第680話 『シア』

 獣神ガルムはゼウに焦点を合わせず遠くを見つめている。


「何を言っているのですか? む? 何だこれは!?」


 ズウウウウンッ


 轟音と共に巨大な神殿が大きく揺れる。

 綺麗にはめられた床石がずれるほどの衝撃に、ゼウの足元がふらついてしまう。


 まるで、神殿を強い力で叩く者が外にいるようだ。


『外が随分騒々しくなったの。結界が破壊されそうじゃて。そろそろ報酬の話をしようかの。のうシアよ?』


 ズウウウウウウウン


 神殿全体が再度、大きく揺れた。

 今度は天井にヒビが生じ、ぱらぱらと砂な小石が落ちてくる。


「む? 何の話だ? って、シア?」


 ゼウは背後に気配を感じ振り返る。


「よ、余は? 何故、無事なのか……」


 ガルムが視線を向けた先には一切怪我を負っていないシアの姿があった。

 既に神技「獣神化」は解除されており、困惑するように両手を掲げ、自らの体に損傷がないか拳を握りしめ確認する。


『当然の話じゃよ。試練は達成された。その後の攻撃など無効じゃて』


「また試されたということですか? いや、知りたかったのは答えでしょうか」


 ゼウとガルムのやり取りをシアは覗くように見ていた。

 そこにはゼウの言葉に困惑するガルムの姿があった。


 ガルムの中に渦巻く感情が何なのか、これまでの試練を通して分かってきた。

 どうもガルムは何か「答え」が知りたいようだ。


『……獣神の心を読むなど100万年早いわい。さて、どうやら、お前さんの仲間が助けに来たようじゃ。儂はやり過ぎたかの?』


 絶望に沈む漆黒の瞳をガルムは閉じる瞬間と同じタイミングで、ドゴラの声が神殿内に響いた。


「全身全霊(フルブレイズ)!!」


 ズドオオオン


 何か強力な一撃によって、いっそうの衝撃が神殿に走ったと思ったら、シアたちのいる広間の隅の天井が大きく破壊された。


「ど、ドゴラ!?」


「おい、ちょっと前出すぎだろ!!」


 シアの視界にジャガイモ顔をしたドゴラが鳥Bの召喚獣に跨って入ってくる。

 その表情は怒りに満ちており、真っ赤になったカグツチがまるで感情を表しているようだ。

 ドゴラの後ろで、2人乗りをする後ろでキールが騒いでいるが耳には入らないようだ。


「シア、皆で助けに来たよ! いくよ! ハク!!」


『ギャウ!!』


 ドゴラの背後から、ハクに跨るクレナが大剣を輝かせて入ってきた。


「陣を組め。メルスは初撃に備えろよ」


『分かってる!!』


 漆黒の装備に身を纏ったアレンが鳥Bの召喚獣に跨り指示を出す。

 Sランクになっても、メルスは返事だけは良い。


「ちょっと、アレン。神殿をこんなにして大丈夫なのよ!?」


 アレンと一緒に鳥Bの召喚獣に跨るセシルがツッコミを入れるが、横でフォルマールと一緒に2人乗りをするソフィーも口を開いた。


「セシルさん、大丈夫ですわよ。わたくしたちの仲間をこんなにして許してやれるほど優しくはありませんわ」


「……やれやれ」


 ため息を零すフォルマールは今回も会話に参加しないようだ。

 

「俺の神器『カリプソン』を振るう機会がさっそく来たってことか!! たぎってきたぜ!! グリフよ、もっと前に出よ! 論功を上げねば、ラプソニルは振り向いてくれぬではないか」


『ぐるる!?』


「何張り切ってんだよ! 最初の交渉はアレンに任せろよ!」


 背後で2人乗りをするルークが、神器「カリプソン」の三つ又の槍を掲げるイグノマスに忠告する。

 割れ目から今度は毛むくじゃらの巨大な獣が下りてきた。


 ズウウウン


「ルバンカ。そして、皆……」


 空を飛べないルバンカがグラハンと共に天井から降ってきたようだ。

 アレンたちの背後の裂けた神殿の天井から、タムタム、クワトロ、マクリス、マグラも警戒するように空を旋回していることが分かる。


『シアよ。戻ってきたぞ。状況はアレン殿と共有済みだ。……どうやら無事なようだな。さあ、試練を再開させようか』


 待たせたなと言わんばかりに、熱い胸板を大きくふくらまし、胸で息をする。


 どうやらガルムとの試練の最中で倒されてしまったルバンカがアレンの魔導書の中に戻った。

 再召喚する際に、アレンと記憶を共有したおかげで、シアの危機を知ることになる。


 アレンはすぐに仲間たちと共にガルムの結界を破壊して、神殿の中に入ってきたようだ。


 シアは、駆け寄ってきたドゴラとその背後でガルムを警戒するルバンカを見た後、思わず笑みを零してしまった。


「フッ。余の決断は間違えていなかったというわけか」


「決断だと? そうか、試練は達成したというわけだな……」


 シアの背後で火傷したお尻をさするガルムを見ながら、ドゴラは状況を把握する。


「そういうことだ。余は決断を誤らなかった。心配させてしまったようだが、もう試練は終わったのだ。報酬を貰いに行っても良いか?」


 仲間たちが自らのために上位神の神殿を破壊して乗り込んでくれたことにシアは満足感を得た。

 あとは、報酬を貰って仲間たちに報いたいと思う。


「なんだよ。あんな目にあって落ち着きやがって。まあ、シアが納得しているなら俺が何か言うことじゃねえな」


 ドゴラが熱くたぎる神器カグツチを背中に戻した。


 ゼウとシアを殺し合いさせたことにかなり怒りを覚えたのだろうか。

 殺気立っていたアレンたちの態度がドゴラと共に、落ち着きを取り戻していく。


 シアは仲間たちを背にしてガルムの下へと歩み寄った。


『なんじゃ。やるのか!! 獣神ガルムを舐めるでないぞ。ほれ、かかってこい!!』


 ヨボヨボになったガルムが元も骨と皮だけになった体でシュンシュンとシャドーボクシングのように拳を振って警戒する。


「お戯れを。報酬を頂きたい」


『ノリが悪いの……。じゃが、ほれ、まずは加護の特大じゃ!!』


 シアに引きちぎられたが生え変わったガルムの尾に神力が籠ったと思ったら、シアに向かって中空を振るう。


 尾の先端から神力が零れるようにシアに降り注ぐと、シアの体にこれまで以上の加護による力が湧いてくる。


『そんでもって、神技じゃ『獣神無限爆散拳』じゃ。コンボ100回繋がると発動すると発動できるのじゃ』


 再度、尾の先から神力を込め、シアに神技『獣神無限爆散拳』とポンポンと報酬をくれる。


『最後に、ふぬううううううう!!』


 今度は手のひらを前に突き出し、これまでにない神力を手に集めた。

 手のひらから離れるように浮き出した神力はナックルの形となる。

 ゆっくり具現化するナックルがふよふよとシアの手に収まった。


「ガルム様の神器はナックルなのか」


 両の手のひらを差し出すとポトリと手の中に収まる。


 神器「獣神の拳」は、神器「獣神の靴」と同様に白色に輝くシアのサイズにぴったりと合ったナックルだ。


「メルス、鑑定をしてくれ」


『ああ、分かった。鑑定!』


 メルスが天使Bの召喚獣「虫眼鏡」を使って、神器の効果を鑑定してくれる。

 ついでに魔導書でシアの増えたステータスから加護「特大」の効果も調べてくれる。


【獣神ガルムの報酬】

・加護「特大」は、攻撃力30000、素早さ30000、クリティカル5割上昇、回避率5割上昇、全スキルスキルクール半減

・神技「獣神無限掌」は、コンボ100回達成すると発動可能

・神器「獣神の拳」は、攻撃力50000、体力30000、素早さ30000、カウンター


「なんか強くなったわね。ありがたいけど、悔しいわ!!」


 アレンの横で一緒に魔導書を覗き込むセシルが複雑な嫉妬の感情が溢れた。

 たしかに、今回の報酬はシアの試練の結果だが、セシルの魔法神イシリスのお使いクエストもかかわってきた。

 ルバンカから聞かされた、シアの壮絶な試練な試練を聞いて、自らの感情を押し殺そうとした。


「それだけ、シアが頑張ったってことだろ」


 それでも溢れているぞと側にいるアレンも苦笑する。


「分かっているわよ」


「ああ、これがそのガルム様の尾だ。イシリス様へ渡してあげてくれ」


 魔導袋から引きちぎったばかりほやほやの尻尾を取り出してセシルに渡した。


「やったわ! ありがとう! シア! やっぱり私に相応しいのは杖かしら!!」


 獣神ガルムの尾は神器と交換予定だ。

 今持っている杖をブンブンふって、セシルは自ら手にする神器の願望を口にする。


「そんな会話は他所でやってほしいのじゃ。報酬は全て渡したかの」


「いや、月のカケラがまだだ……」


「ちょっと、待ってください。余の報酬の話がまだでございます」


 ここまで黙っていたゼウが口を開いた。


「ぬ?」


『はあ? なにをいっておるのじゃ。もうシアに全て渡してしもうたぞ』


 シアが約束通り、月のカケラについても報酬で頂けるはずだと口にしようとした。

 だが、ゼウが前のめりで報酬を寄こせと言うので、疑問の声がガルムと一緒に上がってしまった。


 たしかにゼウが何も言わなかったので、神技も神器も加護もシアが当然のように貰ってしまった。

 ゼウはシアに敗れた上で、ガルムとの戦いに共闘した状況だ。


 報酬も当然シアが総取りするものだとガルムもシアも思っていた。

 十英獣たちも同じく思っていたようで、ゼウの性格からも報酬を寄こせと言わないはずなのにと首をかしげてしまう。


「いえ、言い方が悪かったです。この試練で手にした余の神技は、試練を達成したシアのもの。是非、報酬はシアの総取りでお願いしたい」


 ゼウが改めて頭を深々と下げる。

 この試練の中でゼウが手にした神技を2つともシアに渡すように懇願する。


『真面目じゃの。だが、この世は残酷。勝ったものが総取りの世界は正しいのじゃ。ほれ、シアよ。これがゼウの手に入れた神技じゃ。受け取れ』


 ガルムが尾をブンッとゼウからシアに振るう。

 シアの中に温かい何かを感じる。


 ガルム、シア、ゼウの中で報酬のやり取りを始めてしまった。

 アレンたちは試練を達成したシアたちの経緯を見守るようだ。


「すまない。だが、この神技、仲間との戦いに使わせてもらうぞ」


 神技「虎神柔破掌」と神技「熊神瓦解破」はシアのものとなった。


『よし、あとは月の……』


「いえ、待ってほしい。このまま恩を貰った状態では余が獣帝王になるのも遠くなろうて」


 報酬の貰いっぱなしはこれからの


『なんじゃなんじゃ。それがどうしたと言うのじゃ』


 ガルムは何の話をしているのか分からなかった。


「改めて、余は獣王位継承権を放棄する。アルバハル獣王国の獣王女を止めて、ただの『シア』となろう」


「む? シアよ。それはどういうことだ」


 ゼウがシアの決断に待ったをかける。


「余は神技を貰って魔王を屠ろう。その間、アルバハル獣王国は任せたぞということよ」


『ふん、何じゃその話か。そうじゃの。お前よりはゼウの方が言うこと聞きそうじゃ。後悔しても遅いからの。シアよ。お主から我が一族の血縁たる肩書の全てを消そう』


 そういう思いではなかったとゼウは言いたそうだが、淡々とガルムがシアの中から獣王位継承権を奪う作業に移る。

 今度はシアの前で、尻尾を振り払うとシアの中から何かが抜けていく感じがする。


「よし、これで余は何者でもない『シア』になれたのだ。皆もよろしく頼むぞ」


 ガルムの血筋、アルバハルの末裔、アルバハル獣王国の獣王女、バリオウ獣王国の血縁など、どれでもない。

 自らの意志で決断し、自らの足でこの場に立っていることを感じる。


「ああ、たしかにお前はシアだ。よろしく頼むぞ」


 たった1月しか分かれて時間が過ぎていないのにどれだけの試練だったんだよとドゴラは呆れている。


 シアがドゴラに手を出したので、答えるようにガッツリと握手を交わし、改めて仲間として受け入れる。


 ガルムから報酬を貰う中で、シアは獣王位継承権を放棄した。

 アレンが魔導書を確認すると「シア=ヴァン=アルバハル」の名は「シア」に変更される。

 その顔には負の思いは一切なく、自らが『シア』になれたことに晴れ晴れとしているのであった。




あとがき

―――――――――――――――――――――――――――――――――

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