第4話 咲良望美は繋ぎたい

 太陽が照りつける週末の昼下がり、俺はショッピングモール内の本屋で、ラノベの立ち読みをしていた。


 本来なら土日の昼間は家でゴロゴロしているところなのだが、今日は咲良さくらの友達作りのためにショッピングモールに来ている。


 待ち合わせの時間よりも早く着いたので、こうして立ち読みで時間を潰しているのだが……


 『?てっだんな ?え』


 ……逆じゃねぇかっ! 俺が読んだ気になっていた文章はなんだったんだよ。


 なぜこんなに気が動転どうてんしているかというと……昨日気づいたんだよ。


 学校中から注目を集める美少女と、週末のショッピングモールで一緒にお買い物。


 『こんなのどうやってもデートにしかみえないじゃねえか!』と。このことが学校のやつらに知れたら……やばい、冷や汗が出てきた。問題はそれだけじゃない。


 自慢話に聞こえるかもしれないが、つい先日、俺は咲良さくらに並ぶ人気を誇る学校のお姫様的女子に告白をされた。


 その子とは話した事もなかったし、『告白されたからとりあえず』なんて軽い思いで交際をするのは不誠実だと思った俺は、その告白をお断りした。


 つまるところ、その子に俺と咲良が一緒にいた事が知られた場合『私の告白は断っておいて、その女の子とはお付き合いするのね!』という誤解を招きかねないのだ。


 まぁ、その女の子はおだやかで、揉め事は起こさないのだが……取り巻きが非常にめんどくさい。


 まずはファンクラブだ。噂で聞いたのだが、俺の通っている学校でメンバーは約120人。他校も合わせると200をゆうに超えるとか……。


 極め付けは親衛隊。中学校時代からの取り巻きだけで組織されているという話なのだが、やってくる男子を軒並のきなみギッタンギッタンにしてるとか……恐ろしぃ。


 とにもかくにも、俺は咲良と一緒にいるところを学校の奴らに見つかるわけにはいかないのだ。回避方法は全然浮かばないし、手立てが何にもないけど……どうにかするしかない!


 何の考えもなく無謀なまま覚悟を決めた俺は、手に持っていた本を棚に戻し、待ち合わせの場所へと向かうことにした。


 頑張るぞ、俺の平穏を守るため……じゃなくて、咲良の友達作りのために!


※※※


「待たせてしまってごめんなさい」


「ん、よぉ。まだ約束の時間より早いし、俺も今来たとこ」


「そんなの知ってるわ。今のは社交辞令よ。それに、あなたが先に来るなんて当たり前のことでしょ?」


 この女……来て早々この仕打ちとは……。ごめんなさいって言葉の意味わかってんのか? それに昨日の塩らしさはどこにいったんだよ。


「ほら、突っ立てないで行くわよ」


「はいはい」


 俺が『本当に昨日と同一人物なのか?』 と疑っていると、咲良は二、三歩ほど進み、くるりとこっち向いて手のひらを差し出してきた。


「おい、何だこの手は。あれか、金銭の要求か?」


「違うわよ! ほら……手、繋いであげないこともないかなって思って……」


 そう言うと、咲良は腕をグッと伸ばして俺の手のひらを掴んだ。おいおい、なんなんだよこれ……え、手ちっちゃ。めっちゃ柔らけぇ……じゃなくて!


「お、おい、どうつもりだよ」


「と、友達同士ならこうやって手繋いで買い物とかするでしょ。それの練習よ……。かっ、勘違いしないでよね! 別にデート気分になってるわけじゃないから! 練習台になれる事を光栄に思いなさい!」


「なんだよ、びっくりさせやがって」


 俺が喋り終わるのを待たずに、再び咲良は歩き始めた。手を繋いでるとはいっても、咲良が数歩先を歩き、俺が引っ張られているような状態だから……なんというか、ペットの散歩みたいな扱いだ。

 

 まったく……こいつと関われば関わるだけ、社会適正と将来が心配になる。友達作り以前に人との接し方を学んだ方がいいのでは?


「なぁ、お前って人付き合い苦手そうだけど、就職とかちゃんとできんのか?」


「そうね……今のところは父の仕事を引き継ごうと思ってるから、最低限のコミュニケーションが取れれば」


「ふーん。なんの仕事?」


 俺がそう尋ねると、咲良はショッピングモールのパンフレットを開いて見せてきた。


「ん?」


「ここの会社」


 俺は差し出されたパンフレットをまじまじと見つめる。


 そこに書いてあった会社名はチェリーホールディングス。 んん、チェリー? チェリーね……さくら? さくら……さく、咲良さくら


「一応聞くぞ。マジか?」


「本当よ」


 いやまてまてまて、明らかにこいつのコミュ力じゃ無理だろ。こんな大企業の取り締まりって……。


「でも、近くに新しいショッピングモールができちゃったから、会社がどうなるかはわからないのよ」


「なるほどなぁ。やっぱ色々あんだな」


「それに、その会社の取り締まりの娘が私たちと同じ学校の、しかも同じ学年なのよね」


「マジでか! 誰だよ」


 そんなビックな奴が同じ高校に、それも二人いるなんてすごいな。あ、訂正。片方はそんなすごくないわ。うん、小物ですわ。


 相手の会社の御令嬢にコミュニケーションの基礎でも教えてもらえれば、なんとか取り締まりとして……このプライドの高さじゃそれは無理か。



「そんで、その相手方の娘さんって誰なんだよ」


虹本こうもと 結愛ゆあよ。きっと名前ぐらいは聞いたことあると思うけど」


「虹本って……あの二組の……?」


「そうよ」


 ほうほうほう……。こりゃコミュ力伝授なんて言ってらんねぇな。


 なぜなら、虹本結愛は俺が振ったお姫様女子だからな……。


「何でそんなに驚いてんのよ。私の時よりリアクション大きくない?」


「別に、なんでもねーよ」


「そう。それより私、視察にちょうどいい場所を知ってるんだけど、まずはそこに向かうって事でいい?」


「俺もどこがいいのかイマイチわからないし、任せるわ」


 こうして咲良の友達作り計画は幕を開けた。


 頼むから、今日一日何事もなく終わってくれ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る