#11 金剛寺という男

 総司が残していった金剛寺結弦の資料。ちゃんと二人分用意されていたそれを、白夜と雪音は手に取っていた。


 そこには彼の異能力に対する詳細から、その取り巻きの情報までしっかりと調べられていた。


 まず白夜が注目し納得したのは、金剛寺の戦闘データへの記述だ。彼が持つ異能力――『利口な騙り手クレバー・トリック』と呼ばれるものについて、確証は得られないものの、戦闘データから推測できる効果が記載されている。


 金剛寺に『呪術師』という異名がつけらているのも『利口な騙り手クレバー・トリック』の能力の影響だ。


「金剛寺結弦……彼の異能は、異能力者ミュートの中でもかなり特殊なものです」


「あぁ……」


 その資料には『利口な騙り手クレバー・トリック』の異能を『第二の"口"を召喚し、その"口"で相手の精神力を奪取できるもの*1*2*3*4』とあり、注釈もあるようだ。


 『*1 第二の"口"は変幻自在であり、虚空から顕現する場合もある』


 『*2 奪取された精神力は金剛寺を殺傷する、または時間経過で取り戻すことも可能』


 『*3 精神力を奪取された場合、特定の体の部位の感覚が消滅する事例あり』


 『*4 また、"口"には実体あり、同時に単純な殺傷能力も有している』


 精神力を奪う異能。それだけではあまり脅威に感じないかもしれないが、その実は恐ろしい。


 そして精神力の奪取に加え、"口"による単純な攻撃も可能である。彼が『呪術師』と呼ばれるようになった所以もそこだ。


 何も分からない状況で、変幻自在に召喚される"口"――『利口な騙り手クレバー・トリック』で噛み付かれた者は、精神力を奪われる際の倦怠感と共に、注釈にもあったように、肉体の機能不全感を得る。さらに"口"は実体を持つので、殺傷の瞬間は鋭い歯形が体へと刻み付けられた。


 それらがまるで"呪い"による祟りであるかのように見えたことから、金剛寺は『呪術師』という他称がついたのだ。


「……どうですか?」


 白夜がしばらく資料に目を通していると、雪音が心配そうに尋ねてきた。白夜は視線を雪音の方へ上げると、ため息混じりに答える。


「どうも何も……こいつは強い。言ってなかったが、俺の知り合いもこいつに殺されかけた。気を引き締めないと……」


 良い返事を聞けず、雪音は少し残念そうに目を伏せた。それも仕方がない。彼女も金剛寺がどれほど驚異的なのか理解していた。


 だからこそ、白夜に意見を尋ねたのだ。何か有用な対抗策があるのかもしれない――そんな希望を抱いて。


 しかし残念ながら、そんな意見は白夜にも浮かばなかった。


 そもそも異能が特殊すぎて、文面ではその効果が分かっていても想像が難しすぎる。"口"を召喚する異能力者ミュートなんて奴以外に聞いたこともない。


 策もないまま、白夜はホチキスで繋がれた二枚目をめくる。そこには金剛寺に"呪術"をかけられたという、雪音の姉についての事がまず最初に書いてあった。


 その項目を読んだ白夜は思わず目を丸くする。


「……異能の一部を奪われた……?」


 その一文が見間違いではないかと目を擦るが、文字の羅列は変わらない。雪音は静かに言う。


「はい。姉はイデアの呪いで貧弱していました。そしてある日突然、金剛寺による襲撃を受けてしまったのです」


 雪音の言葉を聞きながら、白夜は資料に目を走らせていく。その目の先には雪音の姉――雪華ゆきかが襲撃された時のことが書かれていた。


 雪華が襲われたのは車での移動中。


 雪華は"呪い"で貧弱した体を、"スイレン"の手がかかっている三日月病院で定期的に検査していたようだ。その送迎中に襲われたということらしい。


 車には雪華と運転手の他、二人の異能力者ミュートが同乗していた。それでも金剛寺の襲撃から雪華を守り切れず、"スイレン"の部隊が到着した頃には全員が瀕死の状態で倒れていたとのこと。


 起こった時刻は夜の九時。


 奇跡的に一般人による目撃は少なく、"スイレン"の手回しのおかげで"車とガソリンを積んだタンクローリーの衝突事故による大爆発"として民衆には公表されたようだ。白夜もこの事件は聞き覚えがある。


「……襲撃者は金剛寺を含め三人。全員異能力者ミュートか」


「……はい。"電撃"の異能を持つ太刀使い『杵淵きなふち 星那せいな』と、虫取りアミを持った少年『松浦まつうら イリアン』が協力者です。ぞの事件後、すぐさま"スイレン"の管轄に指名手配として張り出されました。……が、未だ詳細な居場所がつかめません。恐らくまだ金剛寺と行動と共にしていますね」


「……虫取りアミの少年、まだ10歳じゃねぇか……。武器も歳も"異質"だな」


 星那という女の武器はそこまで目を張るものではないが、イリアンとかいう子供のそれは不気味すぎる。虫取りアミとか武器になりえるのだろうか。


 だがそれよりも一番気になるのが、やはり金剛寺の利口な騙り手クレバー・トリック


「異能を奪ったのは金剛寺の利口な騙り手クレバー・トリックと考えられてるのか……。一枚目の資料にはそんなことは書いてなかったが……」


 雪華の異能を奪ったのは金剛寺の利口な騙り手クレバー・トリックと二枚目の資料に書いてあるのを見て、白夜は雪音に問う。


 雪音は白夜を見た。


「一枚目の資料は"スイレン"の異能力者ミュートに公開されている金剛寺のデータの転用ですからね。金剛寺の利口な騙り手クレバー・トリックが本当に"異能を奪う異能"を持つと断定できないていないので、一枚目には記載されていません」


「……不気味な異能だな。その利口な騙り手クレバー・トリックってのは……」


 利口な騙り手クレバー・トリック――"口"を顕現させる異能。それは虚無から召喚され、肉体や精神力に噛み付き、さらには異能まで飲みこんでしまう。


 依然謎が多い異能であるが、その強さは折り紙付きだ。二年前の時点で火靈ひるめを打ち破り、つい最近には異能力者ミュート二人を仲間と共に襲撃し、成功させている。


「……」


 白夜は二枚目の資料をめくり、三枚目に突入する。まず目に入ったのは異能覚醒薬チューニングという単語。そのまま読み進めていくと聞き覚えのある単語が目に入った。、


異能雑兵ノイズ……これか……」


 すぐさっき、雪音と一緒に廃病院へ行ってきたわけだが、初めてその時『異能雑兵ノイズ』という言葉を耳にした。


 それはクスリによって、後天的に異能力者ミュートとなった者たちのを示す。廃病院で戦ったエイラがまさに『異能雑兵ノイズ』であった。


 その非異能力者ミュートに異能を覚醒させ、異能雑兵ノイズたらしめるクスリというのが、この異能覚醒薬チューニングというクスリらしい。


「……」


 異能覚醒薬チューニングという存在そのものも気になるけれど、もっと気になることが続けて書かれていた。


 異能覚醒薬チューニングの使用はエイラのような半グレ達を中心に大頭し始めている。注目すべきはその地域と時期だ。


 異能覚醒薬チューニングが出回っている地域は、白夜たちがいる三日月市に限られている。加えて、異能覚醒薬チューニングが出回り始めた時期というのが、雪華が襲われて異能を奪われた後であるということ。


 極めつけは、異能覚醒薬チューニングの使用で暴力沙汰を起こし、"スイレン"によって拘束された異能雑兵ノイズ達の証言。


 "スイレン"が拘束した異能雑兵ノイズは六人に及ぶが、その彼らに異能覚醒薬チューニングの入手経路を尋問したところ、全てが"ある男"に突然渡された、というもの。男の特徴も一致しており、その人物像が『金剛寺結弦』の人物像とほとんど一致する。


 この事から、異能覚醒薬チューニングと金剛寺が雪華の異能を奪取したことに因果関係が考えられると、資料には記載されていた。


「……雪音さんが異能雑兵ノイズのことを知ってたのは、こういうことだったのか」


 白夜は資料を眺めながらぼそりと呟く。雪音はうなずいた。


「はい。姉への襲撃と異能覚醒薬チューニング、そして"呪術師"金剛寺結弦……私はこれらが関係してないとは思えなかった」


 雪音は真っすぐ白夜を見つめた。


「姉のためにも、私は金剛寺を探し出して捕まえる……! 絶対に……!」


 左手で握りこぶしを作って、雪音は瞳と表情で決意を示す。白夜は資料から目を離し、彼女を見た。


 彼女のような真っすぐで純粋な瞳を見たのは久しぶりだった。白夜は自分の未来から逃げ続け、腐ってしまった未来を前に、諦めて現在さえも腐らせた。これまでの二年間、白夜は停滞し続けていた。


 そんな白夜に、雪音のひたむきさが眩しく見えないはずがない。今の自分に、そして二年前の自分に必要だったのは目の前にある。すぐ手の届く場所に。


 白夜は唇を緩ませると、じっと雪音を見つめて言った。


「ヤツを捕まえるのは君じゃない、俺"たち"で、だ」


 雪音は面喰ったように目を見開く。一拍たってから、自分が放った言葉と雪音の表情に白夜は恥ずかしくなって目を逸らした。


 雪音はそんな白夜を見開いた目で見た後、瞬きを数回してから吹っ切れたように小さく笑う。それからその笑顔で静かに告げたのだった。


「そうですね。私たちで、捕えましょう」

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