第586話 原獣の園

 今は6月の上旬、この場にはアレン、セシル、ソフィー、レペの4人がいる。


 アレンたちの目の前には厳しい大自然が広がっていた。

 荒廃した大地の先には岩肌の山々の頂上から煙が噴き出している。


 ドオオオオオン!!


 アレンが視線を向けたタイミングで遥か先にある巨大な山が噴火した。

 天高く上がる噴煙から少し遅れて、轟音と共にやってきた衝撃波に、アレンたちは圧迫感を覚える。


「なんか壮大ね。原獣の園って広そうよね」


「そうだな。まあ『園』っていうくらいだからな。少なくとも中央大陸くらいはあるぞ」


(とんでもなく広いらしいが)


 神界には神々の住む神域があり、神々が支配する神域は「神殿」「庭」「園」などの呼び方があり、広さもそれぞれの呼び方に合わせて広さが異なる。


【神域の広さ(目安)】

・神殿は全長100キロメートル以下

・庭は全長1000キロメートル未満

・園は全長1000キロメートル以上


【神域の広さと神々の関係】

・神殿には1柱の神がいる

・庭には複数の神々がいる

・園は上位神と複数の神々いる


 その他、研究施設、箱庭、闘技場など255柱いると言われる神々がそれぞれの思いで、自らの神域に名前を付けて、存在している。


 なお、メルスに聞いたところ、原獣の園は、ほか全ての神域の広さを足し合わせたのに匹敵するほどの莫大な広さがあるらしい。

 原獣の園は中央大陸の数十倍の広さと聞いて、地球表面何個分だと思った。


「同じ自然ですが、精霊の園と違って荒々しいですわね……」


 緑豊かな精霊の園との違いをソフィーは五感全体で感じているようだ。

 精霊の園がジャングルなら、原獣の園はサバンナだ。


(シアが向かった先は原獣の園の沿岸付近なんだけど、結構な距離なんだよな。クワトロがいないのは不便だな)


 特技「万里眼」で1000キロメートルの範囲を見渡せる鳥Sの召喚獣のクワトロは大地の迷宮で99階層目指して攻略中だ。

 鳥Aの召喚獣は、精霊の園での試練を超えるため、早々にしまってしまった。

そのため、こうやって再度足を運ぶ形となった。


 この1ヵ月、シアたちがどのような状況か分からない。


【アレンたちの神域の修行状況】

・原獣の園には、アレン、セシル、ソフィー、シア、十英獣(レペはアレンたちと同行中)

・神界闘技場には、クレナ、フォルマール、イグノマス、ハク、ヘルミオスパーティーの一部

・歌神と踊神の神域には、ロザリナ

・魔法神の研究施設には、ララッパ団長と魔導技師団

・大地の迷宮、メルル、タムタム、ガララ提督のパーティー、ロゼッタとヘルミオスのパーティーの一部、ガトルーガ、ハバラクと弟子たち、マティルドーラ、ハク、メルス、マクリス、クワトロ

・薬神ポーションの神域には、ドゴラとキール(魔導船で向かっている)


(大地の迷宮に投入しまくってしまったな。2日おきに2レベルくらいのペースでレベルアップしてくれたらうれしいぞ)


 報酬が良く、セシルのためにも必要なお使いクエストの竜神マグラが、大地の迷宮に封印されている。

 大地の迷宮では、メルルをチームリーダーに、最下層である99階層目指して攻略中だ。


 なお、試練を越え、エクストラモードになったルーク、召喚獣のメルス、Sランクの召喚獣たちも配置させている。


 倒せば1体1レベル、アレンがレベルアップする亜神級の霊獣もいて、1日置きに2体くらい倒してくれれば、アレンのレベルが250ぐらいまでは、これまでの傾向なら順調に上がるだろう。


 なお、アレンの現在のレベルは230だ。

 ノーマルモードでレベル60、エクストラモードでも99しか上がらない中、ヘルモードのアレンに成長限界はない。


「ホークたち、何かあれば発見してくれ。て、けっこうな霊獣たちだな」


 迎えも来ないようなので、アレンたちは動き出した。


 召喚枠に制限があるため、3体だけ鳥Eの召喚獣を召喚すると、空から広大な大地を見る。

 覚醒スキル「千里眼」を発動してもらうと、かなりの数の霊獣たちが原獣の園に跋扈している様子が、共有しているアレンの頭にも入ってくる。


「どう? シアたちは見つかった?」


「……そうだな、セシル。広すぎてホークたちじゃ見渡せないな。グリフたちに乗り込んでくれ。シアたちの向かった先に出発するぞ」


 アレンは2体の鳥Bの召喚獣を召喚すると3人と1人に分かれて乗り込む。

 クワトロがいないので、この場でアレン以外の者たちを飛ばすことはできない。

 なお、アレンは鳥Aの召喚獣の加護「飛翔」があるので、飛ぼうと思えば飛べる。


「おいおい、なんで、俺だけ1人なんだよ。セシル、お前はこっちに乗れよ」


 さっきまで会話に参加しなかった十英獣の1人で狐の獣人のレペが不満顔だ。

 他の9人の十英獣は原獣の園に真っ先に向かったのだが、レペだけ歌神の下で修行していたため、後から他の十英獣と合流する形となった。


「あら、私たちはアレンの手伝いをしなくてはいけないのよ」


 レペにはいつも冷たい態度のセシルがツンっとしながらも返事した。


「ひひっ。たまんねえな」


 女癖の悪いレペはセシルの態度がたまらなかったようだ。

 何でも、獣人の世界では気が強い女性がモテるらしい。

 これはシアの兄のゼウから聞いた話だが、それを聞いてどうしたらよいのか分からなかった。


 指揮化して1.5倍の大きさになった鳥Bの召喚獣にアレンたちは乗り込み、レペは1人でもう1体の鳥Bの召喚獣に乗り込んだ。


 翼を広げると、鳥Bの召喚獣たちは、果てしなく広大な大地の上空を移動する。

 アレンが指揮化した鳥Bの召喚獣に、前方を背面に向けて座り、セシルとソフィーが両翼の付け根に自然と座る。

 土を大きな盆に引いて、草Gの特技や覚醒スキルで使用する土台を準備する。

 藁を敷いて、鳥Hの召喚獣が覚醒スキル「金の卵」が転がりにくくする

 土や藁敷きに協力するセシルもソフィーも、これから何をするのか、いつものことなので、分かっているようだ。


「アレン、シアたちは大丈夫かしら?」


「ここには羅神くじを引いて足も踏み入れたからな。そんなに無碍には扱わないだろう。獣王位継承権を捨てたが、元獣王家の末裔だし。強い霊獣に遭遇すれば逃げればいいし」


 セシルがシアの身を案じる。


 アレンは3人で三角形に座った中央に、魔導袋から土の入った創生スキルを鍛えるキットを出す。


(霊力回復リングのお陰で霊力の回復が捗るドン)


 ここに来る前に、霊力回復リングを手に入れた。

 アレンは指に装備したまま天に掲げ、日の光に、新たに手に入れた魔法具を当てる。


【霊力回復リングの効果】

・1秒間に最大霊力の1%回復する

・神界でしか、効果を発揮しない

※最大霊力は最大魔力と一致する


「ちょっと、何をふざけているの」


「そうだな。今回は勇者と戦わずに手に入れたからな」


 そこまで難しいクエストではなかったと、返事にもならない言葉をセシルに返す。


「アレン様、結構かかるのですか?」


「この距離と速度だと、一晩過ごすことになるかもな」


 魔法神イシリスの研究施設で時間を使ってから向かってしまったので、ここに来る前にお昼を過ぎてしまった。

 ここはあまりにも広大なので、シアたちの下に行くには、これから半日以上かかるだろう。


「魔導書はそこにおいてね」


 花壇を広げ、草Fの召喚獣から作った「旬の味覚」の投げ込み先をセシルが指定する。


(セシルはやる気に満ちていると)


 このまま飛べば、魔法神イシリスのお使いクエストの獲得に一歩前進するかもしれない。

 そんなやる気が、セシルの行動の原動力になっているようだ。


【魔法神イシリスのお使いクエスト】

・エクストラモード:霊獣ネスティラドの心臓

・神技:竜神マグラの角

・加護:日と月のカケラ

・神器:獣神ガルムの尾

 ※4つ全て揃えると古代魔法の追加報酬


 霊獣ネスティラドを筆頭に、これまでの神々の与えた試練と比べても、最難関に近いお題を与えられた。

 原獣の園には、魔法神イシリスに頼まれた古代魔法の研究に必要な獣人ガルムの尾と日と月のカケラがあるらしい。


 土の上で、アレンが霊石を消費しながら、どんどん、「旬の味覚」を創生していく。

 ポコポコとできる「旬の味覚」たちをセシルとソフィーが拾っていく。


「これなら、あとは霊石次第ですわね」


「そうだな。あとはアビゲイルさんたち次第だな。あっちにまで召喚獣は行かせてはやれないが、頑張ってくれるだろう」


 アレンが与えた石材をうまく使い、族長のソメイは9つに分かれた竜人の部族のうち3つの部族をまとめ上げている。

 これは守人長が2人、守主を目指すアビゲイルの下についたことを意味する。


 数は力なので、今では霊石を1日1万個近く回収してくれている。


「獣神様はお話を聞いていただけるでしょうか」


「アレンは獣神ガルム様に失礼なことしないようにね。なんたって、古代神で気難しい方って話じゃない」


 ソフィーはこれから会おうとする獣神に、セシルはそんな獣神と対応するアレンの言動に心配する。


「失礼な。俺は神様だろうと誰だろうと失礼な態度は取らないぞ」


「そこが問題なのよ。アレンにとって、人だろうと神だろうと一緒なのよね」


 真面目に答えたつもりが、アレンの本音が見透かされた形となった。


 ソフィーも、ここに来る前にララッパ団長から聞いた話も相まって、不安そうになる。

 獣神ガルムは、今の理ができる前に存在した神で、古代神と呼ばれているらしい。


(ふむ、煙たがられているから、こんな神界の端にいるのか。シャンダール天空国と真逆の位置にあるんだっけか)


 セシルが作った言葉だが、「アレンは地図で出来ている」というものがある。

 アレンが学園都市にいたころも、ローゼンヘイムの侵攻の折も、S級ダンジョンの攻略を目指す際も、何かにつけて魔導書に地図を記録したからだ。


 神界に来てからも、神々のいる神域の配置図の作成しようと考えたが、うまくいかなかった。

 三桁に達する神域が神界の空の上で、それぞれの速度で動いているからだ。


 神域の位置が、地図を作った後に変わるのであれば、その地図に価値はないと思っていた。


 神域の位置は空に流れる雲のように変わっていくのは間違いないのだが、そこには1つの方向性があることを知る。


 神界は、創造神エルメアの神殿を中心に、時計回りに回っているらしい。

 太陽系が太陽を中心に円盤状に惑星が回るように、神域は創造神エルメアを中心に回っていた。


 中心のエルメアの神殿の近くには、上位神である剣神が治める神界闘技場や、同じく上位神である豊穣神モルモルの神域があると言う。


 上位神や有力な神がエルメアの近くにおり、シャンダール天空国は創造神エルメアの神殿から最も遠くを回っているのだとか。


 原獣の園の巨大な大陸は、シャンダール天空国を創造神エルメアの神殿を挟んで反対側の、他の神域と比べても最も遠くの位置にあると言う。


(さて、何が待っているのやら)


 一晩過ごして、結局翌日になった。

 グラハンに夜番をしてもらったのでぐっすり眠ることができた。


「なんかゴツゴツしてきたな。ん? 塀か?」


 地表の様子が変わってきた。

 山や崖や大岩の多い地形の先に、巨大な壁のようなものが見える。


 朝からすぐに出発して早々に、ソフィーが眼下に広がる広大な大地に人工物があることを発見した。


「村がありますわね」


「そうだな。ここにシアたちがいるはずだ。降りるぞ!」


 大きく声を上げ、鳥Bの召喚獣に下降するよう指示をするアレンであった。






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