第614話 ギランの試練②調査結果

 宰相が羊皮紙を握りしめ、騎士や役人たちと共に応接室に入ってくる。

 その後ろから、今回も眠そうな国王と王妃と王女も部屋に入ってくる。

 どうやら、レームシール王家総出で、調査結果の報告をしてくれるようだ。


(国家が信仰する神が新たに誕生するかもしれないからな)


「ウーロン国王陛下、お休みになられた方が……」


「大丈夫だ……」


 ソフィーが国王の身を案じる。


 テーブルの中央にはアレンが座り、正面には今回も国王が座る。

 その横で、宰相が取りまとめた資料をいくつか広げる。


「申し訳ない。クルチカットの都市の回答が遅くてとりまとめが遅れてしまったのです。陛下! 前回もこのような態度で、クルチカット子爵には次回の謁見の儀で厳しく対応された方が良いのでは!!」


「ぬほ!? そ、そうだな」


(対応が遅い都市があったのか。まあ、こういった取組みは領主の力量にかかっているだろうからな)


 各都市で300人に簡単なアンケートを取るだけの簡単な指示だったと聞いている。


 都市を治める領主によって、どうやってアンケートを取るのか、国王の趣旨はなんなのか、期限が3日だからギリギリに回答すればよいとか判断に差が生まれたようだ。


 緊急事態条項を使うと言っていたので、今回の対応の遅れを宰相が指摘するのは、分からないでもない。


「迅速なご対応ありがとうございます」


 この時間まで待たされたが、アレンが不満を感じるのは違うと思った。

 そもそも、創生スキル上げが忙しいので気にならない。


「とんでもございません。レーム様はもちろん、これはアレン様方の活動にも必要なことでしょう。レームシール王国としても、魔王軍の脅威をなくすことに協力することは責務だと考えております」


(魔王軍の件も察してくれていたか)


 宰相はアレンの狙いについても、理解を進めてくれていたようだ。

 いきなり幻鳥レームを神にしたいと言って、その行動の先に、魔王軍を倒すことにつながると考えてくれていた。


 眠そうにする国王と違って、頭の切れる宰相はなぜこのようなアンケートを取るのか分かっているのだろう。


「では、調査結果をよろしくお願いします」


「はい、まずは問①の結果です。ご確認ください」


【信仰調査の問①】

 あなたの信仰する神様はいますか?

 もっとも信仰する神様から順に10柱、書いて教えてください。


 1位 クワトロ(元聖鳥)18564ポイント 

 2位 幻鳥レーム    12278ポイント 

 3位 創造神エルメア  10022ポイント

 4位 風の神ニンリル  7864ポイント

 5位 豊穣の神モルモル 6578ポイント

 6位 歌神ソプラ    5677ポイント

 7位 水の神アクア   5489ポイント

 8位 薬神ポーション  3544ポイント

 9位 火の神フレイヤ  2889ポイント

 10位 弓神コルネ   1289ポイント


(3000人の内大半が上位にクワトロやレームを上げたことになるな。それにしても歌の神の信仰がすごいな。鳥人は歌を歌うことが好きなのか。弓神が多いのは弓使いが鳥人に多いからなのか)


 調査結果を分析し、鳥人の国民性を分析する。


「クワトロ様とレーム様が上位を独占していますわ。ただ、レーム様よりもクワトロ様の方が鳥人の方々は信仰されているのは少々気になりますわね」


 ソフィーも自らの分析結果を口する。


「ちょっと、これってクワトロ様がアレンの召喚獣になったことを知らないんじゃないの」


(クワトロが召喚獣になって3カ月も経っていないからな)


「たしかにそのとおりです。申し訳ありません。やはり、ここは、レーム様のために広く国民に……」


 宰相は気まずそうにして、最後まで言えないでいる。


「それはやめておきましょう。『クワトロは、神へ昇華される道を全て捨てて、魔王討伐のため、アレンの仲間になった』というのはレーム様にとってあまり良い結果にならないはずです」


 鳥人の祈りを止めさせるために言うのであれば、クワトロが全てを放棄して聖鳥を止めたとなるが、そんなこと言えるはずもない。


「たしかにそれだと、じゃあなおさらってなりますわね」


 ソフィーが周知したことによる結果が何をもたらすのか理解する。


「ですので、もし、まだクワトロのために行う祭事や式典があれば、これを機に、控えていただけたら助かります」


「ふむ、そうだの~。だが、それは国民のためになるかの~」


 ここまで黙っていた国王が頭をふらつかせながら、アレンの言葉が納得いかないと口にする。


(ほむ、国王は結構真面目なんだな。さて、次が本命だな。俺が予想する結果になったかな)


 この場でクワトロをどのように扱うか、アレンは問題にしていなかった。

 もっと大事な調査結果が次にあると確信する。

 アレンはふらつく頭の国王から、問②の結果が知りたいと宰相に視線を送った。


「で、では、次に問②の調査結果ですが……。このような結果になって残念です」


 結果が悪いのか、宰相の表情はかなり暗い。

 アレンたちは身を乗り出し、宰相が広げた羊皮紙に書かれた調査結果を覗き込んだ。


【信仰調査の問②】

 あなたは日々、何回、神に祈りを捧げますか。

 1日1回以下の頻度の神様については何日に1度か書いてください。

 なお、5日に1度の場合は1/5、月に1度の場合は1/30とご記載ください。


 1位 風の神ニンリル  6178ポイント 

 2位 創造神エルメア  6022ポイント 

 3位 豊穣の神モルモル 5472ポイント

 4位 歌の神ソプラ   4576ポイント

 5位 魔法神イシリス  3451ポイント

 6位 水の神アクア   3123ポイント

 7位 弓矢の神コルネ  1652ポイント

 8位 クワトロ(聖鳥) 764ポイント

 9位 幻鳥レーム    543ポイント

 10位 火の神フレイヤ 334ポイント

 ※11位以下省略

 ※小数点切り捨て


(教会で癒しと生命も司るエルメアよりも、風の神の方が信仰されているのか)


 脱穀や送水に欠かせない、狭谷にできた国では、風の神ニンリルが最も祈られていた。

 創造神であり、生命を司る創造神以上に鳥人たちに信仰されていた。


「ちょっと、何よ。レーム様、なんでこんなに順位が低いのよ」


「本当ですわね。この評価ですと1日1回も祈っていないということになりますわね……」


 セシルもソフィーも絶句している。


(3000人が1日1回祈れば、最低でも3000ポイントだからな)


「やはりこうなったか」


「アレンは分かっていたの?」


「傾向だけならな。結局は、日々の生活に欠かせない神々を鳥人たちは祈っていたってことだ」


「アレン様の言う通りのようでございます。そういうことになります」


 アレンの言葉が全てだったようで、肩を落とす宰相も含めて、皆が納得する。


「さらに言うなら、クワトロがレーム様よりも祈られているのは、当時を知る方々の逸話を聞いているからだろう。それでも祈る回数は行事の回数に比例した結果だな」


 アレンはさらに自らの仮説を口にする。


 鳥人たちは行事の度に、クワトロやレームに祈りを捧げる。

 クワトロがレームより回数が多いのは、60年前に起きたアルバヘロンレジェンドの逸話は鳥人たちの記憶に残っている。

 千年前のレームを知る者はいないが、まだ生存する老いた鳥人たちが若い者たちに語って聞かせているのだろう。


「過去に大きな救済を行っただけだと、神にはなれないってことですわね」


「そうなるな。神は人々から祈り続けられないといけない。日々の暮らしに恩恵を与えない神は忘れ去られると」


 この世界の神々についてアレンが考えていることがある。


 この世界の神々は255柱とかなりの数がいるのだが、その下には無数の亜神や聖獣など神になれないものたちが存在する。


 神の世界はかなりの実績と実力主義で、祈られない者は神ではないという厳しいルールとなっている。

 堕落し、人々のために活動しない神が、存在できない仕組みだ。


 幻鳥レームが神になれないのは、その仕組みが大きく影響していた。


 1000年前、宰相の話だと幻鳥レームは、王国で蔓延した疫病を奇跡の力で癒した。

 その結果、何十万人も何百万人も多くの命が救われたのだろう。

 人々は幻鳥レームに深く感謝し、王国を上げて熱心に祈りを捧げ、聖鳥を経由して幻鳥に至った。


 しかし、感謝の心は、1000年の時を経て、その当時を知るものも、語りつぐものもいなくなり、王国の中に埋没していった。


「埋没などと、私たちは王国全土にレーム様の像を築き、今でもその当時のことを語って聞かせております」


 アレンの言葉に宰相は異を唱えた。


「頻度はどの程度でしょうか。月に1度もないように思いますが……」


「そ、それはそうですが……」


「でも、それだと日々の生活に欠かせない神以外は神になれないじゃない、獣神様たちだって……!? もしかして、だからなの!!」


(そうだ。だから、獣神は、エルメアの理を無視して獣王家に力を与えているんだろな。いや、たぶんそれしかないんだろう。血統による力で支配していたと)


 セシルもアレンの言葉に反論している最中に大切なことに気付いた。


 アレンのパーティーでも、S級ダンジョンの攻略以降に何度も話題になった話をセシルが口にする。


『なぜ獣王国では、王族に高い才能を持つものが生まれるのだろう』


 シアもゼウも拳獣聖として生まれてきた。


 一般的なエルメアの理では、アレンが健一だった、この世界に来る前、パソコンの画面で見たように、王族からは星1つまでの才能しか誕生しないはずだ。

 しかし、獣王国では星が3つの者も、中には4つの者も誕生するようだ


 何故なのか。

 何故、創造神エルメアの理を破ることが許されるのか分からない。

 ただし、その必要性はこの瞬間理解できた。


 この世界では、多くの祈りを貰えないと神にはなれない。


 アルバハル獣王国では、始祖アルバハルが恐怖帝から獣人たちを救ったという。

 アルバハルは獣神ガルムの血筋だと言う。

 その血族が高い才能があり、その力をもって人々を力強く先導する。


 獣王国では毎年、大規模な武術大会まで開き、獣王たちは自らの力を鼓舞する。

 国民を熱狂させた獣王は獣神たちの偉大さを説く。

 邪神教が現れたら、獣王家は軍を出して全力で討伐させる。


(獣神も、獣人全員に才能を振りまくことはできないんだろうな。獣王家だけに絞って力を与えた方が、効率がいいのか。さて、獣王家についても大事だが、レームの件の対応策は……)


 ルバンカがこのまま聖獣をやっていて、獣神まで至れたのか怪しい。

 実際、大国アルバハル獣王国で多くの獣人に祈られた始祖アルバハルは、獣神ではなく幻獣で生涯を終えそうだ。


 獣神ギランはそのことをある程度察していて、ルバンカの行動を咎めたものの、そこまで大事にはせず、爪を収めたのかもしれない。

 だが、今はそんなことを考えている時ではない。


「でも、これってレーム様が絶対に神にはなれないと言われているようなものじゃ……」


「たしかに。そのようでございますね。いやはや」


 アレンの仲間たちも、王家や宰相も調査結果の意味することに絶望する。


「いや、まだ方法があるぞ」


「ちょっと、何でまだ方法があるのよ!」


 アレンはこの状況でも、打開策があると言う。

 セシルの絶叫が、闇夜が外を満たす王城の中で木霊したのであった。





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