第648話 大地の迷宮RTA⑰ソフィーの作戦
【99階層・残り2:17】
残り1階層の状況で漆黒の大迷宮が広がっていた。
スコップなしでの通常攻略では3時間ほどかかる。
これまでの攻略以上のバフがかかっているが、残り2時間ほどの状況でソフィーは作戦を進言する。
99階層の大迷宮の入り口で、仲間たちが視線をソフィーに向けている。
「ソフィー、作戦ってなんだ?」
『すみませんが、作戦を練りますので中央の守りをお願いします。ガララ提督たちは罠も含めて、殲滅を。テミさんは、会話中で構いませんので、行き先の案内をお願いします』
アレンの高い知力をもって複数のことを同時にこなしていく。
「ああ、分かったぜ!!」
「うむ、分かったの」
別に止まって話を聞く必要はないので、テミに道を案内してもらいつつ、仲間たちに対応を指示する。
スコップがないため、どちらにしても、階段を見つけなければ、下の階層には降りられない。
ゴーレム使いたちがレーダーやスコープを駆使して、数キロメートル離れた対象物を殲滅していく。
床石のアダマンタイトに擬態した土塊がいるので、セシルや他の魔法使いが床石を焦がす。
ハクもブレスで床石を真っ赤に燃やす。
「はい。このままでは、時間までに間に合わない恐れがあります」
「スコップの件、気にしているのか?」
「もちろんそれもありますが、大迷宮の攻略には『大精霊の先行攻略』が有用だと進言します」
はっきりと自分のせいでスコップが破壊されてしまったために、挽回させてほしいと言う。
セシルを筆頭に普段ならツッコミを入れる仲間たちも時間のない状況で、リーダーのアレンに回答を委ね、敵のせん滅に集中することにする。
(ふむふむ、テミさんがいるから、俺たちは道に迷わない。誤った道を選択することがないのに先行するだと。ああ、露払いか)
アレンは頭をフル回転して、ソフィーの発言の意図を理解する。
リーダーとして仲間の案を断るにしても、別案を出すにしても、正しく現状を理解しないといけない。
この大迷宮で時間を取られるのは3つしかない。
【大迷宮の時間浪費ポイント】
①複雑に入り組んだ迷路
②空中も含めた多様な罠
③行く手をふさぐ霊獣や土塊(つちくれ)たち
①はテミのおかげで道に迷うことはないので存在しない。
②と③だが、仲間たちの安全に配慮するため、一定の距離に近づく前にせん滅しないといけない。
現状でも、ソフィーとロザリナ、そして、メルスのバフでかなり加速できるのだが、速度を殺さざるを得ない状況だ。
大天使(魔神級)の霊獣や土塊もかなり多くおり、至近距離からでは、どうしても後衛たちを完全に防御しきれない。
タムタムを除いたガララ提督のゴーレムたちは、魔神級の霊獣を瞬殺する程の力を有していない。
不意な攻撃を避けるために、倒し損ねた霊獣や土塊たちにハクや魔法使いがとどめを刺している。
99階層の霊獣を殲滅するには相応の力が必要のようだ。
もし、②及び③も先手を打って問題なければ、最速で安全にゴールにたどり着くだろう。
「大精霊たちに先行させて、罠や霊獣を狩るってことだな」
「そうです。精霊使いは大精霊と離れていても意思疎通ができますので、有用な作戦かと」
(なるほど、上空を飛んで移動出来てSランク召喚獣以上のステータスがあるからな)
憑依合体アレンや創生スキルで強化されたメルスにつぐ力を大精霊たちは持っている。
ソフィーから道を聞きながら、前方を進む大精霊たちが行く手の邪魔になる罠や霊獣、土塊たちを破壊していく。
アレンが悪くない作戦だと思った。
どっちみちこのまま無策だと、大地の迷宮攻略の可能性は随分低くなる。
メルスが80階層ボスのアンドレのせいで、召喚出来なくなったのも痛い。
今回の作戦が有効なら、次回以降に活かせるかもしれない。
アレンが賛同しようと口を開いたところで、ルークが食い気味に横から会話に参加する。
「おい、ソフィーの4体の大精霊だけで行かせる気か。俺の大精霊も手伝うぞ」
「ルーク……」
ソフィーの大精霊だけでは、露払いの効果が薄いので、自分の大精霊たちも手伝うと言う。
ソフィーが唯一と言っていいほど、呼び捨てにする「友達」のルークに感動する。
「ローゼンヘイム最強の男、俺たちの守りは任せたぞ」
「ふん……。ソフィアローネ様のついでに守ってやる。というか、その言葉、流行らせないでほしいものだ」
エルフの女王の守人の立場のガトルーガは、セシルと違いダークエルフの王の子のルークに対してはそこまで強いトーンで言わないようだ。
大精霊たちがソフィーとルークから離れ、守りが弱くなるのは、ガトルーガの大精霊が守りに入ると言う。
「よし、作戦は決まったな。皆、残り時間は短い。行動に移すぞ」
ソフィーの作戦を聞きながらも、テミの指示の下、道を進んできたアレンたちが行動を開始した。
ソフィーの神技「生命の泉」によってソフィーもルークも4体全て、大精霊を顕現可能だ。
「いくぞ!」
「ええ、いきますよ」
ルークの掛け声にソフィーが返事をして、2人の全身に霊力がみなぎり、体の外にまであふれていく。
呼応するかのように、大精霊たちも霊力がみなぎり、精神が研ぎ澄まされていくのが分かる。
『やれやれ、老体に鞭を打ってくるの』
『おい、トーニス! 不満言ってんじゃねえよ』
『カカはいつも元気じゃの……』
『回復手が倒れると困るな。我が乗ろう』
『助かるのじゃ』
ボフッ
唯一飛べない大精霊ムートンがルークの頭からトーニスの頭に移動する。
先行する大精霊たちをトーニスを中心に守るようだ。
水の大精霊トーニスのぼやきを火の大精霊カカが打ち消してしまう。
8体の大精霊たちが速度を上げ、アレンたちを置いて突き進んでいく。
「テミ様、道案内よろしくお願いします」
「うむ、次を左じゃ。私も頑張るかの」
はるか先で大精霊たち8体が、通路を左折していなくなったことをクワトロの万里眼が捉える。
「次を……」
「3つに分かれた道を真っ直ぐ」
言い切る前にテミの次の指示がくる。
「……」
「右じゃ」
「……」
ソフィーは目をつぶり、意識を集中している。
ワンコ蕎麦形式でどんどん次の占い結果を寄こすようにテミに催促する。
その横で、ルークも無防備に棒立ちだ。
「ムートンは皆を守って……。俺たちは右の通路をぬけて……」
精霊使いと精霊は、召喚士の共有ほどには、意識や感覚を同調させないとソフィーから以前聞いたことがある。
だが、力技で突っ込んでいく大精霊たちは雨あられのような攻撃を受けているようだ。
ルークが険しい顔をして、酸の大精霊ムートンに、他の大精霊たちのために守勢に回るように指示を出している。
どうやら、かなり深くまで大精霊たちと心を一体にしているようだ。
2人ともこちら側にはほとんど意識がなく、アレンの復唱する指示をぎりぎりの中で大精霊たちに情報共有させている。
大精霊たちはかなり厳しい戦いをしながら突き進んでいるようだ。
(大した速度だな。まあ、バフは大精霊たちにもかかるからな)
全ステータスが4万から6万の大精霊たちのステータスは、ロザリナやソフィーのバフがもりもり重なって10万を超えて神級に足を踏み入れるステータスがある。
さらに、気配察知能力は人間をはるかに大きく上回り、360度の視野どころか、視認できない曲がり角の先にいる霊獣や土塊の存在に気付くことができる。
精霊とは、知力や思考も人間たちの比ではない、人知を超越した存在だ。
しかし、大精霊から離れたら離れるほど、ソフィーやルークの精神を消耗させているようだ。
ソフィーは小刻みに震え、ルークの頬から大粒の汗がにじみ落ちていく。
(生命の泉を使っても、この負担か)
瞼を時々ぴくぴくさせながら、ソフィーはたまに大きく息を吐く。
「凄えな! 全然敵がいねえぞ!!」
焼け焦げた風船の残りカスがちらほら床石に落ちている。
かなり硬度のある土塊もいるのだが、ある者はアダマンタイトの床石ごと熱で溶かされ、またある者は足が溶解し両手をバタバタさせている。
おおざっぱな攻撃は火の大精霊カカで、両足を上手いこと倒しているのは酸の大精霊ムートンによるものだ。
「力だけなら、成長した召喚士に匹敵するのね……」
「まあ、強化スキルもあるし、そこまではいかないがかなりのステータスだな」
神の試練を越えて、4体の大精霊を同時顕現できるようになったソフィーとルークの力は、召喚レベル9に達したアレンに匹敵するとセシルは言いたいようだ。
大精霊のステータスは3~4万なので、Sランクの召喚獣ほどではない。
しかし、バフがモリモリのこの状況化では、大精霊の方が力を発揮すると言ってよいだろう。
・水の大精霊トーニスのステータス(バフ盛り)
【体 力】169845
【魔 力】131950
【霊 力】131950
【攻撃力】223600
【耐久力】157041
【素早さ】192400
【知 力】252330
【幸 運】151450
「お、おい。もう少し俺たちの速度を上げてくれ。きょ、距離が」
「すまない」
『皆、大精霊たちと距離が離れすぎている。速度を上げるぞ!!』
「分かった。タムタム! 飛ばすよ!!」
『畏まりました。加速します!!』
アレンは、ルークへの謝罪と仲間たちへの指示を使い分ける。
(召喚獣と違って、精霊使いと精霊は魔力や霊力が繋がっているものな)
精霊使いの魔力や霊力を吸収して、大精霊は力を発揮する。
契約した精霊使いから10万を超えて吸収し、膨大な量の魔力や霊力を一度に消費することができる。
その力は多少ステータスで劣るもののSランクの力すら凌駕することもある。
だが、この魔力や霊力のつながりにも精霊の格によって限界がある。
【精霊の格と精霊使いとの繋がりの限界の距離】
・幼精霊は1キロメートル
・精霊は10キロメートル
・大精霊100キロメートル
一定以上の距離を離れると指示も魔力や霊力のつながりも切れてしまう。
かなり距離が離れても精霊とのつながりを意識することはないのだが、ルークの言うとおり、かなり距離を開けてしまったようだ。
タムタムが動力を全開にし、速度を一気に加速させる。
「ちょっと、アレン。タムタムの魔力が足りないよ!」
メルルからも声が上がった。
メルルの正面に表示されるタムタムの魔力量を示すゲージが凄い勢いで減っていく。
「すまない。セシルも魔力回復を」
アレンが魔導袋に入れていた魔力回復薬を取り出していく。
「分かったわ。全部使うわよ」
「もちろんだ。この階層を攻略できなかったら終わりだからな」
アレンはセシルやほかの魔法使いたちに、ここまでの階層で手に入れた魔力回復薬を配る。
大精霊たちに魔力と霊力を吸い取られていくソフィーとルーク、そして、加速するために消費したゴーレムたちの魔力を回復させていく。
バチバチッ
「おい、あっちで閃光が上がったぞ」
ガララ提督が声を上げる。
凄い勢いで近づくと、放電しながら破裂している風船が地面に散乱している。
雷の大精霊ジンの広範囲の攻撃を受けたようだ。
罠は最優先で落とし、霊獣や土塊は行動不能にして先に進んでいる。
『キュルキュル』
倒れていたと思いきや、下半身が燃え尽きた蛇の姿をした霊獣が体を起こした。
ほとんどの霊獣が戦闘不能になる中、半身を失ってもまだ戦えるようだ。
「行動不能と見せかけて、まだ動ける者もいるかもしれないからな。気を抜くな!」
「回復に魔法に大忙しね。分かったわ! フレイムランス!!」
動き出した霊獣をセシルが灰にしていく。
「お、お願いしますね……。全てのせん滅は厳しいようです」
ソフィーやルークだけでなくこちらも忙しくなってきた。
(やることが多すぎるし、ソフィーたちのこの疲労、長期戦は厳しいな。だが、火事場の馬鹿力にはなりそうか)
スコップ無しの大迷宮攻略にはこれまでないほどの力を発揮するとアレンは判断する。
こうして、アレンたちは最小限の戦いで済まして、大地の迷宮99階層最深部まで到達した。
【99階層・残り0:38】
(たった1時間半くらいで大迷宮を攻略できたぞ)
ソフィーとルーク、そして大精霊たちのおかげで、通常の半分くらいの時間で99階層を攻略できた。
「この扉を抜けた突き当たりのようだの。邪悪なるものがこの先に立ちふさがっておる。用心することだの……」
テミが指差す先は行き止まりのようだ。
1時間もかけずにテミの最後の誘導が終わったが、そのテミも矢継ぎ早の占いにかなり疲弊しているようだ。
大迷宮攻略では過去一の記録を叩き出した。
『はぁはぁ、老体に鞭を打ち追ってからに……。精霊の園に帰りたいの』
宙に浮いたトーニスが腹を抑え、天を仰ぎながら息を整えていた。
視界には移らない遥かなる豊穣の世界で精霊の園を思って、現実逃避しているようだ。
『おい、トーニス。だらしねえぞ!』
カカはまだやれるぜと言うが、トーニスは相手にしないようだ。
「最後に扉って……」
「ああ、竜の扉だ。鍵が必要なようだな。何かが待ち構えているようだ。開けるから用心してくれ」
大地の迷宮の終点は巨大な扉であった。
扉には巨大な竜が悶えるように描かれている。
90階層や他の階層では、必要なかった、最後の1本の扉の『鍵』を使用する。
アレンが使用すると鍵は役目を終えたのか光る泡となって消えていく。
セシルが「やっぱり消えたわ」と言っているが、扉の先に仲間たちの意識が行くので聞こえていない。
扉先は広間になっており、巨大な竜の石像が中央に立っている。
アレンたちが陣形を保ったまま近づいていくと目の部分が真っ赤に光り、動かない口から語り出した。
『ふふふ、とうとう来たか。冒険者たちよ。余の名は竜神マグラ。この時を1万年待ったぞ。ん? 竜が2体もいるな。双頭での攻略など聞いたことがないが?』
石像の竜が、竜神マグラと名乗りいきなり語り出す。
ハクとマティルドーラの2体のドラゴンがいることが不思議のようだ。
石像がゴゴゴと器用に首をかしげている。
大地の迷宮の最下層である99階層を攻略寸前の広間に立ちふさがるのは、竜神マグラであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます