第623話 ギランの試練②祝いの席
夕暮れごろ、アレンたちが遅れてやってきたら、既に会場では「祝いの席」が行われていた。
天井やテーブルに灯された蝋燭がグラスに反射して、気品あふれた煌びやかな空間を彩っている。
王都の広場で行われた魔導具の起動式の成功を祝して、貴族たちの会話に美食と美酒が花を添える。
「もう始まっているじゃない」
「そこまで遅れていないがな。始まるのがきっと早いんだろ」
鳥人の夜が更けるのは早い。
まだ夕方に差し掛かった時間であるのだが、早めに始めたのだろう。
案内された会場の奥に進むと鳥人たちがアレンに気付く。
パチパチパチ
紳士淑女の貴族たちから拍手喝さいを送られる。
魔導具進呈への感謝の気持ちがほとんどのようだが、中にはロザリナに対して拍手を送る者もいるようだ。
(ずいぶんな歓迎ぶりだ。マイナーな神に祈りを捧げる種族とか結構いるのかな。大地の迷宮にいる霊獣たちも神になれなかった者たちかもな)
アレンは幻鳥レームを信仰する鳥人たちの笑顔を見て思う。
メルルたちが亜神級の霊獣をかなり狩ってくれた。
彼ら亜神たちはもしかして、たくさんの方々の長年の祈りに答えられず、命を落とした亜神たちなのかもしれない。
霊獣となり、神界を彷徨うのは、現世に悔いがあったのだろうか。
彼らを狩ったことで、アレンはレベル250を達成した。
なお、250に達してからも何体か霊獣を狩ったのだが、もうレベル1アップボーナスはなくなったようだ。
亜神級の霊獣をこれ以上狩っても、アレンのレベルは1も上がらない。
「まあ、皆、私の到着を喜んでいるわ。あら、いい舞台があるじゃない。ちょっと歌ってくるわ」
「祝いの席」に合わせ、美しいドレスを纏うロザリナがオレンジ色の髪をかき分け、拍手の先に向かう。
王城に移ったアレンたちを待っていたのは、豪華な食事や美酒の数々だ。
ロザリナはひょいと美酒で喉を潤すと、一角で歌う演奏隊へと向かっていく。
「ロザリナは相変わらずというか。さらにパワフルになったな」
「ほんと、神技も2つも手に入れ、自信をつけまくったわ。悔しいわね!」
アレンの言葉にセシルも羨ましそうに話をする。
そんなセシルは感想に本音が混じり、語尾が上がってしまう。
1人のサギ面の貴族がこちらに気付いたようだ。
「これはこれは、よくぞいらっしゃいました。王都がこれほど盛り上がったのは、何時ぶりでしょうか」
宰相カラサギがアレンたちの到着に気付き、向かってくる。
アレンも果実水の入った木のコップを軽く上げ、御呼ばれしていますと仕草で示す。
果実水をなみなみと注いだコップを持つことで、これ以上お酒を進められないコツだとアレンは知っている。
伊達に、サラリーマンを前世で10年以上していない。
宰相自らアレンに挨拶をしたとあって、他の貴族たちは遠慮して近寄ってこない。
「いえいえ、皆さん喜んでいただいてありがとうございます。それで、各種施設については、倉庫へ格納したということでよろしいですか?」
アレンは不要になった風力で動く各種設備を解体し、丁寧に馬車へ積み込まれていく様子を見ていた。
「あやや、気付かれていましたか。ま、まあ、魔導具の調子が悪くなることもありますから……。くぇくぇ、くええええ!!」
アレンの指摘に、宰相はばつが悪そうに鳥人独特の鳴き声でごまかした。
宰相は魔導具と交換して使わなくなった風力で動く設備については、保存するよう役人たちに指示をしていた。
魔導具は不具合が起きるし、魔石が無くなれば使い物にならないことはよく知っているようだ。
適正に管理するには高位の才能を持った魔導技師が必要になってくる。
この国に整備ができる魔導技師はほとんどいないのだろう。
(この態度はバレてもやるつもりだったみたいだろうけど)
皮算用をした結果、アレンにバレても、そこまで悪いことにはならないとみての対応だろう。
「まあ、そうですね。廃棄はもったいないですし」
「おお、アレン殿、来ておったか!」
(この時間帯はまだ元気なのね)
ドカドカとウーロン国王がアレンの下にやってくる。
「お招きいただきありがとうございます」
アレンは社交モードを全開にして、礼を伝える。
「何を言う。アレン殿のおかげで我らの祈りはきっと、レーム様のためになろう。ささ、皆の前で一言いただけぬか」
(まじかよ。本気か。帰りたくなってきたんだけど、恩を仇で返すのか?)
国王は、祝いの席の大広間の奥にある檀上を指して、アレンに来るように言う。
どうやら、この数百人はいるであろう王侯貴族の前で、アレンに「一言」頂きたいようだ。
「申し訳ありません。そのような立場でも、本意でもありません」
「何を言う。あのように立派な魔導具を送っていただいたのは誰だと言うのだね」
会場に入ってきたときに貴族から歓迎されたように、王家は既にアレンの功績を広く知らせてあった。
「いえいえ、この場はレーム様のためにも、王家の力を示すときでもあります。私のようなものがでしゃばると……」
アレンが後退しようとすると、背中から押す者が現れた。
「まあまあ、アレン様、そう言わず。一言で結構ですから」
国王と宰相に前後から挟まれるように捕まってしまった。
押されながら引きずられるように、檀上へ連れていかれるのだが、セシルもソフィーも生暖かい目で見つめられ、助けてはくれない。
アレンの前に、国王が壇上に上がる。
まずは国王が話をするようで、木のコップを持つ貴族たちの視線が集まっていく。
「今日という日に感謝する。私たちはレーム様の思いに答える日がきたようだ……」
(国王と宰相に話をしたら、速攻で帰ろうと思ったんだが。何故こうなった)
アレンの後悔を余所に、王の言葉に感動したのか、貴族の鳥人たちが目に涙を溜める。
「さあ、本日行われた起動式には立役者がいるのだ。ぜひ紹介させてほしい。皆も知っているとは思うが、今や世界で知らぬ者はおらぬアレン殿だ! ささ、壇上に上がってくれ」
人前で話すのは苦手と言うほどでもないが、好き好んでいるかと問われたら、そんなことはないと答えるだろう。
「皆さん、本日お集まりいただき、……」
内容もオチもないような話をでもしようとした、その時だった。
カッ
天井をこれまでにない光が祝いの席に降り注いだ。
「ちょ、ちょっと! 羽が!!」
セシルも大声で叫んだ。
天から降り注ぐ光と共に無数の白い羽が舞い降りてくる。
これは天使の羽だとアレンもすぐに分かった。
「まあ、天使様方がいらっしゃいましたわ!!」
(ん? ルプトとお連れの大天使たちだ。5体ね)
ソフィーは両手を口元に当て、突然の来訪者たちについて口にする。
アレンの目にも4体の天使がアレンたちの目の前に現れたのが分かる。
メルスの双子の妹である1体は第一天使ルプトだ。
アウラ筆頭に直属の配下の3体の大天使たちも連れてきている。
彼女ら3人の大天使たちはメルスの時代から第一天使に仕えている。
メルスからルプトに第一天使が引き継がれたときにアウラたちも一緒に引継ぎが行われた。
いつぶりだろうか。
この大所帯の光景で大教皇を天に召す時を思い出して、久々の再会に懐かしく感じる。
さらにもう1体の最近会った大天使がルプトの側にいた。
茶髪のくりくりとしたくせ毛のショートヘアーが似合うルプトの後ろには、つい先日会ったばかりの、大天使ランランがいた。
『いました~。彼ら人間が風の神ニンリル様をないがしろにするのです~。これまでどれだけ恩恵を与えたと思っているのですか~』
ランランはアレンを中心に鳥人たち皆がそうだと指を差して回る。
『そうですか。よくご報告しました。このような祝いは終わりです。本件の行動を起こしたレームシール王家及びアレンとその仲間を除いて、立ち去りなさい! 第一天使ルプトは不敬なる者たちと話があるのです!!』
第一天使から広間から出ていけ言われて、ここに集まった数百人の貴族たちが翼を広げ、散るように広間から出て行く。
「ふああああ!? ルプト様!!」
「大丈夫でございましょうか。国王陛下!!」
突如現れた壇上の前で腰を抜かしてしまった国王を、宰相が慌てて支える。
(宰相は逃げないのか。さて、ここで出てくるか)
「もう何よ。いい所なのに。楽器は大切にしなさいよね」
演奏隊の皆が楽器を投げるように置いて出て行ったので、不満を零しながら、ロザリナは皆の楽器を整理してあげている。
「不敬とは、何のことでしょうか。私たちが何をしたと言うのでしょうか」
国王が跪き、懇願するように、身に覚えがないと自らの潔白を訴える。
『何を言いますか~。あなた方、鳥人たちこれまで数千年、風の神ニンリル様の恩恵を頂いて暮らしてきました~。それを自らの欲のためにないがしろにしていると言っているのです~』
ルプトの前に大天使ランランがズイッと前にでる。
「なんと、そ、そのようなこと……」
国王には負い目があるようだ。
対応に苦慮していると判断したところで、アレンが口を開いた。
「国王陛下、話をもってきたのは、私たちでございます。話を代わってもよろしいですか?」
「う、うむ、そうだな……お願いする!」
同意を得たアレンと共にセシル、ソフィーが国王の前に出る。
『アレンよ。今回ばかりは少しやりすぎたようですね』
「も、申し訳ありません。全ては私が鳥人たちを説得して行ったこと。何卒、鳥人たちへは寛大な処置をお願いします。ですが、なぜこのようにお怒りなのか……」
アレンはルプト相手に謝罪するが、言葉尻にわずかであるが含みを持たせた。
急な登場の際は驚いたものの、セシルもソフィーも一切動揺が見られず、黙ってアレンの後ろで跪く。
(思ったより遅かったな。起動式にこなかったのは鳥人たちの視線を避けるためか? 貴族たちを追い払ったし。さて、ここからどう話を持っていくか)
アレンは状況の確認に頭を回転させる。
『全く非はないと言うのですか? 鳥人たちは数千年に渡って風の神の加護を受け、その恩恵をもって生活をしてきました。どうやら、その辺についても調べたようですが、なぜ、鳥人たちの生活を自らの欲をもって奪うのですか?』
「欲とは滅相もない言われようでございます。ただ、この状況から察するに信仰には第三者の介在など許されるはずがないということですね」
『そのとおりです!』
ルプトのすごい剣幕に、国王たちはさらに青ざめるのであった。
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