第616話 ギランの試練②風の神ニンリル

 翌日の昼前、アレンたちはシャンダール天空国の王都ラブールにいた。

 王城と王都が一体化したピラミッド状の巨大な街の発着場では、朝からお願いしていたお陰で間もなく出発できそうだ。


「どうぞ中にお入りください」


 操舵士ピヨンが魔導船の入り口から、下から様子を伺っていたアレン、セシル、ソフィーの3人に声をかける。


 魔導船に取り付けられた可動式のタラップの階段をアレンたちは昇る。


(ふむ、これも魔導具か。意識すれば、何でもあるな)


 魔導具感溢れる階段の手すりを握りながら、アレンは魔導具の有用性について考える。

 階段を上がり、魔導船の内部を進み、操舵室に入った。


「もう間もなく出発します。お待たせして申し訳ありません」


 ピヨンは魔導具の計器をいじりながら、機器の確認をしている。


「いえいえ、大地の迷宮にいる鍛冶職人などに用事がありましたので」


 アレンは、幻鳥レームを神鳥にするため、朝からレームシール王国の神殿や、大地の迷宮の鍛冶職人、魔法神イシリスの研究施設など、各所を回っていた。

 そんな用事を済ませる前に、操舵士ピヨンに声をかけ、新たな神域へ出発する準備をしてもらっていた。


 用事が済んだタイミングで出発できるということもあり、ちょうどよい時間だとアレンは言う。


「はぁ、そうですか」


 何の話か分からないピヨンは社交的な返事をしたようだ。


(それにしても仕事が早くて助かる。簡単な金物だから鋳型が完成したら、明日には大量生産ができると言うからな。だけど鋳造しただけだと味気ないな。色付けはレームシールの絵師に頼むか。虹色の豪華な羽を再現してもらわないと)


 いくつか回った中で、アレンは大地の迷宮の鍛冶職人たちを思い出す。

 流石は名工ハバラクが神界入りを押した鍛冶職人たちだ。


 完成品のイメージをもってもらうため、レームシール王国の神殿に案内して見てもらったら「1日時間をくれ」と職人っぽい返事が来た。


 効果を最大にするため見栄えを考えるなら、豪華絢爛な色付けは必須だと考える。

 せっかくレームシールの虹色の羽を活かさないのはもったいないことだ。


 セシルは魔導船の羅神盤に取り付けられた羅神くじを見つめる。

 羅神くじの方角は、風の神ニンリルの神域を指し示してあった。


「ねえ、アレン。どうせ、断られるんでしょ。じゃあ、もういっそ、そのままこっちを進めてもいいんじゃない」


 セシルとソフィーとは、昨晩のうちから、これからの「神鳥レーム計画」の話をしている。

 今日のこの日は、そのための前準備に当たる。


「別に喧嘩をしに行くわけじゃない。どっちにしろ、レーム様を神に至らしめるには祈りだけではだめだからな。根回しは必要だ」


 何が神になるのに必要なのか、アレンの分析は進んでいる。

 今回の風の神ニンリルに会いに行くのはそのための事前準備が必要だと改めて口にした。


「神の怒りを買わなければいいのだけど……」


「神の怒りでございますか? それは物騒な話でございますね」


 神々に最も近い種族の神界人にとって、神の怒りは滅びを意味する。


「いえいえ、ピヨンさん。こちらの話です。私たちの行った善行は感謝こそされ怒りなど買うはずはないのです」


「はぁ、そうなんですね」


 ピヨンは社交的な返事でアレンの言葉を流すことにしたようだ。


「風の神ニンリル様の神域はすぐ近くと聞いていますが?」


 神界人のピヨンがいる手前、風の神に「様」をつける。


「はい、あっという間ですよ。ニンリル様は私たちにも近しい神様ですので」


 あらゆる種族がそれぞれにとって、寄りどころとなる神をもち、祈りを捧げている。

 神界人にとって、もっとも信仰されているのは風の神だ。

 雲の上に浮いたシャンダール天空国の巨大な大陸には、常に風が吹いている。

 鳥人と同じように、送水や脱穀などあらゆることを、風力を動力で行っている。


 そんな風の神は、シャンダール天空国の近くの雲島を神域としているらしい。


 それから3時間ほど経過する。

 クールタイムが解除されたとあって、アレンが操舵室でものすごい勢いで霊石を消費し、創生スキルを鍛えている。


(ふふふ、レベル248だ。最大魔力が順調に上がっているし、もっと早く、少しでも多くの霊力を消費するのだ)


 アレンは不敵な笑みを浮かべながら、創生スキルが上がった未来に笑みを零す。

 大地の迷宮でメルルたちが亜神級の霊獣を順調に狩っているため、アレンのレベルは248まで上がった。


 最大魔力が上がれば、それだけ創生スキル上げが捗るというもの。


「あ、あの……、間もなく到着します」


 悦に浸るアレンに、ピヨンは声をかけるのをためらったようだ。


「おお、あの積乱雲がそうですね。魔導船で入ると壊れそうですが大丈夫でしょうか?」


 半径数十キロメートルはありそうな巨大な雲の塊が、全てを拒むよう渦となって回っている。

 この中に風の神ニンリルがいるようだ。


「あちらを見てください。こちらの穴が神域へ入る、入り口となっております」


「ちゃんと入り口があるのね」


 セシルが感心して返事をした。


 ピヨンが魔導船を巧みに操作し、巨大な積乱雲にポッコリと開いた穴に向かう。

 この穴からだと船に乗ったままニンリルの下へ向かえそうだ。


 多少の風に煽られ魔導船が揺れるが、積乱雲の渦の塊の中へ入っていく。


 奥の方で大きな建造物が見えており、どうやら発着場のようだ。

 ピヨンはゆっくりと発着場に向かい、魔導船を停める。


「はい、到着しました」


「ありがとうございます。では、風の神ニンリル様の下へ向かいたいと思います」


「帰りを待たなくてよいと聞いていますが、よろしいので?」


「はい。話をした後、行く先がございますので、お待ちいただかなくても大丈夫です」


 アレンたちを降ろしたらシャンダール天空国へ戻ってもよい旨、伝えてある。

 今度は魔導船の入り口から伸びた簡易のタラップを降りて、風の神の神域に足を踏み入れた。


「あら、そよ風ね。気持ちいいわ」


 暴風で覆われた積乱雲を抜けた先は、そよ風が心地よく吹いている。

 さらに、積乱雲が日差しをちょうどよい具合に弱めてくれるので、このまま雲の上で昼寝したら最高に思えた。


 アレンたちが振り向き直り、ここまで送ってくれたピヨンの魔導船に頭を下げ、礼を伝える。

 操舵室にいるピヨンも手を振り、アレンたちに答える。


 魔導船が積乱雲の渦に開いた穴を通って、外に出て行く中、アレンは向き直って風の神の神域を見つめる。


(ん? もう来たのか。連絡してくれたのかな)


 パタパタ


 翼の生えた1体の天使がやってくる。

 容姿から察するに大天使のようだ。


『こ~んにちは~。「風の渦」にいらっしゃったアレン様ご一行でしょうか~』


 女性で、眠たそうなたれ目の大天使がアレンたちの下にやってきた。

 どうやら、風の神の神域に向かう前に、天空王側から事前に連絡をしてくれていたようだ。

 この神域は「風の渦」という名前らしい。


「これは、お迎えありがとうございます」


『いえいえ、私はランランです。今日はどのようなご用件でしょ~か』


 見た目は軽そうだが、名前はもっと軽そうだ。

 あまりに軽すぎて、そよ風が吹いても飛ばされそうだなとアレンは失礼なことを考える。


「風の神ニンリル様にお願いがあって、本日は神域に足を踏み入れました」


『そうですか~。ニンリル様はあまり人の願いや相談を聞くお方ではないのですが大丈夫ですか~?』


「問題ありません。お話をするのは可能でしょうか?」


『はにゅ~。聞いていただけないかもしれないけど、会うってことですか~?』


「聞いていただけることに越したことはありません」


『ん~。まあ、話をするだけなら、どうぞ会われて下さい。その辺にいますから~』


「その辺? 奥の方に神殿がありますが」


 巨大な雲の塊には、少し離れた高台に、しっかりとした神殿があるのだが、そこにいますよねと問う。


『あまり神殿内でじっとするのが好きな方ではないので~』


「なるほど、分かりました」


(風の神は「自由人」ならぬ「自由神」らしいからな。そういうこともあるのか。さてと)


「さて、まずはホークたち、風の神を探してくれ」


『ピィ!!』


 発着場から見たら草木も生えていない雲だけの空間だ。


 アレンは許可が下りたところで、既に召喚している5体の鳥Eの召喚獣に「風の渦」内を散策させる。


「どう? アレン見つかりそう?」


「問題ない。見つかったぞ」


「早いわね」


 そこまで広い神域でもなく、見晴らしも良い上に、分かりやすいところに居たので、すぐに見つかった。

 神殿から少し離れた雲の上で寝ている男を発見する。


 召喚枠を、霊石狩りをしているメルスに戻すため、召喚獣を5体とも全てしまう。

 

 さらに、鳥Bの召喚獣を1体召喚し、寝ている男の下へ向かった。

 後ろから大天使も、様子を見るためか付いてくるようだ。


『グ~グ~』


 ここからでも寝息が完全に聞こえてくる。

 成人したばかり程の年齢に見える、上半身裸の男が雲の上で仰向きになって、大の字になって寝ている。


 アレンたちは風の神の側に歩み寄り、跪き頭を下げる。


「風の神ニンリル様、あなた様の神域に足を踏み入れることをお許しください。本日はお話ししたき儀がございまして、この場に参上しました」


『グ~グ~』


 アレンたちの来訪と、話しかけによって寝苦しくなったのか、寝息が少し激しくなったように思える。


「申し訳ありません、あの……」


『ニンリル様はお休み中でございます~』


 さらに寝ている風の神に話しかけようとしたところで、大天使に止められてしまった。

 自然と起きるのを待てということだろう。


 アレンは口をつぐみ、雲の上に跪いたまま、風の神の目覚めを待つ。


 30分が経過する

 1時間が経過する。

 3時間が経過する。


 アレンはただただ下を向き、風の神の目覚めを待つ。

 セシルとソフィーも同じだ。

 創生スキルを鍛えることもなく、アレンは非礼を避け、ただただ無言で風の神が話かけてくれるのを待った。


 6時間が経過しようとしたときのことだ。


『ん? すぅ~は~。良く寝たな~。ってなんだお前らは?』


 目をこすり、両手を上げ背筋を伸ばす半裸の神が起き上がりアレンたちを見たのであった。

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