第664話 シアの夢③

 母子は獣王に呼ばれ、謁見の間に向かった。

 近衛隊の騎士たちが扉を開け、数日ぶりに玉座に座るムザ獣王の顔を見る。


 ムザの側にはベクとゼウ、その母である獣王妃も控えている。

 ミアが見つめる獣王妃への視線は憎悪で溢れている。


「それにしても、今日は謁見がなかったはず。突然ですな」


「う、うむ。余はやり過ぎてしまったのか」


 ルドとシアが小声で何が起きるのか分からないと会話する。

 シアはミアに続いて父のムザにも怒られるのかと血の気が引いていく。


 貴族たちが両端で怪訝な顔を見せザワザワとさせながら、母子を見つめていた。

 彼らも何が起こるのか分からぬようで「何故呼ばれたのか」とシアたちと同じように困惑気味だ。


 ミアとシア、その奥にルドが真っ赤な絨毯に跪いたところでムザ獣王が口を開く。


「ルプよ、始めよ」


 獣王の言葉に厳しい視線を止め、ミアは絨毯に向かって視線を落とす。

 シアも横にならって頭を下げる。


「は、このルプめが、ミア妃とシア獣王女殿下の両名について、アルバハル獣王国で新たに決まった儀について報告させていただきます」


 分厚い羊皮紙をゆっくりと開き宰相のルプが口を開いた。


 虎の獣人が獣王の側に立ち、ニコニコとほほ笑んでいる。


 虎の獣人たちを見た後、ため息をついたムザ獣王が宰相のルプに視線を戻した。

 ルプはそのまま羊皮紙に書かれた内容を貴族たちにも聞こえる大きな声で報告を続ける。


「シア獣王女殿下は獣神ガルムの寵愛を受けているのは才能からも明らか。故に特例ではありますが、シア獣王女殿下には獣王位継承権を与えるものとする!」


 ゼウは聞かされていなかったのか振り返り背後にいるルプと、その横で目を瞑り頷いているムザを見る。

 ベクは余裕があるのか、シアを見つめながらニヤリと笑い何も言わない。


『ほう? 何なのだ?』


 宰相の話している意味は分かるが、何処か異様な状況にルバンカが理解できないと言う。


『この時から始まったのか。いや、そのようなことはないか。そうだ、ほら、そこに虎の獣人がおるではないか』


 シアは自嘲気味に呟いた。


『む? 誰なのか? その獣人たちが関係した話か?』


 獣王の側にいる虎の獣人たちを指差すが、当然、ルバンカは分からない。


『彼らはバリオウからの使者よ。何でも余を次期獣王にしたいと言ってきたそうだぞ』


 その当時は分からなかったが、今なら知れる話もあるとシアは言う。


『バリオウ獣王国の使者か。何故なのだ?』


『当然、余は獣神ガルム様から素晴らしい才能がある。たしかバリオウには才能のある子に恵まれなかったと聞いておるからな』


 ミアは拳獣聖は下らないと言ったが、獣王になるには十分な才能だ。

 しかし、星2つ以下の才能になると、獣王の子としては恵まれず、他所から才能のある子を養子に迎えたり、冒険者や平民との間に生まれた子を引き立てることすらあると言う。

 血筋を守りつつなら、平民の子よりも、よその国に嫁いだ女王妃の獣王女の方が次期獣王の方に相応しい。

 

 今まさにそんな獣王家たちのしがらみの中の話だとシアは鼻で笑いながら語って聞かせる。


『それで、次期獣王にか。そんなことは可能なのか』


『よくある話よ。アルバハルでつま弾きにされるよりは弱小国家に成り下がったバリオウで一花咲かせることもできたかもしれぬな』


『それと獣王位継承権はどうなるのだ?』


『アルバハルは余を手放すのは惜しいと考えた。権利を与えるから、バリオウに迎える話はなかったことにせよという使者に対する意思表示よ』


『だが、それだとバリオウの血を引く者が獣王位継承権を持つことができたと。バリオウとしては損のない話だな』


『ほう、政治が語れるではないか。それがつまらなそうにする父上の表情よ。自国の決定をよその国からの外圧で決まったのだからな』


『知識を共有した召喚士の影響だ』


 自らの才覚ではないとルバンカは言う。


「ま、まさか! 彼女らはバリオウ獣王国……」


「それがどうした?」


「い、いえ。前例がなかったもので……」


 その言葉に待ってましたとルプは口を開く。


「そのとおり。本来であれば、正妃の子でなければ、獣王位継承権は与えられぬ。だが、この才能を与えたのはガルム様である。皆、それでよろしいか!! 当然、シアの母上に当たるミア妃は獣王妃とする!!」


「ま、まあああああ!? わ、私は獣王妃ですか!! あ、ありがとうございます!!」


 ミアは歓喜で絶叫した後、顔を絨毯に埋めるほど頭を下げた。


 ルプの言葉に並び立つ貴族たちも横にいるシアも状況が分からず、困惑のまま固まってしまう。

 ルバンカが首をかしげているので、獣王の正妃を「獣王妃」、そのほか、婚姻関係にある者たちを「妃」とシアが補足する。

 正妃は基本1人なのでベクとゼウの母親だけが「獣王妃」なのだが、獣王位継承権を持つ者の母親ということでミアは「獣王妃」に格上げされたと併せて説明する。


 説明を聞いた上で、それでも何がそんなに嬉しいのかルバンカは分からなかったようだ。


「さすがはシア様、獣王位継承権の獲得おめでとうございます」


 パチパチパチッ


 獣王の側の一角に立つ、バリオウ獣王国からの使者の虎の獣人たちが拍手を始めた。


 ベクも一緒になって大きな拍手を送り、そのあとゼウが続く。

 ようやく並び立つ獣人たちがシアの獣王位継承権の祝福しているのか拍手を送ったのであった。


『む? ルバンカよ、どうしたのだ? その体は』


『何だこれは、それにシアも!!』


『余もか! こ、これは……』


 シアとルバンカから光る泡のようなものが零れ始めた。


 自らの意識もだんだん希薄になっている。

 どうやら目覚めの時間になったようだ。

 シアはゆっくりと拠点用の魔導具の中で目が覚めた。

 扉を開けるとルバンカがゆっくりとこちらを見る。


『……どうやら夢を共有したようだな』


「ふむ、そのようだな。ガルム様は何をさせたいのやら」


 寝覚めは悪かったが朝食を済ませ、クウガとの戦いに臨むことにする。


 獣帝化と幻獣化を発動させたシアとルバンカは、昨日とは打って変わって連携が上手くいく。

 まるで、過去を共有し、心が一体になったかのような動きの切れだ。


 だが、それ以上に変わったのはシアの表情だ。

 幼少期の過去を見せつけられ、まるで一回り修行をしたかのような厳しい表情のシアの動きの切れはとても良い。


 自らの命の限界を攻めるような動きではあったが、それでもクウガの動きの方が優れており、その日も幻獣化が解けたあとは2人で修業をすることにした。



 ***


 獣神ガルムの試練に臨んで12日目のことだ。


 ルバンカが覚醒スキル「幻獣化」が発動できる間は、獣神クウガとの戦いに臨む。

 スキルの効果が切れると、シアとルバンカ2人で広間の隅で、コンボ連携の訓練を行ってきた。


 そんな日が続いて、12回目のクウガに相対する。


『ふん、今日も飽きずに挑戦か。どうせもう1組の挑戦者たちはガルムの試練を受けているだろうて』


「どうだろうな。ゼウ兄様は昔から決断が遅くてとろいからな。どうせ試練を超えられず攻めあぐねているだろうよ」


 シアはいつものように、クウガの挑発に全力で答えていく姿勢を崩さない。

 攻めてくるものが言葉なら、言葉で返し、拳なら拳で返そうとする姿勢に、相手が亜神級の獣神だろうと変わりはなかった。


『では、始めようか!』


 クウガはシアの返しなど気にすることもなく肉体をメキメキと変貌させていく。


『獣帝化(フルビーストモード)』


『幻獣化!!』


 2人は落ち着いてスキルを発動した。

 この距離なら階段の前に立つクウガは襲ってこないことは分かっている。

 シアはさらにスキル「反撃舞踊」とスキル「獣王無尽」を発動させ、バフを全開にする。

 アレンからもらった「金の卵」を使用することも忘れない。

 装備はずっと素早さ特化型だ。


『演技はもう少し上手くすることだな。今日は本気だと顔に書いてあるぞ』


 クウガはニヤリと笑う。

 何日も繰り返し挑戦してきたが、今日が本気であることはシアの表情から分かったようだ。


『ふん、これで自慢になっているなら獣神とは随分安い存在だ』


『シアよ。距離を考えておけ』


『分かっておる。始めよう』


 ルバンカとも打合せ通り動くことを改めて口にして行動を開始した。

 並び立つ2人は左右から弧を描くようにクウガを攻める。


 1秒の100分の1でも相手の攻撃対象に迷いが生じれば御の字だ。


『ふん、力も素早さも俺の方が優れているのだ。そのような攻撃、もう見飽きたわ!!』


 クウガはルバンカの攻撃を警戒しつつ、シアを攻撃の対象に選んだ。

 装備を揃えてきたシアの方がルバンカよりもステータスは高い。


『真・強打!』


 シアは通常攻撃からジャブと言わんばかりにスキル「真強打」を繰り出していく。

 目標はコンボが効いた状態での神技「神風連撃爪」を与えることだ。

 コンボ連携中であれば、相手は防御できないうえに通常の2倍の威力をたたき出すことができる。


 いくつか連携をしてクウガの体力を削った状態ならさらに良い。


 クウガとの戦いの均衡状態が続く。


 シアとルバンカは体力超回復がある上に常に両者を庇いながら戦い続ける。

 即死しない程度の力差の中、機会をずっと伺い続けた。


『①むぐ!』


 シアの攻撃を受け、仰け反ったところでルバンカが距離を詰めていた。

 前衛のスキルには、遠距離に届く魔法と違い、攻撃範囲(リーチ)が存在する。

 距離が離れていては、スキルが発動しても空振りで終わる。


『②五月雨拳!』


 ルバンカは全長30メートルで、太く長い6本の腕はリーチがかなり広く、さらに一度にたくさん繰り出すため、コンボの連携が繋がりやすい。


『③真粉砕撃! よっし!!』


『がは! ちょ、調子に乗るなよ!!』


 正直な性格のシアが思わず声が出る。


 コンボ1回目:反撃舞踊による反撃

 コンボ2回目:特技「五月雨拳」

 コンボ3回目:スキル「真粉砕撃」

 ※反撃されたため、最初の「真強打」はコンボにカウントされない


 連携が3回続き、スキル「真粉砕撃」は1・8倍の威力をたたき出す。

 特技「五月雨拳」の1・2倍の威力であったが、シアにとって神技「真風連撃爪」に続く威力のため、3回目のコンボで当たったのは大きい。


 だが、スキル「真粉砕撃」は威力が大きいのだが、相手を大きく吹き飛ばしてしまう。

 リーチの範囲外に逃れられ、クウガに体勢を完全に戻されてしまうとコンボ連携が解除されてしまう。


 シアは遠距離で神スキルな「神風連撃爪」を発動するか迷う。

 シアのスキル「真粉砕撃」を受け吹き飛ばされたクウガなら、今のこの1~2秒の瞬間で神技「神風連撃爪」を繰り出せばコンボは連携され、2倍の威力をたたき出す。


 しかし、最初の1回目のコンボが反撃舞踊による反撃ではコンボは弱すぎる。

 これまで数日の挑戦でも、できれば、もう1発スキルを叩き込んだ後が良い。

 本気を出した状態のクウガは体力が自動で回復してしまう。


 そんなことを考えている間にもクウガが吹き飛ばされた先の床石の上で、体勢を元に戻しつつある。


『ルバンカ!!』


『まかせよ、シアよ。もう1コンボだ。④地殻津波!!』


『むぐは!!』


 片足で四股を踏むように天井に向かって真っすぐ上げたルバンカが床石に渾身の一撃を繰り出す。

 特技「地殻津波」によって床石を波紋状に広げた結果、悲痛な声を思わず上げたクウガが全身で衝撃波を浴び、コンボが連携される。


『ルバンカよ。助かったぞ! ⑤神風連撃爪!!』


 全ての攻撃の中で最も素早く、そして、リーチの長い、神技「神風連撃爪」を発動させた。


『ぐほぁ!?』


 全ての爪が深々とクウガの体にめり込み、そのまま階段に向かって吹き飛ばしてしまう。


 ガッ


 神殿の床石を繰り上げたルバンカがそのまま躍動するように階段に向かって飛び上がった。


『まて! 試練は合格だ。見事な5連携であった! 遠距離攻撃を連携に取り組むとは素晴らしかったぞ!!』


『む? 合格だと?』


 獣神クウガの叫びにルバンカの拳が止まるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る