第668話 シアの夢⑤

 ミアの私室と思われる部屋の窓からモクモクと煙が上がっている。

 背後でシアとルバンカが、事の成り行きを見守る。


 当時の12歳のシアは獣王親衛隊たちが王城の周りを固める中、城の中へと入ろうとする。


「申し訳ありませぬがシア様を城内に入れるわけにはいきませぬ」


「何だと!!」


 兵長の言葉にシアは耳を疑った。

 周りの獣王親衛隊たちも武器を握り、剣先をシアに向けた。

 母親のミアが反乱を起こしたのに、その子を迎え入れるわけにはいかない。


 シアの配下に加わった貴族の倅たちも困惑のまま固まってしまう。


「……構いませぬ。母上を助けるのが子の務め。参りましょうぞ!!」


「え? る、ルド!!」


 背後でルドが決心し、シアを抱きかかえ王城内に入っていく。


「止まれ! ここから先は!?」


 シアをラグビーボールのように抱えるラガーマンのようにルドは、鍛え抜かれた獣王親衛隊の騎士たちを軽々しく吹き飛ばし突き進んでいく。

 王城の中も獣王親衛隊の騎士たちでごった返していた。


 先に進めば進むほど、ミアの配下となった騎士や、バリオウ獣王国から護衛のために連れてきた兵たちが道を塞ぐように獣王親衛隊と戦っている。


 だが、アルババル獣王国の側近中の側近で、獣王武術大会でも成績が良かった者たちで構成された獣王親衛隊の騎士たちには多勢に無勢だ。

 階段や廊下に五体が切り裂かれた死体が転がっている。

 ステータスがある者が圧倒的な攻撃力をもって攻撃すると、肉体など原形を保てないほどバラバラになる。


『……誰もついて来ぬのか』


『当然よ。元より味方などおらぬのだ』


 ルバンカの呟きに横にいるシアが答える。

 ルドが少女期のシアを抱きかかえる背後からスクリーンが移り変わるように眺めている。

 獣王親衛隊の進撃を食い止めるため、バリオウ獣王国側が火の手を上げたようだが、絨毯だけでなく天井にまで燃え広がっている。

 シアは訓練を終えた数百人の私設兵と共に王城に戻ってきたのだが誰もついて来なかった。


 結局、信がおける配下はルドだけだったのだとシアが言い切るころには、獣王親衛隊が詰めかけるシアやミアの住まう王城の一角の廊下へと視界が切り替わる。


「もうよい、余を降ろせ! に、ニル!!」


 当時のシアが目の前の惨劇で真っ白になっていたが、思考がようやく追いついた時に、生まれた時からお世話になっていた女中長のニルの姿が映る。


「ぐるる! ここは通さんぞ!! 私はミア様の刃!! バリオウが受けた屈辱! とくと味わうが良い!!」


「ぐわ!?」

「何だこいつ! 強いぞ!!」

「ここは道が狭い。盾を前に囲め!!」


 シアが見たのは恐ろしい形相で獣王親衛隊の獣人たちと戦うニルだった。

 軽装の防具を身に纏い、腕の長さほどもある爪を装備し、これまで見たこともない形相で、通路を横に縦に飛び上がり獣王親衛隊を屠っていく。


 首が吹き飛んだ獣王親衛隊の死体が多く転がり、ニルが背後にあるミアの私室を必死に守っているようだ。

 幼少期のシアが衝撃を受けているのは、ニルがこれほどの強さをしていることを知らなかったからだ。


 だが、獣王を護衛するに相応しい獣人たちだ。

 巨大な盾を持つ盾役の獣人たちが廊下いっぱいに隊列を組む。

 機動力を失ったニルは、盾役の獣王親衛隊を前に、背中を廊下の壁に押し付けるほど追い込まれてしまった。


「や、やめろ!!」


 シアの言葉は届かなかった。


 追い込まれ逃げ場を失ったニルを盾役の背後から槍隊の獣人の1人が串刺しにした。


「がふ! だ、だが!!」


 バシュッ


「おい、なんだこの女、しぶといな。ま、まだ生きて……ぐわ!?」


 ニルは腹に突き立てられた槍を引き抜くことも下がることもなく盾役の獣人の隊列の隙間を狙い、1人でも多くの獣王親衛隊を屠ろうと爪を振るう。


「まだ生きてるぞ! 皆で確実に殺せ!!」


 さらに十人近い槍隊によって一気に串刺しにされ、女中長のニルはようやく絶命した。


 そうこうしているうちにノシノシと背後から他の獣王親衛隊よりも一回り大きい熊の獣人が大槌を担いでやってくる。


「こちらは粗方鎮めた! そっちはどうだ!!」


「ホバ将軍か」


「む!? ルド将軍……」


 背後からやってきたのはルドが退役したあと新たに獣王親衛隊長になったホバであった。


 一瞬沈黙した後、ルドがシアに対して口を開く。


「ミア様の元へ向かいましょう」


 ホバが来たことで、何か気付きがあったルドはシアに先に進むように言う。


「う、うむ!」


「ば、馬鹿な! 何を勝手に!!」


「良いのだ」


「ホバ隊長、よろしいので?」


「……助かる」


 ルドは小さくホバに対して礼を言う。

 シアとルドが走り出した後を追うようにホバや他の獣王親衛隊もついていく。


 黒煙の上がる廊下を進み、ミアのいる私室の扉を開けた。


「母上!!」


 扉の先には短剣を握りしめるミアが静かに扉を見つめ、部屋の奥に立っていた。

 戦えない女中たちが部屋の隅で固まって震えているのだが、ミアの態度に恐怖は感じられない。


「そうか、ニルは死んだか。貴様ら、それ以上近づくでない! 私は獣王妃ミアであるぞ!!」


 ニルの姿はなく、シア、ルド、ホバが扉を開け、中に入ろうとしたため牽制のため声を荒らげた。


「ミア様、なぜこのようなことを……」


「ふん、獣王家の血筋でもない冒険者風情の貴様に分かるはずもない」


 ルドの問いを一蹴する。


「は、母上……。むぐ!?」


 短剣を握り、堂々とした態度で正面を向けて立つミアと違い、シアは今にも泣きそうだ。

 だが、背後からルドがガッチリと抱きかかえ、シアの口を塞いだ。

 なぜこのようなことをしたのか分からず困惑していると、扉の中へゾロゾロと獣王親衛隊の騎士たちも入っていく。


 その騎士の数からも、どうやらこの部屋以外の反乱分子は全て排除が終わったようだ。

 

「泣くな! 獣王になる者は決して泣きはせぬ! 貴様にはいつもがっかりよ!!」


 口を塞がれたシアに対してミアはそれでも泣くなと言う。


「ミア様! 獣王妃になられてなぜこのようなことを! シア様共々まったく知らされず、なぜご相談いただけなかったのですか!!」


「んぐ!?」


 ルドはホバ隊長や他の獣王親衛隊に聞こえるように大声で叫んだ。

 この言葉でシアは何故口を塞がれているのか分かった。

 ルドもシアも、ミアが配下を揃え、武器を集めていたことくらい知っていた。


 だが、ミアが勝手に1人でやったと言い切った。


 これからシアに在らぬ嫌疑をかけられぬよう、ルドはミアを切り捨てる選択をしたようだ。


「……ほう、貴様らが私を避けていたのだろう。動きの悪いものなど不要よ」


 ルドの話にミアは合わせてくる。


 シアの中で最悪の状況が頭をよぎり、日々の訓練で魔獣を狩りレベルが上がった自らの腕で、ルドの拘束を解こうとする。

 しかし、獣王武術大会を優勝したルドは二の腕にパンパンに血管を浮かべ、ピクリとも動こうとしない。


 ここでシアが「武器を集めていることを我ら知っていた」など言わせられるはずもない。

 そんなことをすれば、次、獣王親衛隊の刃が向けられるのはシアたちだ。


「こ、堪えてくだされ……」


 息を殺すようにシアだけに聞こえる声で小さく呟く。

 それでもシアはどうやらミアを救いたいようだ。


『余は母を思っていたのだな』


『母だからな』


 背後で変えられない過去の記憶を見つめるシアの言葉にルバンカが返事をする。

 自らの中に眠っていた母への思いと、この状況でどうすることもできない無力感、なぜこのようなことになったのか分からない困惑で頭がどうにかなりそうだった。


「ミア獣王妃よ。獣王陛下がお呼びです。ご同行願います。まだ間に合う可能性はございます」


「ほう、断頭台に上がるつもりはないぞ?」


「手荒なマネはしたくありませぬ。獣王陛下の前で誤解であったと洗いざらい説明するのです」


 ホバはミアに説得を試みながらも、周りの獣王親衛隊に目で合図を送りながらゆっくりと距離を詰め、取り押さようとにじり寄っていく。


「ふん、大国のご機嫌取りのために、私を|化け物(ムザ)の寝室に送り出すとバリオウのふぬけた王族共が決めた時から覚悟が出来ておるわ」


 ミアはホバと距離を開けるべく、さらに後退し窓の方へと向かう。

 ミアの背丈ほどの窓は、騒乱の中で割れている。

 窓からビュウビュウと風が吹き込んできて、絨毯や天井の炎が勢いよく燃え広がっていく。

 窓際にゆっくりと立ち、シアを抑え込むルドたちを見下ろした。


「馬鹿なことはお考えくださらぬな。外にも配下がおりますゆえに。それに試練を超えておらぬ獣王妃ではこの高さ、助かりませぬぞ!!」


「だが、私は産んだのだ。化け物の子だと思っていたが、獣神ガルム様から才能を与えられたのだ。この世界は絶望だけではなかったぞ」


 ホバの説得など無視してまるでこれまで思っていたことを吐き出すようにミアは語りを続けた。

 

「んんん!!?」


「シアよ。獣帝王を目指すが良い。このガルレシアを統一するのは誰でもないと私は思っている。私の夢はお前よ」


 そこまで言うとミアは笑顔のまま、自らの私室の窓から背中から飛び降りた。


 ルドに抱きかかえるシアは目の前が真っ白になり、周りが見えなくなる。

 シアはホバが率いる獣王親衛隊に運ばれていくが、今起きたことを受け入れられず、抵抗する気力が起きない。


 それから数日が過ぎた。

 王城の一角が焦げ、再建はこれからというところで謁見の間に、シアとルバンカの視界が切り替わっていく。


 謁見の間の巨大な扉が観音開きに開き、シスラック子爵家の三男が部屋に入っていく。

 手には鎖を握りしめており、鎖はぼろ布を着せられたシアの首輪へとつながっている。


「獣王陛下がお待ちだ! 早く入るのだ」


 まるで侮蔑するかのように家畜を見るような目で三男は見ている。


 その後ろには胴体を鎖でぐるぐる巻きになって縛られ獣王親衛隊4人がかりでルドが獣王の前に運ばれていく。


「それでは此度のミアの内乱に加担したと思われるシア並びにルドの審判を行う」


 宰相の叫びが謁見の間に響き、シアとルドは、ムザ獣王の前で審問が行われることになったのであった。

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