第629話 ギランの試練①達成報酬「神器」

 シアに体当たりされた巨大なギランが神域の白い台の上空へと吹き飛ばされる。


「やったわ! とうとうやったのよ!!」


 ヤキモキしていたセシルは握りしめた拳を高らかに上げ、力強く勝利を宣言する。

 貴族のご令嬢としての気品は感じられない。

 もう片方の手で肩を持たれたアレンがぐわんぐわんと揺らされる。


「はぁはぁ、やったぞ!!」


 高速でずっと走り続けたシアは疲労が蓄積していたようだ。

 この1時間弱の間、数千キロメートルにも及ぶ距離を走り抜けてきた。

 ずっと目にも止まらない速度での走りとは、それだけの走行距離を意味した。


 息を切らしながらも、スキル「獣帝化」を解除し、アレンたちの下へ向かってきた。

 補助系のスキルや魔法の多くは、使用者の戦いの意志がなくなるなどで、発動時間がまだ残っていても解除できる。

 なお、途中で解除したからと言って、クールタイムが短くなるわけではない。


「シアも頑張ったわね。このロザリナの協力があってこそだけど」


 獣王女であっても、ロザリナが気後れすることはない。

 いつものように自らの功績を、自ら称える。


 息を切らしていることにシアに対して、ソフィーは自らの魔導袋から水筒の魔導具を渡す。


「どうぞ、シアさん。お疲れさまでした」


「う、うむ。ありがとう。メルス殿もありがとう」


「本当よ! アレンも何で隠していたのよ。何か最後の一瞬、シアが私の視界からビュッて消えたわ。こう、なんというか、そう、凄かったのよ!!」


 手を水平に走らせるセシルの興奮が最高潮に達する。


 皆の視線がシアから、今回の功労者の中でも大きな功労者の1体であるメルスに向けられた。


『少し黙っていてほしい……』


 喜び称える仲間たちの視線を振り払うかのように、メルスはぎりぎり聞こえるかの小声で小さくつぶやいた。

 両手に持つボンボンを震える手を抑えてゆっくりと目録に収めた。


 気持ちの整理がつかないのか、怒りがこみあげて、アレンたちと目を合わせようとしない。


「それにしても、何よ。『バフ』も使えるなら、アレンも教えておきなさいよね」


「これはたまたま、さっき原獣の園で使ったものだ。ぴったりの『武器』が見つかって良かったぜ」


 アレンはメルスの天使Bの召喚獣の100種の「武器」について検証を進めていた。

 原獣の園では霊獣狩りに、大地の迷宮では攻略のついでに、どんな武器があるのか、随分理解が進んでいる。


【天使Bの召喚獣「武器」の特徴】

・特技、覚醒スキルの効果は攻撃系統だけではない

・スタッフだと回復魔法が使える

・両手杖だと攻撃魔法が使える

・扇やボンボンだと、バフ系統の特技、覚醒スキルが使える

・特技、覚醒スキルのバフ系統は重ね掛けができず、最後にかけたバフが優先され、これまで発動していたバフはかき消される

・特技、覚醒スキルにスキルレベルはなく、効果の向上など成長はしない

・レベル9まで成長させると回復魔法、バフの範囲は10キロメートルに達する

・回復魔法、バフの発動時間はほぼ0秒

・クールタイムは、特技はなし、覚醒スキルはほぼ1日


 シアの試練を越えるため、数ある武器からバフや補助系統、特に素早さの上がるバフを発見できた。


【武器名:ボンボン(成長レベル9)】

①特技名:ファニーポンポン

・素早さ10000上昇

・スキル発動時間20%減

②覚醒スキル名:クレイジーダンス

・素早さ30000上昇

・スキル発動時間50%減


「へ? え? 攻撃魔法も使えるっておかしいわ! チートよ!!」


 セシルがアレンの解説に絶句し、最近マイブームなのか、アレン語録の「チート」を連発する。

 攻撃魔法役のポジションを必死に守りたいようだ。


「まあ、今まで天使の輪と神の裁きの一発技しかなかったからな。助かるな」


 アレンがメルスにフォローする。


 天使Aの召喚獣時代は、天使の輪で召喚士のスキル権限を持っていて便利ではあったのだが、こと戦いにおいては属性付与で仲間たちの攻撃をサポートするしかなかった。


 あとは、持ち前の圧倒的なステータスで肉弾戦をするのだが、それだけだと強力な特技や覚醒スキルを保有するSランクの召喚獣に見劣りする。

 結果、天使の恵み職人に成り下がりつつあったメルスに天の光が降り注いだ形だ。


 アレンは双子の妹のルプトの思いを強く感じる。

 きっと、召喚獣になって、10万年間ともに、創造神エルメアに仕えたメルスは特別な存在だったのだろう。

 口を開き「ルプトに感謝しなきゃな」と言おうとしたところで、メルスは面を上げると、その目には殺意が籠っていた。


『ルプト。なんだこの武器は。そして、このおかしな動きは?』


「いや、大活躍だったぞ」


『そんな話をしているのではない。次、ルプトが出てきたら俺を呼べ』


「何怒ってるんだ」


『いいから呼べ』


 メルスがアレンに捲し立てる。


 アレンは前世で健一だったころ、ゲームの中のイベントで男でもバニーガールなどの服を提供されることもあった。

 イベント期間中の特別仕様のアバターでとんでもない鬼効果がついており、その期間中はずっとその恰好をしていたことを思い出す。


「会話がかみ合わないわね」


 アレンとメルスの価値観の違いにセシルが呆れていると、その背後に気配を感じる。


『そろそろ、私を無視するのはやめていただいてもよろしいでしょうか』


(何だよ。みんなで勝利を祝福し合っていたのに。って、報酬貰うのまだだった)


 空気のような状況に、たまらずギランが声をかけてきたようだ。

 アレンの頭の中で、シアへの報酬の支払いがまだであったことに、ハッと気付く。


「おお、これは試練を与えていただいたのに。そして、お優しい『手心』を頂いたのに大変申し訳ありませんでした」


 アレンが足を舐める勢いでギランの前に土下座する。


『どこまでふざけているのか……。いや、これだけの性格だから2つ目の試練も達成したのかもしれませんね。アレンさん、今の私は貴方のせいで厳しい状況にあることを忘れないように』


(やっぱり「手心」をくれたのか。まあ、5体なんて、結局はシアの神技のスキルレベルが4に達した時点で試練達成だからな)


 獣神ギランの与えた2つの試練はどちらも、難易度に違和感がある。

 アレンの中の総評として、1つ目の試練は、基本的に達成不可能だが、2つ目の試練を達成していれば容易に達成可能。


 何故なら、シアが覚えた神技「神風連撃爪」はスキルレベルが増えるほど風の刃の数は増えていくと予想される。


・スキルレベル1の時は風の刃が2つ

・スキルレベル2の時は風の刃が3つ

・スキルレベル3の時は風の刃が4つ

・スキルレベル4の時は風の刃が5つ


 5つに分かれた獣神ギランの攻略法は、5つに分かれる前に全てのギランに攻撃を加えることだ。

 そもそも本体などなかったのだ。


 ただし、神にまで至ったギランが「本体5体」が限界だったのかと言われたら、おそらくそんなことはないのだろうとアレンは予想する。

 10体でも20体でも増やされたら、1つ目の試練を達成するのは不可能だったのではと考える。


 だが、ギランはそんなことをしなかった。


 獣神ギランの気持ちまでは分からないが、シアに試練を越えさせたかったのか、もしかしたら、2つの試練の難易度を調整したかっただけなのかもしれない。


「シア、ギラン様が報酬をお与えになると言ってるぞ」


「うむ、そうだな。お願いします」


 疲労も緊張もあり、若干ぎこちないシアがアレンの前に出る。


『それでは、シアさん。獣神ギランがシアさんの試練達成の対価として神器「神風の靴」を与えましょう』


「靴? ナックルではないのか」


『なんでしょうか? 武器が良かったということですか』


 仲間の助けがなければ、私を捉えられなかったのにと言わんばかりの表情をギランが示す。


「……余は何者よりも前に進まねばならない。全てを置き去りにするほどの防具が欲しいぞ」


『よろしい。では、我が神域よ。神の試練を超えた彼の者に力を与えなさい』


 獣神ギランが前足を片方上げたかと思ったら、ゆっくりと神域の真っ白な床石に触れた。

 魔法陣が出たかと思うと、全長1キロメートルはあろう神域に、獣神ギランの神力が流れていく。


 最初は小さな振動が走ったかと思ったら、床石が大きく揺れ始める。


 ゴゴゴゴゴッ


「ちょ!? ちょっと!!」


 厚さ10メートル、全長1キロメートルの円形の台が、大きく振動したかと思ったら、どんどん小さくなっていく。


(うお!? シアの足元に床石が集まっていくぞ!!)


 アレンもバランスを取ろうとする。


 床石はその大きさを靴サイズまで、小さくなり、神域(サンクチュアリ)から投げ出されたアレンたちは、高さ1000メートルほどの丘の頂上に降ろされた。


「これが余の神器か」


 風をモチーフにした形の真っ白な神器がある。


 恐る恐る履こうとするとメキメキと形を広げ、シアの足をすっぽりと収めた


『この神器「神風の靴」はシアさんが獣王化しても形が崩れません。頑丈さはオリハルコンに匹敵しても劣ることはありませんので安心して履いてください』


「う、うむ。ありがとう。素晴らしい軽さだ。どこまでもいけそうだぞ!」


 あまり表情を爆発させないシアが、クレナのようにぴょんぴょんと飛び上がり、とても嬉しそうだ。


「いいわね。でも、ペロムスがいないからどんな性能か分からないわ」


「む、そんなことないぞ。メルス、鑑定してくれ」


『分かった。目録よ。むん、虫眼鏡』


 アレンの言葉にメルスが、目録を空中に広げた。

 天使Bの召喚獣のうちの1つ、「虫眼鏡」を手に取ると、シアの足元に当てた。


 ブンッ


【神器「神風之靴」の性能】

・体力10000

・素早さ30000

・回避率50%増

・スキル発動速度50%減

・コンボ率上昇(強)


「ほうほう、凄い性能だ」


「どれどれ、余にも見せてくれ。おお! 素晴らしい!!」


 アレンの頭の中にメルスの使用した特技「鑑定」の効果が流れ込んでくる。


【武器名:虫眼鏡(成長レベル9)】

①特技名:鑑定

・装備の性能が分かる

②覚醒スキル名:観察

・敵の装備の性能が分かる

・射程1キロメートル

・敵の知力、幸運、耐性によって成功率が変わる

・クールタイム1日


 素早さ特化の防具をシアは手に入れたようだ。

 皆がやいのやいの騒ぐ中、セシルが思わず口にする。


「もう、なんでもできるじゃない。チートだわ!!」


「ちーっとだけな」


「全然面白くないわ!」


 ボフッ


「ぐは!?」


 アレンのボケもセシルにはお気に召さなかった。

 振り上げたこぶしを振るわれるアレンであった。

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