第615話 ギランの試練②対策

 アレンたちは幻鳥レームが神鳥になれない理由を知るため、信仰調査を行った。

 その結果、神とは定期的に祈られ、人々の日々の暮らしの中に、常に根ざす存在にならないといけないようだ。


「アレン様は、対応方法があるということですわね」


 アレンの様子を伺っていたソフィーは、アレンが表情を崩さないことに気付いていた。

 調査結果に一定の予測を立てており、対策も思いついていると分かっているようだ。


(そのとおりだ。まずは厳しいところから言ってみようか)


 アレンはソフィーから王家と宰相に視線を移動させる。


「では対策について話をします。今から神を目指す上で、アルバハル獣王国を参考にではありませんが、国を挙げての対応が必要になるかと存じます」


「ほうほう。具体的にはどのようにされるおつもりでしょうか?」


「まずは、そうですね。姫様を転職させます」


「へ!? 私ですか! 転職?」


(テンションの高い元気な姫様だな)


 前世の記憶だとシェーのポーズが一番近い表現だと思う。


「そうです。ご存じかと思いますが、中央大陸のラターシュ王国で、5大陸同盟が管轄する学園都市で才能を与えることができます。そちらで転職を進めていただきます」


「はぁ、それでどうなりますの?」


「当然、アルバハル獣王国の獣王や獣王子たちのように、レーム様より才能を頂いたとお伝えするのです」


 転職を進めていく中で必要となる転職ポイントは、アレンたちが持っているものを使うので問題ないと説明する。

 さらに、回復系で転職するなら、困っている人を癒し、戦闘系の才能を得るなら、強力な魔獣を倒し、王女の功績に箔をつけると言う。


 魔獣を陰ながら狩るなんてお安い御用ですよと暗に伝えると、皆の表情が青ざめていく。


 その結果、王女に奇跡を与えたレームを信仰するようになるという説明で締めくくる。


「ちょっと、何が問題ないのよ!? それって、嘘じゃない!!」


「そうだ、セシル。まるっきりの嘘だが、レーム様が神に至れるため方向性を決めるだけなら、これが確実だ」


 アルバハル獣王国ですでに実績のある方法をとると言う。


(更に言うなら、レームから厳しい試練を受けたってことにするかな。盛って盛ってと)


「はあ、困りましたね。そのようなこと、許されるのでしょうか」


 宰相がどう返事して良いかすぐには思いつかないようだ。


「もちろん、これだけではありません。今回の件で、レーム様への祈りが随分少ないこともはっきりとしました。ですので、祈りの回数が増えるよう各都市にも伝達するようお願いしたいです。公共の場や、祭事、学校などですね」


【アレンの行う対策】

・王女に才能を与え活躍させる

・レームに対する祈りの機会を、国全体で増やす


 アレンはひとしきり、レームを神にするために必要な方策を伝えた。


「ふむ、そうか」


 ここにきて、今まで頭を揺らしていた、国王の動きが止まった。

 眠そうだった目をゆっくりと開き、隣りで不安そうにしている王女を、国王は見つめた。


 安心するよう少し微笑むと正面にいるアレンの方へ向き直った。


「いかがですか? 国王陛下」


 視線が完全に合ったタイミングで国王に問う。


「アレン殿よ。話は分かったが、申し訳ない。この話、ウーロン=ヴァン=レームシールの名において断らせてもらう」


 国王の名をもってアレンの提案をはっきりと断った。


「理由をお聞きしても?」


「国民に信仰は強要できぬ。全ての民の思想信条を尊重しているからだ」


 今度はアレンが答える番だ。


(そうだな。この世界は、前世と同じでどの神を信仰するのか基本的に自由なんだよな)


 前世で健一であったころ、特に信仰熱心な性格ではなかったし、クリスマスも正月の初詣でなどの行事でも、神を強く意識する機会は少なかったかもしれない。


 何を信仰してもよいと人は自由になるものだ。


 この世界でも、アレンが農奴だったころより、どの神に祈れと言われたことはない。

 教会があり、皆、思い思いに祈りを捧げていた。

 教会には中央に創造神エルメアの像が立っていたが、他にも神々の像があったことを記憶している。

 10月1日はアレンの誕生日で収穫祭の時は、村が総出となって、豊穣神モルモルに祈りを捧げた記憶がある。


『信仰は自由。祈る対象も自由』


 これは創造神エルメアの決めた方針なのか分からないが、ほとんどの国が、思想信条の自由を謳っている。


 だが、ここで「そうですか」とアレンは折れるわけにはいかない。

 仲間たちもアレンの回答を待つ中、アレンは口を開いた。


「どの神に祈りを捧げるのか、方向を指し示すのも王家の務めでは? 私たちはレーム様を全力で神に押し上げます」


 アレンも強い意志で国王に答える。

 村だろうと、領都だろうと、国家だろうと、どの組織体で見ても、祭事は存在する。

 組織の代表は、どの行事を行い、何を信仰するのか決める責務があるはずだ。


 アレンはその手助けをすると言う。

 幻鳥レームを信仰するなら、断れないだろうと国王を追い込む。


「父様……」


 横にいる王女も涙が溢れ不安そうだ。


「申し訳ない。メリッサは大事な一人娘だ。悪評なら余が背負おう。だから許してほしい」


 国王は王女のためにも、そのようなことができないとアレンに頭を下げ、再度断った。

 国民を騙すようなことを、王女の名でするわけにはいかないと親心を見せる。


(国民のため、娘のためか。徳をもって国を治めると)


 アレンは国王の器の広さを知る。

 人徳溢れる国王がレームシール王国を治めていたようだ。


「アレン、ここは引くべきよ」


 セシルも国王に同調するように思わず声を上げた。


「国王陛下、この話、なかったことにして下さい。差し出がましい要求をしてしまい申し訳ありません」


 セシルの言葉に折れ、アレンも国王に頭を下げ、非礼を詫びた。


「アレン殿、何の提案もせずに申し訳ない。宰相よ、我々も何か手立てを考えるぞ。祭事を増やすくらいできるはずだ。余も自らの翼を使い、各都市を回るぞ」


「は! 早急に!!」


 レームの状況も理解し、何をすべきか宰相にも案を考えるよう国王は指示を出す。

 また、国王自らも旗振りとなって、各都市を回ると言う。


「私たちも方法を別に考えます。これは私の大切な家族のためにも、どうしても達成しないといけないことですので」


(もう、どれだけ俺たちに時間が残されているのか分からないんだ)


 アレンの覚悟を表情で表す。

 魔王軍にアレンたちが敗れた時、真っ先に滅びるのは、魔王軍のいる忘れ去られた大陸に近い中央大陸だ。

 ラターシュ王国には、家族を残してアレンは魔王軍と戦っている。


「……そうだな。偽りや強制がなければ、我々も惜しみなく協力する。それだけは忘れないでほしい」


(この辺が引き時か。必要な答えも出たし)


「ありがとうございます。また、別の案が出ましたら、お声掛けします」


「うむ。では、宰相よ。これで失礼するぞ。夜も更けておる。今晩はゆっくり休んでほしい。それでは」


 王家や宰相らは応接室から出て行く。


 アレンとセシル、ソフィーの3人が部屋に残された。


「ちょっと、アレン、あれはちょっとやりすぎよ。強気で行くと聞いていたけど、あれは王女様も可哀そうよ?」


 事前に今回の話の流れを打合せで聞いていたセシルから説教を食らう。

 アレンがいつも、神々や王族相手にやりすぎるとセシルとの反省会になる。


「すまないな、セシル。王家が望んでいることを知るためにも、ここは強気で行く必要があったんだ」


「たしかに、王家もレーム様を神に至らせたい。そのためにできることはしてくれるそうね」


「そうだ。『嘘をつかない範囲』なら協力するって言ってくれたしな」


「それが言わせたかったのね。でも、それだとできることが随分弱くなるんじゃない」


 獣神ギランの試練にはほど遠くなってしまうのではとセシルは言う。

 ここでソフィーも2人の会話に参加する。


「今回の謁見は王家の意思の確認と、……対応の限界を知るため。アレン様には別の案が存在したってことですわね」


「そうだ。神にする方法は大きく分けると2つしかない。1つは祈って貰えない神を祈ってもらえるようにする。もう1つは……」


「すでに祈られている神への祈りを止めさせる、ですわね。アレン様」


 ソフィーもニヤリと笑い、悪い顔になっていた。


「そうだ」


(こいつのせいでレームが神になれないと言っても過言ではない。キールめ、もしかして、この時のために羅神くじを引き当ててくれていたのか)


 アレンも悪い顔で魔導書の中から銀色の棒を取り出した。

 これは羅神くじで「風の神ニンリル」と書かれている。

 4大神の一角にして、レームシール王国でもっとも信仰の回数の多い神の名だ。


「祈らせないようにするって……。まさかよね」


「セシル。今回のレームの試練の結果は、お前の試練を越えさせる必要があると思ってる」


 アレンはセシルを見つめてはっきりと口にする。

 そのためにもシアの試練を確実に越えさせ力をつけないといけない。

 その先に、セシルのお使いクエストが待っている。


「もう何よ! 何度も言わなくても分かっているわ!!」


 セシルは恥ずかしいのか顔を赤らめて、両手を振り上げ構えのポーズをとる。


「仲間たちも守らなければならない。家族も絶対に守ってみせる。俺はどれだけ悪評を貰ってもかまわない。地獄に行かないといけないならそうしよう」


 国王の言葉に重ねるように、アレンは覚悟を口にする。


「アレン様、私はそこが地獄であっても、最後までついていきますわ」


 アレンの行動に賛同するソフィーにも覚悟があった。


「じゃあ、そんな2人を止めてみせるのが私の役目ね。それで次の目標はそういうことよね」


「ああ、次は風の神ニンリルに会いに行くぞ」


「ニンリル『様』ね。仲間なんだから、向かう前に詳しい作戦を聞かせてもらうわよ」


 セシルは腰に両手を当て、2人の前に立ちふさがるポーズをとった。

 こうして、風の神ニンリルの羅神くじを握りしめたアレンは、3人で夜遅くまで次の作戦を話し合ったのであった。

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