第665話 達成報酬

「ふう、合格ということか?」


 スキル「獣帝化」を解除したシアが、呼吸を整えながら、2体の下へと向かう。


『そのようだな。だが、あそこは真粉砕撃ではなく、真駿殺撃を選ぶべきであったな。とアレンであったら言っていたな』


 吹き飛ばされ具合の短いスキル「真駿殺撃」を選べば、コンボはもっと連携したはずだと、アレンの知識と経験を有するルバンカは言う。


「なに、真駿殺撃はコンボしやすいのだが、威力がそこまでないからな。そういう作戦であったが、まあ、改善の余地があるということだな。それで、報酬を頂いても良いか?」


 12日目にしてようやく2階層目の試練を攻略できた。

 過程よりも結果を大事にするシアは、ルバンカがダメ出しをしても気にしないようだ。


 だが、ゼウと別れて試練に臨み日にちが過ぎてしまった。

 さっさと試練の報酬の話をする。

 長い間の戦いでクウガとの敬語が崩れてしまった。


『報酬は2つ。ガルム様の中級の加護と神技だ。感謝をするのだな』


 パワッ


 人型の状態に戻ったクウガが手をシアにかざすと、はっきりと力が湧いてくるのが分かる。

 さらに熱湯に手を突っ込んだのかと勘違いする程の熱が両の拳を包み込む。

 シアは獣神ガルムからとうとうステータスが変化する程の加護を頂いた。


「ほう、どの程度の加護なのだ。神技も詳しく効果を聞かせてもらおうか」


 ドゴラがもっていた火の神フレイヤの加護も中規模でどれくらいだったか思い出す。


『はぁ!? 何だその態度は!!』


 胸の前で腕を組み、尊大な態度で聞いてくるシアに対して思わず吹き出してしまった。


「当然だろう。倒せば攻略できると思っていたら、コンボを5連携することが攻略の条件であった。試練の内容も聞かされておらぬのに始めたのだ。それくらい聞いても良かろう」


 試練に12日過ぎてしまったのは、クウガを確実に倒すことに注視していたからだ。

 おかげでふざけた悪夢を何度も見させられた。


 ここにはゲーム脳を患ったアレンがいない。

 情報から最短の攻略方法を練り出すアレンがいない中、最上階をゼウよりも早く到達するだけが攻略ではなかった。


 何がしたいのか、何をさせたいのか不明な状況でこのまま進むわけにはいかないとシアはクウガを睨みつけている。


『……まあ、よかろう。そもそも神を倒すなど考えぬことだな』


 常識的な範囲の話で神を殺すとか倒すとか考えるのはどうかしているとクウガは呆れる。


「なるほど、余もアレンに毒されておったか。それで?」


『一度しか言わぬ。しっかり聞くのだな』


 態度を改めさせることもなく、シアが今回獲得した2つの報酬について説明する。


【報酬①獣神ガルムの中級の加護】

・全ステータス5000上昇

・クリティカル率30パーセント上昇

・コンボ達成確率30パーセント上昇


【報酬②神技「豹神無情撃」※簡略説明版】

・単体一撃攻撃

・10連コンボ発動時にしか使用できない

・霊力最大10000消費

 ※霊力、魔力を最大10000まで消費するが、残が1でもあれば発動可能

・クールタイムはなく、コンボ発動条件を満たせば何度も使用可能

※見た目は「正拳突」


【(参考)火の神フレイヤの加護の効果】

・極小は、火攻撃吸収のみ

・微小は、火攻撃吸収、全ステータス1000上昇

・小は、火攻撃吸収、全ステータス3000上昇、攻撃ダメージ1割上昇

・中は、火攻撃吸収、全ステータス5000上昇、攻撃ダメージ3割上昇、真系統スキルクールタイム3割減少

・大は、火攻撃吸収、全ステータス10000上昇、攻撃ダメージ3割上昇、真系統スキルクールタイム3割減少


「なるほど……。この神技故にコンボの訓練をさせていたというわけか」


 単純なコンボの練習ではなかったことを知る。


 獣神ギランの試練の時から思い出すが、神技「神風連撃爪」はコンボがとても決まりやすいスキルだ。

 一緒に貰った神器「神風の靴」も素早さが上昇し、クールタイムも削減できるため、スキルのコンボが連携しやすい。


 報酬の系統は随分一貫していることを感心する。


『では、次の階層を目指すとしよう』


「そうだな。クウガ様、感謝する」


『ふん。次の試練は、俺のように甘くはない。せいぜい死なぬことだな』


 今更殊勝な態度をしても遅いと言わんばかりに鼻息を鳴らした。


「それはどのような……」


『言えるわけがないだろう。引き返すことも勇気だと言っておこう』


 今度はニヤリと笑って犬歯を見せた。

 今回以上に厳しい試練が階段を上がった先に待っていると言う。

 そこまで言うと獣神クウガは姿を消した。

 これ以上の情報は与えないということだろうか。


「ゆくぞ」


『うむ!』


 シアの声にルバンカは答え、階段を駆け上がる。


「何もないな」


『誰もおらぬ……。シアよ、油断するなよ』


 階段を上がった先の3階層目は何もないただの空間であった。

 2階層と同じく床は石畳が敷かれ、何キロメートルだろうか、視界の果てまで何もない空間が広がっていた。


「分かっておる。む? 階段か……」


 とても広い部屋の中央には階段だけが存在する。


『また、ふいうちか……』


 ルバンカとシアが背後を合わせ、クウガの時のような油断は怠らない。


「警戒は怠らぬということだな。行くぞ、む!?」


 2人が視界を補うように階段に近づこうとしたときのことだ。


 ゴゴゴゴッ

 メキメキッ


 床石が揺れたのかと思ったら、3階層の広い空間の床石が剥がれていく。

 上りの階段も下りの階段も粉砕され、天井も床石も夢でも見ているかのように全てが砕け、奈落の底に落ちていく。


「なんだ? なんなのだ!?」


 アレンと一緒に旅をして、海底に行ったことも、神界を目指し、いろいろな経験をしたことがある。

 だが、このような天変地異は初めての体験でシアは絶句し声を荒らげてしまった。


 とうとう自分らの足元の床石も砕け、逃げる先も、飛び移る場所も、掴まるものは何もない。

 せっかく3階層まで上がったのだが、何もない漆黒の底に落ちてしまった。


「なんだ? 網目か?」


 落ちた先が漆黒の中に茶色の線が網目状になったものが広がっている。

 奈落に落ちる途中に存在する細い足場だと分かる。


『このまま奈落の底に落ちるわけにはいかぬ。あそこに飛び乗るぞ』


「ああ!」


 シアとルバンカは幅にして10メートルかそこらだろうか。

 人間サイズのシアなら十分な幅だが、全長30メートルはあるルバンカにとっては随分心もとない幅だ。

 だが、シアもルバンカも無事に奈落に落ちず、足場を踏みしめることができた。


 着地したシアは歩き出し、10メートルの端まで移動し底を覗き込む。

 どこまで落ちるのか真っすぐ垂直に切り立った底は光も通さない漆黒の闇へと続いていた。

 日の光で壁が光っているはずなのだが、奈落の底は視界では視認できないほど深く、そして漆黒に包まれている。


『まるで底無しの上に敷かれた網の上に立っているようだな』


 自分らが立つ横にはどこまでも続いている縦幅10メートル、100メートル間隔に、横幅10メートルの足場が交差している。


「そのようだ。随分足場の悪いこのようなところで何をさせたいのか。風も強いな」


 ビュウッ


 思わず、こんな場所で試練をするのかと口に出してしまいそうだ。


 シアの虎柄の髪が下から吹き上げる風に煽られる。

 前衛として体幹はしっかりしている方なので、よろめくこともないのだが、ルバンカほどの体重はない。


 結構な風の強さに、足場の中央に念のために移動しようと崖から背後を見せた時だった。


『あぶない! 何かが上がって来るぞ!!』


 警戒していたルバンカが崖の底からやってくる者に気付いた。


「うわ!?」


 ルバンカが慌てて1組の腕を使い、シアを側まで抱き寄せた。


 ルバンカを背にし、突風が下から上部へと吹き抜けていくことを感じる。

 強く吹き上がる風にシアは強烈な胸騒ぎを覚える。

 何か、風の中にどれほどの怒りや憎しみを込めたのか、体に吹き付けられた風に不安を覚える。


 網目状の足場の下から何かが吹き上がってくる。

 ルバンカの筋肉が緊張して躍動するのをシアは背中で感じる。


「何だ、貴様は!」


 漆黒に染まる奈落の底から吹き上がる風と共に、1人の男が吹き上がってきた。


『我は風神ヴェス。監獄に囚われし我に珍しい客人たちだな』


 全長は10メートルほどで、筋骨隆々の上半身は上腕にめり込むほどの輪をそれぞれはめている。

 下半身は緑色の麻で出来ているのか裾の裂けたタイパンツを履いて、縄か何かで荒々しく腰に縛っている。

 目には瞳がなく、こちらに顔を向けているが、どこを見ているのか分からない。


 ボサボサの黄色の髪が風で煽られ、年にして50歳を過ぎているのか、虚無に満ちた目ではあるが、憎悪が表情全体から溢れている。


「風神ヴェスだと? どうなのだ?」

 

 シアは「風神ヴェス」と名乗る神からルバンカに視線を移す。


 つい最近、シアが大地の迷宮に置いた後、アレンたちは「日のカケラ」を手にした神殿で日の神アマンテを守る8柱の像を発見した。


『たしかに、ヴェス様で間違いないだろうな』


 ルバンカはアレンと記憶を共有しているので、風神ヴェスの像を覚えている。


「やはり、だが、なぜ、このような場に……」


『当時、日の神アマンテに仕えし8柱の上位神は力を奪われ、封印されたり、アマンテ様と共に暗黒世界に行ったとされているらしいが……』


「そうではない者もいるというわけか。いや、この場にいるということは」


『そうだ。我は試練を課さねばならぬ。それがエルメアと交わした誓約。裏切者のガルムに与えられし枷だ』


「何を言っているのだ」


 神々が日の神アマンテの時代から、創造神エルメアに代わったのは100万年ほど昔のことだという。

 ヴェスは、もぞもぞとボロボロのタイパンツから紙切れのようなものを取り出した。


『ああ、そうだ。こう告げねばならぬ。そういう約束だ。我の枷もそれで軽くなる。これから貴様らは試練を受けてもらうぞ』


 風神ヴェスは3階層の試練を与えてくるのであった。

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