第658話 シアの交渉①

 ライガとクウガがゼェゼェ言いながら戻ってきた。


『た、ただいま戻りました。何やら進む道で揉めていたらしく……』


「おい、何だよここは。さっきの誘導も怪しすぎんだろ! テミの占いと方向がずれてるじゃねえか」


「だ、黙らぬか! 結局は方向は同じになっただろ。お前のせいでどうやら皆に迷惑をかけているようなのだぞ! ゼウ様にとって大事な状況なのだ。皆、レペの口も塞げ!!」


「ちょっと、おいやめろ! むごおおおおおおおお!?」


 ホバ将軍がレペの体を縄でぐるぐる巻きにして肩から米俵のように担いでいる。

 十英獣の皆がワラワラと狐の獣人のレペの長い口を縄で縛っていく。


「ぜ、ゼウお兄様………」


「シアか……」


 レペのやり取りを見ることもなく、シアはゼウと見つめ合ってしまう。


 シアはアレンたちがS級ダンジョンに行っているとき、ギャリアット大陸で邪神教の教祖グシャラを追っていた。

 アレンたちが邪神の化身たちと戦い、シアと協力しているころ、ゼウはローゼンヘイムへと向かい魔王軍と戦っていた。


 その後、シアがアレンのパーティーに入る間、ゼウとアレンが会うことも何度もあったのだが、一度も、ゼウとシアが会うことはなかった。


『ふむ、アルバハルの血を継ぐゼウよ。よくぞ来たな。ゼウは儂に何を望む?』


「余はレナ妃を獣王妃にしたいです」


 唐突にやってきたゼウは自らの願望を口にする。

 獣神ガルムは、月のカケラを探しに行ったアルバハル獣王国のゼウ獣王子を神殿に招き入れた。

 シアはその言葉を聞くと、ピクリと目尻が動くが感情を殺して外に出さないように努めた。


『はぁ、なんじゃその願いは。ふざけておるのか?』


「ふざけてなどおりませぬ」


 ゼウは獣人にとっての絶対神と言っても過言ではないガルムの呆れ顔にも、真顔から一切変化がない。

 ブライセン獣王国から迎え入れたレナ妃を愛していた。

 獣王の正妻の証である「獣王妃」にするため前人未踏のS級ダンジョンの攻略を目指していた。

 年に半数もの挑戦者が命を落とすS級ダンジョンに何年もいたのはレナのためだ。

 ゼウには命を懸ける理由がある。


『獣帝王を目指す者。愛に生きる者。どう思うかの?』


 ガルムは、わざとらしく首をかしげて、シアたちの後ろにいる者に問う。


『この世の理に反します。ガルム様の試練は1人で良いでしょう』

『ふるいにかけ、ガルム様のお力は選ばれし1人が受けるべきかと』


 ゼウよりも頭1つ分以上大きなライガとクウガが口裏を合わせるように答えた。


『そういうわけじゃ。決まりじゃの。ゼウとシアよ。そなたたちどちらか1人に余は力を貸そうぞ』


 ゼウとシアどちらか1人にガルムは試練を与えると言う。


「ガルム様、そのような話は聞いて……」


『なんじゃ? そんな覚悟もなく儂に願望をぶつけてきたのか!』


「そういうわけではありません」


 元々、シアの手伝いで神界にやってきたゼウは、この状況を理解できない。

 ここに来る前にクウガから何やら話を聞いていたようだが、ゼウは話が違うと言う。

 しかし、ガルムの眼力がまた発動し、さっきの堂々とした態度が委縮してしまった。


「ゼウ様、我々がついております!! 何卒、ガルム様の試練を受けられませよ!! 命を懸けてゼウ様の道を切り開いて見せましょうぞ!!」


 獣王親衛隊の隊長を辞め、ゼウの下に仕える道を選んだホバ将軍が鼻息を荒くして話を受けるように進言する。


「むごおおおおお! むごおおおおおお!?」


「おい、レペよ! 貴様!! ゼウ様の大事な神事である。黙らぬか!!」


 縄でぐるぐるに縛られ猿ぐつわをはめられたレペがもう一度暴れ出したので、肩で担いでいたホバはエルボーを繰り出し、レペのみぞおちに決まる。


「おい、ホバよ。落ち着くのだ。余は……」


『なんじゃ? まさか、話が違うとでも言うまいな』


「決してそのようなことはありません。それに、余が力を得ることで、安心して獣人が暮らせる世を作りたいです。この気持ちに嘘はないのです」


 真っ先にレナの話をしてしまったが、それだけではなく獣人全体のことも考えていると言う。

 ゼウの言葉にガルムはニヤリと笑い、腕を組んでウンウンを頷く。


『では、ゼウとシアよ。儂が直接試練を与えるのはそなたたちのどちらか1人。達成した者には儂の神技、神器、加護を与えよう』


「どちらか1人……。それはどうやって決めるのでしょうか?」


 結局2人が争って、1人が試練を受ける形になったことにゼウは疑問の声を上げる。


『そうじゃの。何でも良いのだが、この後ろに階段が2つあるじゃろ? 最上階に儂はいるから、先に会えた者に試練を与えると言うのはどうかの。各階層でも報酬が貰えるし、最上階まで上がる過程も含めて「試練」と捉えてもらって問題ないの』


「この神殿を駆け上がれば良いと言うことでしょうか?」


 シアは少しでも優位に情報を得ようと、試練の内容を確認する。


『そういうことじゃ。最近、大地の迷宮を初めて攻略した者が出てきたことだし、ちょうどええわい。階層が上がるたびに神技などの報酬をそれぞれ与えよう。神器については儂自らの試練を超えた暁じゃな』


 獣神ガルムの背後、広間の奥の2つの隅にはそれぞれ階段があった。

 この階段を上がった先の最上階にガルムがいることが分かった。

 シアは大地の迷宮の攻略を思い出す。

 獣神ガルムの加護を受けるシアを通して、攻略の状況を見ていたのかと力の一端を感じる。


 階層を上がるたびに報酬を貰える仕組みのようだ。

 神技と加護は各階層の攻略報酬で貰えるが、神器についてはたった1つしかないらしく、最初にガルムから直接試練を受け、達成した者に貰える仕組みだ。


「タイムアタック……。遅れてきても、最初の者が失敗すれば試練は問題なく受けられますか?」


 シアの視線がガルムの奥へと向かう。


『そんな甘いことを言うでないわ。最初の者が失敗すればそこまでよ。ごちゃごちゃ聞かれるから一応言うと、どちらの階段を上っても、難易度はそれほど変わらぬの』


 少しは違うことが分かり、シアは階段の近さなどで、その後の試練の内容を判断するが、それは杞憂に終わる。


「途中で出て行くのは問題ないでしょうか。準備が万全ではないかもしれません」


 階段を上がり、試練の内容が分かった後、必要なものが出てくるかもしれない。

 というよりも、それ以上にシアには狙いがあった。


『だが、そうはいかぬの。この建物から出た者は失格とする。新たな参加もさせぬ。助言も許さぬ』


「助言も……」


 シアは何を言っているのか分からなかった。

 ガルムはシアとゼウが首をかしげる中、ゼウの肩に拳を向ける。

 親指を弾くそぶりをしたかと思ったら、衝撃波がゼウの視界から抜けていく。


 パンッ

 パア


 ゼウの肩には1体の鳥Aの召喚獣が止まっていた。

 巣を設置し、アレンたちが月のカケラを回収するためだ。


 しかし、それは許されないと指弾だけで成長レベルを上げた鳥Aの召喚獣を瞬殺する。


『こっちもじゃな。誰も邪魔はさせぬ。これは獣人たちの未来を決める大事な試練じゃ。ルバンカよ、お前はけじめのために残ってもらおうかの。だが、その使い手がいるのは別の話じゃて』


 パンッ


 ガルムは細い骨と皮だけの手を、乾いた音を鳴らして合わせた。

 神力が全身に溢れたかと思うと、一気にゼウやシアを抜けて、全体に広がっていった。


「いったい何が……」


『む。……我の視界からアレン殿の共有が消えたな』


 ルバンカにはアレンのスキル「共有」がかかっていたが、その効果が解けたと言う。

 どうやらガルムは自らの神力を使って、造作もなくこの神殿に結界を張ったようだ。


『ルバンカよ。お前を聖獣にしたのも、召喚獣になるのを許したのも儂じゃ。シアと共に試練を受けるがよい』


『はい……』


 ルバンカはシアの試練を手伝っても良いと言う。


『じゃあ、始めようかの。ライガ、クウガ。おぬしらも準備をするのじゃ』


『は!』

『は!』


「待ってください。このような不公平な試練など聞いたことがありません」


『何だと!!』

『貴様! ガルム様に何ということを言うのだ!!』


 上位神の1体であり、獣人の心の拠り所のガルムの課した試練にシアはケチをつける。

 2体の門番は犬歯をむき出しにして唸り、シアの言葉にその場は騒然とする。


『よおおお~言うたの。ガルムポイント1ポイントじゃ』


「ガルムポイント……」


 褒められて、何かよく分からないポイントを貰った。

 言葉だけで何かコインのようなものを渡されたわけでもなく、ステータスに変化があるようにも思えない。


 ニヤニヤしているので、いつもの獣神ガルムの言葉遊びのようだ。


『それで、不公平とは何ぞや。試練を与える者としては、遺恨を残すような内容だと後でルプトの監査が入った時、エルメアに説明がつかぬからの』


 十柱ほどしかいないと言われる上位神の獣神ガルムとは言え、第一天使ルプトの監査は厳しく世知辛いと嘆いている。


「はい、こちらはたった2人で臨みます。あちらは10人です。圧倒的に不利だと言わざるを得ません」


 ゼウは予言獣テミを除く9人の十英獣と共にいる。


「シア様、何を言いますか! そちらはアレン殿の召喚獣と一緒ではないですか。それも獣人の守護者ルバンカ様でございますぞ!!」


 シアのあからさま交渉にゼウの臣下は我慢が出来なかった。

 決して不利ではないとホバは声を荒らげる。


 アルバハル獣王国の獣王武術大会で、武器などで分けて部門優勝を目指す。

 各部門の優勝者がその年の「十英獣」と呼ばれる。


 十英獣の構成は、アレンたちがS級ダンジョンで会った時から変わっていない。

 魔王軍の侵攻が続いても年に1回の獣王武術大会は催されており、メンバーは変わっていない。


「ホバよ、アレンと稼いだ転職ポイントで転職を重ね、武器と防具を手にしてルバンカの力を強く見てるとは情けないぞ!」


「ぬぐ!」


 シアの言葉にホバが歯ぎしりをする。

 十英獣の全員が星5つまで転職を重ね、魔法神イシリス産のオリハルコンに身を包んでいる。

 星4つまでは自力で転職が可能だが、星5つになると転職ポイントが必要だ。


 魔神や亜神級の霊獣などを倒さないと転職ポイントは手に入らないため、十英獣10人の転職は、そのポイントのほとんどをアレンの冒険者カードに貯まった分で賄っている。


『もうよい。儂が決めたことじゃ。それでどうする。シアよ、この試練、ゼウたちだけで挑戦させても良いのじゃよ?』


「申し訳ありません。そのような話がしたかったわけではないのです。私が試練を超えた暁には、それに見合った報酬を頂きたいのです」


『ほう? というと?』


「先ほどの報酬とは別に、月のカケラと獣神ガルム様の尾を頂戴したいです」


『わ、儂の大事な尻尾をじゃと? はわわ!?』


 恥ずかしがるJKのような仕草で、ガルムは自らの尾を大事そうに抱きかかえるのであった。

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