第646話 大地の迷宮RTA⑮アンドレ戦(2)

【80階層・残り7:11】

・鍵2個

・その他必要アイテム省略


 仲間たちの連携攻撃によって紐が切れ、土の化身アンドレの首元から、鍵が落ちていく。


「メルス!」


 鍵が鎖から開放されると同時にアレンは指示を出す。


『分かっている!』


 シアはスキル発動後の硬直があるため、メルスに指示を出した。

 神技「神風連撃爪」はスキル発動による体の硬直は割りと短い方だが、今は一瞬でも時間が惜しい。


 アレンの掛け声で、上空を一気に加速し、鍵を手にしようと動き出す。


(別に倒す必要はないんだよ)


 強力な武器やスキルを持たないアンドレが自らの耐久力と、回復能力を活かして、持久戦にもってきたように、アレンもこの戦いの勝利条件をよく分かっていた。


 鍵を手にして、出口の扉を開け、下の階層を目指す。

 倒しても経験値などたかが知れているだろう。


(今回は99階層攻略を優先するとしよう。って、ん?)


 翼を広げ、瞬く間に距離を詰めるメルスと共有した視線の先には、アンドレの顔がある。

 その顔に若干の違和感を覚える。

 アレンの作戦は完全に上手くいったはずなのに、全く焦燥感を感じない。


 地面に両足で踏ん張り、セシルのエクストラスキル「小隕石」を両手で受け身動きが取れないアンドレに何ができるというのか。


 シアの神速の遠距離攻撃のおかげで、首紐から鍵が落ちて何秒も経たない一瞬の出来事だが、たしかに、アンドレが呟いたのを聞こえた。


『ふん、それで勝ったつもりか』


 ビュンッ


 鍵に向かって手にしようとするメルスの脇腹に衝撃を覚える。


『がは!?』


 アンドレの口元からカメレオンのように長い舌が伸び、メルスを弾き飛ばしたようだ。


『む? 余が!!』


「待て! シア!! ルバンカ、シアの盾に!!」


『分かった! ぬぐあ!?』


 舌の攻撃を受けたメルスと共有するアレンは、この一撃がどれだけ重いか分かった。

 メルスだから倒されずに済んだが、シアの軽装では死にかねない。

 先の方で鍵に巻き付いた舌が接近したシアに迫るが間一髪でルバンカが身を挺して守る。


 ルバンカは勢いを殺しきれず、後方に勢いよく吹き飛ばされてしまった。


 シュルシュル


 アンドレの長い舌が鍵を巧みに巻き取り、そのまま、口の中に納まっていく。


「ちょ、ちょっと……」


「まあ、何てことでしょう」


 ゴクン


『ふう、危ない危ない。危うく鍵を盗られるところだったな。随分、上の階層で荒らしているみたいだし、警戒していて良かったわ。おっと、無駄口で、お前たちに残された時間をまた減らしてしまったなぁ』


 間の伸びたゆったりとした口調でアンドレが勝利を宣言する。


「どうやら、あいつを倒さないと鍵は手に入らないようだ……」


「そんな、これだけ体力を削っても倒しきれなかったのに……」


『おっと、作戦は大事だな。いくらでもゆっくりと作戦を立ててくれてもいいぞ。後7時間か~我も頑張んないとな~』


 アンドレの口角を歪ませ、ニヤニヤが止まらない。


 アレンはミニ土偶の腹のタイマーを改めて確認する。

 間もなく残り時間が7時間を切ろうとしていた。


(敵はここまでの階層を攻略してきた情報も、残り時間も正確に把握している。この状況で取れる作戦はと。敵が勝利を確信しているのはポイント大きいな)


 アレンは再度、作戦を構築しなおす。


 メルルたちゴーレム使いたちは遠距離攻撃を続ける。

 精霊使いは大精霊に魔力や霊力を注ぎ込み攻撃を加え、セシルたち魔法使いたちも攻撃魔法を止めない。

 ブレスの効きが良いハクとマティルドーラは炎を吐き続ける。

 前衛の回復を回復役の2人が行う。


 しかし、アンドレ自体は長い舌で遠距離攻撃をしてくる以外に、これまで通り、一定以上攻撃を加えたら再度、体力を全回復するという作戦を継続中だ。


「困りましたわね」


 2度目の体力全回復をまざまざと見せられて、ソフィーは打開策を見いだせないでいる。

 

『どうした。それで終わりか?』


(慎重になって20分で回復したな。敵もこれ以上の作戦がなくて、時間稼ぎをする前提で間違いないな。立ち位置的にも時間かけたおかげで、怪しまれていないと。まあ、作戦は俺しか知らないし)


 アレンはアンドレの態度や行動から、時間稼ぎのみの作戦であると考える。


 時間を見ると残り6時間半くらいだ。

 これから99階層を目指すなら、これ以上無駄な時間は取れないと判断する。


 表情を読むアンドレにバレないよう、仲間たちにはこれから行う作戦の細かい所まで伝えていない。

 ハク辺りは絶対に表情や行動に違和感が出るので、細かい作戦は苦手だろう。


 アレンたちの背後には入り口と反対側の鍵のかかった出口が、1キロメートルもしない距離にある。


「ソフィー、精霊神の祝福だ。メルスはマラカスで素早さを上げてくれ」


(最大魔力も捨てがたいが、アンドレの素早さは30万もあるからな。確率は上げてと)


「分かりましたわ。精霊神の祝福!」


 大地の迷宮に入って2回目の神技「精霊神の祝福」を使った。


(これで全員、クールタイムがリセットされたと)


「ハク! 距離をとってブレスで燃やし尽くせ!!」


『ギャウ! グルオオオオオオオオオ!!』


『むぐ、何だこの力は!!』


 輝きで目が開けられないほどの高熱を吐いた。


・ハクのステータス(精霊神の祝福追加バージョン)

 【体 力】 255092

 【魔 力】 203266

 【神 力】 203266

 【攻撃力】 346989+60000(武器)

 【耐久力】 365003+60000(防具)

 【素早さ】 319820

 【知 力】 322619

 【幸 運】 247099


 ブレス耐性のないアンドレがたまらず体を丸め防御の姿勢をとるが、ハクのブレスが勢いを増す。

 知力依存の攻撃魔法と違って、ブレスは攻撃力依存だ。

 34万の攻撃力は伊達ではない。


 アンドレは手足と首を甲羅に収め、体力の全回復を始める。


 パアアッ


(だが、倒しきれないな。体力ありすぎるんだよな)


「ちょっと! ハクでも倒せないわ。私たちも攻撃するわよ!!」


『皆下がって! 合図をしたら皆後方の扉を目指してください!!』


 アレンは鳥Fのスキル「伝達」を使って新たな指示を仲間に出した。

 この行動はアレンの作戦の一環であったことを仲間たちは理解する。


(熱いよな。攻撃を止めないぜ)


『お、おのれええええ!!』


 いくら回復しても、距離をとってブレスを止めないハクにアンドレは攻撃を仕掛けた。


 舌を伸ばし、数百メートル離れたハクに襲い掛かった。


「よし、メルス大剣だ!」


『目録「大剣」トールスラッシャー』


『がは!!』


 伸びてくる舌を待っていたかのように、メルスの大剣の覚醒スキル「トールスラッシャー」が襲い掛かる。


【武器名:大剣】

①特技名:雷王剣

・剣で周囲に雷属性の衝撃波を放つ

②覚醒スキル名:トールスラッシャー

・雷属性の強力な一撃で切りつける

・クールタイム1日


 舌が切れてしまいアンドレは口元から大量に出血する。


(よし、口の中に突っ込め)


『分かっているが、いいんだな?』


(あとはこっちで頑張るよ)


 メルスは舌を切られた衝撃で天を仰ぐアンドレの口の中に入っていく。

 全長300メートルのアンドレに比べて、メルスは虫ほどの大きさにしか見えない。


『む? なんだ、もしかして……。き、貴様ら!!』


「よし、下がれ下がれ。だが、ハクはブレスを、タムタムは後退弾を!! 2体とも下がりつつ殿(しんがり)を!!」


『ギャウ!!』

『問題ないです』


 最後の後押しの作戦の指示を出す。

 仲間たちがワラワラと出口の門を目指す。


 ハクのブレスはもちろんのこと、タムタムの後退弾がアンドレの前進を阻む。


(おっと、メルスがアンドレの体内ですごい勢いで下がっているな。見つかりそうか?)


『もう少しだ……』


 共有したアレンの視界にもメルスの様子が映し出される。

 酸の海のようになっており、メルスの体力を削っていく。


 アレン自身は仲間たちと共に壁に接する。


 カチャカチャ


「や、やはり。私の持っている鍵とは合いませんわね」


 念のため差し込もうとしたソフィーが、手にする鍵と扉の鍵穴の大きさの違いに気付く。


「ちょっと、これってもしかして……」


「その通りだ。メルスが今、鍵を探索中だ。って、よし!!」


 体力を失いつつあるメルスの視界の先に輝くものを発見する。

 オリハルコン製の鍵が静かに輝いていた。


 メルスは手にした鍵を収納に速やかに収めた。


 パアアッ


 メルスの体力が限界だったようだ。

 光る泡となって消えていく。


 アレンは急いで魔導書の収納に収められた鍵を取りだし、鍵穴に差し込んだ。


(収納越しにアイテムの移動はレギュレーション違反にはならないと。ほら、カチッとな)


 ゴゴゴゴゴッ


 扉が向かってくるように大きく開いていく。

 縦も横も全長100メートルには達する巨大な門だ。


「扉が開きましたわ。皆、入りましょう」


 ソフィーの掛け声で仲間たちもワラワラと出口から抜けていく。


『貴様ら、逃がさぬぞ!!』


 アンドレは巨大な甲羅に手足と頭を収め、回転しながらこっちに突っ込んでくる。


「ハク、タムタム。皆、逃げることが出来た。下がるんだ!!」


 アレンの掛け声で殿(しんがり)を務めていたハクとタムタムが急いで後退する。

 まさにアンドレがぶつかりそうなときに出口から逃げることができた。


 ズウウウウウン


『まて! 戻って我と戦うのだ!! グオオオオオオオオオ!!』


 全長300メートルになるアンドレの横幅では扉を抜けることが出来なかったようだ。

 巨躯を扉に激突させた、苦し紛れの絶叫が響いている。


 扉を抜けた先は長い通路になっており、隊列を組みなおしたアレンたちは前進を開始する。


「よし、先を急ぐぞ」


「ちょっと、メルスはどうするのよ!」


「尊い犠牲だった。今回の攻略ではもうメルスは出せなくなったな」


 倒された後の召喚獣の再召喚は禁止しているのが、この大地の迷宮のルールだ。

 召喚は無理だが生成は可能のため、ステータスの加護を元に戻すことは忘れない。


(鍵を飲み込まれることを予想できなかった俺の落ち度だな。90階層の大迷宮が攻略の肝になりそうだな。メルスが最後にかけた特技と覚醒スキルのおかげで移動速度は上がりましたよっと)


 80階層から99階層を6時間強の時間で攻略しないといけない。


 長い通路を進む中、どこでどれだけの時間を使うのか考えながら移動していると、長い通路の両脇に鍵が必要な部屋があることを視界の端で発見する。


「どうする? このまま通り過ぎる?」


 通路の先に進むか、2つの扉を開けるのかセシルが問う。


「……鍵は2個もある。できれば、取っておきたいが、今後の攻略に必要な扉かもしれないからな」


 攻略を優先したため、鍵の個数は十分あるとは言えない。

 ただ、扉の先に何があるか分からないので、一応確認する必要がある。

 もし、寄り道しなかったために攻略できなかったとあれば、ここから進むのも全てが無駄になってしまう。


「じゃあ、ソフィー。扉を開けて」


 鍵は2個ともソフィーに持たせてある。


「ええ、セシルさん。カチッとな」


 50%の確率で消える鍵は無事なまま、鍵は使用され、ゴゴゴッと扉は開いていく。

 皆の視線が部屋の中へ向かうが、抵抗して押し戻すほどの光が、通路まで漏れていた。


「ちょっと、これってオリハルコンじゃない!!」


 なんだなんだと進行を止め、仲間たちで通路から部屋を覗き込む。

 そこには巨大なオリハルコンの鉱床が広がっているのであった。

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