#3 重力操作vs凍結
実のところ、白夜が自らの異能をまともに使ったのは久しぶりであった。それでこそ、例の二年前の事件ぶりだ。二年の間にちまちまと要所要所で小さく扱っていたとはいえ、やはりブランクというものを感じてしまうほどにキレが落ちている。
それに――白夜は砂埃が舞う中、少女を吹っ飛ばした先を見る――注目すべきは、相手がまだ異能の
さっき白夜に向かって放たれた斬撃。それは確かに人の領域を超えた破壊力で、背後の壁に大きな斬り込みを入れた。
しかしその程度、
加えて、さっき白夜が放った拳は恐らく寸でのところで、拳と体の間に刀を挟んで防御されていた。この瞬発力からして、これで倒れてくるような相手ではないだろう。
白夜は冷静に身構えつつも、内心冷や汗をかいていた。
「……何がくる……」
相手の持つ武器は刀。ならそれに付随した何かだろうか。しかし刀という武器自体、
ふと、店内の空調が変わった気がした。鈍った勘が作動して、白夜は慌てて横へ跳ぶ。
直後、さっきのような剣撃が砂埃を消し飛ばし現れ、白夜が一瞬前までいた場所を切り裂いた。
今度のは腰が入った攻撃だったらしく、それは白夜の後ろの窓を割るどころか吹き飛ばした。
「……っ!」
しかもそれだけでは終わらない。その斬撃が通った場所が凍結していた。加えて、ギリギリ斬撃を避けたはずなのに、白夜の左肩にも白い霜がかかった上でカチコチに凍結しており、一瞬にして感覚が消し飛んでいた。
「くそっ……!」
これで判明した。彼女の異能は"凍結"系のものだ。
そして恐らく、斬撃の軌道と左肩を氷結させた異能の命中範囲を微妙にズラしている。斬撃を避けたと思わせて、目に見えない冷気で凍らせて体の一部を機能不全にする策略。見事にハマって左肩が使えなくなってしまった。
少し動揺した矢先、一つの影が一気に詰めてくる。
「――」
超人的な跳躍で一瞬で目の前までその刀を持った少女が迫ってきていた。彼女は刀を振りかぶる。
青白い斬撃が白夜に降りかかった。白夜は"重力操作"で右拳に反重力を乗せ振るい、刀に触れず相殺させる。それで斬撃自体は防げたものの、それに纏わりつく凍結せしめる冷気までは重力で吹き飛ばせなかった。
「ぐぅ……!」
右腕が肩まで凍結し、結果両腕が凍結させられた結果になってしまった。白夜は苦し紛れに地面を踏み込む。
反重力で反対側へ飛んだ少女の腕と刀。しかし器用に反対の腕で刀を持ち直し、彼女はそのまま斬り込んできた。けれど白夜の攻撃の方が速い。
白夜は踏み込んだ足から前方に重力波を発生させた。少女はそれに耐えきれず、そのまま後方へ押し倒された。
しかし殴られ吹っ飛んださっきとは違い、少女はいともたやすく着地して刀を構え直す。凍結して動かせない両腕をたらしながら、白夜は乾いた笑みを浮かべた。
彼女の異能は"凍結"系。思わず苦笑いを浮かべずにはいられない。なんせ、かつて似たような
逃げようにも、平塚を置いたまま逃げるわけにもいかない。白夜は横目でカウンターにもたれて気絶している彼を見た。平塚は結構肉付きが良い。あれを運んで逃げられるかというと難しいだろう。
ならば、選択肢はひとつ。白夜は覚悟を決めて、足に力を入れた。
――ここで
「……ぅっ」
「……?」
と、
「平塚……!」
「……? あぁ……てめぇこのクソガキ来てたのか……」
まだ意識が完全に覚醒していないのか、平塚は頭に手を当てながらよろよろと立ち上がろうとして、よろめいてカウンターに手をついた。白夜は慌てて平塚とあっけからんとしている少女との間に立つ。
「
「逃げるっつーて……」
平塚はカウンターから手を放し直立した後、ピタリと一旦止まった。それからすぐに勢いよく白夜を肩を掴んで――白夜の肩は凍っていたので「冷たっ!」と叫びつつ――揺らした。
「そうだよ! 俺の店にィ半グレカス共が押し寄せてきやがってそれで!!」
「うっせえ! 今俺が対応してんだよ! さっさと
「んなわけにいくかァ! 俺の娘よりも若い嬢ちゃんが体張ってんだぞ! 俺が逃げてどうす――」
「……もしかして」
白夜と平塚が言い争う中、刀を持った少女が口を開いた。白夜は警戒して彼女の方に構える。
「貴方、陌間白夜?」
「……あぁ、そうだが……それが?」
白夜は彼女の口から自分の名前が出たことで、懐疑的な視線を向けた。白夜は平塚に"色々と"お世話になっているため、平塚のバーを襲う前段階の情報で白夜の名前が知れ渡っていても不思議ではない。
もしかしたら、と白夜は思考する。本当の目的は平塚でなく、白夜だったのかもしれない。白夜をおびき出すために平塚が襲われた、そんな推測もできて背筋が凍った。
が、そんな予想とは裏腹に、白夜がその名を沈黙で肯定すると、少女は瞳を閉じて納刀した。
「私は
「……?」
納刀はされど、未だに白夜は警戒を解かないでいた。しかし、彼女――雪音からはさっきまであったはずの敵意も殺気も感じられなくなっており、白夜は不信ながらも雪音の言葉に耳を傾ける。続けて戦闘する意思はないように見えるけれど、さてはて。
彼女はその澄んだ青い瞳で白夜をじっと見つめて言った。
「――あの衛星に足をつけた貴方に、ね」
"衛星"。
その言葉を耳にした途端、白夜は心臓がキュっと縮む気がした。度肝を抜かれたとはまさにこのことか。生暖かい胃液が喉元まで逆流してきて、鼓膜がギュッと縮まるような感覚がした。視界が遠のいていく。
"衛星"とは十中八九、"イデア"のことだろう。白夜の未来を消し飛ばした妖星墜落事件、その件について知っている者は限りなく少ないはずだ。半グレ程度の相手が知っているようなことではない。
なら、倒れている半グレたちと彼女は別ということだろうか。
白夜が押し黙っていると、雪音はため息交じりに零した。
「まあ、今はそれよりも先にやることがありそうですけど」
彼女はそう言って、平塚を見つめたのだった。
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