第585話 古代魔法

 待っていましたと言わんばかりにララッパ団長が教えてくれる。


「そう。魔法神様は、今は使われていない古い魔法を研究されているの」


「なるほど。この辺の置いてあった資料に書かれているのですか」


(やはり、ララッパ団長を研究施設において正解だったな。つうか、こんなに情報管理がボロボロだから、神界への鍵を奪われたんじゃないのか)


 魔法神イシリス様は、あのように内向的な性格のため、何かを相談したり、交渉したりするのは難しいと考えた。

 手伝わせながらも、魔法神の手足となり、意思の疎通を進めてくれることに期待してアレンはララッパ団長を側仕えにおいたのだが、ララッパ団長は期待以上の働きをしてくれた。


 なお、魔法神イシリスはマーラという最側近の大天使に神界へ向かうための鍵を奪われてしまっている。

 ずさんで管理などしていなかったから鍵を盗まれてしまったのではと思うが、口には出さないようにする。


「そうなの。どうも長年、古代魔法の研究をしていらっしゃるようね。見てよ、この資料。全て古代魔法関連よ」


 ララッパ団長は魔法神の執務室を片付けながらも、アレンたちの求める報酬は何になるのか調べてくれていたようだ。


 ララッパ団長が手招きしてくれるので、向かってみると、テーブルの上に綺麗に整理され積まれた資料がある。

 その中の1枚を取って見せてくれる。


「なんて書いていますか?」


 アレンはララッパ団長が書かれているものを覗き込むが、学園にいたころも、神文字については習ってこなかったため、なんて書いているのか分からない。


「神々の誕生と古代魔法は密接に関係があると書かれているわ。これはその資料の一部ね」


 テーブルに積み上げられた資料は、全て古代魔法に係わるものだという。


「それにしても、古代魔法と獣神ガルムの尾とか、関係なさそうに思えるわ」


「ふむ。なんだか、魔法の根源みたいな話のようだな」


(魔法神が全ての魔法の根源ではなく、遥か昔から、魔法は存在したということか)


「そういうことね。特に獣神ガルム様は『古代神』とも呼ばれていて、『新世界』の神々とは根本から違うみたいなのよ」


 ララッパ団長がアレンの分析で間違いないと言う。


「古代神か。メルスもそんな話を以前していたな。獣神ガルムは最古の神なんだっけ」


 アレンは、神々の寿命とか、いつからこの世界があるのかについて、元第一天使のメルスに聞いたことがある。


 メルスは10万年を天使として生きてきたというのだが、この世界が存在したのはそのずっと前の事なので分からないとのことだった。


 しかし、獣神ガルムは遥か昔から存在する神で、「古代神」というくくりに入るのは神界にとって常識らしい。


 神々がどれほど古くからいるか分からないが、創造神よりも古い神かもしれないらしい。

 だから、創造神エルメアも獣神ガルムの行動をある程度黙認しているところもあるのだとか。


「なんか。想像していたのと違う感じになって来たわね。古代神って何よ?」


 学園でも習わない遥か太古の神話はセシルも初めて聞いたようだ。


「何でも100万年前を境にこの世界は変わってしまったらしい。古代神とは、100万年以前から住まう神々のことだってメルスが言っていたぞ」


 セシルへの報酬の話から、随分横道にそれてしまったかのように思える。


(なるほど、古い神と新しい神の素材を集めさせて、何かしら差異を調べようとしていたのか。新しい神だとディグラグニ、ローゼン、ファーブルを除くと竜神マグラが神に至った一番新しい神だからな)


 最近アレンたちの活動のお陰で、信仰値が十分に貯まり3柱の神々が直近に誕生した。

 それを除くと1万年の間に、神に至った竜神マグラが新しい神となる。


 古い神の時代に生きた者や新しい神の一部を収集することによって分かる何かがあるのかもしれないとアレンなりに分析をする。


「そんな昔の魔法がガルム様の尾で再現できるのかしら。私、すごい魔法が欲しいだけなんだけど……」


 セシルも魔法の戦いはアレンと一緒で、脳筋そのものだ。

 知力にものを言わせて、強力な魔法で相手を完膚なきまでに叩きのめす。

 魔法と神々の神話と何が関係しているのかピンとこない。


(たしかに。まあ、小惑星のカケラから宇宙の誕生を調べようとした研究者たちも前世にはいたからな。それだと俺たちも日と月のカケラを探しているな)


 前世では日本で映画化された、小惑星探査衛星の帰還物語を見たような気がする。

 途中で、地上からの通信が途絶えていたが、無事に目的の小惑星に着地をし、地球に貴重な資料を持って帰ってきたドキュメンタリー映画だ。

 電子顕微鏡で見るような小惑星の微小なカケラには、宇宙誕生の歴史が詰まっているのだとか。

 地球の生命誕生の研究が進むと研究者は言っており、当時はそういうものかと感心した記憶がある。


「恐らくだけど、古代の魔法の条件とか、概念みたいのが、これから俺たちが集める素材によって明らかになるとか、そういう話じゃないのか」


 セシルの疑問に、アレンはララッパ団長を見ながら答える。


「そうとも言えるかもしれないわね。その辺については、もっと調べておくわ」


 ララッパ団長は魔法神イシリスに仕えてまだ数日のことだ。

 アレンの分析に答えは出せないようだ。


「助かる。そうか、セシルが手に入るのは『古代魔法』だったのか。王道だな」


「何が王道なのよ」


「最強の魔法は古代魔法って相場が決まっているんだ」


 古代魔法を再現したり、発掘したりするのは、魔法使い強化の定番だとアレンは思う。


「初めて聞いたわ」


 納得したアレンと、未だに意味不明だと思うセシルは対照的な反応を見せた。

 ララッパ団長からアレンは転移装置側にあるキューブ状の物体に視線を移した。


「さて、あとは霊力回復リングか。すみません、信仰ポイントが貯まったので、交換にやってきました」


『信仰ポイントの交換ですね。どちらのポイントと交換しますか』


 アレンは魔法神に言われたとおり、キューブ状の物体に話しかける。


 ブンッ


 光学的な画面がアレンたちの目の前に現れた。


【魔法神の信仰ポイントの交換の対価】

・100万:霊力全回復薬(単体用)

・1億:霊力全回復薬(パーティー全体用)

・10億:霊力消費低減リング(消費霊力1割減)

・50億:霊力回復リング(秒間1%回復)

・100億:霊力回復消費低減リング(秒間5%回復、消費霊力5割減)


「霊力回復リング2つお願いします」


『そちらでカード決済をするので、信仰カードをかざしてください』


 先端にカードのマークが表示された、腰の高さほどの棒が立っている。

 棒の先端は平坦で信仰カードのマークが彫られてた。

 これかとカードをかざしてみた。


 ピッ

 チャリン


 中空に指輪が2つ生じたと思ったら、床に落ちてコロコロと転がる。

 大事に扱われている感じじゃないなと思いながらもアレンは黙って2つの指輪を拾った。


「あら? 霊力回復消費低減リングも手に入るわよ」


「ふむ、今は良いかな。1つはキールに渡したいし」


「もっと珍しい」


「失礼な。どうせ霊石の供給が追い付かないし。スキル経験値も5割減ったら意味ないからな」


 セシルがてっきりアレンは一番高ポイントの霊力回復消費低減リングを選ぶと思ったが、違っていた。


 アレンは現状なら、霊力回復リングが1つあれば十分だと考えている。

 人間世界で多くの冒険者たちが日々通うダンジョンで手に入る魔石ほどは、霊石は供給されない。


 霊力が毎秒1%回復するなら、十分なスキル経験値は得られるとアレンは考える。


 神界で、首長を目指すソメイや、守主を目指すアビゲイルが9つの竜人たちの族をまとめ上げ、霊石の供給が捗るようになれば、自分用にもう1つ霊力回復リングが欲しいところだ。


(こっちも注文しておこうか。メルルたちの頑張りで、信仰ポイントはまだまだ貯まりそうだし)


「すみません。魔石や魔力を霊石や霊力に変換するようなものはありませんか?」


 キューブ状の物体に話しかける。


『ございませんが、少し待っていただければ、ご準備可能です』


「ありがとうござます」


 言ってみるものだなとアレンは考える。


 アレンはララッパ団長に、魔法神の研究の協力と、何か古代魔法について分かったことがあれば、調べておくようお願いして、この場を後にした。


 霊力回復リングを手にしたアレンたちは、原獣の園に設けられた発着場に到着した魔導船に転移した。

 魔導船からタラップを降ろして、アレンたちは原獣の園に足を踏み入れた。

 アレンたちが大地の迷宮を攻略している間に、操舵士のピヨンが1人で魔導船を原獣の園まで進めてくれていた。


 アレンたちは、魔導船から伸びたタラップの階段にいる、ドゴラとキールを見る。


「こんなに回復薬を持っていいのかよ? 指輪も1つくれて助かるけど……」


 アレンは大量に渡した天の恵み、命の葉、魔力の種、香味野菜、そして、信仰ポイントから交換してもらった2つの霊力回復リングのうちの1つをキールに渡した。


「問題ない。確実に試練を越えてくれ。最短で頼むぞ。激しい戦いになるからな」


「ああ、もちろんだ。急いで行ってくるよ」


「ドゴラもな。手に入れた神技を鍛えてくれ。『活躍』を期待しているぞ」


「ああ、活躍ってそういうことだな」


「獣神ガルムの尾やネスティラドの心臓を取りに行くってことだ」


「なるほど、力をつけろってことだな」


 ドゴラとキールの顔に緊張感が増す。

 ネスティラドの圧倒的な強さは、皆、体験済みだ。


(予定としては、キールの修行が終わって、竜神マグラを捕まえたら、ネスティラドと上位神と呼ばれている獣神ガルムだな。ロザリナの修行も終わっていると助かるんだが)


 キールには短期間で確実に強くなってもらわなくてはならない。

 前衛と共に2人で来るようにと言われたので、最初に到着した原獣の園の次の目的地は、薬神ポーションの神域だ。

 ドゴラとキールはふんだんな回復薬と霊力回復リングを持って、アレンたちと別行動をとって、試練に向かうことになる。


 キールたちが魔導船に戻ると、降りたタラップが船体に収納され、次なる目的地である薬神ポーションの神域を目指していく。


「それにしても、ネスティラドはともかく、獣神ガルム様にいきなり襲い掛かったりしないわよね」


 アレン以外の皆は、アレンが獣神ガルムの尾を狩るという言葉を聞く度に、不安な顔をする。

 同じ上位神の1柱である剣神セスタヴィヌスにまったく歯が立たなかったのは最近の話だ。


「それは、相手次第だ」


(黙って尾をくれたら手荒な真似はしない)


「もう、反省しないわね……。って、迎えが来ていないわ」


 剣神に首を飛ばされかけたが、そんなことをアレンは気にしない。


「そうみたいだな。たしか、シアたちはあっちに行ったはずだ」


 遥かなる大地である原獣の園に体の向きを変えるアレンたちだ。

 原獣の園の攻略が始まろうとしているのであった。




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