第584話 ダンジョンコア
アレンはセシルと共に信仰ポイントを100億貯めたので、魔法神イシリスの研究施設に戻って来た。
獣神ガルムのいる原獣の園に乗り込む前に、信仰ポイントを霊力回復リングに交換するためだ。
魔法神イシリスの研究施設の1階層に到着する。
用事があるのは魔法神イシリスなのだが、流石に執務室に転移するのは失礼に当たるかもしれない。
セシルに全ての報酬が貰えるまでは丁寧な対応を取ろうとアレンは考える。
【魔法神イシリスの研究施設の各階層】
1階層 ゴーレム
2階層 大型の魔導具
3階層 小型の魔導具
4階層 魔法具
5階層 ドワーフ創造施設
6階層 魔法イシリスの執務室
ズウウウン
ズウウウン
転移するなり、研究施設の魔導具感あふれる床石を揺らすように、漆黒のアダマンタイトのゴーレムがこちらに向かってくる。
全長10メートルサイズのディグラグニが全長数メートルのゴーレムを抱えていた。
『おい、転移装置の前に立つな。運べねえだろ』
「あ、すみません」
久々に会ったダンジョンマスターのディグラグニは、魔法神の研究施設にいた。
ディグラグニもアレンたちと同様に転移装置の魔法陣に入りたいようなので、装置の隅に移動する。
なお、この装置は半径10メートルほどの巨大な装置で、ゴーレムでも余裕で転移することができる。
円形の魔法陣に片足でもツッコンでいたら、余裕で転移してくれるのだろう。
『おい、2階層だ』
『ディグラグニ様、2階層へ転移します』
装置の前に浮くキューブ状の物体が、ディグラグニの声を認識し、転移装置を起動させる。
アレンたちの目的は執務室に籠っている魔法神のいる6階層なのだが、「先に6階層へお願いします」とは流石に言えない。
ダンジョンマスターのディグラグニとは、S級ダンジョンを攻略してからの関係だ。
その後も、メルルの魔導盤を強化してくれたり、エクストラモードにしてくれたりと、結構な恩を受けている。
そのディグラグニは、アレンたちと行動を共にし、亜神級の霊獣を狩ることによって神に至った。
転移装置が起動し2階層に着くなり、更なる喧噪がアレンたちを待っていた。
「ちょっと、納期が遅れているわ! 急ぎなさい!!」
目の前に浮いた光学的でSFチックな画面を操作しながら、ララッパ団長が叫んでいる。
「へい! 団長!!」
「へい! 団長!!」
「へい! 団長!!」
2階層で9人のドワーフたちをララッパ団長がしごいていた。
(優秀な9人を選んだんだっけ。なんか返事がやけに気合が入っているな)
女王気質なララッパ団長が率いる魔導技師団は100人ほどの魔導具使いたちで構成されている。
その中でも、ララッパ団長に忠誠を尽くすエリートたち9人を選抜して神界に連れてきたと聞いている。
団員の返事に今まで以上に力が入っているのは、「魔法神イシリスの側仕え」という立場になったララッパ団長への忠誠心がとんでもないことになっているのかもしれない。
小学校低学年くらいの身長のドワーフが10メートルを超える巨大な重機のような魔導具に乗り込んで、100メートルを超える魔導船の後部ハッチにあれこれ魔導具を運び入れている。
『手伝ってくれるのはありがたいんだがな………』
小さく零したディグラグニが、魔導船の中に抱えたゴーレムを運び込んでいる。
「あ、これは総帥、やってきていたのね」
ララッパ団長がアレンの存在に気付いてこちらに向かってくる。
「お忙しそうですね。お手伝いは捗っていますか?」
「本当にそうよ。魔法神様は私に頼りっきりで本当大変よね~」
やりがいのある仕事を見つけたララッパ団長は満更でもない表情でニヤニヤが止まらない。
魔導具、魔法具を支配し、神に至ったダンジョンマスターを従え、ドワーフすら創造する魔法神イシリスの最も側にいる存在だ。
アレンたちが大地の迷宮に再挑戦している間も、ドワーフたちが追い出されていないところを見ると、天使たちと違って、ドワーフが魔法神の手伝いをすることについては問題がないと判断してくれたようだ。
「これは商神マーネの露店市場へ運ぶものですか?」
「そうなのよ。最近随分滞っていたみたいだけど、ディグラグニ様だけでは手が回らないのよ。あとは天空国にも運ぶ物を選定しないと」
随分忙しいと嬉しそうに言う。
何でも魔法神に仕えていた天使たちが、全員配置換えを受け、露店市場やシャンダール天空国に提供する各種魔導具が運ばれなくなってしまったようだ。
魔法神の指示で、配下のドワーフたちをこき使い、納入スケジュールを取り戻そうとしている。
(こんなに研究室の中がごった返しているのにも理由があったのか)
「研究で作った物なんかを配って回っているのね」
「セシル。そうみたいだな」
ドワーフたちが無造作に運んでいるのだが、物欲のない神のようで、ワシャワシャ詰め込んでしまっている。
雑多な研究施設の物が巨大な魔導船に設けられた貨物室に運ばれ、幾分すっきりしたように見える。
手伝うわけでもなく、こうやって魔導具やゴーレムが運び込まれているのを見ていてもしょうがないと思ったその時だった。
1人のドワーフが、宙に浮く数メートルの漆黒の塊に近づこうとしたことにディグラグニが強い反応を示した。
『おい! 俺のコアに近づくんじゃねえ!!』
「も、申し訳ありません」
『下がれ下がれ、これは大事なダンジョンコアなんだぞ!!』
ドワーフたちを散らすディグラグニの危機迫る態度に、何事だとアレンたちも近寄っていく。
「ディグラグニ様、申し訳ありません。お気持ちを御鎮めくださいませ」
神を怒らせてしまったとララッパ団長が、地面に頭を擦り付けるほどの勢いで謝罪した。
『……まあ、いいがよ。これが無くなると人間世界のダンジョンは機能が全て停止するからな。覚えておけ』
「はい。肝に銘じておきます。皆もそれでいいですね」
「はい!!」
「はい!!」
「はい!!」
重機から降りたドワーフたちが団長の後ろで深々と謝罪した。
ディグラグニは自らのダンジョンコアを大事そうに抱え上げ、ドワーフたちが片付け空いたスペースに鎮座させている。
「ダンジョンコアですか。どこか魔導キューブに似ていますね。ん? 凹み?」
皆がひれ伏す中、アレンはダンジョンコアに近づいていく。
金色に輝く正八面体の物体がどこかメルルが持っている魔導キューブによく似ていた。
魔法神と時空神が住まう、この神域を象ったような、上下を角にした正八面体をと同じ作りの一面に凹みを見つけた。
『そりゃそうだ。ダンジョンコアの一部をメルルに渡してやったんだからな』
面の一部に10センチ、20センチほどの大きさの正八面体の凹みはメルルに与えた分のものであった。
「そうでしたか。それは貴重なものを与えて頂きありがとうございます」
『そうだぜ。感謝しろよ。俺の神器の一部。魂の一部を貸し与えてやったんだからな』
(なるほど。メルルは神器を既に与えられていたのか。タムタムに命が欲しいと言って感銘を受けていたのはこれが理由か。っていうことは、こういうことだよな)
大事に扱うディグラグニにアレンは1つ理解が進む。
「感謝する。では、メルルが今後も大地の迷宮で信仰値を稼げば、これ以上の加護と神技をくれると」
配下であるアレン軍に対しても敬語を使うアレンは、本人の希望でディグラグニに対してざっくりとした口調で会話する。
『……当然だろうが。別に黙って吸っているわけではねえよ!!』
どこか痛いところがあったのか、語尾を強め、悪い顔になったアレンに言い訳のようにまくし立てる。
メルルが大地の迷宮を頑張る理由がまた1つ増えたようだ。
ドゴラと火の神フレイヤと同様に、メルルは神器を通じて神に至ったディグラグニと繋がっていた。
これは、亜神級の霊獣を狩り、大量の信仰値を稼げば、それだけディグラグニが力を増すことを意味する
このままいけば、稼いだ信仰値の対価に神技もいただける確約をディグラグニから取る。
「感謝の言葉もありません。タムタム様に命を分け与えて頂きありがとうございます」
『……そうだ。これが俺の命だ』
くるくる回り、心臓の鼓動のように小さく躍動するダンジョンコアを見つめ、気持ちを落ち着かせたようだ。
お時間を頂いたとアレンはこの場を後にしようとする。
「そう言えば、ララッパ団長も来てくれ」
「え? 分かったわ総帥。皆はキリキリ働くのよ!」
ドワーフたちを置いて、アレンはセシルと団長と共に6階層へ転移した。
この前来た時の資料や紙で埋め尽くされた、魔法神の執務室が綺麗になっている。
「随分片付いたわね」
セシルは辺りを見回した。
「こっちは真っ先にやったのよ」
アレンは、机に座る魔法神を見る。
耳を澄ませてようやく聞こえるほどの距離で、何かブツブツ言っている。
ボサボサで縮れた長い髪が顔を隠しているので、表情は全く読めない。
ゆっくりとセシルと共にアレンは魔法神の座る机に向かう。
ガリガリ
何を書いているのか分からないが、アレンたちには気づいていないようだ。
「信仰ポイントが溜まりましたので、霊力回復リングへの交換に参りました」
『……』
アレンたちには気付いていないようだ。
「申し訳ありません!」
『……信仰ポイント交換システムがあるから、好きに話しかけて』
魔法神イシリスが伸びた爪の先で、転移装置がある方向を指差すと、キューブ状の物体が浮いている。
アレンたちの信仰ポイントの交換はセルフでやれとのことなのだろう。
確かに前回来たときにはなかったキューブ状の物体が新たに配置されている。
「ありがとうございます。ちなみに、これから原獣の園にガルム様の尾を頂きに向かうのですが、どのような魔法が完成するのでしょうか?」
お使いクエストで得る物を知っておきたいと言う。
前世の記憶でもお使いクエストで、強力な物が手に入ることは稀であったと記憶している。
それはお使いクエスト自体が、何かを取ってくるという簡単なものが多く、難易度に比べての結果であった。
今回は上位神である獣神ガルムの尾であったり、上位神級の強さを誇る霊獣ネスティラドの心臓を取りに行く。
何が得られるのか、事前に調べたいとアレンは言う。
『……』
アレンは気持ち大きな声で話しかけたのだが、返事はなかった。
もう少し大きめの声で叫ぼうかとしたところ、ララッパ団長が手招きした。
「ちょっと、総帥。魔法神様が用事がない時はお話にならないわよ。そっちについては、私が調べておいたわ」
「本当か? まだ2、3日しか経っていないが分かったのか」
アレンとセシルはララッパ団長の次の言葉を待つ。
「魔法神イシリス様はね、古代魔法を研究しているの」
「古代魔法?」
「古代魔法?」
アレンとセシルの声がハモってしまうのであった。
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