#4 衛星の面影

 ボロボロになったバー『spear』。

 その場所で白夜と平塚、そして雪音の三人が壊れかけのカウンターに並んで座っていた。


「……なんだ、雪音さんは平塚を襲ってたわけじゃないのか」


 電灯が割れてチカチカと不等間隔揺れる下で、白夜はウーロン茶を飲みながら、平塚と雪音からことをあらましを聞いていた。それによると、どうやら白夜はとんだ勘違いをしていたようだ。


 まず前提として、倒れていた半グレと雪音という刀を腰に差した少女は全くの別だった。


 最初に半グレ達が平塚のバーにやってきて暴れ出したらしい。その暴れた理由は平塚の口から具体的に出たわけではなかったが、白夜には想像がつく。言うなれば市場争いのために送り込まれてきたのだろう。


 当然、血の気が多い平塚は半グレ達を拳で制そうとした。しかし半グレの数は十を超えていた。中にはナイフを持った半グレもいたらしく、最初こそ優勢だったもの、すぐに勢いは逆転したという。


 そこに現れたのは雪音だった。彼女は白夜に会うために、白夜がよく通っていると聞いたバー『spear』に訪れたらしい。そこで彼女は半グレに囲まれている平塚を遭遇する。


「雪音さんは平塚を助けようと、半グレ達こいつらを鞘ついた刀で殴り倒した、と」


「……まあ、そんな感じ。きな臭い商売をしてるのは知ってたけど、やっぱり助けないと……」


 雪音は白夜の言葉に小さくうなずいた。白夜がバーに飛び込んで彼女の相対した時、その手は刀の柄を撫でていた。それは納刀した直後だったからではなく、普通に刀を鞘から抜かずに使った直後だったからなようだ。


 そもそも、ちょっと考えれば分かることだったと思う。さすがの平塚でもあの人数の半グレを撃退するのは無理くさい。誰かの手を借りたという可能性に気付くべきだった。


 白夜は雪音に向き合うと、頭を下げた。


「……ありがとう、雪音さん。平塚が助かった。それとごめん。俺、君のことを思いっきり吹っ飛ばしちゃって……」


「……私も、貴方を無力化しようとしてたから……。私が戦ってる間に、平塚さんがカウンターで頭打っちゃって気絶してて、ちょっと余裕がなかった……です」


 慌てた様子で雪音は手を振るう。その中で白夜は頭を下げたまま、密かに嫌な汗をかいていた。


 未だに心臓がバクバクと気持ち悪く打ち付けてられていて、"衛星"の呪縛にさいなまれている。


 ――彼女は衛星に辿り着いた俺に用があると言った。衛星の話を引き合いに出したということは、すなわちそれに関する事だろう。


 今の自分が衛星のことを盛り返されて、まともに取り合えるだろうか。いやできない。白夜は震える手をなんとかいさめて、顔を上げた。


「それで……どうしますか? この人たち……」


 雪音が床に倒れている半グレ達へと視線を泳がせる。「警察に連絡、というのは」という遠慮がちな彼女の言葉に、白夜と平塚は反射的に堂々と返した。


「やばいと思う」

「それだけはやらん」


「……まあ、そうですよね」


 雪音は呆れた目つきでため息をついた。彼女は平塚が裏でどんな商売をしているのか、多少は把握しているのだろう。それに白夜が一枚嚙んでいることも。


 平塚らが何をしているのか。

 簡単に言えば黒い"白い粉"や"注射器"の取引に加担しているのだ。もっとも、ガワの仕事なので本元との関りは薄く、あくまで仲介役。製造や販売を直に行っているわけではない。それでも黒には変わりないけれど。


 襲撃してきた半グレ達は恐らく、"現在平塚が仲介しているヤの者"をよく思っていないヤの者が送り込んできた鉄砲玉のような者達だろう。所詮は下っ端だ。有益な情報は与えられておらず、半端な金だけ貰って襲撃に参加した、というのが正解か。


 平塚は面倒臭そうに言う。


「後で縄で縛ってお灸を据えてやらァ……もう俺らに歯向かわねぇようにな」


 その言葉には力がこもっていない。けれど、その瞳はドス黒かった。


 白夜は平塚の過去を知りもしないが、かつてはその手の組にいたのだろう。今は娘もいるみたいで大人しくなっているけれど、時折、そういう"凄み"みたいなものを感じることがある。


 平塚のドスの効いた凄みに気圧けおされたのか、雪音がごくんと喉を鳴らした。それに気づいた平塚は態度を一変させ、へらへらと笑ってみせる。


「いやぁ、驚かせてすまねぇお嬢さん。アンタは俺の恩人なんだ。何か恩を返させてくれ……と言いたいところなんだが」


 平塚の視線が真剣なものへ変わった。白夜も意識を切り替えて、彼を見る。


「あの半グレ共、どこかで見たことあると思ったらアレだ、エイラっつうガキが頭のチーム『黒い日輪ダーク・サンライズ』の奴らだわ」


「だーくさんらいず? 変な名前だな」


「最近結成した半グレ集団だ。……頼めるか?」


 名前に苦笑する白夜へと平塚の視線が移った。白夜はそれを受け取って小さく笑う。ここからはいつも通り、白夜の仕事というわけだ。白夜と平塚の関係というのはまさにそれだった。


 白夜と平塚は立ち上がった。雪音もつられて立ち上がる。


「場所は?」

「外れの廃病院。近くまで送ってやるよ」


「あの……一体何を……?」


 白夜と平塚の目的意識は同期していたが、雪音だけはそれに付いてこれていなかったようだ。困惑した面影で二人に話しかけてきて、平塚は困ったように頭をかく。


 少し言いにくいことなので仕方がない。恩人であり、こちらの世界に足を踏み入れていない少女にありのままを話すのは流石に気が引けるのだろう。


 それでも雪音の真っ直ぐな視線にたじろいでしまい、平塚はため息交じり明かした。


「んー、まァケジメだなぁ。よくあるんだよ、こういうの。ナメられたら終わりだからな、ナメられる前に出鼻を木っ端微塵に砕かねぇと」


「……なるほど、分かりました」


 平塚の話を聞いた雪音はキリっと白夜の方へ視線を向ける。白夜は自分に注目が来ると思っていなかったし、"衛星"の話も今のところ保留になっているしで、ぎょっとして彼女を見返した。


「白夜さん……はそういう役割をしているわけですよね。平塚さんの邪魔者を邪魔しに行くっていう……」


 雪音の言葉は正解だ。白夜は二年前から、平塚に拾われてそういう仕事を担っていた。白夜は「ああ……」と肯定して小さくうなずく。


 雪音の青い真っ直ぐな瞳が白夜を映す。そして同時に、白夜はまた新たな負担が自らにかかり始めたことに気付いた。


 白夜が平塚に誘われて反社の片棒を担ぐことになって、早くも二年が経つ。最初は少しながら抵抗があったそれも、今では慣れた――と思っていた。


 けれど、今雪音に"そういう目"で見られて白夜は思い知った。ドキっとしたのだ。反社だと思われて、すでに無くなったと思っていた自尊心が砕けたような気がした。


 思い返してみれば、白夜は二年前のあの日から古くからの知り合いと会っていない。会わないままずっとこの仕事を続けてきた。二年前より前はあざな火孁ひるめと一緒にいて、若干グレーなこともしてきたが、反射に協力することはしなかった。


 今の白夜を彼女らが見たら、軽蔑するだろうか。想像するだけでもゾッとしてしまう。


「……」


 黙り込んだ白夜を平塚はちらっと見つめたが、すぐに視線を戻して口を開いた。


「そういうわけだ、嬢ちゃん。俺らは例の廃病院に向かうから、またお礼は今度でな。白夜に用があったようだが、その後にしてくれや」


 平塚は白夜の肩を掴んでそう言った。そこで白夜は思考の渦から現実へ回帰する。


 そんなことを考えるよりも、まずは目先のことをやらないと。


 そう思って白夜は平塚の目を見て、いつも通りうなずいた。――大丈夫、そう自分に言い聞かせながら。


「待ってください」


 店の裏へ向かう二人をあろうことか雪音が呼び止めた。そして足が止まった二人に、雪音は意を決したように告げる。


「私も……一緒に行きます」


 その言葉に平塚はおろか、白夜は目を見開いた。どうしてこんなことを関わろうとするのか。雪音は別に"拠り所"に困っているわけではないだろうに。


 しかし白夜が見る限り、彼女の決意は本物のようだった。青い瞳は相変わらず真っ直ぐだ。


 だからこそ、こちらの関わるのはよくない。そう思って白夜は断ろうとするも、それより先に平塚が口を開いた。


「あァ、いいぜ。付いて来いよ」

「……は?」


 悪そうに笑ってそう告げる平塚の横で、白夜は思わず言葉をもらしだのだった。

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