第5話 誘ってるって……え?

「このワンピースと、こっちのセットコーデだったらどっちがいいと思う?」


「いや、うぅん……って、なに普通に買い物してんだよ!」


「何を言ってるの? これも視察の一環よ」


 咲良は『わかってないわねぇ』と言わんばかりの大きなため息をつき、自己主張強めの胸をグッと張った。


 自分と近い年齢の人達が集まる、ちょうどいい場所があると言われてついてきたが……まさか女性向けの服屋とは。


「いい。女子っていうのは、自分と一緒にいる人の服装まで気にするものなの! そんなにファッションに無頓着だからモテないのよ」


 何だ、このやるせない気持ちは。友達の作り方がわからないとか言ってるヤツに、モテについて語られるとは……。


 それに、服屋に来るにしても、わざわざこの店じゃなくてもいいと思うのだが。


 それというのも、この店は最近ニュースなどで取り上げられるぐらい人気の店なものだから、さっきからすれ違うのは若い女性かカップルのどちらかなのだ。


 まぁいい。どうせファッションに無頓着な俺は、早々に退出させてもらうさ。


「はいはい、さようでございますか。咲良、俺は先に店出るぞ。この雰囲気、俺には合わなすぎる」


「なにワガママ言ってるのよ。そんなのダメに決まってるでしょ!」


 そう言った咲良さくらは、なぜか俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。逃がさないという意思表示のつもりだろうか。


 ……二次元のみに起こりうる現象だと思っていたけど、腕組むと本当に胸当たるんだな。


「おい、なんだこれは?」


「どうせカップルが多くて気分が悪いとか思ってるんでしょ。ほ、ほら……これで私たちもカップルに見えるわよ! べっ別に、周りから恋人同士に見られたいとか、あんたにくっつきたいとかそういうことじゃなくて!」


「どうしてもか?」


「どうしてもよ!」


 勘弁してくれ。俺はカップルが多いからとかじゃなくて、こういうファンシーな雰囲気の服屋が苦手なんだ。彼女のいた事がないような男には、この空気はえ難すぎる。


 こうなったら、名残惜しさはあるが……。


 俺は一瞬だけ腕を動かし、わざと咲良の胸に腕を当てる。一瞬だけだよ、ホントに一瞬だよ!


「きゃっ!」


「えっと……さっきから腕に胸当たってんだけど……」


「えっ、なっ……!」


 咲良の顔はみるみる赤くなってしまった。やっぱり無自覚だったか……。腕組みなんて慣れない事するからこうなるんだ。


 これに懲りたら、強引に物事を押し進めようとする癖を少しは…………ん?


「す、少しぐらい……我慢しなさいよぉ……。それとも、私のじゃ満足できないかしら」


「いや、俺は離れろって言ってんだけど」


 俺の言葉に聞く耳を持たない咲良は、さらにその柔らかさを押し当ててきた。


 これ、振り払おうとすると腕を動かすことになるから、余計色んなところに当たって、何がとは言わないが大変なことになるんだよな。



 俺がどうしたものかと試行錯誤していると、咲良が急に背伸びをし、耳元で弱々しく囁いた。


「……私のこと、もう少しぐらい女の子として見てくれたっていいじゃない……こんな性格だから、わかりづらいかもしれないけど……頑張って……んだよ?」


 咲良は俺の耳元から離れると、上目遣いに瞳を合わせてきた。


 え、ちょっ、『誘ってる』ってなんだよ。買い物に誘ってるって事か?


 でも、それならなら過去形じゃなきゃおかしいし、頑張って誘ってるって、どういう意味で……だ?


 俺と咲良はお互いを見つめたまま静止していた。時間にして5秒にも満たないはずのその瞬間が、ここにいるのは俺たち二人だけだと……そう俺を、あるいは俺たちを錯覚させた。


 

 だが、所詮しょせん錯覚は錯覚でしかない。


「お客様、何かお探しでしょうか?」


 微動だにしない俺たちの様子を不審に思ったのか、店の中を徘徊していた女性の店員に声をかけられる。


「あ、えっと、こいつがどの服にするか決められないみたいで」


 俺は先程の余韻にあてられ、顔を赤らめている咲良に変わり、店員の質問に答えた。


 すると店員は『その言葉、待ってました!』という勢いで話し始める。


「そうだったんですねっ! それでは、彼氏さんの好みに服装を合わせてみるのはどうですか?」


「かっ、かっ……彼氏……ちょっと、あんたなんか言いなさいよ!」


 なんとか正気に戻った咲良は、再び顔を赤くして俺の脇腹をつつく。お前がカップルと間違われるようなことするからこうなったんだろうが。


 まったく、咲良はこの上ないほど自業自得という言葉が似合うやつだ。


 とりあえず、これ以上なんか言われても面倒くさいし、ここで退散してもらうか。


「あぁー、僕たち付き合ってるわけじゃないんで、ちょっとそれは」


「そんなに照れなくてもいいじゃないですか。こんなに可愛い彼女さんいるのにぃ!」


 あぁぁー、めんどくせぇー。俺が懸念けねんしていた嫌な状況がまんま再現されちまった。


 そう、それは店員にカップルとして認識され、否定しても言葉が通じないこと!


「お客様はなんでも似合いそうですけど……こちらの列なんて、特にお似合いになるかと」


「そ、そうですか! ほら、行きましょ!」


「ちょ、引っ張んな」


 おい、なんで乗り気なんだよ! 店員の誤解をとくんじゃなかったのかよ!


 言ってる事とやってる事が違いすぎる咲く良に呆れつつ、俺は引っ張られるがままに服の前まで連れてこられた。


「はい! どれがいいと思う?」


「ハイハイ、ゼンブニアウヨ」


「殴られたいの?」


「すみません。考えさせて頂きます」


 なんで俺がこんなことをしなきゃなんないんだ……! とも思ったのだが、考えてみると、友達ができたら一緒に服を買いに来ることもある気がするんだ。その時のシュミレーションにしては悪くない。


「このスカートなんていいんじゃないのか。お前、あわい色とか似合いそうだし」


「ふーん。あなたはそう言うのが好みなのね……まぁ、着てあげなくもないわ!」


「あぁそう」


 急にご機嫌になった咲良は、俺の選んだスカートと、自分で選んだいくつかの服を持って試着室に入っていった。


のぞいたりすんじゃないわよ。もっとも、あんたにそんな甲斐性かいしょうがあるなんて思ってないけどねー」


「バーカ。誰がお前なんかに欲情するか」


 たく、誰が見るかっつーの。


—ゴソゴソ。


 ……。


—スー。


 …………。


—ガサガサガサ。


 おっと………………これは、いけませんな。中のことを想像してしまって、覗くより何倍も……ゴクリ。


 いかんいかん! そこの鏡で自分のことを見つめ直そう。視覚的にだけど。


 なんとか気を紛らわすために、俺は近くにあった姿鏡で自分の服装を眺めてた。


「うーん。……うんっ!?」


 鏡に映る俺の真後ろ。つまり、咲良の入っている試着室のカーテンが、少し空いている!!


 ダメだダメだ、そんなことを考えては! 心頭滅却しんとうめっきゃく! 煩悩退散ぼんのうたいさん!! あぁぁぁぁ!


 

 しばらくの間、こんなことをして一人悶もだえている俺なのだった……。

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