第714話 不可能なクエスト
ドゴラはペロムスも一緒に武神の神域へ連れていくようだ。
「ペロムス。お前は戦力になる良いスキル持ってんだ。せめて、攻められても逃げない感じで鍛えてくれ。ドゴラ、フォルマール任せたぞ」
「おう!」
「任せるんだ」
「ちょっと、降ろして! 勝ったらフィオナに会わせるっていったじゃないか!!」
「ちょっと伸びただけだ。安心しろ」
不平不満を言い泣き叫ぶペロムスはネスティラド戦であれだけ活躍した。
既にパーティーの中でも一目を置く存在となった。
『おいおい、剣神様の御座す神域ぞ……』
『何だ? 俺なら別にいいぞ。お前の連れはおもれえじゃねえか』
「うんうん!」
ムライが絶句するが、ノリを大切にする性格なのか剣神はケラケラと笑っている。
大声で叫んでいたのだが、ドゴラが掛け軸裏の亜空間の入り口に触れるとヒュンと姿を消した。
「ちょっと、ロザリナも行かないわよ! 汗臭い試練とかまっぴらなの!! って、ハク! 放してよね!!」
もう1人、勇者ヘルミオスの試練に協力的でない仲間がいる。
不満は試練先で仲間たちが聞くとしてそのまま連れていくことにする。
「ハク」
『ギャウ』
「ちょっと!!」
ミノムシ状態でも不満を言うので、アレンの言葉にハクは片手を上から被せ、ロザリナの声を閉ざした。
そのまま数歩前進して首から覗き込むように掛け軸裏の亜空間の扉に顔を突っ込むと腕に包むロザリナごと姿を消した。
(ふむ、神界闘技場は武神の神域に行く入り口になっているのか。その奥に戦神ルミネアのいる神域で、さらに、その先に創造神エルメアがいる神域があるんだっけか。勇者の試練が既に2ヵ月に突入しているし、セシルの成長とどっちが早いかだな)
神界の中でも武具を中心とした神々のいる神域から武神の神域に行けるらしい。
その先には戦神がおり、創造神エルメアを守護するように控えているとメルスから聞いたことがある。
ヘルミオスとガララ提督のパーティーが協力して2ヵ月経っても達成しない試練に勇者ヘルミオスは臨んでいる。
さらにアレンの仲間たちにも協力してもらい、試練達成を早めることにする。
試練達成の難易度が見合うものなら、報酬はかなり期待できそうだ。
『へぇ? ネスティラドを狩って次は父様へ挑戦するのかい?』
アレンの視線を察した剣神が覗き込むように尋ねてくる。
その目は先ほどと違い笑っておらず、自らの敵となるのか見定めようとしているようだ。
「御冗談を。1つ1つエルメア様から頂いた試練を達成するのが私の喜びでございます」
『ふ~ん。まあ、いいや』
「はい。では、クレナをよろしくお願いします。クレナはしっかり剣神様の下で修業するんだぞ」
「うん、分かった!」
アレンはこうして神界闘技場を後にし、魔法神イシリスの研究施設に向かう。
水色のピラミッド構造をお互い下の部分でくっつけたような6面体構造をしている。
6面体のピラミッド構造下部が時空神デスペラードの神域で、上部が魔法神イシリスの研究施設となる。
中央に入り口があり、両神域の1階層となっている。
1階層から最上階にある魔法神がよくいる研究部屋に向かう。
「おい、アレン。下の階層目指したら魔法神様に会えないぞ」
1階層には転移先によって決まったいくつかのキューブ状の物体がある。
利用できるもの、できないものがあるのだが、利用できる中で、魔法神イシリスの研究室に行くためでない所に向かったことにルークが気付いた。
「とりあえず、セシルをエクストラモードにしないといけないからな。魔法神の所に連れて行かないと」
「ああ、そっか」
6面体下部にいるセシルは時空神の神域で修業中だ。
1階層にある時空神の神域行きのキューブ状の物体へ向かう。
『こちらは時空神様が管理する時空管理システムへ続く転移システムです。一般の方の侵入を固く禁じています』
アレンが話しかけたのは上部の魔法神イシリスの部屋でもセシルの試練をしているところでもない。
時空神デスペラードが管理する時空管理システムというものがあるところだ。
「申し訳ありません。時空神デスペラード様へご伝言お願いします。試練に臨むセシルをお呼びいただけないでしょうか。魔法神様の求める素材である霊獣ネスティラドの心臓が手に入りました」
心臓をもって魔法神へ向かう必要があるのだが、試練中のセシルにアレンが会う方法はこれしかない。
『……少々お待ち下さい。……連絡中です。……連絡が取れました。時空神様がセシル様を連れてこちらにいらっしゃるとのことです』
(お? 時空神も来てくれるのか)
ブン
「へば!? ちょっと!!」
キューブ状の物体の背後にある転移用の魔法陣の中空にセシルが一瞬にして現れる。
何も言われず突然の転移だったようで、明らかに驚いた表情のセシルはギリギリ受け身がとれず魔法陣に転がる。
受け身がとれず打ち付けた尻をさすりながら、ヨタヨタと神器である原魔の杖で体を支え、生まれた小鹿のように体を起こそうとする。
「もう、何なのよ!!」
手を貸すこともなく何事だと静かに見ていたアレンは、自らのせいなのかと考えてしまう。
だが、この場の原因を作った者がすぐに後から転移してきた。
『申し訳ありません。上手く転移してあげられませんでした』
時空神デスペラードが申し訳ないとセシルに謝罪する。
(時空神でも転移に失敗することってあるんだね)
「大丈夫です……」
一瞬、誰であってもという強い殺意を時空神に向けたセシルであったが、自らの試練を与えた相手で神ということもあり、グッと怒りを抑え込んだようだ。
『それで、何やらクエストを達成したと連絡を受けましたが……。イシリスの試練は残り霊獣ネスティラドの心臓だけであったと記憶しています』
「え? そうなの? アレン? ネスティラド倒したの!!」
訳も分からずこの場に飛ばされたセシルの表情がパッと明るくなった。
「そうだぞ。これが霊獣ネスティラドの心臓だ!」
「すごい!? 心臓とってきたのね。ちょっと、見せなさいよ!!」
アレンが魔導書から未だにトクントクンと小さく鼓動する霊獣ネスティラドの心臓を取り出して見せる。
セシルがアレンから受け取った心臓を両手でガシッと握ると、ニヤニヤが止まらないのはようやく試練を達成し、魔法神イシリスにエクストラモードにしてくれることを考えているのだろう。
「おい、セシル。俺たちも頑張ったんだぞ」
ちゃんと礼を言うようにとアレンの背後で声をかけるルークは、頑張り切ったこともあって自慢げだ。
「まあ、アレン様の作戦のお陰です。そう思いますよね、フォルマール」
「ソフィアローネ様のおっしゃるとおりです」
「他の皆はどうしたのよ? 一緒じゃないのね」
「他の皆は勇者の試練を手伝ってもらうことにした。勇者には世話になっているし、武神の試練を超えたなら……。デスペラード……様いかがしましたか?」
武神を呼び捨てにしたアレンがぎりぎり時空神への敬語をつける。
与えられた試練を達成し、今後の話をしていたら、思いのほか時空神がアレンの側に寄ってきていた。
先ほどの剣神といい、神界で無言で距離を詰めることが流行っているのかとアレンは思った。
『申し訳ありません。霊獣ネスティラドの心臓を私も見せていただいてもよろしいですか?』
「え? はい、どうぞ。セシル」
「はい。時空神様」
『……』
セシルに渡った霊獣ネスティラドの心臓が時空神の手元に渡る。
無言で受け取った後、しばらく沈黙が続くのは、どうやら両手の手のひらで心臓の鼓動を感じているようだ。
アレンたちが何事かと同じく無言で時空神を見つめる。
「いかがされましたでしょうか?」
何だとソフィーやセシルも無言で時空神を見つめるが、沈黙に耐えかねてアレンが問う。
(セシルの試練の報酬だから返してね)
『……信じられません。本物のネスティラドの心臓のようですね。いや、不可能なはずですが』
両手で抱えるように持つ時空神は現実を受け止めきらないようだ。
「不可能? それはそれほどのことでしょうか? たしかに、通常の戦法では難しく、あれこれ策は弄しました」
あまりの表情で驚愕しているため、アレンは時空神の思いを汲み取ることにする。
目の前の長髪の男神は、人間界、神界、暗黒界の三界の往来を支配する時空の神だ。
『数十万年の間、神界の調和を乱すネスティラドの討伐を神々は天使を遣わせ、または、神々が直接倒そうとしました』
時空神の言葉に感覚を共有するメルスがアレンの頭の中で語り掛けてくる。
『……神々も討伐に参加していたとは初めて聞いたな。我らだけではなかったのか』
10万年生きたメルス自体も討伐に参加させられた霊獣ネスティラドは到底倒せる存在ではなかったと聞いている。
アレンの表情を通してメルスの言葉が聞こえてしまったのか、さらなる真実を時空神は口にした。
『神々の中でも、剣神セスタヴィヌス様が武具八神の方々を率いて攻めたことがあります。もう数十万年も前のことですが、シャンダール天空国の大陸の形が変わるほどの戦いと聞いていますが、その際も討伐には至っていないはずです』
(倒して心臓になった状態からも復活しそうになったからな。神界の武装集団でも倒せない完全なる不死の存在か。いや倒しても無限に復活したのかもな。っていうか、不可能なクエストじゃねえか!)
「そのような経緯があったのですね。不可能な試練を与えられたという事を知って私も驚きが隠せません……」
戦闘が得意な神界の最強集団の挑戦も跳ねのける相手にはめ技を使い、獣神ガルムの協力があったようだが、随分難しい試練を与えられたものだ。
試練を与えられた様子を知っていて黙っていた時空神を、アレンは抗議の意味を含めて静かに見つめる。
セシル、ソフィー、ルークも同意見だったようで静かな抗議の表情を向ける。
『で、ですが、これでイシリスは試練達成の報酬をセシルさんに渡せますね。おめでとうございます。せっかくなので私がイシリスの下へ送りましょう』
時空神は誤魔化すようにアレンたちの足元に魔法陣を生成したと思ったら、視界が一気に変わる。
「うわ!? びっくりした。急にどうしたのよ、アレン!」
イシリスの研究施設で実験の手伝いをするララッパ団長が目の前に現れる。
「驚かせましたね。イシリス様は……」
謝罪しつつ、クエスト報酬を貰う前の焦る気持ちを抑えて、すっころんで尻もちをついたララッパ団長を起こし、魔法神の居場所を問う。
「ちょ、ちょっと!? アレン!!」
だが、居場所を聞くまでもなかったことを背後から状況を俯瞰していたセシルが教えてくれる。
『きえええええええええ!!』
そのララッパ団長の背後から、奇声を上げた魔法神イシリスが襲い掛かってくるのであった。
あとがき
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