第666話 風神ヴェスの試練①
シアの目線の上に、風神ヴェスが浮いていた。
『シアよ。この場の雰囲気に呑まれるでないぞ』
絶句するシアをルバンカは諫めた。
「分かっておる。それで、試練の条件を聞いてもよろしいか?」
獣神クウガは次の階層へ向かうのを邪魔する存在だと思っていたが、5連コンボを与えるのが試練であった。
今回は最初にきちんと試練の内容を確認することにする。
『そう。試練の内容だな。我に神技「豹神無情撃」を与えてみよ。さすれば、報酬を与え、新たな道を示そうぞ』
ヴェスはタイパンツから取り出した、くしゃくしゃのメモ用紙か何かを見ながら、シアの問いに答える。
これまで、どれだけの者たちが試練に臨んできたのか分からないが、今のヴェス自身、試練の内容を覚えていないようだ。
日の神アマンテに従った最高幹部の1柱で風神ヴェスが試練を与えるとシアたちに告げる。
「10連コンボ後の神技か……」
5連コンボも奇跡的につながったシアにとって、10連コンボは果てしない回数に思える。
相手は日の神に仕えた上位神の一柱で、こんな足場の悪く強風の吹きつける場所だ。
宙に浮いている相手を見ても地の利も含めて厳しい試練になりそうだ。
『下の階層で手にしただろ。それを使えたら、お前たちの試練は達成だ。落ちたら助からないし、我も攻撃するから覚悟しておけ。諦めるなら早い方が良い』
降参するなら、帰り道を出してやるとヴェスは言う。
ヴェスは会話に熱がこもっておらず、なんだかしぶしぶやらされている感が半端ない。
「して、ヴェス様は何故このようなところにいるのか?」
シアの敬語がだんだん壊れてくる。
尊大な性格のシアは、敬語を使う相手は自ら選びたい。
そもそも拳を交える相手に必要以上にへりくだっては、咄嗟の判断を誤る可能性がある。
日の神アマンテを支えた神がなぜこの場にいるのか知ることも大事なことだと考えた。
『多くは語れぬが、試練を超えれば答えてやろう』
「分かった」
シアは、この場で聞けることは概ね理解できたと、ルバンカに視線を送る。
『もう始めても良いということか?』
『当然だ。初手は譲ろう』
ルバンカの言葉にヴェスは余裕ありげに答えた。
『獣帝化(フルビーストモード)!!』
『幻獣化!!』
ヴェスの返事にシアがスキル「獣帝化」を、ルバンカは覚醒スキル「幻獣化」を発動させる。
ルバンカの視点よりも数メートル高い位置で浮くヴェスに対して、4足歩行の獣となった。
後ろ足を蹴り上げ、軽く飛び上がるとルバンカの頭の上まで一気に上昇し、前足を繰り出す。
『真・駿殺撃!』
発動時間が短いスキル「真駿殺撃」をシアは選択した。
シアに遅れてルバンカもヴェスの頭上へと飛び上がる。
2人の攻撃は時間差となるため、長い時間に渡ってシア側の攻撃時間が占め、相手の攻撃を封じる。
ルバンカに攻撃を繋げるためにも、シアの最初の一撃を確実に当てることはとても大事だ。
ルバンカが飛び上がったことにも意味がある。
腕が太く、そして長いルバンカなら振り上げればヴェスに当たる位置にいた。
それでも飛び上がったのは、特技「阿修羅突」を上部から振り下ろし、ヴェスを足場に叩きつけるためだ。
上手くいけば、最初の連携で攻撃を封じつつ、宙を浮くヴェスの地の利も奪うことができる。
12日の試練の成果によって、シアとルバンカの阿吽の呼吸による連携と理解は随分進んだ。
『……む!』
空中を飛びながら、攻撃の構えを取ろうとするルバンカの両の目がヴェスの動きをゆっくりと捉える。
シアが迫る中、ルバンカ自らが発動した特技がヴェスに直撃できる限界の距離まで、ヴェスがどのように行動するのか様子を伺っていた。
『螺旋旋風脚!』
ヴェスのスキルは、ギリギリまで迫ったシアの攻撃速度を圧倒する。
『ぐわ!?』
回し蹴りをするヴェスはそのまま回転し、風の刃を全身に纏う。
螺旋状に風の刃が生じたヴェスにぶつかってしまい、スキルをぶつけることもできず、全身を切り裂かれながら吹き飛ばされてしまう。
ルバンカは特技の発動をぎりぎりで止めることができ、吹き飛ばされたシアをタイミングよく抱きかかえることができた。
『なるほど、この発動速度のスキルは注意が必要だな』
『うむ!』
飛び上がる前の足場にシアとルバンカは戻った。
体力超回復により体全身の傷を修復させながら、次の策を練ろうとすると、さらにヴェスの攻撃が迫る。
ヴェスは両腕に風を纏い、天に掲げて一気に振り下ろす。
『風神斬鉄閃』
腕から開放された2本の風の刃のそれぞれがシアとルバンカを襲う。
『避けよ! ぐあ!?』
ルバンカは瞬時にシアを全身で突き飛ばす。
シアは吹き飛ばされ、隣の足場へ移動しながら振り向くともう一本の風の刃がルバンカを襲う瞬間を見た。
『ルバンカ!』
ルバンカは3本の右腕を肩から先を容易く切り裂かれた。
追撃を恐れ、ヴェスを見ると腕に風の刃を纏い始めていた。
『下がれ! また来るぞ!!』
『ああ!』
重症を負い、体力超回復により3本の腕を再生させながら、ルバンカは後退する。
100メートルを超えて後退するとヴェスの腕を取り巻く風の刃が四散する。
睨んでいたこちらへの視線もなくなり、目を瞑って中空で動かなくなった。
シアは足場を跳躍し、ルバンカの下へ合流する。
『攻めてこねば、こちらに向かってこぬというわけか……』
『それはクウガ様と同じというわけだな』
作戦を立てる時間は十分にあることを理解する。
ゼウたちがどこまで試練を超えているのか分からないが、このまま闇雲に攻めても試練は達成できないことが理解できた。
ヴェスの攻撃はどれだけ本気か分からないが、少なくともシアやルバンカを切り刻むことなど造作もないようだ。
『それにしてもクウガが使わなかったスキルをこのように使うとはな。この足場で吹き上げる風もヴェスの優位にさせていると』
宙に浮いたが足場を意識したためか攻撃が甘くなったような気がする。
下から吹き上げる突風に煽られ、バランスを崩して落ちた先は漆黒の奈落の底で、どう見ても助かりそうにない。
『だが、不平を言っても仕方なかろう。あるもので勝負するしかないわけだ。我らだけで10連コンボか。厳しい話だ』
【コンボの条件】
・1回のスキル、1発の通常攻撃は同じ1コンボとみなされる
・連続攻撃、複数攻撃が全て当たっても1コンボとみなされる
・連続攻撃、複数攻撃が1回だけ当たっても1コンボとみなされる
・2人が同時に攻撃したら2コンボとみなされる
・ガード、反撃、スキルの不発などが発生するとコンボの連携は途絶える
ルバンカの言葉にシアは改めてコンボの条件を思い出す。
『そうだ。ありものよ。アレンはこういう時にどう考えておるのだ? 打開する知識があるのではないのか』
共有したルバンカにはアレンの記憶が蓄積されている。
この状況で打開する手立てを吐き出すようシアは言う。
『まあ、まて。……ふむ』
ルバンカは目を瞑り、深くアレンと共有して得た知識を探る。
『何をもったいぶっておる。全てを打開してきたアレンよ。必ず、この場を打開する手立てはある』
邪神教、海底のプロスティア帝国、そして、神界と活躍してきたのは、リーダーのアレンのお陰とシアは理解している。
視線を向けるシアに答えることなくルバンカは黙ってしまった。
何分過ぎただろうか。
いい加減にせよと口を開きかけたところで、ルバンカの目が開いた。
『……無理だ』
『何だと? 何が無理なのだ』
『アレン殿は「格ゲー」が苦手らしい』
『格ゲー? ん? そういえば、余の「獣王無尽」を見てアレンはそんな話もしていたな』
アレンから「格ゲー」みたいなスキルだなと言われたことをシアは思い出す。
『そうだ。アレンには無限コンボや空中コンボを決める知識も経験もないのだ』
アレンは前世でやり込み好きのゲーマーだった。
やり込みとは好きなジャンル、好きな作品に特化して長い時間を注ぎ込むことだ。
だが、アレンは前世で新作が出たり人気作が出れば飛びつくような万能なゲーマーでは決してなかった。
【アレンのゲーム遍歴】
・得意なジャンル
RPG、ネットゲーム(主にMMO)、ローグライク
・苦手なゲーム
格闘ゲーム、FPS、サバイバルホラー
アレンが健一だった幼少のころに「格闘ゲーム」は爆発的な人気が生まれ、ゲームセンターはもちろんのこと、家庭用ゲームでも多くの人がプレイしていた。
同時期に健一は、RPGの魅力に取りつかれ一心不乱に魔王を倒すため、剣と魔法のファンタジーのゲームでレベリングに勤しんでいた。
ルバンカが語る、アレンのゲームジャンルの偏食は、やり込み好きの宿命だが今はそんな話を聞いている場合ではない。
『言い訳をしていても始まらぬ。苦手なことでも理屈や真理を知っているだけでも良いのだ。その「無限コンボ」とは何だ?』
ルバンカの言葉の中から少しでもヒントを得ようとする。
『無限コンボとは、相手の攻撃の余地を一切与えずにコンボを繋げることを言うらしいな』
『今の状況にぴったりではないか。それで、それはどうするのだ?』
もう答えが出たとシアは言う。
『壁に追い込んだら、コンボは無限に続くとアレン殿の記憶にはあるな』
『壁?』
アレンの記憶にあるゲーム画面の端まで追い込むと、コンボは無限に続く状況をシアに説明する。
シアはルバンカの話を聞いて、床の抜けたこの階層の辺りを見回す。
たしかに天井も床底も無限と思えるほどの高さを誇るが、壁は有限なのは見て取れる。
はるか数キロメートル先に絶壁と思われるほどの高さの壁があった。
何故か足元が崩れ、上空から落ちてきたシアたちであるが、今いるのはあくまでも神殿の中のようだ。
なんでもそこまで追い込めば、無限にコンボを繋げてヴェスに10連コンボ後に発動できる神技「豹神無情撃」を叩き込むことができ、試練は達成できる。
『ある程度距離を取れば追ってこぬわけだが……。どうやって連れてくるのだ?』
シアが口にする前にルバンカがこの状況を口にした。
ヴェスは100メートル先のこの空間の中央で静かに浮いている。
こちらを見ようともしない。
どうも襲ってこないように思える。
『頭を使わねば試練は越えられぬと言うことだな』
『やれやれ。長い試練になりそうだ。期日があるから忘れるでないぞ』
『分かっておる。なるべく早く達成するぞ』
厳しい試練にシアとルバンカは一緒になってため息をついたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます