第630話 ギランの試練を終えて

 シアが無事に獣神ギランの全ての試練を越えることができた。

 シアが新たに手に入れた靴を装備してピョンピョンと跳ねて、履き心地を確認している。

 アレンは魔導書で確認すると、たしかにシアの防具に【靴】欄ができた。


(ほうほう、魔法具ではなくて、防具として装備できているな。これは助かる)


 アレンはシアの装備欄を見て、神器の「立ち位置」を確認する。

 魔法具だと、「足輪」欄に載るのだろうが、別枠として「靴」欄を設けてくれている。


 魔法具の効果は魔法神イシリスの加護なのだが、5本の指が両手にあっても、指輪の効果は片手に1個ずつしか効果が発揮されない。


 魔法具の足輪欄だと困るなと思って確認してみたら、防具の靴欄となっており、杞憂であった。


 魔導書を閉じて、アレンは獣神ギランの下へ向かう。


「ご指導頂きありがとうございます」


「む、そうだな。余からも礼を言わせてほしい。アルバハルは御柱を称えていないのに、この上ないお力を頂き感謝する」


 シアもアレンの下に駆け寄って、併せてギランに言う。

 ブライセン獣王国と違い、アルバハル獣王国はそれほど獣神ギランを信仰していない。

 ギランは紛れもなく、シアの強化に協力した。

 試練を2つ与え、獣帝化を鍛え、シアの獣人としての戦い方に磨きがかかったのは間違いない。


『……獣神ガルム様は私ほど甘いことはありませんので気を付けることですね』


(そう、甘くないってことだな。少しでも難易度を下げたいのだが)


「お心づかいも感謝します。それで、獣神ガルム様はご紹介頂けるのでしょうか?」


 アレンが上目遣いでギランにお願いをする。

 ギランの試練でかなり時間を経てしまったが、そもそも、アルバハル家の血筋であり、アルバハル獣王国が祀る獣神ガルムへ会いに来た。

 アルバハルに言われ、会う前に失礼のないようにと獣神ギランに挨拶をしたのが、これまでの経緯だ。


『いつまで甘えるおつもりでしょうか。北西の果てにある神殿にお住まいです。自らの足で踏み入れなさい』


「北西に進んだ先の神殿でございますね。ありがとうございます。では、この辺りで失礼します」


『はい。あなた方に獣神ガルムのご加護がありますように』


 アレンは獣神ギランを背にして1体の鳥Aの召喚獣を召喚し、手の上に乗せた。


「ツバメン、北西の果てにある神殿へ向かってくれ。神殿を見つけたら『巣』を設置してくれ」


『ピッ!』


 ツバメの姿をした鳥Aの召喚獣は、アレンの手のひらの上で器用に翼をたたみ、敬礼したかと思ったら、上空に飛び上がり、成長レベル9で素早さ3万を超える速度で、北西へ飛んでいく。


「……」


(さて、ペロムスたちも試練が終わったみたいだし、ゼウさんたちにも動きがあったと。何から手を付けるかな)


「あら、このまま、ガルム様の下へ向かわないのね」


「そうだ、セシル。やらないといけない事も増えたし、ペロムスの試練も終わったみたいだ。合流してお願いしたいこともある。ソメイさんからのお願い事を受けているし丁度良いんだ」


「ああ、そうだったわね」


「皆、一端、ボアソの街で今後について話し合うぞ」


 丘の上にあった真っ白な円状の神域がなくなって、丘の頂上に佇むアレンたちはこの場を後にした。


 ボアソの街に設置した「巣」は1ヶ所だ。

 人間界から神界に来て、最初に到着する街で、竜人たちを治めるソメイ首長の館がある。

 石材で作られた巨大な館の一室にアレンたちは転移した。


「やや、これはアレン様!」


 アレンのために用意されている転移する先の部屋に、今日も門番長のカタクチが待機していた。


「首長様の館に失礼します。少し打合せで会議室使わせていただけませんか?」


「もちろんでございます。どうぞ、好きにお使いください」


 許可を貰った上に、カタクチに会議室まで案内してもらう。


 会議室に仲間たちが入る中、アレンは扉の前で口を開く。


「ちょっと、王都からペロムスを呼んでくる。休んでいてくれ」


「そう、分かったわ」


 シャンダール天空国の王都兼王城のラブールに待機させている霊Bの召喚獣から昨日、ペロムスより試練が終わったと報告を受けている。


 今後の予定もあるので一緒に打合せをしたい。


 仲間を残して、アレンは転移し、10分もしないうちにアレンは3人を連れて戻ってきた。

 新婚旅行中で神界にいるペロムスの横にはフィオナも同席している。


 部屋の中で待機する仲間たちとアレンの連れてきた者たちの目が合う。

 リスの獣人がシアを見て、目を細めた。


「ほう、シア様はまた1つ試練を乗り越えたように思える。強くなったものだの」


(正確には2つだけど)


 無粋なツッコミは心に仕舞う。


「テミよ。お前も試練が終わったのか」


「そうだ。王都に戻ったと思ったらすぐに連れられて、私はそんなに若くないのだがの」


「ペロムスと一緒にテミさんもいたからな、丁度よかった。これからについて話をしよう」


 アレンとペロムス、テミと共に仲間たちの待つ会議室に入る。


 会議室はテーブル席ではなくお座敷となっており、皆、アレンを中心に輪になって囲む。

 石材で作られた首長の館は壁が厚いため、窓の光がそこまで入ってくることはない。

 天井が吹き抜けとなっており、天窓から結構な日差しが降り注ぐ。


(たしか、シャンダール天空国には雨が降らないんだっけ。雲の上に浮かぶ天空の島だもんな)


 雲の上にあるシャンダール天空国は、晴れの日しかない。

 毎日、サンサンの日の光が降り注ぐ。

 日の光を多く浴びる国は陽気なんだとか、前世で見たウンチクを見ていると、セシルが口を開く。


「それで、これからどうするの?」


「うん、そうだな。いくつかやることがあって。まずすべきはメルス、ハッピーカーニバルをかけてくれ」


『む? 分かった。目録よ……』


 ギランの試練の後、原獣の園に向かわせていたメルスを今一度呼び戻した。

 今日は大地の迷宮が休みの日で、竜人たちの霊獣狩りを手伝っていた。


 メルスは目録の中の1つのマスに収められた2つのマラカスを握りしめると、サンバのリズムで腰をフリフリしながら、霊力を体全身に巡らせる。


 アレンに対して特技と覚醒スキルを振りかけてくれる。

 メルスの目は怒りに満ちており、全く祝福された気はしない。

 そのうち、ルプトと再会しても、兄妹喧嘩はしないでほしいと思う。


【天使Bの召喚獣「マラカス」の特技と覚醒スキル】

・特技「情熱のサンバ」

 体力、魔力が1万上昇し、魔力及び霊力が秒間3%回復する。

 効果範囲は1キロメートル。持続時間は1日。

・覚醒スキル「ハッピーカーニバル」

 体力と魔力が3万上昇し、魔力及び霊力が秒間5%回復する

 効果範囲は10キロメートル。クールタイムは1日。特技と効果は重なる。

 

「これはチートね……」


 セシルの髪がピンと立ち上がり、チートセンサーが反応する。

 自らの才能が不遇だからと運営に報告しまくって、他の才能を貶めるようなことはしないでほしいと切に願う。


(霊力回復特技探していたら、ギランの試練にぴったりの見つけたのはここだけの話や)


 メルスの天使Bの召喚獣のバフは色々あり、異なる武器のバフは重ならないというデメリットがあるが、それをかき消すほどのメリットがある。


 おかげで現在のアレンは指輪と腕輪も、信仰ポイントを魔法神イシリスに捧げ、圧倒的な最大霊力と霊力自動回復を得た。


「それで、これからどうするのだ?」


 セシルに睨まれるアレンを見ながら、シアが呆れて話し合いを進めようと言う。


「そうだな。現状の話をするぞ。まず、ペロムスとテミさんが試練を無事に越えてくれた」


 シアがギランの試練に臨む前に試練に臨んでいた仲間たちは多い。

 ペロムスは昨日に試練を越え、操舵士ピヨンによって王都ラブールに戻ってきていた。

 さらに、十英獣の1人で占星獣師のテミも試練を越えて、ペロムスに合流していた。


 丁度良いと、テミも一緒にこの場に来てもらった。


「丁度良いって何よ。大地の迷宮を本格的に攻略するの?」


 テミを占い神の下へ試練をお願いしたのは、24時間で広大な広さの迷宮を攻略する力になってもらうためだ。


「もちろん攻略したいが、その前にゼウさんたちがどうやら、テミさんが指し示した方向で何かを見つけたようだ」


 アレンはテミと一緒に、ゼウとテミを除く十英獣のいる原獣の園へ向かってもらうと言う。

 ゼウたちは、日と月のカケラを目指して、シアがギランの下へ向かう前からひたすら原獣の園へ目指してもらっていた。


 どうやら、3日ほど前から、かなり大きめの建造物を発見したようで、調査に当たっている。


「兄上か。余もそちらに向かうと言うのか?」


 シアの眉間に皺が寄って難しい顔をする。

 ゼウはシアのことが大好きだが、シアはそんなことはない片思いの兄と妹だ。


「いや、シアはロザリナと一緒に大地の迷宮と原獣の園での霊獣狩りに勤しんでくれ」


「なによ、ロザリナはあまり汗臭いの嫌いなんだけど。あと、眠らないのもよ」


 ロザリナが不平不満を言う。

 大地の迷宮は24時間耐久なのは周知の事実なので、美容に拘るロザリナにとって、気分のいいものではないようだ。


「我慢してくれ。そのレベルだと、スキルの効果も最大限発揮できないからな」


 ロザリナのレベル80だと何も始まらないと言う。

 現在も、メルルたちが攻略しながら、信仰ポイントも稼いでくれている。

 なお、亜神級の霊獣を狩ってもアレンのレベル1アップはなくなった。


「も~、本当に仕方ないわね」


 しぶしぶ了承をしてくれる。


「ふむ、だが、しかし、余もスキルレベルを上げよということだが……」


「そのとおりだ。どんな試練を吹っ掛けられるか分からないし、獣神ガルムとは戦いになるかもしれないからな」


 アレンの言葉に、座敷風の会議室に緊張が広がるのであった。

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