#12 東宮雪音の姉自慢
四枚目の資料には金剛寺の他、彼の協力者である
杵淵は髪が赤と橙のグラデーションカラーで、後ろに束ねている。
瞳は橙色でさばさばしてそうな顔つきだった。白夜よりも年上の"若者"って感じがする。
使う武器は太刀。
異能は"電撃"らしく、電撃をそのまま放って遠距離攻撃を行うこともできるみたいだが、彼女は電撃を放つのではなく、自らの太刀へと纏わせることに使うことが多いらしい。そこから太刀筋に電撃を乗せて攻撃、というのが彼女の戦闘スタイルのようだ。
補足として、誰かどうやって撮ったのか分からないが、杵淵がその電撃を纏った太刀を振るっている画像も載っていた。
「この杵淵っていうのは雪音さん的にはどうなの? 同じ刀使いだけど……」
「そうですね……」
雪音は顎に手を当てて少し考える。しかしすぐに顔を上げて、自信満々に言ってのけた。
「多分それほど苦戦はしませんね。私の方が強いです」
「すごい自信っすね……」
「私の剣術は姉さ……姉仕込みですから」
頬を少し赤く染めて、どこかちょっと嬉しそうなに語る雪音がそこにいた。そういう一面もあるんだな、と白夜は特に突っ込まずに資料へ視線を戻す。
そういえば、二年前に妖星イデアで見た雪華と思われる人物も刀を携えていた気がする。
しかし雪年の口は止まらない。目を輝かせ、嬉々として姉を語り始めた。
「姉は昔から神童って呼ばれてるんですよ! それほど凄いんです! あれ、白夜さん聞いてます?」
「聞いてる聞いてる」
雪音は姉に対して大きな尊敬と憧れを抱いているようだ。いつもキリッとした様子の雪音が打って変わって、年相応の表情を見せて楽しそうに語っているのはとても微笑ましい。
が、白夜はそれを見るためにここにいるのではない。残酷だが適当に受け流して、松浦イリアンの項目を読む。
顔写真からしても小学生ぐらい。イリアンという名前だが、れっきとした日本人のようだ。
黒髪の短髪に生意気そうな瞳をして写っていた。
特徴もない。あるとしたら、左目の色素が抜けていることぐらいか。右目は本来の色と思われる黄色をしているが、左目は白に近い灰色だ。まるで色素が失われているように見える。
異能についてだが、残念ながら不明のようだ。そもそも
そこまで読んで、白夜はすでに生ぬるくなってしまったコーヒーを一口飲む。そしてぼそりと呟いた。
「このイリアンって奴、もしかしたら人間じゃないかもな」
「……それはあるかもですね。"精霊"が擬人化してるならこの幼さも説明がつきます」
"精霊"――太古の昔から世界中に点在しているといわれる、人間とは違う霊的な生物だ。彼らも異能力のような力を使えることから、人間の姿をしている"精霊"は基本的に
一般人の世界では"精霊"は
白夜も"精霊"といえば、近しかった人物が頭に浮かぶ。ベージュ色の髪をした彼女――
ちょっと昔に神社で
イリアンの資料は読み終わった。最後になるのはやはりというべきか、主犯格の金剛寺結弦。顔写真もちゃんと記載されていた。
「金剛寺結弦……!」
雪音にも、そして白夜にも因縁がある金剛寺結弦という人物。ボサボサした赤い長髪であり、その鋭い瞳は写真越しでもギラついていると分かる。
異能についても書かれているが、ほとんど一枚目の資料に書かれていたことと同じだった。
これで四枚目の資料を読み終えた。全部で四枚にわたる資料。全てを見終わって、白夜は一息つく。
「……そういえばもうこんな時間か」
白夜は冷めてしまったコーヒーを飲み干しながら、店内にかけられた時計を見て言った。時刻はすでに午後の三時を回っている。
雪音も釣られて時計を見てちょっと驚いた後、白夜に微笑んで言った。
「昼前にバーで会ってからずっとこの調子でしたからね……。一応ここは喫茶店なので、軽食とか頼むことができますよ」
いわれてみれば、ここは喫茶店だった。"スイレン"の管轄だから秘密話にもってこいというだけで、普通に営業もしているのだ。……客は少ないようだが。
そう考えていたら小腹が空いてきた。テーブルの端にかけられたメニューへ視線が吸い付けられる。
「そうだな……何か食べていっても……あっ」
と雪音の甘い提案に甘んじようとしたところで、二つの事象が頭に浮かんだ。
一つ目は自宅に
"精霊"に食事は必須というわけではないが、
そして二つ目。平塚のことだ。
車で廃病院まで送ってもらった際に、彼は『積もる話がある』と言っていた。あと
それらのことを踏まえて、白夜はここで軽食を摂るのはやめにした。ポケットから携帯を取り出す。
「ごめん。今はいいや。あとちょっと電話してきても?」
「いいですよ。あ、言い忘れてましたけど、この店内では電波がシャットアウトされるので、通信機器は使えませんから気を付けてくださいね」
「そうなのか……」
取り出した携帯を見ると、そこには『圏外』との文字が。恐るべし"スイレン"。電波的にもこの場所は隔離されてるということか。
「気を付けるよ。じゃ、ちょっと外出てくるわ」
「はい」
白夜は雪音を残して店の外へ出る。入口付近の路地裏に入り、壁にもたれかかった。
店内を出た瞬間から、携帯のロック画面に数件の未読メッセージと二件の不在着信の通知が写った。そのどちらも平塚からのものだった。慌てて白夜は平塚へとおり返す。
『……おう、もしもし』
「平塚か。白夜だ」
平塚の携帯にはすぐ繋がった。かけてからすぐ繋がったので、平塚が心配して携帯の気にしていてくれたのだろう。
白夜はすぐさま謝罪の言葉を口にした。
「平塚、すまない。今まで電波が繋がらないところにいて……」
『いや……無事ならいいんだ。
白夜の声を聞いて平塚が安心したのがあからさまに分かった。それを口にしない平塚に感謝しつつ、白夜は
「ありがとな。
『……そうか』
その相槌を境に、少しの沈黙が流れた。携帯のスピーカーから流れる小さなノジウ音だけが、白夜の耳に届く。
何かがおかしい。平塚が静かすぎる。心配になった白夜は切り出した。
「何かあったのか? 様子が変だな」
『……いや、何もない。学校前で張ってるが、娘は無事だ。何も問題はねぇんだ……』
「……?」
問題はないと言いつつ、どこから見ても平塚の声には元気がない。
耐え切れず、白夜が二度目の心配を口にしようとしたところで、平塚が大きく息を吐いたのが聞こえた。タバコの煙を吐いたわけではないのは、それに籠っていた感情でわかる。
『俺ぁ……色々と、ちょっと前から考えたんだがよぉ……』
「ああ」
『お前……』
平塚のため息がまた聞こえた。次の一言を出し渋っているようだ。白夜は何も言わず、黙ってそれを待つ。
沈黙が流れ、その中でついに決意を決めたのか、平塚は咳ばらいをした。そしてついに次の言葉を喉元からひねり出した。
『お前、今日でクビな』
「……は?」
考えもしなかった発言に、白夜は思わず携帯を落としそうになったのだった。
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