それで、前向きに生きる気持ちになった。



「お返し、かな。」



詩織はひとり微笑む。


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