第667話 シアの夢④

 風神ヴェスの試練が終わり眠りにつく。

 あまり楽しい思い出が少ない2人のためか、ギリギリまで睡眠を避けたいとシアは思う。


 この前は、ルバンカの壮絶な過去を見てしまい、流石に底無しの絶望した状況に震えが止まらなかった。

 ルバンカが聖獣になった話は結構有名で、獣王女であるシアにとってもよく知る話だが、目の前で見せられてどれだけ彼の生き様を正視できようか。


 しかし、疲労の回復のため、そして、ルバンカとの戦いの相性や連携を上手くするためにも睡眠は欠かせない。


 2人の過去を共有すればするほど、一体感が生まれるのは獣神ガルムの人ならざる力によるものだろうか。


『ここはどこなのだ?』


『……このような場所を見せるのか。いや、わざわざこんな手前からと言うべきか。戯れの悪趣味か……、怒りを通り越して呆れるわ!』


 ルバンカが10歳になったシアに対して夢の場所を確認する。

 王城であることは分かるのだが、シアが吐き捨てる理由が分からないようだ。


 ルバンカたちの目の前には、夢の中のシアが跪く獣人の前で胸を張るように立っている。

 この当時のシアは10歳で、背後には相変わらずルドが立っている。


「して、何用でシア様の前に跪く」


「今日は私の熱い思いを伝える機会、与えていただき感謝申し上げます。美しいシア様の興す軍勢の末席に加えていただきたく……」


『たしかシスラック子爵家の三男であったかな』


 夢の中での出来事をルバンカに説明してあげる。


『ほう』


『家を継ぐこともできず、王城で騎士として勤めていたが、余の私設兵に空きが出たのを聞きつけてきたのだろうよ』


『ん?』


『どうしたのだ?』


『いや、そんなに特徴のある男に見えなかったのでな』


 シアにしては随分細かい説明だとルバンカは思ったようだ。


『少し、因縁のようなものがあるだけよ。いや、思い出の残った相手と言うべきだな』


 マントを羽織る騎士の出で立ちをした狐面の獣人についてルバンカに軽く説明をする。

 だが、ルバンカがシアの内面に踏み込むように語るので、シアは吐き捨てるように言いきり黙ってしまった。


「そのような美辞麗句は不要よ……」


「ペラペラと申し訳ございません。あまりにお美しく……」


 10歳のシアの倍近く生きていそうなシスラック子爵家の三男は、直視され頬を赤らめた。


「どうするのですか?」


「ふん、構わぬ。我が覇道。ついていけぬものは捨てていくまで。良いな?」


「ありがとうございます!! 最後の1人になってもシア様の覇道に命を懸け申し上げます!!」


 絨毯に拳をめり込ませ、震えるほどの熱量で忠誠を誓った。


『順調そうだな』


『獣王位継承権を得たからな。ベク兄様は健在であったが、万が一の保険よ』


『ベク兄様か。ゼウとは随分扱いに違いがあるな』


 ゼウに対しては直接本人と話すときしか「ゼウ兄様」と敬称をつけて呼ばないことが多い。


『ん? そうだな。こうやって毎晩のように過去を共有しているのだ。理由の1つでも出てくるのかもしれないな』


 跪くシスラック子爵家の三男を見ながら呟いた。


 シアはベクに対しては敬意を示して、ゼウに対してはどこか敵対に近い感情があるのは薄々ルバンカも気付いていた。

 獣王位を目指す両者には、ただの競争相手では済まされない過去があるとシアは言ったが、過去を10日以上共有しているが、そんなことがあったかとルバンカは首を捻った。


「シア様、そろそろ謁見の儀でございます。今日はレナ獣王妃がゼウ様の妃になられる大事な日ですぞ」


「そうであったな。貴様は下がれ。余は忙しいのでな」


「は!!」


 今日はブライセン獣王国のレナ獣王妃が、ゼウの元へ嫁ぐ日だ。

 既に獣王都へ入ったという早馬による知らせも受けている。

 身支度をして、廊下を出ると、背後で扉が開く音がした。


「あら、シア。久しぶりね」


「これは母上、お久しぶりでございます」


 親子であるのだが、シアは獣王位継承権を得てからも、ミアの私室に行くことは随分少なくなった。

 シア自身も、貴族の末子を私設兵にと希望が後をたたない状況で、会う暇がなかったこともある。


 だが、この時もシアはミアが元気にしていることは知っていた。


 謁見の間に向かうタイミングが合ったのは、獣王妃になったミアも謁見の儀に立つことが許されていたからだ。


 ミアはバリオウ獣王国からやってきてから5年以上に渡って王城の一角に軟禁状態に近い扱いを受けていたのだが、今では自由に王城や獣王都へ活動範囲を広げている。


「……先ほど、シスラック家の者が来ていましたね。よくやっています」


「……ありがとうございます」


 ミアにも挨拶に来たようだ。


 どこに狂気のスイッチがあるか分からないミアに対して、無難な回答に務める。

 母の期待があまりにも大きく、今思いだしても避けていたなと親子を見つめるシアは背後から思う。


「ですが、もっとしっかりなさい。もしかして、邪神教の討伐が早いかもしれません」


「邪神教……。グシャラのですか?」


「そうです。獣王陛下は武器商人に多くの武器を集めさせています。数千人規模の挙兵となるでしょう」


 ミアは王城で立ち回りを強め、王侯貴族たちを懐柔させ、王都へも足を運び情報を集めていた。

 ギャリアット大陸で興ったグシャラ教は船で渡り、アルバハル獣王国に信者を増やしていた。

 王城では水面下で動き出していたのだが、ミアはそれを把握していた。


「余が手を上げよということですか」


「そのとおりです。私も武器の購入を進めています。戦果なくしてベクを超えられると思わない事ですよ。ベクはあのブライセン獣王国の獣王ギルを殺し、今では周辺の獣王国にまで支配の手を伸ばしているのです!!」


 ミアの野心の炎は一切消えることはなく増大していった。

 自らの地位と立場を全力で活かし、シアを獣王にするため駆けずり回っていた。


「ベク様の話、あまりされるのはお勧めしません。……そろそろ着きます」


 ルドはミアから不謹慎な言葉が飛び出ないよう、2人の親子の背後から話に割って入る。


「……私は馬鹿ではない。そのように警戒するでない」


 ルドの気持ちはよく分かるとミアは言いたげだ。


 背後で見るシアとルバンカの視界がどんどんと切り替わっていく。

 この日は、ブライセン獣王国のレナ妃がゼウ獣王子に嫁ぐ日だ。

 マントを掲げ、ムザ獣王が両手を広げてレナを迎え入れる光景が映る。


「兄上の仇だ! 死ね!!」


 ブライセン獣王国の元獣王ギルを殺したベクがいると大事な婚姻の儀が執り行われない可能性がある。

 そのため、謁見の場にはベク獣王太子はいない。

 だが、だからそうですかとレナは思わなかったようだ。

 幼少期のシアやゼウが固まる中、レナは敬愛する兄を殺した国の獣王の命を狙った。


 短刀を両手で握りしめ、ムザ獣王へと突っ込んでいくレナの姿に目の前の光景が切り替わる。


 ドン!?


 ムザは刀の柄の部分を容易に握りしめ、レナごと10メートル以上投げ飛ばし、石畳の上に絨毯を敷いた上に叩きつけた。


「元気があって良い。医務室に運べ」


「は!!」


「よろしいのですか? あの娘が今度はゼウを襲いでもしたら……」


 ゼウとベクの母が絶句しながら、獣王にレナを追放させようとした。

 しかし、この状況に好機を見出したミアが言葉を被せるように獣王に説く。


「何を言う。お前だって、式を挙げたその晩に余を襲ったではないか」


「ですけど……それは相手があなたでしたから……」


 ミアは、自らがこう言えば、ムザがどう返してくるのか分かっていた。

 アルバハル獣王国へ嫁いだバリオウ獣王国のミアは、婚姻を結んだその日の寝込みを襲った。

 両手を握りしめ首元へ大きな一太刀を入れたのだ。


 あの時はとても痛かったと、獣王は首をさすりながら大げさに言う。


「お父上、それは本当ですか?」


 まだ幼いシア獣王女が質問した。


「そうだ。他国の獣王家に嫁ぐとなれば、そのくらいの気持ちで臨まねばならんぞ」


「はい、お父様!」


 当時のシアはそういうものかと短剣を突き刺すマネを無邪気に行う。


 ムザがちゃんと心臓を狙えと教える姿にルバンカは絶句する。

 レナは意識を失ったまま騎士たちに運ばれていき、ゼウは短剣を拾うと慌ててついていく。


『我の思う家族とはずいぶん違うな』


『獣王国とはそういうもの。結局、この日をもってレナを受け入れることになるというわけよ……』


『レナか……』


『どうしたのだ?』


『いや、随分な物言いだと思ったからだ』


『この後起きることを見ればルバンカも分かるだろう。どうせ、この程度の話で夢も覚めまい』


 いつもはこの倍くらいの夢の長さがある。

 この夢のオチはこれからだとシアは自嘲気味に言う。


『それは恐ろしい話だな』


『何、ルバンカの過去に比べたら生ぬるい話よ。ほれ、景色が切り替わるぞ。恐らく2年後の12歳の時のはずだ』


 レナを迎え入れて2年が経過した時の話だとシアは言う。


 ドン

 ドンドン

 ギン

 ギンギンッ


 間もなく日が沈む中、爆音や金属が強烈にぶつかる音が鳴り響く。


「どうした! 何が起きたと言うのだ!!」


 日が暮れ西日が当たる王城は喧噪に包まれていた。

 多くの獣人たちが騒ぎ出し、城の外まで溢れていた。


「こ、これはシア様……」


 城内に入る門を越え、シアたちがぞろぞろと夕暮れと共に戻ってきた。

 中には鎧に血痕が付いていたり、包帯を腕や顔に巻いている者もいる。


 この場にはシアが率いる私設兵が300人ほどおり、兵の練度を上げるため、王都の近くで魔獣を狩るため訓練に出ていた。

 10日以上に渡る訓練が終わり戻ってきたら王城の様子は一変していた。


 刃を交える音から、間違いなく王城の一角で戦闘が起きている。

 シアが見上げる先には火の手がすでに上がり、外には魔導具により作られた砲台もいくつも設置され、王都の各部署に散った獣王親衛隊も集められ、王城から誰も逃がさないほどの陣形だ。


「早く答えるのだ! 何が起きていると言っておるのだ!!」


 親衛隊の兵長に厳しい口調で問い詰める。

 聞かれて言おうと振り向いた兵長はシアだと分かると思わず口を閉じてしまう。


「ええい! 早く答えよ! 今火の手が上がっておるのはシア様一族に与えられた場所ぞ!!」


 血管を顔に浮かべるルドがいてもたってもいられず、兵長の襟首を握りそのまま自分の視線まで持ち上げる。


「そ、ミア様が、内乱を主導しました。兵と武器を集めていたのです! 鎮圧のため獣王の命により獣王親衛隊を派兵されたのです!!」


 兵長が覚悟を決め叫ぶように答える。


「な!? 母上が!!」


 王城の中庭で当時のシアは、煙と共に火の手が上がるミアの私室を見上げるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る