第656話 それぞれの決意

 大地の迷宮を攻略したが、これから何をするのかセシルがアレンに問う。


「まあ、当然。まずは魔法神イシリスの研究施設に行く。そこでマグラの角を渡すぞ」


「これで新しい神技が手に入るわ。腕が鳴るわね」


 ボキボキと貴族とは思えないほど腕が鳴っているなと引いてしまう。


【魔法神の欲しい物リスト】

・エクストラモード:霊獣ネスティラドの心臓

・神技:竜神マグラの角

・加護:日と月のカケラ

・神器:獣神ガルムの尾


「ネスティラドは最後として、次は獣神ガルムの尾だな」


 マグラの角だけではなく、日のカケラも手に入っている。

 魔法神イシリスの無茶ぶりのお使いクエストも序盤が終わり、中盤に差し掛かったと思う。


 霊獣ネスティラドは最大戦力で臨みたいし、月のカケラはゼウたちが探してくれている。

 次を目指すなら獣神ガルムで間違いないとアレンは言う。


「ふむ、その話だが、獣神ガルムには余1人で会いに行こうと思う」


「ん? どういうことだ? 俺たちも行くぞ」


 急に何だとガララ提督たちのバカ騒ぎが耳から遠くなり、アレンたちの周りだけ一気に静かになる。


「言葉どおりだ。大地の迷宮は見ての通り、アレンがいなければ攻略が厳しい。80階層をこれから、武器や防具を揃えるために通うのだろう。メルルのためにも信仰値も稼がなくてはいけない」


 シアは思っていたことをようやく語れるのか、さらに信仰ポイントについても触れる。


 現在、アレンは膨大な量の信仰値を必要としている。

 アレンが大地の迷宮に参加すれば、さらに短時間で多くの信仰ポイントを稼ぐことができる。

 それでアレンはもちろんのこと、メルルの神技や加護など、強化につなげることができるはずだ。


 時間は有限で、一分一秒を惜しんでアレンはスキル上げに勤しんでいる。

 ここも、仲間たちの強化を優先すべきだとシアは言う。

 シアの攻略を手伝っている場合じゃないだろうという言葉に否定する要素は何もない。


「シア、どうしちゃったの? 僕たち仲間じゃないか」


「メルルよ。仲間だからだ。余もようやく仲間としての自覚が沸いてきたのだ」


 シアが1人で獣神ガルムの修行を受けると言う。


「シアさん。何もそこまで思いつめることはないのです。私の試練も仲間たち皆で協力していただきました」


 ソフィーもシアの身を案じて、精霊の園での仲間たちの協力を得ての試練達成に触れる。

 アレンは身を切り刻まれるほどの攻撃を受けたが、試練達成後、その話に触れて礼を求めることなど一度もなかった。


「確かにその通りだな。ギラン様の試練を超えられたのはアレンの協力を得たからに間違いがない」


「でしたら……」


「ソフィーよ。そして、ルークが側に居なければ大地の迷宮は厳しいものになる。だが、アレンの側に2人がいなければ、アレンの強化は程遠いだろう」


 スキルのクールタイムのリセットと持続時間の倍化は、アレンのスキルを鍛えるにはどうしても外せない。

 アレンがついてくるということは2人もついてこなければ、アレンの強化は最大限発揮されない。


「確かにそうですが……」


「余は世界の足かせになるわけにはゆかぬ。それに仲間だからな。友のために、獣神ガルム様と試練と交渉を重ね、力強くなって帰ってきてみせようぞ。ついでに尾も持って帰る」


 言葉を選び、話をしながらも、シアの目の輝きが増していく。

 一度は獣王位は捨てようとしたものの、気高い誇りと自信に揺らぎはなかった。


(シアの覚悟か。何を思って俺たちのパーティーに入ってくれたか詳しく聞いたことがなかったな。シアの提案は考えなくもなかったが、おい、ルバンカ実際どうなんだ)


 シアはクレナやメルル、セシルのように感情を表に出す性格ではない。

 幼少期の思い出を語り合ったりすることも少なく、シアは胸に思いを秘め、行動する傾向にあると言う。


『ん?』


 シアに任せると即言えるほど、簡単じゃない。

 シアは大事な仲間なので、何かがあったら大変だ。

 しかし、だからといって、シアの覚悟を無視していくのもどうかしている。


 実際、シアの言っていることは尤もなことで、仲間の強化と自らの命を天秤にかける覚悟があって、この場で意志を口にしている。


 アレンは判断材料が欲しいと宴会の中に入らず静観しているルバンカの心に語り掛ける。


「シア1人で試練に行きたいと言っている。お前はガルムに会ってきたのだろう。ガルムってどんな奴なんだ? ガルムは話が通じる奴なのか?」


 口にも出して仲間たちにも情報を共有させたい。


 アレンは「ガルム」という言葉を連呼する。

 シアは「やはりここは1人で行くしかない」と言わんばかりに頬が引きつっている。


『……まあ、今さらの不敬はおいておいてと。ガルム様は甘いお方ではない。獣人にもそれなりに厳しい対応をしてきた方だ。シアがガルム様の血を継いでいても、優しい試練になるとは思わない方が良いな』


 獣神ガルムの血をアルバハル家は継いでいる。


「ふむ。そうか、それなら、俺たちも参加した方が良さそうか?」


『だから、甘いお方ではない。仲間がいたからといって優しい試練になるとは思わないことだ』


「じゃあ?」


 ルバンカは全ての腕を組み、目を瞑り、厳しい試練になろうと言う。


『我が案内しよう』


「ん?」


『言葉のとおりだ。ガルム様にもお会いしていた我が案内するのが得策だ。この大地の迷宮を何度も挑戦するだろうが、我がいてもそこまで役に立ちそうにないからな』


 ルバンカにだけできることがあるわけでもない中、1体召喚獣の枠が抜けても、どうにでもなろうと言う。


(ルバンカも最初からこうなる気がしてたのかな。これも獣人の資質か)


 どんな行動をとれば、仲間のためになるのか考えてきた。

 次の決断は本当に仲間のためになるのかはっきりとした答えがでない。


 仲間たちがアレンの次の言葉を待っている。


「ルバンカ、シアを連れて行ってくれ」


『あい分かった』


「頼んだぞ。失敗すれば後で追っていくからな」


『ふむ、「戦争」は避けたいものだな』


 アレンの心を共有したルバンカの返事に仲間たちの顔が引きつる。

 もしも、シアがガルムとの戦いで何かあろうものなら、獣神相手に戦争もしかねないことを意味した。


 その日は、これから厳しい試練に臨むシアを囲い、新たな挑戦に祝杯を挙げた。


 次の日となった。


 アレンたちは、早朝から起きて身支度を行い、仲間たちと共にシアとルバンカと向き合う。


「では行ってくる。とっとと終わらせて、アレンたちと合流するからな。皆でネスティラドを屠ろうぞ」


「ああ、何かあったら、全員でそっちに向かうからな」


「……ふっ、お互いの目標は違えど、目指す場所は一緒だ。では行ってくる」


 一瞬、空気を軽く吐くように微笑んだかと思うと、強い視線でアレンの言葉に返事する。


 シアはここで「来るのは不要だ」などと不毛な会話はしなかった。

 自らが止めてと、もしものときに、仲間たちは駆けつけてくれる。

 まるで、自分に仲間ができたことをようやく実感したかのような、照れにも喜びにも近い、晴れ晴れとした態度である。


 ネコ系特有の目が縦に長く細くなるのは、自らの決意をもって、動き出した証拠だ。


「じゃあ、ガルムの根城までツバメン、飛ばしてくれ」


 大地の迷宮で攻略しながらも、鳥Aの召喚獣に、獣神ガルムの神域近くに「巣」を設置させていた。


『ピッ!!』


 アレンたちの見送りはここまでだ。

 仲間たちの視界からシアとルバンカが消えた。


「ここがガルム様の神域か。何か分かる気がするな」


 シアは胸に手を当て、普段感じる獣神ガルムの気配を、空気そのものから感じる。


『ピッ!!』


 鳥Aの召喚獣が転移を済ませた後、シアとルバンカの周りを回っている。


「アレンよ、では行ってくる」


『ピピッ!!』


 再度、大きく鳴いた後、鳥Aの召喚獣はカードに戻り、光る泡となって消えていった。

 遠くにいる召喚獣も、こうやってアレンの魔導書のカードホルダーに瞬時に戻すことができる。


 シアは鳥Aの召喚獣から視線を遠くへと移した。

 シアが転移した先には木々が生えており、木々は既に枯れているため、隙間から巨大なピラミッド状の建造物が見える。


「ガルム様の神殿か……」


『そうだ。この神殿にガルム様はおられる。さあ、いこう』


「うむ」


 けもの道から石畳に足元が変わった。


 建物の前には行く手を挟むように多くの獣の姿を掘った石像たちが並び立つ。


『獣神たちだ。今はもうおらぬがな』


「……十二獣神様方か? こちらは鹿神……。それにこのお方は猪神」


『上位神である十二獣神様は神殿内に祀られている。ここにおられるのは、新しい神々だ』


「法の神が敗れた後に誕生した神々か……」


『そして、このお姿を残して今はもうおらぬ』


 シアの後ろを歩くルバンカが、石像たちについて話をしてくれる。


「これだけの数の獣神方がこの100万年の間に誕生し、消えていったのか」


 シアは目を見開いて数十体の石像を見ながら驚愕する。


 法の神アクシリオンが創造神エルメアに敗れた後、この100万年の間にいくつもの獣神が誕生し、そして、消えていったと言う。


「ギラン様も随分老いておられた。獣神様は短命であるのだな……」


『そういうわけではない。お前たち獣人たちが覇権を奪い合うから獣神様も栄枯衰退を繰り返しておる。特に獣神ガルム様は、ベクがギルを倒してから随分体調がすぐれなくなったと聞くな』


「獣人国家と獣神様方が連動しておるのか」


 シアはアレンと知り合い、世界の成り立ちについても聞くことができた。

 アルバハル獣王国ができて1000年が経つ。

 1000年という悠久の時間に感じるが、実際、この世界は1万年ほどの歴史があるという。

 1万年前には、竜王マグラが世界を征服したらしい。

 結局、審判の門を抜けて神界までやってきたが、神々に捕らえられ、この1万年封印されてしまったのだとか。


 だが、そんな1000年とか1万年以上も昔の歴史が神界にはあった。

 100万年前を境に世界は変わってしまった。

 100万年前に、その時3柱の最上位神であるエルメア、アマンテ、アクシリオンが争っていた。

 結局は創造神エルメアが勝利し、それ以降は、創造神の理で世界は成り立っているらしい。


 シアの目の前にいる獣神たちは100万年の間に誕生し、そして、その存在を消していった獣神たちのようだ。


 神が神であるためには人々が祈らないといけない。

 この理と、それぞれの獣神を祈る獣王国家の争いによって、獣神の代替わりは随分早いことが分かった。


 獣神の石像が途切れたところで、目の前に、ピラミッド構造の神殿がシアの視界に迫るのであった。

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