第679話 獣神ガルム戦④
ルバンカのバフは本体である自らを中心に周りに振りまく効果がある。
ルバンカが消えたため、シアがガルムの視界を奪った。
クリティカル率100%増の恩恵がなくなったが、ミスの発生確率が低い背後からホバが槌を振り下ろした。
『ぬおおおお!! 真・渾身!! むは!?』
キンッ
しかし、ガルムの背中にあたったホバの槌が、毛皮を殴ったはずなのに金属を叩いたような音が聞こえる。
これは明らかに攻撃がミスした音だ。
コンボの連携の条件には、攻撃を続けることがあり、ミスをしたり、躱されたりすると連続の数は途絶えてしまう。
だが、ガルムから距離を取ったところから、ホバの攻撃が当たらないことを予見している者がいた。
『やはりな! ⑭針地獄(エンドオブニードル)!!』
『ぬは!? またかの!!』
ホバの顔が血相を変える間もなく、魔力を籠ったがガルムの両目に浴びせられる。
ガルムは思わず、両手で目を覆い防御の姿勢を取った。
ヤマアラシの獣人で、弓獣帝ゲンが背中の針を全て飛ばすスキルで、元はエクストラスキルだ。
シアの神技「獣神化」によって一時的に十英獣全員のエクストラスキルがスキル判定になったため、エクストラモード特有の陽炎が発生する溜めの時間をカットしてスキルが発動できた。
ガルムが厚く頑丈な手の皮で針を「キンキン」と音を立てて弾くのだが、既に何十本の針が目に当たっている。
針の攻撃が1発でも当たれば、コンボは連携したと判定される。
ガルムはせっかく目を自然回復させようとしていた最中、無数の針の攻撃によって、再度視界を失われてしまったようだ。
『視界を奪われている今のうちだ!!多連攻撃を使え! エクストラスキルだったものを使うのだ!!』
ゼウが十英獣に指示を出す。
『うおおおお!! ⑮三限犀突(トリケラトプスラッシュ)!!』
キン
キン
ザッシュ
犀の獣人ラゾがオリハルコンのハルバートを握りしめ、3連撃によるエクストラスキルであったスキル「三限犀突」を発動させた。
ガルムの背後からのハルバートの先で突く3連撃で、2回外したが1回当たったおかげで、コンボは連携されたと判定され安堵する。
『⑯真駿殺撃!! 皆、同時に攻めよ、ここが正念場ぞ!!』
『⑰断絶斬(ボーダーソード)!!』
ラゾの攻撃は大振りのためミスが多いため、フォローと判断していたシアと剣獣帝ハチの攻撃が重なる。
剣獣帝ハチの元エクストラスキル「断絶斬」がシアの駿足のスキル「真駿殺撃」に追いついた。
鞘に一旦納め抜刀と共に飛翔する魔力を込めた斬撃を遠距離から放ったようだ。
『よし、いけるぞ! ホバも攻撃を準備せよ!!』
『うむ、任されよ!!』
コンボが繋がっていく状況にゼウは、最初、ガルムの力を知った絶望の状況が払しょくしつつあった。
ホバの元エクストラスキルがコンボに有用なことを知っているため発動を支持する。
ゼウのホバへの指示にセヌとパズも阿吽の呼吸で答える。
『任せろ! ⑱双剣天空(ダブルスカイ)!!』
『いくわよ! ⑲切裂大車輪(リッパーチャリオット)!!』
双剣獣帝セヌと爪獣帝パズが息ぴったりに攻撃を与える。
極限の状況で、ゼウと十英獣たちもこの1ヵ月の連携を意識した試練の日々が過ごしてきたようだ。
皆が連続で元エクストラスキルを発動させているが、クールタイムの観点からも、もう一度チャンスはないことは誰もが知っている。
今が試練達成のために、全ての力を出し切るときだと、皆が1つになって乗り越えようとする。
セヌとパズは攻撃のスタイルが似ていることから、特に連携攻撃が得意だ。
飛び上がったセヌは肩を水平に伸ばし、竜巻のように回転してガルムに連撃で切り裂く。
続け様に、パズは爪を持ったまま車のように縦に回転し、床石を爪で粉砕しながら、同じく連撃で切り刻む。
セヌとパズが攻撃している数秒の間にホバが槌を大きく振りかぶり、スキルの発動の条件を満たした。
『ぬおおおおおおぉおおお!! 我を行くぞ!! ⑳火山大爆発(グレイトボルケーノ)!!』
ドオオオオンッ
広背筋に力を込めたホバは、床石に大振りの槌をぶつけると、砕けた床石の隙間から真っ赤なマグマが吹き上がる。
マグマが垂直に数十メートルにも達する火柱となって吹き上がった。
噴火のダメージは溶岩の岩と火によって連続して起こるため、物理攻撃及び火属性無効の両方がなければ確実にダメージを与えることができる。
『ぬあっち!?』
お尻を真っ赤にするほどの超高熱を浴びて、巨大に変貌を遂げているガルムは思わず飛び上がってしまった。
カッ
カッ
神技発動の条件を満たして、シアとゼウの拳が輝き始めた。
『よし、皆ありがとう! シアよ、行くぞ! 熊神瓦解破!!』
飛び上がったゼウが大振りの拳を下へ振り下ろすように神技「熊神瓦解破」を発動させた。
ガラスが砕ける音と共にガルムの全ステータスを削っていく。
『ゼウよ。痛いの~』
ガルムはゼウの攻撃を受けながら発した言葉には余裕が籠っていた。
『な、なぜ、このように容易く? ま、まさか……!?』
ゼウは自らの神技「熊神瓦解破」を繰り出した際に、ガルムが一方的に攻撃を受け一切よけようともしない事に疑問が沸いていた。
それは両目を庇うように覆う指の隙間から見えるガルムの目が笑っていることで疑問は確信に変わる。
シアの神技「神風連撃爪」とゲンのスキル「針地獄」によって受けたダメージによって奪われていたガルムの視界は完全にクリアになっていた。
ガルムは自らの目を回復させ、守りために、連続した攻撃を耐えながら攻撃の機会を伺っていたようだ。
『行くぞ!』
シアの拳に全ての霊力が籠っていく。
床石が粉砕振るほど踏み込んだシアが右の拳を振り上げるように飛び上がった。
『残念じゃったの~。ほりゃ! 躱さねば死ぬぞ!!』
ブンッ
この試練を失敗に終わらせる条件をガルムはよく知っていた。
この神殿で手に入れた神技を発動させていないシアを倒せば、試練は失敗に終わる。
既に神技発動の体勢に入り、ガルムに向かって床石を粉砕し飛び上がったシアの腹目掛けて凶悪な尾が襲う。
『し、シア!? 避けよ! 罠だぞ!!』
『シア様、何をされておいでか!!』
覚醒スキル「嵐獣化」を発動させたルバンカを一撃で屠ったガルムの尾には、それとは比べ物にならないほどの、とてつもない神力が込められていた。
シアが飛び上がってから、発動させたが一気にシアに向かって迫る。
当たれば一撃でシアの体が肉片となって吹き飛ぶのは、ゼウも十英獣たちも容易に想像がついたようだ。
試練達成よりも避けることを優先しろとホバを筆頭に口々に叫ぶ。
目の前で試練の達成が潰えようとしている。
母も臨んだ獣帝王になる夢も幻となって消えるだろう。
試練を達成するのか、自らの命を守るのか、シアは選択を迫られる。
だが、走馬灯のように見えるシアの視界には、邪神教教祖を討伐するため兵を結成し冒険に出た日々だった。
そして、仲間が初めて出来て世界を旅した毎日であった。
S級ダンジョンの最下層でドゴラと訓練した日々が脳裏に描かれる。
『……ふっ。是非もない。風神天地翔!!』
シアはニヤリと口角を上げ凶悪な犬歯を覗かせたと思ったら、そのまま神技「風神天地翔」を発動させた。
自らの神技も、誰もが叫ぶ声も、ガルムの尾の一振りもシアの目にはとてもゆっくりと感じる。
尾がシアに到達するのに何秒もかからなかったが、笑みを零したのはどうやら自らの拳の方が攻撃を受けるよりも早く一撃を入れることができそうだったからだ。
ドスン
シアの拳がガルムの腹に激突する。
が、その瞬間、腰を捻るように腹がシアの視界から離れていき、その瞬間、シアに向かって尾が振るわれた。
ズオオオオン
風が切れる音と共にシアがいた位置に巨大で太い何十メートルにもなろう尾が、凄まじい速さで通り過ぎていく。
「そ、そんな、し、シア? シアああああああああああああああ!?」
目の前にいたはずの場所に尾がものすごい勢いで通り過ぎると、そこには何もなかった。
戦意を喪失したのかゼウが膝から崩れ、スキル「獣帝化」を解除してしまった。
あまりに強力な一撃であったのか、シアがいた場所からはるか先まで、床石がめくれ粉砕されている。
シアはまるでそこにはいなかったかのように完全に姿は消えていた。
あまりの威力に肉片すら残らなかったのだろうか。
今度は巨大な大猿になっていたガルムも元の小さなヨボヨボの姿へと姿を戻していく。
『ふむ、確かに全ての神技は儂に与えた。約束通り報酬を与えねばならぬの。まったく獣神である儂にこんなにボロボロになるまで攻撃しておってからに。おい、儂の尻は無事かの?』
「な!? あ? ガルム様?」
ガルムはスキル「火山大噴火」を使ったホバに向かって、真っ赤に焼け焦げて毛が無くなったお尻を向ける。
シアが消し飛んでしまったしまったこの状況とは思えない態度にホバは絶句し、疑問符で返してしまった。
・シアの神技
10連コンボで豹神無情撃が発動
20連コンボで風神天地翔が発動
・ゼウの神技
10連コンボで虎神柔破掌が発動
20連コンボで熊神瓦解破が発動
シアとゼウ合わせて4つの神技はたしかに達成した。
だが、結局最後に生き残ったのがゼウだけだったことにホバは憤りを感じているようだ。
「なぜ、余だけ生かしたのですか?」
試練の前、シアはガルムの意を反してゼウと共闘した。
それが気に食わなかったから、自らを生かしたのかと問う。
ガルムは既に尾をいつでも触れる状況にあった。
ゼウの攻撃のタイミングで振っても結果は同じはずだったのに何故、シアを選んだのかと問う。
『言うことを聞かない者など必要ないからの。……む? 急がないと問答する時間がなくなりそうじゃ』
何かを感じたのか、ガルムの耳がピクリと天井に向かって動いた。
白目のない底無しの漆黒の瞳をしたガルムがニヤリと笑う。
「き、貴様! どこまで獣人の尊厳を踏みにじれば気が済むのか!!」
ゼウの表情が怒りと憎悪で溢れ、これまでも疑問に思っていた獣神ガルムに対して完全に信仰も尊敬の念も失われたようだ。
急ぐガルムの言葉の意味など考える余裕もなかった。
『そんなに怒りなさんな。儂が試練は達成したと言うとるのじゃ。その報酬を対価に1つ、ゼウよ。おぬしに選択を与えよう。最後の問答じゃ。しかと考えて答えるのじゃよ』
「せ、選択?」
『儂の報酬とシアの命どちらか1つ与えよう。どうじゃ? どちらを選ぶかの? 儂の報酬はすごいぞ~。なんたって神技も神器も加護も……』
「無論、シアの命を助けてあげてくれ。いや、助けてほしいです。このとおりでございます」
ゼウはガルムがセリフを言いきる前に一切迷いなく即答した。
さらに、これまでの怒りが嘘のように膝をつき、ゼウはシアの命を助けるよう平に頭を下げて、ガルムに懇願した。
『ゼウ様、ご立派でございます……』
報酬を選ばなかったゼウに対して、ホバたちは納得したようだ。
ここまで命だけで戦ってきた十英獣たちも、責め立てるつもりもなく、目を瞑り、誰も反対する者はいない。
『妹のために自らの報酬を投げ出すのか。そして、仲間のためか……。そのような態度だと、その「選択」は何故だか正しく見えるの』
ゼウの答えにガルムは明らかに困惑しているようだ。
「先ほどから何を言っておいでですか?」
頭を下げたゼウが先ほどから何の話をしているのだと頭を上げた。
何か問答なのか答えを求めるような表情だ。
『儂の選択は間違っていたのかの。これが答えか。のう? シアよ』
ガルムは頭を下げるゼウの背後へ問うように答えるのであった。
あとがき
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