第649話 大地の迷宮RTA⑱マグラ戦(1)

 99階層を突き進んだ最後には扉があり、開いた先には石像の竜神マグラがいた。


 遥か1万年前、竜王として人間界を統べたドラゴンだ。

 欲望のままに支配した竜王は、神界までも自らの手に治めようと乗り込み、その時配下として多くの竜人たちを従えて審判の門を越えてやってきた。


 しかし、神々の怒りを買い、封印され石になったと言う。

 そのときやってきた竜人たちは、まるで背負った罪を償うように、霊獣を狩る務めを担っていた。


(どこかにいると思ったが、こんなところに出てきたぞ。さて時間はないんだが)


『……』


 竜王マティルドーラが感慨深く、石像になり果てたマグラを無言で見つめる。


「……」


 アレンも無言のまま、視線を仲間たちに向ける。

 セシルやソフィーは頷くと、ゆっくりと陣形を組み始める。


『どうした? 恐怖で何も言えぬと見える。はっはっは、貴様らは我の封印を解くための贄よ。せいぜい恐怖の絶望に顔を歪ませるがよいわ』


「いくぞ」


『ん? どうした? 降参の類なら聞いてやれぬが?』


 石像なのに器用にアレンに向けて耳を傾ける。

 アレンは答えるように顔を上げ、目を見開いた。


「いっけえええ! こいつが最下層のボスだ! こいつを倒せばダンジョン攻略だ!!」


『ふぁ!?』


 テミはこの先に99階層攻略のゴールがあると言っていた。


【99階層・残り0:36】


『攻略は目前だ! 迅速にこいつを倒すぞ!!』


 アレンは速やかに99階層攻略条件を理解した。


 大地の迷宮の攻略は99階層全て攻略することだ。

 99階層攻略とは、99階層に攻略の証なるものがあるのか、99階層の下の階層を目指すのかどちらかなのだろう。


 マグラの背後、アレンたちが入ってきた反対の面に出口の扉がある。

 クワトロの特技「万里眼」で確認すると、扉には竜の模様が描かれており、取手口には竜の口に見立てた鍵穴が存在する。


(80階層と同じボスが鍵を持っていますよパターンか。今度も奪い取れるか)


 99階層ボスであるマグラの首には、首飾りの鎖に結ばれた鍵がキラリと輝いている。

 どうやらこの99階層ボスのマグラを倒して、鍵を奪い取れという意味なのだろう。

 金色の輝きで鍵だけでなく、今回は鎖もオリハルコンであることが分かる。


 鳥Fの召喚獣の特技を使用したアレンの掛け声が広間に響く。


「フレイムランス!!」


 真っ先に答えたのは、すぐ側にいたセシルだ。

 火の槍を無数に、詠唱により組成し、マグラ目掛けて射貫いていく。


 ボンボンボン


 炎の槍は石像にぶつかると爆破音を鳴らして爆ぜていく。

 煙が上がる中、石像のマグラが顔を覗かせる。


『き、貴様ら! 我の話も聞かずに攻撃するとは……。だが、その非礼、絶望に顔が歪んでも、許しがあるとは思わぬことだぞ!!』


『タムタムたちも遠距離攻撃を! 遠距離部隊は頭部を中心に!! 前衛は腹部に攻撃を! 前衛を巻き込まないように!』


『うむ、腹部だな』


 ルバンカも力強く答えてくれる。


 今回はマグラが結構なセリフを発することが出来たが、それは鳥Fの召喚獣の特技を使って、敵の的の棲み分けをする必要があった。


 時間がなく、交互に攻撃をする暇もなく、敵の体力を一気に削らないといけない。


 竜神マグラは全長100メートルに達する巨躯で、アンドレほどではないが、かなりの大きさだ。


 ゴーレム使い、魔法使い、マティルドーラは主に首から上で、急所となる頭部を攻める。

 無言であったマティルドーラは、マグラが攻撃を開始し、ようやく行動を開始したようだ。


(さてと、鑑定眼は使えないってことは神級で間違いないな。大精霊たちは体力が回復しないのか)


 マグラの強さと使える手立てを、頭をフル回転して考える。


 クワトロの鑑定眼は神級の敵は鑑定できない。

 アンドレ以上の敵で間違いないのだろうが、仲間たちの攻撃の効き具合から耐久力に偏重したステータスではないようだ。


 アレンは、視界に大精霊たちを捉える。

 大精霊たちはどれも、これまでのダンジョン攻略ほどの動きのキレは見られない。


『ひぃひぃ……』


 水の大精霊トーニスはゲートボール終わりに休憩する爺さんのようになっている。

 明らかに悪い動きに火の大精霊カカが気付く。


『どうした! トーニス。何くたびれてんだよ!』


 ビキニアーマーの火の大精霊は元気いっぱいに、火球を練り合わせ、マグラにぶつける。


(これは大精霊たちを酷使した代償か。ソフィーとルークも疲労が凄そうだし、あの攻略方法は精神力を削るのか。それで言うとテミさんもか)


 ソフィーもルークも体から汗を流し、疲労から視線がはっきりしないようだ。

 必死に立っているが、全力で大精霊たちを動かすことはもう難しそうだ。


『ソフィーとルークは、大精霊たちに守りと余裕があれば、マグラ頭部への攻撃をお願いします』


「分かりましたわ!」

「分かった」


 2人から振り絞った元気な返事がくる。


 攻撃がふらついて、腹部を狙うアレンやシアたちが巻き込まれては困る。

 守りと回復優先の立ち回りをお願いする。


 マグラにどれほどの攻撃手段があるのか分からない。


『むう! 遠くからチョロチョロと! グオオオオオオオ!!』


 石像のマグラの喉元が真っ赤になり輝き出す。

 大きく仰け反り、口元からも黒煙があふれ出る。


『ギャウ!? グオオオオオオオ!!』


 アレンの指示よりも最初に反応したのは、ハクだった。

 マグラよりも短いモーションで、口元にブレスを溜めると一気に冷気が噴き出した。

 特技「氷結地獄」がマグラの炎のブレスを相殺してくれる。


 一瞬、マグラによってこの辺り一帯の気温が一気に上昇したが、ハクのブレスによって打ち消される。


『小癪な! その若さでこの力、審判の門を超えたのは大したものだな!!』


(ずっと1人でいたからか。良く喋るな)


 リアクション芸人かなと思うほどいちいち反応が大きく、そして長々としたセリフを吐く。


『余も行くぞ』


 スキル「獣帝化」させたシアが、マグラの下へ疾風の速度で躍り出た。


 ボフッ


 シアがマグラの胸元に強力な一撃を加える。

 石像にヒビが生じ、シアの攻撃が、マグラにダメージを与えたことが分かる。


『よし、物理攻撃もまあまあ有用だな。ルバンカも攻撃を!!』


 前衛をさらに投入してマグラの体力を削りに図る。


『分かった! 五月雨拳!!』


 3組の腕、6つの拳で無数の攻撃を加える。


・ルバンカのステータス(バフ盛り)

 【体 力】 195013

 【魔 力】 143390

 【攻撃力】 262470

 【耐久力】 166708

 【素早さ】 201500

 【知 力】 254020

 【幸 運】 178490


 マグラの石像の腹の部分から、粉砕された石つぶてが飛び散る。


『むぅ、流石は大地の迷宮をここまで超えた者たち、これほどの攻撃、封印される前にも受けたことがないぞ』


 一撃一撃は軽い特技「五月雨拳」が確実にマグラの体力を削っていく。


 マグラはSランク召喚獣の攻撃に感嘆の声を上げるが、誰も聞くものはいない。


『攻略時間は残り30分です』


 ミニ土偶の目が真っ赤に点滅を始め、攻略の残り時間を教えてくれる。


【99階層・残り0:29】


 とうとう大地の攻略のタイムリミットまで30分を切ってしまった。


 耐久力も体力もそこそこ高いようなので、このままマグラの全身から、石像を砕いて出来た粉塵が出尽くすまで待つわけにはいかない。


 アレンがそう判断した時のことだった。


「むん!」


 ルバンカの砕いた岩石によって、石礫が舞う中、1体の四足歩行の獣がマグラの視界を避けるように首元に登っていく。

 シアは攻撃の手を止めて、ルバンカの攻撃の隙をついて、狙いに向かって走っているようだ。


 首元にはオリハルコンに輝く鎖の先、同じく金色の輝きが溢れる99階層攻略の鍵がぶら下がっている。

 シアは前足の爪に引っ掛けると、上半身を起こし、力強く引きちぎろうとする。


 メキメキ


 首元に垂直に立ったシアが後ろ脚のみで体を支え、背筋に力を込める。

 足にヒビが生じ、爪がいくつもはじけ飛ぶ。

 両手を鮮血させ、両腕の筋肉が無理に力を込めるため悲鳴を上げても、シアは踏ん張りを止めようとはしない。


『ぐおおおおおおおおおおおお!!!』


 しかし、鎖はピーンと伸びるが力が足りないのか、そこまで太くはないのだが、オリハルコン製の鎖を肉体1つで千切るのは無理があったようだ。

 鎖は引っ張られ伸びはするものの、千切れるどころか歪みすらしない。


 両腕が引きちぎれても、力を込めることを止めないと言わんばかりの、シアの覚悟を込めた雄たけびだけが響き渡る。

 だが、バフも盛りまくり10万を超える攻撃力を誇るシアであってもオリハルコンの鎖を絶つことはできない。


「ちょっと、シアが!!」


 セシルがアレンの後ろで叫んだ。

 マグラの視線が首元に向けられていたからだ。


『誰の首元を這いずるか! この虫けらが!!』


『がは!?』


 マグラの前足でひっかかれたシアが上空へ吹き飛ばされた。

 しかし、それだけではマグラの攻撃はすまない。


 マグラの喉元が真っ赤に輝きだすのが、強烈な痛みで意識が飛びそうな中、吹き飛ばされながら視線が捉える。


『消え失せろ! グルオオオオオオオオオ!!』


 ゼロ距離での超高熱のブレスがシアを消し炭にしようとする。


『むん! 絶対防御!!』


 だが、近距離でシアと共に戦っていたルバンカが、既に上空へ飛躍していた。

 マグラを背にし、6本の腕でシアを包み込み、体全身の筋肉をこわばらせ、毛皮までも硬く逆立てる。

 シアを包み込んだところで、マグラの超高熱のブレスが襲い掛かる。


 火の玉となったルバンカが受け身をすることなく地面に落ちてくる。


「ルバンカ!」


『も、問題ない……』


 シアを庇ったルバンカが応える。

 ルバンカは特技「絶対防御」でダメージを軽減できたが、無事では済まなかったようだ。

 だが、仲間がダメージを受けて、役目が生じる者たちもいる。


「オールヒール!」

「オールヒール!」


 聖王のタバサとイングリッサの持つスタッフの先端の宝玉が輝きだすと、負傷したルバンカとシアの体力を全回復させていく。

 仲間たちの誰もが、これまでの戦いの中で培ってきた経験をもとに、即座に最善手を選び対応していく。


『ちょこざいな! むん!』


『ぐ! シア殿よ! 離れるのだ!!』


 全体重で片足に込めるが如く、体力が全快したルバンカとシアに襲い掛かる。

 ルバンカが6本の腕でマグラの足を受けると、体全身が床石にめり込んでいく。


「ルバンカ!!」


『我なら問題ない。早く離れよ! グオオオオオオオオオオ!!』


 メキメキ


 シアを庇い自分だけが攻撃を受けようとする。

 シアが一瞬迷った末に自分は離れようとしたところで、凶悪なマグラの足によってルバンカが床石に押しつぶされていく。


 ルバンカの雄たけびが、だんだんと小さくなっていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る