#5 追憶の亡霊

 店の中に倒れた半グレ達は白夜と平塚が縄で縛り、店のトイレに閉じ込めた。


 それから白夜たち三人はバー『spear』を裏口から出た。暗い裏口の先には平塚の黒い車がある。平塚がポケットに手を突っ込んで中にあったリモコンキーのスイッチを押すと、車のランプが点滅し開錠された。


「どうぞ」


 平塚は後部座席のドアを開け、そこへ雪音を招く。彼女は腰を曲げてそれに従った。


 彼女が中に入り、平塚がドアを閉める。そのタイミングで白夜は平塚の背中を軽くどついた。そして彼を睨みつける。


「どういうつもりだよ」


 白夜は雪音を巻き込むことに反対だった。


 白夜や平塚が身を置いている立場は社会の掃き溜め。その核の部分からは極めて離れているとしても、掃き溜めの中にいること自体は変わらない。雪音はそんなところへ足を突っ込むような必要のない人だ。


 彼女は関わらせるべきではない。それが白夜の見解だった。


 そんな白夜のことはお見通しだったようで、平塚は考える仕草もなく口を開く。


「よォ白夜よ。あの嬢ちゃんはお前に用があってきたんだろ? しかもあの強さ、ただモンじゃねぇ」


 平塚はそう言いながら、白夜を置いて運転席側へとゆっくり歩いていく。白夜はそれを黙って目で追った。


「あの嬢ちゃんはまともな人生を歩めねぇさ。ならここらでいっちょ、耐性をつけておいても悪か無ぇだろ」

「……」


 そう言い残して、平塚は運転席のドアを開けて入っていく。白夜はぎゅっと拳を握りしめた。


 彼の言うことは何ら間違いではない。白夜は平塚に異能力者ミュートの事は話していなかった。平塚からすると、異能力者ミュートの副産物としての超人じみた白夜や雪音の身体能力は、"それそのもの"を稀にある突然変異や特異体質的なものとして認識しているはずだ。


 平塚は知らない。――白夜や雪音のような異能力者ミュートは社会の裏の奥深くで暗躍し続けていることを。


 もちろん、すべての異能力者ミュートがそう暗躍しているわけではなく、身分を隠して一般人として生活している人もいる。そういう人は何事もなく普通に一生を終えるのだろう。


 異能力者ミュート異能力者ミュート同士が出会う度に、その力を段階的に目覚めさせていく。個人差はあるが、自分以外の異能力者ミュートと出会わなければ、その異能の程は軽度で済むだろう。


 雪音の場合は異能の覚醒度合いからいって、一般人として生きる道は歩んでいない。だからといって、反社会的組織に精通しているわけでもない、綺麗な意思と瞳を白夜は目の当たりにしていた。


 ならば考えられるのは、異能力者ミュートによる治安維持や秩序の崩壊を防ぐ組織に属している可能性が高い。


 それを事実とするなら、平塚の言っていたこともなから間違いではないのだ。白夜は後部座席の後ろに半グレ達を詰め込んだ後、黙って助手席のドアを開けた。


「平塚、頼む」


「あいよ」


「……よろしくお願いします」


 平塚の車は三人を乗せ、黒い日輪ダーク・サンライズが蔓延る廃病院へと走り出す。


 ハンドルを握りながら平塚は口を開いた。


「そういや嬢ちゃん、白夜に用があンだろ? 今なら聞き放題じゃねぇ?」


「……そうですね。ただ……」


 雪音の視線がちらっと白夜へ向いた。それは白夜に対する配慮だろう。雪音はまだ平塚と白夜の関係を未だに図りかねているみたいだ。


 仕事仲間として、特に軋轢なく協力し会えているものの、白夜の口からも平塚の口からも異能力者ミュートに関する言葉ワードは出てきていない。雪音の発言も総合しても"衛星"ぐらいしかないだろう。


 そして"衛星"というワードに平塚も白夜は食いつかなかった。あの事件は異能力者ミュートを中心に起き、一般の人々には詳細が伏せられている災害級の大事件だ。


 つまるところ、世間一般に流通していない。さらには異能力者ミュートの中でも全貌を知っている人は極僅かであり、それについての情報価値はかなり高い。


 その情報の断片である"衛星"と発言した雪音に、その準当事者の一人である白夜はともかく、平塚が食いつかなかったのは妙だったのだろう。知っていれば食いつくはずの美味しい情報だ。


 食いつかなかったということは、そもそも"衛星"について全く知らないことが推測できる。


 白夜は普通の調子で適当そうに答えた。


「……今はいい。一段落してからでいいだろ」


 白夜は平塚に異能力者ミュート関係のことを告げてはいない。だからその話をここでする気は毛頭なかったので、雪音の気遣いはありがたかった。


「……そうですか」


 雪音も察してくれたようで、静かにそう答えると瞳をつぶる。ミラーからその様子を視界の端で見ていた白夜は、窓の景色に視線を戻した。


 平塚との付き合いは二年になり、互いに信頼をある程度は築けていると思う。しかし白夜は平塚の過去を知らないし詮索しようとは思わない。平塚も白夜の過去を聞いてきたりはしなかった。


 だから白夜は知らない。たまに平塚の表情が陰る理由を。娘はいるのに妻はいない理由も。死別か離婚か、そんな大雑把な理由さえ知らなかった。


「……」


 窓からの景色が移り行く。平塚の車からいつも見る景色。車輪が回れば景色も進んでいく。


 白夜は二年間、ずっと止まっていた。その自覚はずっとずっと感じてきた。だから、窓から見える移り行く景色をぼーっと眺めてしまう。


 二年前を想起させる"亡霊"が二人も現れた今、白夜は止まったままでいられるのだろうか。ふと頭の中に浮かんだ。

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