第631話 朽ちた神殿

 アレンの獣神ガルムと戦うことになるかもしれないという言葉に緊張が走る。


 獣人たちから絶大な信仰を集める獣神ガルムは、大精霊神イースレイや剣神セスタヴィヌスなどと同様に、世界に10柱といない上位神だ。


【これまでアレンたちが関わった上位神たち】

・戦神ルミネア(闘神三姉妹の長女)

・武神オフォーリア(闘神三姉妹の次女)

・剣神セスタヴィヌス(武具八神の長、闘神三姉妹の末っ子)

・豊穣神モルモル

・大精霊神イースレイ

・獣神ガルム

・調停神ファルネメス(元)


 獣王位にたくさんの才能を与えることを創造神エルメアは看過するなど、どういう関係か分からないが、獣神ガルムの行動を放置している節もある。


(ギランの件もすんなりクエスト達成できたし)


 第一天使を人間界に降臨させるほどの問題になったが、あっさり解決したと今は思える。


 仲間たちが沈黙する中、ソフィーが口を開く。


「アレン様、それは獣神ガルム様の尾がセシルさんに必要だからでしょうか」


「それもあるが、どっちにしろ試練は受けるんだ。『俺と戦え』と言われないとも限らないからな」


 シアはギランの試練で新たな神技を手に入れた。


「また1か月とか迷宮に籠るのか」


「スキルレベル5くらいまでなら結構早く上がるはずだ。時間をかけ過ぎても、試練を受ける時間が無くなるかもしれない」


(消費霊力もそれなりに高くて、クールタイムは短い系のスキルみたいだしな。サクサクと上がるだろう)


 アレンが危惧する魔王軍の動きが分からない。

 どれだけ猶予が残されているのか、なぜ、動きを見せないのか、その理由が分からないので、悠長なことはできないと考えている。

 鳥Aの召喚獣は獣神ガルムの神殿を目指しているし、これからゼウと合流する予定だから、メルルたちや原獣の園でしっかりレベルを上げてほしいと伝える。


「なるほど。分かった。そちらの用事が終わったら、ガルム様の下へということだな」


「そういうことだ。まあ、先に大地の迷宮も攻略しておきたいからその後だ」


 シアの表情から若干緊張がほぐれたように思える。


(なんか思い詰めているからな。上位神だし、アルバハル獣王国の中で絶対神だからな)


「ん? 僕はどうするんだっけ。一緒にゼウさんたちの下へ行くの」


「いや、ペロムスはすまないが王都に戻ってくれ。実はソメイさんに……」


 アレンは首長ソメイからお願い事を受けていた。

 何でも最後にソメイの下にまとまった族長のトクガラが目に余る取引を王家と始めたらしい。

 その件で他の族長から不満の声が上がっているため、丸く収めたいと相談を受けていた。


「ああ、分かったよ。王家と取引を進めろってことだね」


「そうだ。できれば、俺らの借金も返済したいと思っている」


「俺らってなによ? 私、借金なんてした覚えはないわよ」


 セシルが会話に参加する。


「いや、金貨1億枚の借金があるだろ。もうすぐ3ヵ月の期限が切れるんだよ」


 アレンは『俺たちみんなの借金だろ』と仲間たちに念を押す。


 アレンは5大陸同盟会議の中で、学園制度改革を訴えた。

 3年制を採用している学園が多い中、アレンは4年制や5年制の必要性を訴えた。

 魔王軍と戦うなら、転職ダンジョンで転職してから戦いに出るべきだと各国首脳を説得し、必要経費として金貨1億枚を拠出することも約束した。


 その金貨1億枚も準備する期限があと半月ほどで切れようとしている。


(ペロムスは、だから早急に商神の試練を越えてくれたんだろうし)


「分かりましたわ。アレン様、ペロムスのことは私にお任せください」


 ペロムスの横にいるフィオナも、現状を理解してくれていた。

 これから王都ラブールで金貨1億枚の目途が立つよう、王家や有力な貴族と取引をしなくてはいけない。


 そのために、商神マーネの試練をペロムスが越えたと言っても過言ではない。


「ペロムス、新婚なのに済まないな」


「何言ってんだよ。こっちは任せておいて」


 アレンがお願いしたことは、神界における神界人と竜人の有り様も変えるかもしれない取引だった。

 当然、アレン軍の今後の活動にも影響がある。


 二つ返事のペロムスに対して今まで以上に頼もしさを感じる。


「よし、覚醒スキルの使用も終わったことだし、そろそろ次の行動に移ろうか」


 休憩がてらに今後の話をしていたら、メルスが行う覚醒スキル「ハッピーカーニバル」が終わった。

 神技発動も終了したので、魔導書を閉じ、アレンはこれからの行動に移った。


 ペロムスとフィオナを王都ラブールに送った後、霊獣たちが跋扈する原獣の園の竜人たちの下へシアとロザリナを置いていく。


 そして、さらにゼウたちの下へ、アレン、セシル、ソフィー、テミの4人が向かうべく転移した。


 アレンがやってきたのは、古い遺跡に苔や木々の生い茂る場所であった。

 倒壊した巨大な柱が地面に傾いて立っている。

 奥には巨大な神殿があるようだ。


「ここはどこでしょう? 原獣の園でしょうか」


 ソフィーは、一瞬自分らがどこにやってきたのか分からなかった。


「随分木々が生い茂っているが、ここは原獣の園だ」


 ソフィーだけでなく、セシルも違和感も覚えているようなので、念を押しておく。


 乾燥した大地、枝葉のない巨木、干乾びた湖、霊獣だけが跋扈する原獣の園とは違い、このあたりの木々や湿り気のある空気は生命力を感じる。


 だが、鳥の鳴き声も、木々や岩肌を見ても虫の一匹もいない。


「恐ろしいほどの静けさですわね」


「まあな、この辺一帯は、どうも霊獣すら近づいてこないようだし」


「結界のようなものでしょうか」


「おそらくだけど。まあ、何でかは分からない」


 ソフィーの問いにアレンは答えを持ち合わせてはいない。


「それで、ゼウ獣王子はどこなのじゃ?」


「奥の神殿内を散策してくれているようです」


 アレンは指さした先へ向かおうと言う。

 ところどころ床石がめくれ上がっており、獣道よりはましな程度の、神殿へと続く道を移動する。


 どれだけの大きさだろうか。

 歩き出す前から突き出した三角形の建築物の上部が見えている。


(ピラミッド式の構造はこれで3つ目か。神界と言えばピラミッドか。前世も誰の思想でもってあんな建造物を作ろうと思ったのだろうか)


 アレンは前世で、日本の古墳やエジプトのピラミッドなど巨大な建造物が太古の時代に作られたことを思い出す。

 前世でも、魔法も機械もない世界で、巨大な建造物をなぜ作ろうと思ったのか、神々の存在や神秘性を感じた。


 この神界においても、王城とも一体となった王都ラブール、魔法神イシリスの研究施設もピラミッド構造だ。


 そのどれよりも巨大なピラミッドが目の前にそびえたつ。

 ピラミッドの底辺部分には蔦が伸びているのだが、あまりの大きさに中腹以降は岩石がむき出しになっている。


(中は空洞だけど、またダンジョンでも始まらなくて良かったぜ)


 どれほどの年月が経ったのか分からないが、ピラミッド建造物の傾斜の表面から内部構造に石材が落ちて、いくつもの穴が出来ている。


 ダンジョンはこれから大地の迷宮の攻略を本格化しようと考えているため、ここでさらなるダンジョンの御代わりは勘弁してほしいと考えた。


 しかし、3日前より、内部構造までゼウたちが調査に乗り出してくれていたため、その必要のないことを知っているアレンはホッとしている。


 ピラミッド構造だが、これは神殿であることはなんとなく分かる。

 何を祀っていたのか、道行く先で均等に並べられた女性の像が頭を砕かれ、その全てがなぎ倒されている。


 歩いた先にはピラミッドの1階層部分の石材が抜けた場所がある。

 ここが内部へと続く道となっているようだ。


「入り口も巨大ですわね。何がこの建物に住まわれていたのでしょうか」


「さあな。人ではないことは間違いないだろうけど、今は誰も住んでいないようだ。中に進もう」


 アレンたちは奥へ奥へと中へ進んでいく。


「この石材は何で出来ているのでしょうか。随分明るいですわね」


 明かりの魔導具も松明もない長い道を進んでいく。

 しかし、魔導袋から魔導具を出すまでもなく、通路の先まで壁が発光し、明かりを照らしている。


 サンサンと輝くと言ったら嘘になるが、前世で蛍光灯の下でサラリーマンをしていた時と同じくらいの明るさだ。


 ザラザラ


 腐食が進んでいるのか、石材はボロボロで、アレンが触っただけで削れてしまう。


 アレンが苔のこびり付いた壁を触ると、金粉か何かと思えるほどの輝きのある壁の石材が剥がれ落ち、アレンの手にくっつく。

 だが、明るく輝いていた石材の表面の砂粒は、アレンの手のひらの上で発光を止め砂利に変わった。

 腐食が進んでいるのか、石材はボロボロなのだが、何らかの力で輝きを維持していたようだ。


 通路を移動すると幾人もの話し声が聞こえてきた。


「おいおいおい、まだ探すのか。もう3日になるぜ。もう、ここには何もねえぜ」


「レペ、なんだその態度は。起き上がらんか!」


「もう立てましぇーん」


「き、きしゃま! ゼウ様、今日こそ我が鉄槌をきぃやつめにくだっすときがっ!!」


「うるせ~な~」


「ホバよ、落ち着くのだ。何を言っているのか聞き取りづらくなっているぞ」


 十英獣にしてゼウ獣王子の最側近のホバ将軍が、怒りのあまり呂律が回っていないと諭されている。

 アレンたちが通路を抜けた先は、かなりの広間になっており、いつものレペとホバの掛け合いとなっているカオスな状況だった。


 ゼウ獣王子の肩に乗っていた鳥Aの召喚獣が、アレンを見ると飛び上がり、こちらに向かってくる。


「ツバメンもありがとう。おかげで合流できたよ」


『ピッ!』


「おお、来てくれたか」


 ゼウ獣王子と十英獣の皆がアレンたちを見つめている。


「皆さまだけで調査を進めさせてしまい申し訳ありません」


「なんの。これも魔王軍との戦いに必要なことなのだろう」


「そうだと思います」


(テミさんが指した先がここだとすればだけど)


「恐らくここじゃな。何もないという話じゃが、何かないか占ってやろう」


 状況を理解したテミがその場で正座した。


 アレンたちやゼウ、十英獣の皆が小さなテミの周りを囲む。

 レペだけが興味がないのか、こちらを向くこともなく、横になったまま休んでいる。


 テミが様々な鮮やかな色の石ころを弾くと、目尻がピクリと動いた。


「ほう、呼んでおるの」


「呼んでいる。そうだ。随分待たせているようだ。向かうとしようかの」


 テミが立ち上がり、アレンたちが入ってきた通路と正反対の反対側に向かう。

 広間にはいくつもの通路がつながっており、こちらの通路の向こうに何かがあるようだ。


「何が待っているって言うのよ」


「セシル、俺たちも行くぞ」


 テミがテコテコと歩き出したので、アレンたちはついていくのであった。

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