第2話 週末に訪れる終末

 五日間の登校日が終わり『土日ひゃっほーい』みたいなテンションの金曜日。俺は休日の予定を考えながら、上履うわばきと外履そとばきを履き替えていた。


 中学生の頃は陸上部に所属していた俺なのだが、高校に入ってまで走ることを続ける気にはなれず、現在は帰宅部としてスピーディーな帰宅にいそしんでいる。


 こんな俺の姿を見て『せっかくの週末に一人で帰るなんてもったいない!』とか『女子と寄り道したり、もっと青春を楽しめ!』とか思うやからがいるかもしれない。


 だが、放課後に女子と一緒に帰ったり寄り道をしたりするのは、よりスピーディーな帰宅を目指す帰宅部員としての名折なおれだ。決して寂しいとか悲しいとか思ってるわけじゃない。


 ちなみに、あそこでイチャついてる帰宅部カップルはダブルスだから……俺はシングルスだから仕方なく一人で……グスンッ。


 俺が涙をこらえながら言い訳……ではなく弁明をしていると、昇降口に息切れ混じりの少女の声が響き渡る。


「ちょっと待って、待ちなさいってば!」


 声の大きさなどから状況を想像するに、先に帰ろうとしている彼氏に怒っている彼女といった感じだろうか。見るからに青春エンジョイ! というシチュエーションだ。まぁ見てないけど。想像だけど。

 

「ねぇってば! アンタに言ってんのよ! 無視しないでよ!」


 あぁ、無視は良くないな。いくら喧嘩をしていても無視は良くない。あれホントに傷つくからね。トラウマになっちゃうからね!  


 念のために言っておくけど体験談じゃないよ? 気になってた女子に無視された事があって傷ついたとか、そんなことないからね?


 そんな昔の感傷に浸っていた俺をよそに、ここにいる俺以外の生徒全員が、声のした方向……つまり俺の真後まうしろを見ていた。


 一体どうしたというんだ。そんな壮絶な修羅場が繰り広げられているのだろうか? それとも釘バットでも持ってきたとか? あるいはそれより恐ろしい事に……。


俺は真相を確かめようと、ゴクリを生唾を飲み込んでから後ろを向いた。


「て、え? 咲良さくら?」


 そう、俺の後ろにいたのは喧嘩中のカップル……ではなく、なぜか半泣きの咲良望美だった。


「むっ、無視しないでよぉ……そんなに私のこと嫌い……?」


 えぇ……何これぇ。なんで俺は学校一のツンデレ美少女に睨まれているんだ。とりあえず事情を聞いてみるか。


「えっと、なんで俺のこと追いかけていたんだ?」


「追いかけたから追いかけたのよ!」


「もうちょっとまともな返事はないのかよ」


 あぁー、なんか周りから超見られてる。男子からの嫉妬の目線。そして女子からの不審がるような目線。怖いよぉ……。


「というか、あんた無視ってなんなのよ! せっかくこの前のお礼しようと思ったのに。やっぱやめた! あんたもう帰っていいわよ」


「あ、おう。そうか。そんじゃあな」


 俺は何が何だかわからないまま、片手をひらひらさせ再び歩き始めた。結局なんだったんだよ……きっと気まぐれかなんかだろう。こんなこと気にせず、帰りに本屋でも寄って帰ろうかなぁ。


「だからぁ! 待ちなさいって!」


—ポコッ


「イタ……くない。なんだよ、まだなんかあんのか」


 鞄で背中をどつかれた俺は、振り返りながらたずねる。というか、お前待てなんて一言もいってないだろ。帰っていいとか言ってきただろ。


「だから……この前の、お礼したくて……とりあえず、来なさいっ!」


 咲良さくらはそう言うなり、俺のワイシャツのえりを引っ張って歩き始めた。


 ちょ、近い。顔近い! めっちゃいい匂いする! だが、咲良の身長に合わせて腰を低くしているせいですごく体が痛い。俺が175cmで、咲良は俺より10cmほど小さい。

この差がこんなに腰にくるとは……。


「おい、これお前の身長に合わせて腰折らないといけないからキツいんだよ。離せチビ」


「うるさいわねっ。大人しくしてなさい」


 俺の話を聞かない咲良は、グイッとさらに俺を近づけた。男子の憧れとの顔の距離が

3センチもない……が、この動悸どうきは女子との距離が近くでドキドキしているわけではなく、いきなり襟を引っ張りれた事への驚きであって、決して咲良にドキドキしてるわけじゃなくて!


 なんか体温は伝わってくるし、吐息も聞こえてくる。……無だ、無心を貫くんだ、俺。



 しばらく歩いて着いたのは、駅前の小洒落こじゃれたカフェだった。咲良は手慣れた様子で空いている席に座ると、メニューをこちらに向けて話し始めた。


「何か好きなのをご馳走するわ。この前のお礼よ」


「別にいいよ。コンビニのパン二つとこのカフェじゃ割りに合わない。それに、女子におごられるのは気が引ける」


「なにカッコつけてんのよ。そうね……それじゃあ、あなたが私に買いなさい」


「はぁ? なんでそうなった?」


 理不尽ここに極まれり! みたいなことを言い出した咲良は、ニコニコ笑顔でメニューを見始めた。


「なぁ、マジで俺は何のためにここに連れてこられたんだよ」


「それは私があなたとお話ししたいから……じゃなくてっ!! お礼、そうよお礼! 私と一緒にいられるなんて幸せでしょう! まったく、お釣りが出るくらいよ!」


 いや出ねえよ。というか、すごい剣幕で誤魔化してたけど、あんまり本心隠せてなかったよ? 


 それにしても、俺に話すことなんてあんのか? 隣の席に座ってんじゃないわよとか文句言われないよな? さすがにそこまでアホの子じゃないか。



 誠に不本意ながらも、なんちゃらスペシャルパフェ(クリーム増し増し)を買わされた俺は、ぼーっとしながらアイスコーヒを飲んでいた。


「んー、これ美味しい。やっぱり甘いものは至福ね」


 咲良はなんちゃら(略)を幸せそうな笑顔で飲んでいた。やはり、幸せというのは誰かの犠牲の上に成り立つものなのだろうか……(泣)


「おい、口にクリームついてんぞ」


「へ? ん……とってよ」


「なんで俺が」


「いいから早く!」


 いや待てよ、さすがにホントにやるとは思っていないだろう。なんかからかうような表情してるし。


 ……でも、もし本当にやったらそれはそれでドン引きされるよな。つまり『キモい早く帰れ!』というツンツンが発動し、俺は今すぐ解放される。やってみる価値はある!


「ほれ、とってやるから大人しくしてろ」


「えっ、本当にするの?」


「当たり前だ。お前が言ったんだろうが」


「……!」


 俺は咲良の真っ赤な顔に手を伸ばした。ヤバイ、目閉じてる時の無防備な表情可愛すぎ……なんて思ってないけどね! ホントホント! オレウソツイテナイ。


「はい、とれたぞ」


「あ……ありがちょ…………」


「なんて?」


「ありがとうっ!!」


 おい、あんまり引かれてないぞ。むしろかれたみたいな雰囲気。今うまいこと言ったわ。



「そんで、これだけのために俺を引っ張ってきたのかよ」


「違う……相談があって。聞きなさい」


「俺はのお礼はどこにいったんだよ……」


 なんて強引な相談なんだ。まぁ暇だしいいけど。今日は帰宅部の活動は休みという事で! 俺がそんな事を考えながらコーヒーを飲んでいると、深呼吸をした咲良がコショコショトと小さい声で話し始める。


「お友達を、作りたいの」


 このツンデレ女王からはおおよそ想像もできない言葉に、俺はしばらくの間フリーズしてしまった。上手く頭が追いつかないまま、俺はとりあえず言葉を返した。


「なるほどな。確かに友達がいれば昼飯買い忘れても、堂々と購買に行けるもんな」


「ちがっ、そういうわけじゃ! あぁもう、もう一つ相談があるから聞きなさい」


 咲良はそこで言葉を区切ると、再び深呼吸をした。そして、真っ赤な顔をして話し始める。


「私、あなたのことが好きになったんだけど……どうすればいいの?」


 いや、知らんがな。

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