第2話 お友達

「会うって言っちゃったけど・・・。」

珠子は、気がかりな事が

すこしづつ、心の中に拡がっていく。


それでも、いつものようにお店の仕事をしながら。


昼下がり。



すこし、お昼やすみ。


物思いに耽りながらアーケードを歩くと

商店街のひとびとが、その様子を気に掛ける。



「すこし、気になるわ」


「どうしたんだろうねぇ」


「つかれてんのかな」



遠くから。


そっとしておいたほうがいいのかな、と

様子を伺うご近所さん。



ずっと、見守られて生きてきた珠子。


それで、お母さんが早世しても、淋しい思いをしないで済んだ。



「・・・・。」寡黙な珈琲店主は、珠子の様子に気づく。


先ほどから、アーケードに出ていたが

珠子は気づかない。

俯いて歩いている。



近くまで来て、珠子は店主の存在に気づく。


顔を上げる。



「・・・珈琲でも。」店主は穏やかに微笑む。



ニット帽子をかぶっているのはあの頃と同じ。

時が過ぎていないかのようだ。

珠子の父より少し年上だろうか。


「あ、すみません。ぼんやりしてて」と、珠子は笑顔を作る。

思いやりのある子。



店主は、無言で珠子を促して、店に戻る。






店の中は、いつもと変わらない。


静かに、珈琲の香りと音楽。


流れているのは、ビル・エヴァンスだろうか。


ちょっと硬質なピアノが、珠子の心情を表しているかのようである。



カウンター席の奥に、珠子は腰掛ける。


いつも、ここだった。


あの時も。



高校2年生になって、新しいクラス。

ちょっと気になった、新しいお友達と

仲良くなれたの。


それも、ここの席。



思い出は、ふとした事で蘇る。



「どうぞ」店主は、なんとなく察したように珈琲を勧める。



「すみません」と、珠子。


なんとなく、でも言葉は沈みがち。



「時が過ぎ、思い出も過ぎ去る。

雲のように、風のように...。」


店主は、レコードをかけかえながら呟く。


何かを知っているようでもある。


そういえば、この店主も

独りでこのお店を営んでいるが

いつも、客が来ている様子もなく。


家族の影すら感じられない。


不可思議な人物ではある。



他の住人は、欠けてはいるものの

何がしかの家族の存在を感じる。





珠子は、ふと思い出す。


この席で。


お友達になったあの子は、今、この古都の大学に行っていて

確か....。


生態学研究室、とか。




珠子は、店主に丁寧に礼を述べる。



店主は「いや、私は何も...。」と、穏やかに微笑む。



珠子は思う。


お友達の事を思い出させる為に、ここに呼んだの?



ずっと前から、不思議な人だったけれど....。








お店は暇(笑)なので、珠子は電話を掛けてみると



友達は、静かに


「しばらくね、珠子。元気?」と。


どことなく、あの喫茶店主のような穏やかさである。



珠子は、なんとなく。気がかりな事を聞いてみた。


「ヘンなことなんだけど....。」


自分が、ちょっと容姿が若すぎる事。

おばあちゃん、ひいおばあちゃんの

年取った姿を見た事がない事。

もちろん、お母さんも。



友達、詩織は電話の向こうで考える。


少し暗い研究室。水槽の向こうでは

ミズクラゲがふわふわと、浮き沈みしている。


雑然としているが、ここは飼育室なので

少し湿り気もある。


大学の研究室とは、そんなものである。


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