第659話 シアの交渉②

「魔法神イシリス様がどうもその尾を求めているらしく……」


『イシリスめ、随分研究が進んでいるようじゃの。理の逆転か。エルメアがそんなこと許すはずもないのじゃが……』


「理の逆転?」


『まあ、こっちのことじゃよ。なぜ、それを求む?』


「仲間の試練達成に必要だからでしょうか」


『なんじゃそれは、仲間のためとかまだそんな青いことを言うてたのか。さっきのガルムポイントは没収じゃ』


 何に使うのか分からない1ガルムポイントを失ってしまった。

 だがそれ以上に自らの口にした「仲間」という言葉が自然に出た心の変化に、驚きのような不思議な感覚に襲われる。


 ガルムを見ていると、何か心境の奥深くに押し込めていたものが目覚めそうだ。


『シアよ! 私の生き様を目に焼き付けておけ!! 必ず獣帝王になるのだ!!』


 あの日、あの時の燃え盛る爆炎の中で、母の叫びが心の中によぎる。


『儂を前にして、なに物思いにふけっておるのじゃ』


 畳みかけるように叱責される。


「……申し訳ありません。余は獣帝王にならねばならぬのです」


 心新たに自らの願望を口にする。


『初心を思い出したのかの。ここから先の試練は一切の甘えは許さぬ。獣人とは共食いせねば、その存在すら保つことのできぬ弱き獣であることを知るのじゃな』


「……たしかにそのとおり。肝に銘じておきます」


 獣人として生きてきたシアにとってガルムの言葉はそのまま自らの半生のようですんなりと入っていく。


『だが、公平さは大事じゃ。たしかに法の神アクシリオン様の神器のカケラはこの神殿にある』


「法の神……」


 アレンから聞いた100万年前の神々の争いについて思い出す。


 日のカケラは光の神の神器の一部分であった。

 月のカケラも法の神の神器の一部分のようだ。


『シアの言う月のカケラじゃ。それに儂の尾もやろう。これで満足じゃな?』


「……問題ないです。では、試練に臨ませて頂きます」


『何を言う。公平な試練というたじゃろ? 条件を揃えてこそ公平じゃ』


 ガルムにはニヤリと笑うのであった。


「条件……」


 シアはゼウたちを見つめる。

 人数もこれまで神界にやってきた経緯も全て違うのに条件の何を揃えるのだと言う。


『ベクには重い枷をかけてしまったようだな。おかげで魔王軍にいいように利用されてしまった』


 アルバハルの生まれ変わりと呼ばれ、魔王軍参謀キュベルによって邪神の贄に捧げられたベクを口にする。


「何の話でしょう」


『キュプラスがついているのであれば、当然のことかもしれんの』


「ですので……」


 もう少し分かりやすい言い方があるだろうとシアの眉間に皺が寄る。


『ギルとムザの力を得たベクがいなくなって「枠」が空いたと言うておる。ぴょんとなっ!』


 タンッ


「え? へぐあ!?」


「ゼウ様!?」


 その場から一瞬で消えたかと思うと、ゼウの背中に乗る。

 片手で回り込むようにゼウの口を塞いでしまう。


 メキメキ


 細い腕にどれだけの力が込められているのか、ゼウの顎から骨が軋む音が聞こえる。


『これこれ、腕をはがそうとするでない。せっかく開放者にするというておるのに。ほれ、これで獣帝化も発動できるはずじゃて』


「むぐ!?」


 パアッ


 ガルムの手から神力が溢れ、口元から注がれるようにゼウの中に入っていく。


 ガルムは肩からジャンプするとその場から消え、一瞬で元居た場所へ移動する。


「だから、余は開放者にしていただいたのでしょうか……枠が空いていたから。獣王陛下が開放者ではなくなったという話も本当でしょうか?」


 シアがムザ獣王と戦ったときは確かに、ムザはエクストラモードだった。


 今の話が本当なら、ゼウはノーマルモードからエクストラモードへと変わった。

 さらに、獣帝化も手にしたことになる。

 随分な大判ぶるまいだ。

 このままでは試練で負けそうだと、勝つことに集中しているシアが懸念を口にする。


『はて、なんのことかの?』


 あれこれ聞いてみるがガルムは何も答えてくれなかった。


 ガルムの言うことが正しいなら、ムザ、ベク、ギルの3人のエクストラモードがいなくなり、3柱分の枠が開いていたことになる。

 シアは獣王位継承権を捨ててまで手にしたエクストラモードだが、ガルムにとっては開いた枠を埋めたに過ぎないのではと勘繰ってしまう。


『ふん。自らの覚悟がもったいなかったか?』


「そんなことはありません。捨てたが戻ってきて驚いているだけです」


『正直じゃのう。じゃが、条件は対等。存分に競うがよい』


「ゼウ様、始まりますぞ!」


「う、うむ。とんでもない力だ。これなら余も勝てるやもしれぬな」


「その意気ですぞ!!」


 ゼウがホバから気合を受けながらも、自らの体に溢れる新たに得た力でたぎりを感じる。


「条件は……」


 ゼウとホバがキャッキャと会話する中、シアは頭の中で勝利の条件を確認する。

 アレンがいつも魔導書にメモを取っている理由が、彼がいなくなってよく分かる。

 条件の理解は、行動の選択を変え、勝敗に左右する。


 いつもアレンに作戦を任せてきたが、この試練にはおらず、貴重な存在に気付く。

 必死に頭の中に状況を叩き込むことにする。


【獣神ガルムの試練の概要】

・シアとゼウがそれぞれ別の階段を上り、神殿最上階にいるガルムから試練を受ける

・最上階を目指す過程も試練で、各階層で「神技」「加護」などが貰える

・最上階でガルムに会ってからの試練を達成したら「神器」を含めて報酬が貰える

・神殿の階層や試練の数は不明

・最上階で試練を受けるのは早い者勝ちで後者には試練が与えられない


【シアの状況】

・幻獣アルバハルと獣神ギランの試練を達成し、「スキル(獣帝化)」「神技(神風連撃爪)」「神器(神風の靴)」の報酬獲得

・仲間は召喚獣ルバンカのみ

・ルバンカは最長1ヵ月まで召喚可能

・オリハルコンのナックルは最近新調

・指輪、首飾り、腕輪、耳飾り、足輪、腰帯はあらゆるステータス、属性、耐性を取り揃えてある

・魔導袋には天の恵み1000個、金の卵100個など、無数の召喚獣産の回復薬

・魔導袋には水や食料も1年分以上、野営用のキャンプグッズ各種


【ゼウの状況】

・ゼウはエクストラモード、獣帝化を擁する

・テミを除く9人の十英獣

・十英獣はオリハルコン装備(魔獣の革素材もあり)、5つ星に転職済

・指輪、首飾り、腕輪、耳飾り、足輪、腰帯はあらゆるステータス、属性、耐性をそれぞれ20個以上十分な数を取り揃えてある

・魔導袋には天の恵み1000個、金の卵100個など、無数の召喚獣産の回復薬

・魔導袋には水や食料も1年分以上、野営用のキャンプグッズ各種


【十英獣の構成(全員星5つ】

・槌獣帝ホバ、クマの獣人でゼウの私設兵の隊長、男

・斧槍獣帝ラゾ、犀の獣人で獣王親衛隊、男

・剣獣帝ハチ、秋田犬の獣人で獣王親衛隊、男

・爪獣帝パズ、ラーテルの獣人、女

・双剣獣帝セヌ、豹の獣人、男

・弓獣帝ゲン、ヤマアラシの獣人、男

・聖獣帝フイ、山羊の獣人、女

・楽獣帝レペ、狐の獣人、男

・魔獣帝ラト、鼠の獣人、女


【参考】

※予言獣テミ、栗鼠の獣人、女 (ここにはいない)


 十英獣は各部門に分かれて争うため、勝ち残った目の前の9人たちは精鋭中の精鋭だ。

 しかも、転職を繰り返し装備も整えた上でS級ダンジョン攻略以降、ずっとゼウの下で活動を共にしてきた。

 1年を超える魔王軍との戦いも相まって連帯感も含めて、シアたちにとって脅威であることは間違いない。


『長期戦は不利のようだな』


「1月過ぎれば、お前がいなくなるからな」


 元獣人の守り神とも言われたルバンカにも「お前」呼ばわりする。

 召喚獣は1ヵ月経てば消えてなくなり、再召喚は許されない。


『そういうことだ』


『ここから先はそなたたちの勇気が試される。せいぜい励むことじゃな。それでは試練、始めじゃ!!』


 獣神ガルムは試練の開始を叫んだ。


 お互いが被らないように一気にそれぞれの階段を目指し走り出す。

 既にシアもゼウも自らの勝利しか考えていないようだ。


 アレンのパーティーとあって、装備はシアの方が良かった。

 武器や防具は装備していないもののSランクの召喚獣のルバンカも素早さはその辺の冒険者では到達できない4万だ。


「む! レペよ!」


 開始と共にゼウがレペに指示を出す。


「行くぜ、疾走しろ! 俺のビート!! 『進撃の行進』!!」


 レペは手のひらを前方に掲げ、中空に魔力で出来たラッパを作り出した。

 大きく胸を膨らませ吹き出すとスキル『進撃の行進』のバフを振りまいた。


 ゼウたちの体を熱気が吹き抜けると一気に速度が加速した。

 シアたちをこの階層に置いて、自分らだけにかかったバフによって、次の階層目指して階段を駆け上がっていく。


 駆け上がった先には大きな広間であった。


 縦横何キロメートルあるだろうか、視界の果てまで続く大広間であった。


『階段があるな』


 100メートルほど正面の先に、巨大な階段が上の階層へと続いている。


「……うむ、聞いた話と違うようだがな。ゆくぞ!」


 決断することが求められてきた人生だったとシアは考える。

 目の前に階段があり、辺りには何もない。

 各階層に試練があると聞いていたが、ゼウと争っている以上迷っている場合ではない。


『おう!』


 ルバンカを背後にシアは前に足を踏み込んだ。


 たった100メートルの距離だ。

 ルバンカもシアも何秒もかからない。

 数歩で移動したくらいの速度で階段に達しようとした瞬間だった。


 ビュンッ


「む?」


『よけろ!! むぐ!?』


 階段だけを見ていたシアの目の前に、風を切りながら、何かが凄い勢いで迫ってきた。

 一瞬太い棒か何かだと思ったが、それは獣の足であることがすぐに分かった。


 シアが寸前で躱そうとするが、スピードが乗り切っており、足に向かってかけ進んでいる。

 ギリギリ体をよじってみたものの、腹に思いっきり食らいそうになりそうだ。

 ルバンカが抱きかかえるかのように背後から6本の腕を回し、シアの腹に受けそうな蹴りを代わりに受けてあげた。


 急に現れた足蹴りによって、シアとルバンカが一緒になって、背後に吹き飛ばされる。


『誰がこの階段を上って良いといった? 許可なんてしてないぜ』


 目の前には豹の亜神級の獣神であるクウガが2本の脚でピョンピョンと目の前に軽快に跳ねている。


「ただでは通さないというわけか」


『そのようだな』


「余は右からいこう」


『左からだな』


 シアの短い作戦にルバンカが答える。


 ゆっくりとシアはクウガの右側に回り込むように移動する。

 ルバンカは反対に、クウガの左側にゆっくりと足を進めた。


『ほう、挟み撃ちか。上手くいくかな』


 階段の前に立ちふさがるクウガを前に、シアの中で緊張感が増していく。

 このクウガは、突然目の前に現れた。

 それは全力で走るシアとルバンカを抜き去り、2人が認識する前に、横殴りの蹴りを入れてきたからだ。

 ※1人と1体ではなく、今後も「2人」と書きます。


 明らかに自分らよりも素早さが上だ。


 相手は1体で、人よりも大柄な3メートルほどある体躯であるが、人のように2本の脚で立ち、2本の腕を胸元で組んでいる。


 人の体と構造が同じなら、視界にも体の向きや対応にも限界があるはずだ。


 クウガを挟んで2人はゆっくりと階段を視線の端にしながらも後退し始める。


『どこまで離れる気だ? いいぜ、どっからでもかかってきな』


 余裕を見せるクウガからも階段からも随分離れてしまった。


「……ルバンカ行くぞ!」


『おう!』


『くるか!』


 シアとルバンカがいきなり垂直に足を進める。

 向かう先は巨大な階段であった。

 クウガの相手をすることもなく、2人は上の階層を目指すことを選んだ。


 今回の試練は最上位の階層まで行って、ガルムの試練を受けることだ。

 決して、亜神級の獣神と戦って勝つことではない。


 一歩、また一歩と階段に迫り、シアは階段に足を踏み入れた。

 駆け上がろうとしたところで一瞬、違和感に気付く。

 ルバンカがこちらに向かってきていないのだ。


「馬鹿な!!」


 シアがクウガの挑発に乗らずに目標である上の階層を目指したが、ルバンカには上の階層へ目指すよりも優先することがあった。


 シアがまっすぐ進むことを確認したルバンカは階段目指して進む足を垂直に方向転換し、クウガへと向かっていく。


『へ? お前が残って俺と遊ぶってか。ほらよ!』


『ぐふ!? シアよ、上の階層へ向かうのだ!!』


 ルバンカはシアにここは任せよと叫ぶ。


 3本の腕で今度は横殴りの蹴りをお見舞いされ吹き飛ばされるのだが、クウガは追撃せんとルバンカへと向かっていくのであった。

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