第617話 ギランの試練②神鳥レーム計画
6時間待って、ようやく風の神ニンリルが目覚めた。
体を起こし、アレンを見つめたところまで待って、口を開く。
「アレンと申します」
『アレン? 誰だ? 何故、ここに呼んだ?』
アレンではなく、その背後にいる大天使ランランに問う。
(メルスの話だと、自由奔放すぎるニンリルの世話を一手に、この大天使が負ってるらしいな)
見た目がゆるふわな大天使は、結構苦労しているそうだ。
火の神フレイヤの神殿が襲われた時も、大地の神ガイア、水の神アクアが駆け付けたが、風の神ニンリルは眠っていて来なかったとメルスから聞いている。
『1万年ぶりに神界へ足を踏み入れた者なのです。既に精霊の園で大精霊神イースレイの試練を越えたのです~』
アレンの説明を端的にする。
長い説明はあまり好きではないと予想する。
『そのアレンが何でここに来たんだ。ほかの神んとこいけよ』
体を横にしたまま、片ひじを頭につけて、めんどくさそうに口にする。
どこぞの東南アジアで、眠り菩薩なる像があったことを思い出す。
「……」
『ニンリル様はなぜ来たのか聞いていますよ』
どうやら発言してよかったようだ。
「風の神ニンリル様にお願いしたい儀がございまして、こちらに来ました」
『断る。めんどくせぇ』
(メルスから聞いていた以上に自由な神だな。まるで風のようだ)
内容も聞かずに断られてしまった。
「お話だけでも聞いていただけないでしょうか」
『早く話せ。そしてとっとと帰れ。俺は忙しいんだ』
風の神はもう一度、頭をつけ、雲の上に大きく寝っ転がって答えた。
どうやら昼寝に忙しいようだ。
アレンはセシルとソフィーを見ると2人は頷いた。
改めて、風の神に向かって、今日やってきた理由を口にする。
「風の神ニンリル様にお願いがございます。ぜひ、風の神ニンリル様には「上位神」になっていただけないでしょうか?」
『はぁ? なんだそれ』
『アレン様、詳細の説明をするのです~。思っていた話と違うのです。なぜ、そのような話になるのですかぁ?』
(試練を受けにでもと思ったのかな)
ゆるふわの大天使は口調こそ変わっていないが、目は笑っていない。
「実は私たちは、原獣の園で、獣神ギラン様から幻鳥レーム様を神鳥にするようにと『試練』を受けておりまして……」
この6時間かけて頭で整理した、端的に、それでいて誤認のないように説明する。
『獣神ギラン様がそのようなこと……。にわかには信じられないです~』
『で? だからなんで俺が上位神になんだよ』
前と後ろから一緒に話さないでほしいが話を進めることにする。
「レーム様を祀るレームシール王国の鳥人の方々を調べたところ、ニンリル様には大変感謝されておられました。もし、レーム様が神に至っていただけるなら、レーム様よりも信仰されるニンリル様には上位神になっていただけなければ筋は通らないと」
『なんだそりゃ?』
「ニンリル様には、レーム様を傘下に加えていただきたく存じます」
『玉突きでレーム様を神にしたいと言いたいのですか~?』
幻鳥を神に、風の神を上位神にするという意味は伝わったようだ。
「はい。神の世界にも筋があると考えております。長年、鳥人たちの生活を支えたニンリル様の立場を奪うなど、私にはできないのです!」
『お前、俺のことどう思っているんだよ。そんな話乗ると思ってんのか?』
「しかし、このまま、私の活動が進めば、早晩に、神の地位を失いかねません。4大神の一柱にして風の神が亜神などと、よろしいのでしょうか?」
上位神の下ならば、傘下の者も神に至れる。
もし、信仰人数以上の神を望めば、どちらかが椅子取りゲームで、椅子には座れない神が現れる。
『そんなことなるはずないです~』
「流石は4大神が一柱、『神』の保証があるとは恐れいります」
『もうよい。下がれ、俺は忙しいんだ……。グーグー、ズズズ……』
風の神ニンリルは雲のベッドの上で目を閉じ、寝息を上げ始めた。
どうやら、これ以上の会話は難しそうだ。
(さて、伝えることは伝えたと)
「お話し頂きありがとうございます。大天使ランラン様もご案内頂きありがとうございます」
『いいえ~。獣神ギラン様の試練頑張ってください~』
「優しいお言葉感謝します。それでは、失礼します」
話すべきことも話したので、アレンたち3人はその場で転移する。
(ほう、まだ俺たちのいた先を睨んでいるな。さて、どうなることやら)
アレンが飛ばした鳥Eの召喚獣はまだ、対応結果を確認するため、ランランが視認できる上空で待機させていた。
いなくなった後も、何かを睨むようにアレンたちがいた場所を睨んでいた。
***
アレンたちが6時間近く、風の神の前で待たされたため、まもなく日が沈む時期だ。
ついた先は、大地の迷宮の入り口側に設けられた職人たちの工房だ。
カンカンとあちこちの工房で金物を叩く音がする。
「アレン様。予想通りということでしょうか」
迷宮の外の赤褐色の大地の神の神域を踏みながら、ソフィーがアレンに話しかける。
ソフィーもセシルも、こうなることを聞いているので、少しの動揺も見られない。
「ああ、そうだ。話はまとまった。作戦名『神鳥レーム計画』を遂行する」
「はっ!!」
ここにはいないクレナに代わって、ソフィーがキビっと敬礼し、アレンのネタっぽい発言に合わせる。
「私、神罰嫌なんですけど……。あれじゃあ、獣神ギラン様も責め立てられそうだわ」
いくつかある工房の中で目的の場所にたどり着く。
ここに来る前にお願いしたものが出来たのか確認するためだ。
「さあ、どうだろうな。って、おお! ハバラクさん、どうされたんですか?」
窓の外から工房の中を覗き込むと、見覚えのある人物がいた。
「あ? お前が俺の弟子たちに訳の分からんもの作らせたから見にきただけだ。なんだこりゃ?」
今日はメルルたち大地の迷宮組は、24時間の攻略が終わった翌日の休みの日だ。
メルルは拠点用魔導具からまだ出てきておらず、寝ているようだが、半日ほど寝てハバラクは起きてきたようだ。
ハバラクが呆れながら見つめるのは、全長は3メートルほどだろうか。
工房の床に置かれた、かなり大きめの、幻鳥レームの形をした鉄板だ。
「いえいえ、説明すると長くなるのですが、大変すばらしいと思います。こちらは頂くとしてもう少し数が欲しいです」
数にして、とりあえず後10枚ほど欲しいと伝える。
「なんだそりゃ。まあ、構わねえけどな。俺もエクストラモードって言ったかな。そっちも随分スキルが上がってんだ。今ならもっといい武器作れそうだ」
「そうなんですか。ありがとうございます。仲間たちも喜びます」
(大地の迷宮攻略前くらいに、装備を一新できるくらいのスケジュールでお願いするかな)
ハバラクは、大地の迷宮でエクストラモードに達した。
攻略を進めながらも、レベルとスキル上げはしっかりしてくれたようだ。
アレンたちは工房の鍛冶職人たちに礼を言い、この場を後にする。
***
工房にも寄ったため、さらに遅くなる。
アレンにとってそこまで遅い時間ではないが、レームシール王国の王都は静寂に包まれていた。
既に深夜とも呼べる時間帯にアレンたちは謁見の間にいる。
玉座に王が座り、王妃と王女、宰相に数名の役人と近衛の騎士も側に待機しており、いつもの布陣だ。
(国王は相変わらず、眠そうだな。まあ、日が暮れたら床に就く生活が染みついているのだろう)
魔導具による明かりは、アレンが農奴時代の村にはなかった。
S級ダンジョン1階層や帝都などならいざ知らず、魔導具は魔石を消費するため、明かりの魔導具を平民や農奴に至るまで恩恵を受けるまで稼働させるのは、財政的にも厳しい。
きっとそんな理由で、夜がふけるのが早く、月明かりのないレームシール王国で、魔導具の灯りが普及していない理由なのだろう。
「おお、アレンよ。そして、皆の者よ。我がレームシール王国のためにご苦労であるな」
眠そうな国王が謁見の間に跪くアレンたちにお言葉を贈る。
「ありがとうございます。何度も夜分にやってきて申し訳ありません」
これで3日連続の深夜の対応だ。
「なんの。これもレームシール王国のためよ。それで聞いてくれ、月に1度は各都市に余が講話をすることにしたぞ」
「それは素晴らしい。レームシール王国を救ったレーム様も喜びになることでしょう」
アレンたちのいない間に、レームの偉大さをどうやって説いていくのかについて、具体的な対応を進めてくれていた。
「国王陛下、お話は私が進めます。アレン様、幻鳥レーム様の計画はどうなっておるのですか?」
宰相が口を開き、国王には玉座に座って休んでいるように伝える。
「そちらについては問題ありません。風の神ニンリル様とは折り合いがつきませんでした。よって、こちらを今後、レームシール王国では使用いただく形となります」
魔導袋から魔導具とハバラクたちに作って貰った鉄板を用意した。
(デン! 本日の商品はこちら! 見てくださいこのボディ!!)
「こ、これは!! なんでしょうか?」
ボケに乗り切れず、トーンダウンしてしまった宰相がアレンに尋ねてくる。
アレンは謁見の前に巨大な魔導具を置いている。
これは全長5メートルほどの大きさで、製水の魔導具(特大)で、帝都でも使われている。
「これ製水の魔導具と言いまして、水を精製する魔導具でございます」
これ1つあれば、1日で100万人分の水を精製すると言う。
「ほうほう。それは素晴らしい。しかし、これは高いのでしょう。我が国の財政ではこのように高価なものは買えませんよ」
「もちろん、私たちは、自らの試練達成のためにこのようなことをしております。こちらの魔導具も、動力に必要な魔石も当方でご準備します」
(金利だけでなく元金も当社が負担します!)
「それは真ですか!!」
目が金貨に変わった宰相は「タダでくれるのか」と言わんばかりに喜ぶ。
眠たそうな顔も吹き飛んでいく。
王国内の財政を預かる身としても、喜ばしいのだろう。
「こちらに、この金物を張ります」
アレンは魔導具の正面のでっぱりのないところに、ドワーフの職人たちに作ってもらったレームを象った鉄板をとりつけて見せた。
「レーム様の……もしや」
「この魔導具は建物などの施設内に隠すのではなく、広場など、国民が見えるところに設置頂けると助かります。あと、これだと味気ないので……」
ゆくゆくは本来の虹色の羽を纏う幻鳥レームの色を職人たちの手によって飾ってほしいと言う。
「これは、もしかの話をしますが、当たっていたら、『当たっている』と言ってほしいです」
アレンの話の流れが不安すぎる、宰相はクイズ形式で尋ねると言う。
どうやら、このレームを象った鉄板を取り付けた魔導具を見て、アレンが何をしたいのか分かったようだ。
(察しの良い宰相だ。まあ、アンケート結果でレームに何が足りないか分かっているしな)
「どうぞ」
「もしかして、このレーム様を象った鉄板をつけた魔導具を王都のいたるところに設置するということでしょうか」
「惜しいです」
「惜しい? そうか、各都市にもつけると言うことですか」
20都市でアンケートを取ったねと宰相は言う。
「まだ惜しいです」
「まだ惜しいとは、も、もしや……」
「魔導具は農村などを含めた全ての居住地に設置します。当然、レームシール王国にある風力を動力とした全ての施設は撤去してもらいます」
アレンは言い切るのであった。
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