第624話 ギランの試練②仕掛けられた交渉

 裁きに来たと言わんばかりに大天使たちを引き連れてきた第一天使ルプトに対して、アレンは、これまでの経緯を改めて説明することにする。


「第一天使ルプト様。私たちは決してないがしろにするつもりはなかったのです。竜人や仲間たちが必死に集めた信仰ポイントを提供してでも、風の神ニンリル様には、上位神になっていただき、レーム様はその下に付く予定でありました。そちらの大天使様はお話の状況は聞かれていたかと……」


(まあ、このポイントは指輪交換に使う予定だけど。さて、俺のサラリーマン人生の集大成を見せてやろうか。上司と部下で仲が悪すぎだろ)


 アレンは手元に貯まったものも含めて、数百憶ポイントの信仰ポイントを差し出すつもりであったと言う。


 ゲーマーであったアレンだが、今回の獣神ギランの試練に対して思ったことは、サラリーマン時代に、会社の中で起こったことによく似ていたと思っている。

 どうも創造神エルメアと獣神ガルムの間は、対立関係とは言わないながらも、良好とは思えない関係にあるようだ。


『何を勝手なことを言っているのですか~。ニンリル様は、上位神など興味ないのです~。来た時から意味が分からなかったですよぅ』


 大天使は、アレンたちが理解のできない要望を伝え、その願いが叶わぬや否や、現在の鳥人たちへの魔導具提供につながったと非難轟々だ。


『そのとおりです。アレンよ、私たちにはあなたの真意が分かりません』


「真意でございますか。では、私が原獣の園で見たものをお伝えします」


『見てきたもの、……。続けて下さい』


「そこは乾いた湖でした。はるか昔、その乾いた湖が潤いで満ちていたころ、魚神様がいらっしゃっていたとか」


『魚神ミンギア様のことですね。私の生まれる遥か前のことですが、大いなる力を持った、そのような神がいたことは聞いております』


「しかし、今ではあのように聖魚も幻魚もいない不毛地帯です」


 アレンは聖魚や幻魚について、アルバハルに確認済みだ。

 最後に誕生した聖魚はマクリスで、今では完全に魚神の神域は空白状態になってしまったと言う。


『話が分かりませんね』


「もし、水の神アクア様の加護があれば、魚神も存在できたかもしれないと言いたいのです」


『水の神……』


「だって、そうですよね。4大神は特別の加護がある。だから、魚神も鳥神も排斥するのですよね」


『そ、そのようなことはあるはずがないのです! 穢れた行いで神になるなど断じてならない! それは全ての神にとって同じことなのです!!』


 第一天使ルプトは大声で叫んだ。


 アレンは、鳥神レームは魚神のように冷遇されているから、このまま、神になれないまま一生を終える。

 今回の方法しかなかったと降臨した第一天使ルプトに伝えたが、どうやら逆鱗に触れたようだ。


(これがルプトの正義か。さっきまでと違って、何か随分感情が籠っているな)


 淡々と説明したつもりでいたアレンが、ルプトの激高ぶりに一瞬戸惑いを覚える。

 先ほどまでは言葉は激しいまでも、どこか自らの立場を貫くため感情が籠っていないようにも感じる。


 しかし、この言葉にはルプトの強い信念のようなものを感じる。


 大天使ランランが第一天使の叫びに驚きながらも口を開く。


『そ、それで、風神を排斥することになるのですぅ?』


「祈りにも限界があります。感謝の気持ちとは、日々の絶え間ない暮らしの中で生まれます。なぜなら、水の神アクア様が、聖魚マクリスの関係を目指したのですが、その夢は潰えてしまいました」


『アクア様との関係。なぜそこまでのことが人間に……』


 ルプトの難しい表情は、アレンの話を全て聞く前に理解できたことを意味した。


(魚人がどれだけいると思っているんだ。水の神アクアも上手いことをしたな)


 魚人はプロスティア帝国とその属州や属国によって構成されている。

 地上にも最近帝国から独立した魚人国家クレビュール王国がある。


 鳥人の数十倍の人口を誇る魚人たちは水の神アクアを祈っている。

 聖魚であったマクリスも、年に1回、歌姫コンテストを設けて、称えている。

 この聖魚は、「プロスティア帝国物語」では水の神の奇跡の加護によって、マクリス皇子だ。

 その聖魚が、邪神である海の怪物と戦って、勝利を収めた。


 救われた魚人たちが感謝を込めて祈るのは、聖魚の先にいる水の神だ。


 マクリスはこのまま、魚人の祈りの一部を貰って、幻魚になれたのか分からない。

 だが、数百年の活動を経て、魔王軍の企みもあって、マクリスは幻魚への道を止めることになる。


 聖獣石に取り込んだ、聖魚マクリスを召喚獣になるよう勧めたのは水の神だと思われるということだ。

 アレンははっきりと、魔導書のログで見た、『マクリスを説得している』という文言を覚えている。


 魔導書のログ、緊急クエストの文言から読み取れる性格は、ルプトとは思えない。

 召喚獣になるよう魔導書ごしにアレンの対話をしたのは、水の神だと確信する。


 邪神さえ倒せば、あとは、祈りの対象が自らだけになって都合がよい者がいた。


 アレンの考えでは神になる方法は2つしかない。

 祈りの回数を増やすか、上位の神の軍門に下り、おこぼれを貰うか。

 上位の神に仕えることができないのであれば、やるべきことは1つしかない。


 ほかの神を排斥して独占するしかない。


『何を勝手なことを言っているのですか。神への侮辱は許されないですぅ!!』


 アレンとルプトよりも、理解が進んでいないランランは大声で叫ぶ。


(そうだな。こんなことがまかり通るなら、神と人の関係も終わりだからな。魔王軍が攻めてこなければ、あそこまでの結果にはなっていなかったからな)


「申し訳ございませんでした。全ては妄想。では、魔導具の鉄板を全て外させていただきます」


『え? なんと言いました?』


 ルプトが答え、大天使と第一天使がお互いの目を見る。


「ですので、何をもって神になるのだとか、水の神アクア様についても全ては私の妄想でした。邪な方法で神にいたらそうとしたこと、深くお詫びします」


 ルプトと大天使は一瞬固まってしまうが、アレンの狙いがすぐに分かる。


『アレン! なんでそうなるんですか~。魔導具も要りません。全て撤去するのです~』


 大天使が絶句しプンプンと怒っている。


(あっれれ~。なんで怒っているのでしょう。そっか~。だって、鳥人に比べて神界人は100万人かそこらしかいないからな~。風の神はその立場を維持できるといいですね。火の神フレイヤはダンジョンマスターディグラグニの台頭で苦労したんだったな)


 頭を下げ跪くアレンは悪い顔が止まらない。


 風の神ニンリルは、主に2つの種族から多くの祈りを貰っている。

 それは3000万人いる鳥人と、神界に100万人ほどしかいない神界人だ。


 空の上を巨大な雲に乗って移動しているシャンダール天空国についても、風を動力とした各種設備があり、神界人の生活を支えてある。

 おかげで、神界人が最も多く祈る対象が風の神だ。


 だが、もしも、何もない魔導具がレームシール王国に残されたらどうなるのだろう。

 圧倒的に生活のためになる魔導具を見て、多くの鳥人たちはきっと感謝するのではないのか。

 祈る先は、風の神でもレームでもないことは間違いないだろう。


「アレン様、ルプト様との会話が随分不穏になっているが大丈夫なのですか?」


「う、うむ。私たちは何も神の怒りに触れるつもりはないのだぞ」


 宰相も国王も、神界との関係は良好であってほしいと願っているようだ。


「申し訳ありません。たしかに、私のやり方はレーム様を神に至らそうとするばかりに、『第三者の介在』に他なりません。そのようなことは許されるはずがないのです。ですが、ご安心ください」


(レームの意志はここにはないからな)


 アレンが勝手にやったことだ。


「安心? アレン様、安心してよいのですね」


 さっきから厳しい視線が送られるルプトと目を合わせない宰相がアレンに安心した答えを求める。


「ご安心ください。今回の非礼を詫びる意味も含めて、約束した数の魔導具は早急に準備させていただきます。ただし、魔導具にはレーム様の像は厳しいようですので、先ほども言いましたが、展示させないよう指示をします」


 アレンは顔を後ろに向け、王や宰相に「それでいいですね」と視線を送ると、2人は力強く顔を縦に振る。


『アレンよ。……それは魔王軍とやっていることは同じですよ』


 ルプトの言葉に力強さはなかった。


「な!? 滅相もございません。私たちが魔王軍なんて、仲間たちと共に大変悲しいです。見てください、仲間たちと神界のために必死に貯めた信仰ポイントを……。こちらを使い、便利な魔導具を鳥人たちに提供させていただきます。私たちのこれからの行動をもって、此度の非礼を謝罪させてください」


 アレンは跪きながらも210億ポイントになった信仰カードのポイントを見せる。


 神界の淀みとも言える霊獣たちを何千万体と狩り、亜神級の霊獣も何十体と狩った。


 メルスは言ったが、霊獣とは命の循環から外れた淀みだ。

 おかげでどれだけの生命が循環に帰ったのか分からない。


 神界での多大な貢献をアレンは口にする。


 天使の立場としては褒められこそすれ、謂れのあることは何1つ行っていない。


『これほどまでに理の近くに人が来ることになるとは……』

 

『ルプト様~感心していないで何とかしてください~』


 ランランが困惑し、アレンとルプトは、この状況で見つめ合う。


 少しの膠着状態が祝いの席の広間に生まれ、他の者たちは経緯を伺い沈黙を続ける。

 ルプトは視線をアレンから、その横の魔導書に向けた。


 さらに、ルプトは、アレンとその仲間たち、さらに王家と宰相以外がいなくなった会場を見渡す。

 誰もいなくなったことを確認すると、フッと笑ったような気がした。


 ルプトの感情から怒りが消えていく。

 そもそも、最初から怒ってないと言わんばかりの態度だ。


(お? 最初から分かっていたってことか。まあ、基本的に感情がこもっていなかったし。叱責しに来ただけだと)


『アレンよ。どうやら、私たちの負けのようです。わざわざ、私たちを呼んで何を望むのですか?』


「仲間であるシアの試練達成と強化でございます。私の思いを汲んでいただきありがとうございます」


 アレンはようやく張り詰めた空気から開放される。


『そちらについては、エルメア様との相談がありますので、少し回答に時間がかかりますよ』


「もちろんです。ただ、ギランは『方向性を示すよう』言われているので、どうであれ、今後の話を固めていただけたらと思います」


『よ、よろしいですか~?』


『当然です。アレンは、別に魔導具で埋め尽くすつもりなどないのです。だから、わざわざ、あなたに聞こえるよう相談をしに行ったのでしょう』


『へ? どういうことでしょう』


 ゆるふわな大天使は理解が追いつかなかった。


 ルプトがアレンの予想する理について否定することで、交渉結果を有利に進めるような状況だが、そもそもの前提がおかしい。

 神界に態々いて風の神に話を持ち込まず、勝手にやっても良かったはずだ。


 どうやらルプトはアレンの行った「仕掛けられた交渉」に気付いていたようだ。

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