#13 お前はクビだ
突然平塚から切り出された白夜へのクビ通告。白夜は慌てて平塚に聞き返した。
「クビってどういうことだよ……!?」
『……なぁ白夜、廃病院にお前らを送ってった時、俺ぁ話があるって言ったよな?』
「……ああ」
取り乱す白夜とは対照的に、電話越しの平塚の声は至って冷静だった。まるで
『ずっと前から考えてたんだ。"身を引くタイミング"ってヤツをさ』
「……それが今なのか」
『……』
平塚の無言が肯定を示す。百夜は短く息を吐いた。
いずれはこの時がくると分かっていた。裏家業の外側の事案を扱うものだとはいえ、そう長くは続かない。
このまま継続していれば、いずれは破滅が待っているであろうことを白夜は何となく理解していた。平塚はそれ以上にその"終わり"に敏感だったのだろう。
平塚には娘がいる。今回の件は娘にまで手が及ばなかったが、このままやっていればいずれは巻き込まれる。そんな不安が常に平塚を脅かしていたはずだ。
寂しいが、その選択も仕方がない。そんな気持ちでいた白夜に、平塚は言う。
『……お前、俺と初めて会った時の事覚えてるか?』
平塚の言葉で二年前の条件が白夜の脳裏に浮かんだ。全てが始まり終わった二年前の出来事――白夜には忘れられるはずもない。
「覚えてるよ」
『雨が降ってたよな。お前は傘も
雨で湿った土のに匂いが鼻についたような気がした。臭覚があの時のことを想起させていた。
二年前『
平塚に会い、拾われたのはその時だった。彼が言うように雨が降っていた。灰色の世界で、白夜は降りかかる雨も気にせずベンチに座っていた。
『俺ぁあン時お前の顔見てイラついたんだ。ガキのくせに絶望した顔しやがって、なんて顔してんだってな』
「……それは初耳だな」
そうは言ったものの、その時に白夜は平塚に勧誘されたのだ。その時のことはよく覚えている。
平塚は透明な傘を差し、いつの間にか白夜が座るベンチの前に立っていた。足が見えて誰かが立っているのかが分かり、白夜は無気力に彼を見上げたのを覚えている。
視線が合うと、雨が当たらない傘の下から、どんな感情が秘められているのか分からない黒い瞳で、平塚は雨に濡れた白夜に言ったのだ。
俺の手伝いしねぇか、と。
『本当は一件だけ仕事を手伝わせて、"裏"の恐怖を味あわせるつもりだった。今のお前が抱えてる絶望ごとき、"裏"に比べたらどうってことねぇんだ、って身を持って叩き込んでやるつもりだったんだ。――"最後の仕事"も兼ねて、な』
「……最後?」
その単語に白夜は眉をひそめた。そんな話は聞いたことがない。白夜との初仕事を最後に、裏稼業から足を洗うなんてこと、平塚はこれまでに言っていなかった。
平塚は懐かしそうに小さく笑う。
『ああ。本当はあの時、この裏稼業を辞めるつもりでいたんだぜ、俺は。なのによォ……お前は思った以上にやりやがった。甘ったれたガキだと思っていたのに、取引に邪魔なやつらをいとも簡単に一掃しやがったんだ。ビビったね。ヤクザ絡みの奴らを倒したあと、お前は普通に言いやがるんだから。『次は何をすればいい?』って。ベンチに座ってた時の、絶望顔でな』
「……」
白夜はその時のことを鮮明に覚えていた。最初の仕事というのは、平塚が"ブツ"の入ったカバンを運ぶのを護衛する仕事だった。平塚を運転手に、白夜は助手席に乗っていた。
時間は深夜帯だったはずだ。街灯もない暗い山道を走っていたら、前方にライトが見えた。それは山道を車で通せんぼして、平塚を待ち伏せていた連中だった。平塚が運んでいたブツ目当てだったのだろう。
数は数十人ほどいたはずだ。それを白夜は一分足らずで殲滅した。異能を使わず、
『俺にも人生を呪って腐ってた時期があってな。なんつーか、お前のことが気になって仕方がなかった。このまま放置しておけなかったんだよ。あのままだとお前、周囲巻き込んで盛大な自殺でもしそうだった。だから俺は裏稼業から足を洗うのをやめて、お前を雇った。……お前が立ち直るまで、近くで見るべきだと思っちまった』
自殺しそうだった、と聞いて
白夜は目頭が熱くなるのを感じつつ、静かに告げる。
「……ありがとう。お前のおかげで俺は……」
『待て待て待て! まだ話は終わってねぇんだ! 礼なら全部終わったあとで言え!』
平塚は慌てた様子でそう言って、続けた。
『お前、あの雪音とかいう嬢ちゃんに会った時、ひでぇ顔してたの気付いてねぇだろ。その顔、まさに"あの時"の絶望顔だったぜ』
「……ああ、そうだったかもな」
あの場所で雪音は白夜に面向かって『あの妖星に足をつけた』と言った。が、その話をしたのは短く、場の状況説明ですぐに流れてしまい、話題は消えてしまったはず。
しかしながら、その短い中で平塚はちゃんと白夜の表情を見ていたようだ。
平塚の見解はなから当たっていた。二年前、平塚に拾われた時も"妖星"関係で絶望していて、雪音と初めて会った時も"妖星"のことを蒸し返されて畏怖したのだ。
どちらも原因は"妖星"であり、恐怖の根源は共通していた。
平塚は次の言葉に少し迷ったようだが、すぐにはっきりと言い放つ。
『今回、嬢ちゃんに持ち掛けられた件……。ありゃ、お前にとって"立ち直る"ための絶好なチャンスなんだろ? なら俺に構ってないで精一杯やってこい。そしてもうこっちの世界に戻ってくんな。"クビ"だからな、お前は』
「……!」
平塚には何も知らせていないつもりだった。
携帯を持つ手が震える。
町中を歩く人たちはすぐそばの路地裏なんて見向きもせず、そこで一人の少年が泣き崩れたことにも気づかない。
「……ありがとうございました」
震えた唇からやっとの思いで吐き出した言葉はとても小さくて、周りの喧騒から外れた路地裏にさえ響かなかった。
けれど、それを伝えるべき相手にはちゃんと伝わっていて、電話越しにどこか嬉しそうで寂しそうな咳払いが聞こえてくる。
『あぁ。今度はバーに客として来い。なんか手土産持って来いよ』
プツンと通話が切れた。白夜はしばらく携帯を耳に当てたままだったが、ふと空を見上げる。携帯を持った腕がだらんと下がった。
路地裏から見上げた長方形の狭い空。何もない空を見つめて、白夜は目を細める。
そうすることで、その狭い空に一瞬だけ忌々しい妖星の姿が浮かんだ気がした。すぐに消えたその妖星を湿った瞳で睨みつけながら、白夜は携帯を握りしめる。
「
白夜の瞳には光が灯っていた。涙で潤んで光を反射しているわけではない。そこには確かに、生きることに執着を露わにした一人の少年が決意を抱いて立っていたのだった。
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