第682話 終わらないゲーム

 アレンたちがいなくなり何時間が過ぎただろうか、法の神アクシリオンを祀る広間は静寂に包まれていた。

 法の神を囲む獣たちは躍動感があるのだが、石像のため、動き出すこともない。

 誰の話し声も聞こえず、法の神の前に1体の老齢な獣がうな垂れる。


『……』


 獣神ガルムだけが法の神の像を静かに見つめた後、静かに絶望に満ちた漆黒の目を瞑る。

 願望があるのか、頭を下げ、法の神に祈りを捧げる。


 当然のことだが、石像は何も答えようとしない。

 どれだけの時間を祈りの時間に変えてきたのか、それとも、何かの答えを求めてのことだろうか。

 そんなガルムの耳がピクリと動いた。

 ゆっくりと目を開く。

 何かがこちらに近づいてくる音が聞こえたからだ。


 カツカツカツッ


 細い通路を抜け、誰かが広間に入ってくる。

 沈黙の広間に小気味よい足取りなのか、足音が通路の壁に反響する。


『おやおや~。ガルムはまだこんなところで意味のない祈りを捧げているんだい?』


 上位神にして獣人たちの信仰の対象に対して、どこか小馬鹿にした態度で背後からガルムに話しかけてくる。


『……キュプラスか』


『はわわ!? 誰のことかな~。僕はキュベルだよ!!』


 仮面を被った道化師の姿で、手のひらを顔の間で振る大きなリアクションで驚いて見せる。


『ふん、いつまでもふざけたことを。よく結界の張られた神殿に入ってこれたの』


『何か割れ目があったからね。雨漏りするから、ちゃんと塞いだ方がいいよ!』


 ドゴラがスキル「全身全霊」で破壊した天井から入ってきたとキュベルは胸を張って言う。


『……それで? わざわざ何をしてきたのじゃ。儂は監視されておる。本当にふざけた態度ができぬようになるぞ』


『いや~。魔王様の容態が芳(かんば)しくなくてね。お薬を調達しに、神界に来たってわけよ。これ以上放置していたら僕が食べられそうだからね。最近食欲が増して手が付けられなくなったよ~。この前さ、新しく魔造した上位魔神をペロリだよ』


 やれやれと両手を使って、いちいち大振りの身振り手振りで、不満を口にする。


『魔王か。そんなものでこんな世界が変えられるとは思えないがの』


『そうだね。ただの魔王じゃこの世界は変わらない。それだけにエルメアの力は絶大だね。だから僕は全ての条件の整う状況を100万年も待ったのさ』


『ふん。それで行動に移すと? それを態々言いに来たのかの』


『そのとおり! 聞いてみてごらん。ほらほら!!』


『はぁ? なんじゃ。何も聞こえんが? ふざけたことばかり言ってないで出て行ってほしいものじゃ』


 静寂に包まれた広間に、ガルムの不快そうな声が響く。


『とてつもないことが起きたのだよ。まさか、これほどのこととは……。神界がこんなに静寂に包まれたのは100万年の中で一度もなかった』


『ん? ああ、そういえばそうじゃの。大地の迷宮も、霊獣たちが狩りつくると言うガイアの嘆きの声が聞こえるの』


 神界では100万年間起きなかったことが起きたと言う。

 これもキュベルの言う『条件』だろうか。


 獣神ガルムは神殿の中にいるのに、千里眼と地獄耳を持っているのか、大地の迷宮の状況が分かり、大地の神の声が聞こえるようだ。


『この機は逃す手はないのだよ!』


 くるっと回るとビシッとガルムに指を差す。


『期待のアレン君か。そんなに持ち上げる理由がよく分からんの』


『彼も底無しの欲望を抱えているからね。それで、君のかわいいシア君たちはどうだった? 今日試練を受けたはずだけど』


『なんじゃい、見てたのか? 結果のとおりよ。誰も、儂の言うことなど聞こうともせん。もう、世界も獣人たちも終わりじゃて』


 シアもゼウも臨んだ結果を拒絶し、報酬を受け取って出て行ったと言う。


『兄妹の愛の絆が再認識されて良かったじゃないか。そして、仲間のために自らの命の投げ出す神技なんて、あれはもう感動ものだよ!!』


『ふん、何が愛の絆じゃ。そんなものがあるせいでこの世界は100万年も絶望が続いておるのじゃ』


 ガルムはゆっくりと法の神アクシリオンの像を見つめる。

 後悔と懺悔によって、今にも泣きそうな表情にガルムに対して、キュベルが口を開く。


『自らの子供を殺すのに躊躇うのが親というものさ。アクシリオン様は特にお優しい方だったからね』


 まるで目の前で見てきたかのような2体だけが分かる会話が続く。


『そうじゃの。だが、愛情とは相互に思いあってこそじゃよ。止めを刺すことを躊躇う親をズタズタにする子供もこの世にはいる。きっとシアたちも自らの甘さに絶望する日がくるじゃろうて』


 遥か昔のことをつい先ほど見てきたかのような発言をする。

 どうやら、優勢を誇っていた光の神と法の神が創造神との戦いで敗れたことには理由があったようだ。

 沈黙するキュベルに対して、ガルムは続け様に問う。


『愛ゆえに敗北した。皮肉なもんじゃの。だがキュプラスよ、時は満ちたと言うが、その作戦が実行に移されると、大勢が死ぬことになるの。分かっておるのか?』


『当然、まあ、この地獄がさらに100万年続くよりはマシだと思うよ!』


『獣人たちも大勢死ぬの』


『全てはこの理を壊すための尊い犠牲さ。悲しいけど、これが現実なのだよ』


 ガルムはキュベルの言葉に法の神アクシリオン像の肩に止まる、上半身の破壊された天使像を見る。

 その後、床石に落ちた石像の破片に視線を移して、小さくため息をついた。


『博愛と正義を貫いた第一天使キュプラスは、もうこの世にはいないか……』


『そうだね。そして、法の神アクシリオン様と共に獣人を愛した十二獣神ガルムもこの世にはいないのさ。今じゃ、自らの後悔に染まった過去を振り払うために、獣人同士で親兄弟構わず共食いさせる……。まるで邪神だね』


 キュベルの反論にこの場の空気が凍った。


『……狂っておったのは儂らというわけか。わ、儂はこの理の中で獣人を守りたかっただけなのじゃ。血を濃くせねば、どうやって理の中で力を発揮できると言うんじゃ!!』


 ガルムは図星を突かれて思わず早口で反論してしまう。


『言い訳は良くないよ。僕らの敗北が決まった時から身も心も壊れる運命にあったとのだよ』


 キュベルはガルムの言葉を制した。

 まるで、皆、手を汚し穢れてしまったと言わんばかりだ。


『もう良い。お主との言い合いもこれで何度目か……、疲れたわい。いや、そんな態度じゃないと正気は保てないか。100万年も繰り返される絶望の世界の中でお主も変わってしまったの』


『何度も繰り返される狂った世界さ。100万年続く終わらない絶望……。こんな滑稽なことはない。まさに「ゲーム」だね』


『本当にそうで笑えないの。絶望は何度も繰り返される……。「ゲーム」とは言い得て妙じゃよ。アクシリオン様の愛した獣人たちも何度も蹂躙される。絶望の螺旋の中に儂らはおるのじゃ』


『終わらさないといけないね。そのために僕は動くことにするよ。こんな世界でワクワクしている者たちもいるのさ』


『アレンとゼルディアスのことかの。きっとその者たちも絶望に変わる。儂らのようにの』


『さあ、それが見えるのはこれからさ。じゃあ、僕は始めるね』


 まるでそこで座って静観したらよいという言い草だ。


『期待などしておらぬが達者での』


 これ以上の会話はないようだ。

 踵を返したキュベルはツカツカと広間を通路から出て行くようだ。

 足取りには強い信念が込められているのか、来た時に聞こえた小気味よさはなかった。


 広間にガルムだけが残されてしまった。

 ガルムだけが法の神アクシリオンの像に移した。


『また絶望が繰り返されるのじゃ。誰かこんな「終わらないゲーム」を壊してほしいのじゃ……』


 100万年、何度もつぶやいた獣神ガルムの呟きに答える者は誰もいない。

 ガルムはゆっくりと漆黒の絶望に満ちた目を閉じる。


 神々がうごめく世界で、アレンたちと魔王軍の新たな戦いが始まろうとしているのであった。




あとがき

―――――――――――――――――――――――――――――――――

11章は完結しました。

12章の開始は早くても6月です。


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