第8話 そう……それはまさに神秘

 ランジェリーショップ……初めて来たが、圧倒的アウェイ感! こんなの来たと言うより迷い込んだってレベルだぞ。


 んー、もう混沌こんとんするカオスと表現せざるを得ない状況な訳なんだが……俺にどうしろと?


 知力も語彙力も働かなくなった頭で、今自分に起きている状況を整理していると、咲良が顔を真っ赤にして質問してきた。


「ちょっと、こんな店に引きずり込んで何のつもりよ! まさか、洋服を選んでやった次は、俺好みの下着をつけさせてやるぜ……みたいなこと考えてんじゃないでしょうね!」


「誰がそんな事するか! これには深いわけが!」


 そう弁明をしようとしている俺が握っていた咲良の手は、小刻みに震えていた。俺って、そんなに信用ないのかよぉ……。ちょっとヘコんだぜ。


 とはいえ、ちゃんと訳を話さないと犯罪者予備軍のレッテルを貼られてしまうからな。同じ学校の奴らがいると、手短に伝えればいいか。


 それに、学校中から注目されてる咲良の事だから、見知った奴らにこんなところを見られるのは都合が悪いだろう。


 ここは俺たち二人の力を合わせて、なんとか乗り切らなければ!


「急に引っ張ったのは悪かった。でも、あれ見ろ」


 俺はそう言いながら、例の集団の方を指差した。


「あれって……虹本結愛こうもとゆあ?」


「そう、虹本とその取り巻きだ。詳しく説明する時間がないんだが、俺はあいつらに見つかると死ぬ! 色んな意味で! それで咄嗟とっかに隠れた店が、偶然ここで……」


 咲良の顔には『何言ってるんだ、こいつ』と書いてあったが、大きくため息をついてから、仕方なさそうに俺の顔を見た。


「わかった。とりあえず彼女たちがいなくなるまではここで待っていましょ。見つかったら噂とか流れちゃうだろうし」


「悪い、助かる」


「隠れるにしても、こんな入り口じゃバレちゃうわ。ほら、もっと店の奥行くわよ」


 咲良はそう言うと、俺の手を引っ張って店の奥へと足を進めた。


 ちょ、ちょっと待ってくれ! この店、色んな意味で君的にははホームだと思うけど、俺からするとアウェイすぎなんだよ! 地球と宇宙ぐらいの遠さあるから! ここ、光り輝く神秘で溢れちゃってるから! 



 おい、なんだこれ……下着として機能してないじゃねえか! うわっ、これめっちゃ細……じゃなくて! 見ないようにするんだ! 視界の中に入らないように気をつけて歩かないと。



 だが、問題はそれだけじゃなかった。所狭しと並べられたセンシティブな布に気を取られていた俺は、静かに近づいてくるヤツの存在に気づけなかった。


「お客様、何かお探しのものはありますか?」


「えっ、あっいえ。私は特に……」


 そう、TENIN! いつの間に俺たちに近づいて来ていたんだ! というか察しろよ、男連れてんだぞ。気をつかえ、気を!


「そうでしたか。あっ、オススメの商品があるんですが、試着だけでもいかがですか?」


 咲良に声をかけた店員は、粘り強く俺たちを引き止めようとした。


 いやもういいから立ち去ってくれ……。俺が心からの懇願こんがんをしていると、何やら店員が咲良に耳打ちを始めた。


「もしかしたら彼氏さんを………………」


 うまく聞き取れなかったが『彼氏』という言葉が出てきたことと、その話に咲良が食い付いたことだけはわかった。


 咲良はオモチャを見つけた猫のような目をして店員に話をしていた。どんだけ興味を引く話だったんだか……。


 彼氏じゃない! ……なんてツッコミを入れる気力も今の俺には残っていない訳で。


「それではこちらにどうぞ」


 まんまと店員に乗せられた咲良は、俺の手をグイッと引っ張っりながら、案内されるままに試着室の前へと歩いて行った。



「絶対に覗いたりしないでよ!」


「はいはい。わかったから早くしてくれ」


 俺が爪先に視線をやりながら答えると、咲良はカーテンを閉めた。この薄いカーテンの向こうで……。


 あー、なんで俺がこんな目に合わなきゃならんのだ。こんなところでボヤいても仕方ないか……。


 俺が無を貫きボーッとしていると、後ろから聞き覚えのある声がしてきた。


「結愛さんはどのような色を?」


「可愛いものであればなんでも、ですかね。装飾が綺麗なものも好きですよ」


 この声は……もうカエリタイ。むしろ天に帰りたいのだがどうしようか。



 あろうことか虹本御一行こうもとごいっこうが、俺達がグダグダしている間にランジェリーショップにご来店してしまった。


「結愛さんのお胸の大きさだと、どんな男性でも落とせてしまうんじゃないですか!」


「胸が大きいというのも、いいことばかりではありませんよ。ここだけのお話、最近も少しずつ大きくなっていて、すぐに合わなくなってしまうんです」


 ……無駄な知識が増えたんだが、どうしたものか。しかも、この罪悪感……咲良はまだ出てこないのか?!


「成長し続けるのはいいことです! そもそも結愛さんのお胸を押さえつけようという考えが間違っているのです!」


 なんだその考え方、斬新すぎるだろ。俺が言うのもなんだけど、お前らなんのためにこの店きてんだよ。


 ひとしきりそんなツッコミを入れたところで更なる試練。


 やつら、こっちに近づいてくるぞ。


 やばい、今度こそ詰んだ。もう逃げる場所がない。そんなことを考えていた時……


 -グイッ。


「ちょっ!」


「静かにして! あとこっち見ないで……」


 俺の目の前には、Tシャツ……いや、キャミソールと言うんだったろうか。とにかく、一枚のインナーで上半身と下腹部を隠す咲良がいた。


 ちょっと待て……え、はいてるよね? 流石にはいてる……よね?

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